第684話 14歳(春)…古巣
式典会場をアンニュイな空気で満たすことにより人々の恐慌を阻止したあと、俺たちはシャロが物陰にこそっと用意した即席精霊門で王都屋敷に帰還した。しかし各国、各組織に連絡を頼んだ者は、休む間も無くすぐにそれぞれの目的地へと門をくぐって移動していく。
そのまま屋敷に残ったのは俺、ミーネ、シャロ、それから父さん母さん、クロア、セレス、コルフィー、ジェミナ、そしてデヴァスだった。
「おや、お早いお帰りでございますね」
皆がバタバタと転移していったあと、留守番をしてくれていたティアナ校長が出迎えに現れ、そして様子がおかしいことを不思議がる。
一緒にこの屋敷で暮らしているのだ、事態を知らせないわけにはいかず、簡単にだがメルナルディアで何が起き、そして俺がこれから何をしようとしているかを説明した。
ティアナ校長も驚いたことだろうが……、でも取り乱したりはしなかった。
さすがである。
「大変なことになったのですね」
「そうなんだよ、でもまあ何とかするから」
「では、わたくしは旦那様を信じるだけですね。普段通りに務めを果たすことにいたしましょう」
自分ではどうにもできない非常事態に、それでも日常を放棄せずにいることはなかなか難しいことだ。
一週間後に巨大隕石が降ってくるけど何とかなるから気にしないでいてね、と言われて、いつも通り学校に通ったり、会社に働きに行ったり出来るものだろうか?
「婿殿、すまぬ。わしの愚弟が」
屋敷に戻り少し落ち着いたからだろう、ここでシャロが申し訳なさそうに謝ってきた。
「あー、うん、何とかしないとな」
「うむ、必ず。それで婿殿、これからどうするんじゃ?」
「急いで色々と考えないといけないんだけど……、まずはすぐにやれることを片付けようか。その間に思いつくこともあるかもしれない」
「何をするんじゃ?」
「まずは迷宮庭園に」
こうして王都屋敷に戻った俺は、そのまま迷宮都市エミルスの地下深くに存在する庭園へと移動した。
ここでちょっと意外だったのは、ミーネが同行しなかったことだ。
「作戦を決めるんでしょ? 私はそういうの得意じゃないから、いざ突撃する日まで特訓してるわね」
こうしてミーネは自主訓練のため精霊門でどこかへ旅立って行ったのだが、夕食には屋敷に戻るつもりらしいので特別気にする必要もなさそうだった。
結局、迷宮庭園に同行したのはシャロと、あと俺がぶっ倒れた場合の介抱役としてジェミナとデヴァス。それから俺の運搬係としてバスカー、でもってクマ兄弟は……、何だろう? まあ癒し係ということにしておくか。
ひとまず迷宮庭園に移動したところ、さっそく地面からイールがにょきっと生えてきた。
「こんにちは。今日も良い日ですね」
「ところがそうでもねえんだよ。実はな、シアが悪神とその仲間たちに誘拐されちまったんだ」
「ははぁ、悪神ですか、それはまた大ごとですね」
「まったくだよ。で、だ、シア取り返すのにそいつらとやり合う必要があってな、それに関して相談がある。まずはちょっと伯爵をこっちに連れてきてくれないか?」
「……?」
と、そこでぷるぷるしていたイールの動きが止まる。
「あ、あの……」
「何だ?」
「今のって冗談ですよね……?」
「だったらよかったんだけどな。ともかく伯爵には許可をもらわないといけないから連れてきてくれ」
「いや、え、本当なんですか!? あなた一週間くらい前に魔王の復活阻止したばかりで今度は悪神!? 馬鹿ですか!?」
「ああ、俺もそう思うよ! ともかく伯爵! 早く!」
「わ、わかりました!」
ようやくイールが慌てだし、少しするとイールの横から伯爵がにょきっと生えてきた。
「な、何だ!? 何が起きた!?」
いきなり連れて来られた伯爵はビックリしている。
「すみません、イールに無理言ってこちらに来てもらいました」
「あ、ああ、君か。そうか、びっくりした。――それで、いったいどうしたんだね?」
「それなのですが――」
と、俺は伯爵とイールに今日メルナルディア王国で何が起きたのかを説明した。
結果、イールと伯爵が固まって反応しなくなった。
まあそうなるわな。
「それで――、伯爵、こうして無理にお呼びしたのは、集まった各国の王たちによる会議――世界会議とでも言うべき催しをここで行わせてもらいたいとお願いしたかったからなんです」
「え? こ、ここでかね!?」
「ええ、ここだと色々と都合がいいので」
「わ、私はかまわんよ? そうか、一応領主だからと気を使ってくれたのだね。うん、もうその辺りは気にしなくていい。ここの扱いは全面的に君にゆだねる。好きにやってくれ」
「ありがとうございます。で、イール、いいか?」
「いいですけど……、私のことも説明するんでしょう? いいんですかねぇ」
「大陸の危機だ。ここで恩を売っとけば何かと得だと思うぞ?」
「なるほど、この状況だからこそ、ですか。わかりました」
「あと、大陸連合軍とか編成することになったら、ここを駐屯地にさせてもらいたい。少なくとも六カ国の軍は集結することになる」
「ここに集結して……、ああ、精霊門から出撃するわけですか。ここは駐屯地であり前線基地ということになるんですね」
「そういうことだ。なんせここより最適な場所なんて大陸に存在しないだろうからな」
邪魔が入らず大暴れでき、重症患者も治療が可能、食料も一応提供できて、そして何より衛生面が優れている。
例え他のどこが劣ったとしても、衛生面だけはここ以上に優れた場所など存在しないだろう。
「わかりました。協力しましょう。しかし……、ここ最近は無茶振りばかりしてきますね」
「ああ、すまんな」
「気遣われた!? 事態はそんなにまずいんですか!?」
「失礼なやっちゃな……。まあいい、まずはちゃちゃっと王様たちが集まる会場を用意してくれ」
「はいはい、ではでは、さっそく作りましょう」
△◆▽
イールに作ってもらった会場は、演壇から扇形に席が配置された野外講堂だ。
今すぐにやれることはやったので、これからは考えるべきことを考える時間である。
まずはどうやって瘴気領域の中心へ向かうか、俺とシャロは演壇に上がって相談を始めた。
一緒に来たジェミナとデヴァス、それからイールにも、何か思いついたら遠慮せず言って欲しいと伝えてある。ただ伯爵だけはこれまでの経緯と、この先の会議について一気に説明したのがまずかったのか、具合が悪くなってしまったので帰って休んでもらうことにした。
「正確な位置がわかればそこに門を開けてやれるんじゃが……」
瘴気で覆われた地平の向こう、どこかにある古代都市に精霊門を拵えるのが考え得る最善だったが、どうやるかがまた問題だ。
数打てば当たるって話でもないしなぁ……。
また、それでヨルドに行けたとして、そこでどれくらい活動できるのか?
