第70話 9歳(春)…試遊会
「朝よ!」
「ほわっ!?」
ぐっすりとお休みしていたおれは突然の大声と衝撃にビビクンッと痙攣して目を覚ました。
動悸が激しくなる嫌な目覚めであった。
「朝よ?」
「おまえ……」
どかんとボディアタックしてきたであろうご令嬢は、おれにのしかかったままちょっとびっくりしたような顔でもう一度言う。
驚いたのはおれだバカめ。
「今日はお寝坊さんみたいだからおこしてあげたの」
「いま何時?」
「えっと、七時ちょっとまえ」
む、確かにお寝坊さんだな。一応は感謝しよう。
「これから起こすときはもうちょっと優しくおこしてほしい。おれが年寄りだったら起きると同時に永眠しかねん」
「わかったわ」
ミーネはのそのそとどくと、ぺいっと毛布を引っぺがす。
あ、ちょっと肌寒い。
春とはいえまだお布団のぬくもりを恋しく思う時期なんだよな。
「今日なんかやるんでしょ? 早く準備しないと」
「へいへい」
ミーネはやけにはりきっておれを急かしてくる。
別段、手間のかかる準備はないのだが、かといって招待客――、ダリス、ギルド支店長のエドベッカ、校長のマグリフが到着するまで寝てるわけにもいかない。
おれはのっそりとおきだし、身だしなみをととのえてから食事をいただく。
それから来客室の大きなテーブルに必要な物を並べ、ひとまずの準備は完了。
招待客へのもてなしはクェルアーク家の使用人たちがするようなので、それについては完全にお任せする。
格式のカの字もない男爵家の長男ではホストとしてのきめ細やかな気配りなどできるはずもないのだ。
そもそも知らないしな。
約束した時間は十時。まだ少し時間に余裕がある。
ダリスは絶対の自信を持っているようだったが、はたしてエドベッカやマグリフが興味をもってくれるだろうか。
まあダメだったら昼食会して終了だ。
「あ、昼食……」
好評だった場合の事を考えると、途中で昼食を挟まないといけないのがいまいち勢いを削いでしまう気がした。
昼飯抜きってわけにはいかないだろうから、サンドイッチやハンバーガーのようなものを用意できる算段をつけておいたほうがいいだろう。
不評だったら普通に昼食で、好評だったら軽食型にきりかえる。
「そういえば父さんはどこでしょう?」
バートランと昼食の準備について話をしていて、ふと、父さんを昨日から見ていないことに気づいた。
鍛冶屋で別れてからそのままだ。
「昨夜戻ったが、まだ色々とやることがあるようでな、また出掛けていったよ。何をするなど、話は聞いているかね?」
「聞いてないですね」
「そうか。儂には方々に挨拶して回ってくると言っていたが、一体どこに挨拶しにいったのやら。まあこの王都が滅びようと生き残れるような奴だし、特に心配は必要ないがな」
どういう安心感なのだろう、それは。
父さんがどれくらい強いのかそれは未だに不明なままだが、バートランみたいな怪物が心配ないと言うのなら才能並盛りのおれが懸念するのはただの無駄だろう。
やがて時刻となり、招待客がクェルアーク家へ訪れた。
最初に到着したのはダリスで、まず簡単に打ち合わせをした。
「娘が失礼なことをしたようですまない」
「いえ、気にしないでください。でもなんで頬をつねりたかったんでしょう?」
ダリスは娘のサリスがお願いしてきたことについて謝罪してきた。
「あれは私のせいだ。しかしその理由は言うことができない。すまない。もし言うと私はもう口をきいてもらえなくなる。すまない」
「はあ」
よくわからず生返事をかえす。
父に対してなかなか強力なカードを持ちだしてくるあたり、サリスにとっては外部に知られたくない重要なことだったのだろう。
そのあと支店長のエドベッカと校長のマグリフが同じ馬車で到着する。
「ようこそおいでくださいました」
二人を出迎え、挨拶もそこそこに来客室へ案内する。
すでに来客室にはわくわくした顔でスタンバイしているミーネと、それを落ち着かせるバートラン、微笑んで見守っているアル兄さん、そしてダリスがいる。
部屋にある大きなテーブルにはそっと布で覆われた何か。
ほぼ平らで、何かがあるとわかる程度の盛り上がりしかない。
せっかくだからとお約束な演出のためにまだ隠してあるのだ。
――なので、お嬢さま、ちょっと端から覆いをひっぱるのやめてもらえませんかね……。
さて、テーブルに各人が着席し、おれから見て左手にクェルアーク家の面々、そして右にダリス、エドベッカ、マグリフと並んでいる。
まずは丁寧にご挨拶でもするべきかもしれないが、そういった作法はからっきしだ。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
それでもまあ、最初の一言くらいは丁寧に。
「それではさっそく紹介を始めたいところですが、その前に少しだけお尋ねしたいことがあります。皆様は子供の頃に冒険譚を読んで胸を躍らせたことはありますか?」
「あるわ!」
即答したのはミーネだ。
いやおまえは現在進行形で子供だし、日常的に躍らせまくりなのはなんとなくわかるから。
「はは、僕もあるよ。なにしろ先祖が先祖だからね、いつか自分もなにかしら大きな事をしてみたいと思っていたね。たぶんほかの弟妹たちもそう思っているだろうな」
「儂もまあ、昔はな」
クェルアーク家の面々が言うと、続くようにダリスも口を開く。
「私は商人になることが決まっているようなものだったが、それでも子供の頃は自由に冒険して名をはせることに憧れたよ。冒険譚もたくさん読んだ。ふむ、お二人は子供の頃の夢を実現できたことになりますか?」
ダリスがそれとなくエドベッカとマグリフに話をふる。
「私は子供の時分から魔道具が好きでね、魔道具を題材にした物語がお気に入りだった。世界中の魔道具を収集するのが夢だった。なので、まだ夢半ばといったところか」
「儂はシャーロットの話が大好きじゃったな。シャーロットのようになりたかったんじゃ。まあそこそこ有名にはなりはしたが、さすがに幼い頃に思い描いたほどにはなっとらんのう」
エドベッカは自重するように、マグリフはふと懐かしむように言う。
「物語の主人公、もしくはほかの登場人物に自分をかさね、話を読み進めていくのは楽しいものです。しかし、いくら感情移入しようと登場人物は皆様自身ではなく、その思考や行動をもどかしく思うこともあるでしょう。そしてそのたびに思うはずです。もし自分ならこう考える、自分ならこうする、と。それは物語を楽しんだあとに始まる、その物語を自分のものとしての空想の空想。登場人物に感情移入するのではなく、自分を登場人物として始めるもうひとつの物語。ある意味、それこそが冒険譚を読む醍醐味ではないかとぼくは思うのです。物語の中を自分の意思で冒険する。どうでしょう、この楽しみを頭の中だけでなく形として提供できるようになったとしたら? ただひとり思い描くのではなく、ひとつの物語を皆で共有しあい、一緒になって冒険できるようになったとしたら?」
問いかけながら集まった面々を見渡すと、だいたいは何が始まるのかわからずきょとんとしている。
例外は微笑みを浮かべているダリスと、たぶんよくわかってないもののワクワクした様子で目をきらきらさせているミーネだ。
「それでは紹介します」
と、おれは覆いの布に手をかける。
「魔導言語においてはテーブルトークロールプレイングゲーム。一般名称は――冒険の書」
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/17