「多く見積もっても、数時間もてば良い方じゃろう」
「となると……、せいぜい一時間での交代制……、あ、いや、まずはどうやってヨルドに門を繋げるかを考えないと意味ないか」
「ふむー、わしが飛んでいくしかないかのう」
「飛んでいく?」
「瘴気もさすがに高々度にまでは存在せんのでな、そこを飛んでいき瘴気領域の中心部まで到達したところで降下じゃ。おそらく中心部は渦になってわかりやすくなっておるからの。そして一気に塔へ到達してそこに門を拵える。なに、前に言ったじゃろ、耐瘴気の魔装具があるからの、まあ何とかなるじゃろ」
そうシャロは言うが……。
と、そこでデヴァスが口を開く。
「シャロ様ご自身が向かわなければ駄目なのですか? 例えば私など……、どうでしょうか? シャロ様は作戦の要となるはず。万が一のことがあっては」
「しかしのう。誰かが行ったとして、わしが位置を把握できねば意味が無いじゃろ? その者を探知し続けられるなら可能性もあるが、さすがに瘴気領域の最深部となると把握しき――、ん? なんじゃ?」
シャロが話していたところ、プチクマがちょいちょいアピール。
すぐにジェミナが通訳してくれた。
「アーク、自分が行けばいい、って言ってる」
「あ!」
シャロがはっとして声を上げた。
「そうか、お主は精霊門で兄クマと繋がっておる。それならわしも把握できる。おまけにお主の目を通し、そちらの状況もわかるか」
「では――、シャロ様、私がアークを運ぶ、ということでよろしいでしょうか?」
「デヴァス!? だからっておまえが行かなくても……」
「いえ、私が行きたいのです。どうか、飛ばせていただけませんか」
デヴァスがこうも言ってくるのは珍しい。いや、初めてだ。その覚悟が本物となれば……、あとは俺が任せるかどうかになる。
「シャロ、耐瘴気の魔道具は一つきり?」
「一つきりじゃよ。他に魔晶石があれば話は別なんじゃがな」
「え? 魔晶石? え?」
「昔、ごく小さいものを見つけたんじゃ。色々と実験をした結果、その魔晶石を介すと魔素が清浄化することに気づいての、ならばと作ったのがその魔道具じゃ。はあ、なんでわしは悪神の企みに気づけんかったのかのう……」
「いや、それであの計画はさすがに気づけないだろ」
「それでも、じゃよ。ともかくこれから魔晶石を見つけて魔道具を作るのは現実的ではない」
と、シャロはイールを見る。
「え? 何ですか?」
「お主、婿殿と仲が良くてよかったのう……」
「何です急に!?」
イールの中に魔晶石があるかもしれないのかな?
まあ、あったとしてもこいつにはかなり重要な役割があるので、ここでキュッと絞めちゃうわけにはいかない。
となると……、やはり誰かが一人で行かなくてはならないか。
「わかった。デヴァス、おまえに頼む」
「ありがとうございます」
「それで……、頼んでから聞くのもおかしな話だが、デヴァスは高々度を飛んだことはあるか? 具体的には雲の上くらい」
「ありませんね……」
「そうか。となると、この三日間で高々度を飛ぶ訓練をした方がいいだろうな」
「婿殿、デヴァスだけで向かうのは厳しいぞ。そこで、どうじゃろうか、他にも竜になれる者に協力してもらい、途中――瘴気領域の中心まで乗せていってもらうというのは」
「あー、うん、それがいいか。中心部の上空から、下降するのが一番大変だからそこまでは体力を温存しておくべきだな。よし、じゃあこれについては後で竜皇に相談してみるよ」
ひとまず瘴気領域の中心にあるヨルドへどうやって向かうかという難題に一つの解決案が生まれた。
これだけでもずいぶんな進展――、いや飛躍と言っても過言ではないだろう。
次にヨルドに到達してからの行動を考えたいが……。
「ヨルドってどうなってるか、資料とか無いのかな?」
「わしも探したことがあるが、見つからなんだ」
「そっか……」
先にわかっていれば、精霊門をどう配置するとか、どの軍をどこに配置とか決められるのだが。
するとその時――
「わん! わんわん!」
バスカーが鳴き、他にもクマ兄弟がわちゃわちゃ。
なんだろう?
戸惑っていると、そこでジェミナがちょっと嬉しそうに言う。
「主、主、知ってるって、みんな」
「知ってる……?」
まさかヨルドの様子をだなんて――、いや、知っているのか!
「そうか! おまえら元々そこに居たんだもんな!」




