第681話 14歳(春)…世界の敵
魔王が世界樹計画を再開するための触媒――。
まったくふざけた話だった。
確かに魔王が誕生するに足る悲劇は悪神の企み関係無く起きていたのだろうが、魔王という存在はそこからさらに悲劇を生んだ。
魔王の誕生と死によって、その時代における問題が是正されていったという事実があったとしても悲劇を弄ぶことはあまりに悪趣味だ。
おそらく悪神からすればそれは『発展のための必要な犠牲』にすぎないのだろう。
だが、どういうことだ?
世界樹計画のためには魔晶石とやらが必要らしいが、今回はまだ完全な魔王は誕生していない。
であれば集まった魔晶石は三つのはずなのに、悪神はもう魔王を誕生させることは無いと言いきった。
それは準備が整ったからこそのはずで、となればどこかで魔晶石をもう一つ入手したということだが……。
『この魔晶石、本来であればこの時代の魔王から最後の一つを回収する予定であったが……、はは、どうも邪魔をされるのでね、そこで別口で入手することにしたのだ』
そんな魔王みたいな存在が他にいるのか、と考えたところで、悪神は告げる。
『最後の一つは魔導王アーレゲントの魔晶石だ。志半ばで果てることになった彼も、長い年月をかけて己の内に宿すことになった魔晶石が使用されるとなれば本望というものだろう』
魔導王の……?
ちょっと俺は混乱する。
悪神にとって魔導王は味方――、いや、人の可能性がもたらす結果を見せてくれる支援相手ではなかったのか?
魔導王を失って、誰が世界樹計画を再開する?
悪神自らが行うのは御法度、神々からの干渉を受けるだろう。
それともここまで来たからと、妨害があろうと強引に進めるつもりなのか? いや、それならこんな公の場に現れ、堂々と宣言しているのは妙だ。やるならこっそりと、誰にも気づかれないように行うはず。
ならば魔導王に変わる別の――……、と、そこまで考えたところで閃きがあった。
「……は? ちょっと待て、いや、嘘だろおい……」
心当たりとなれば一人きり。
アルフレッド――、シャロの弟さんだ。
ヴィルジオが共闘したのが本当にアルフレッドかどうかの確認はできていないが、そうだった場合、不明だった動機はこれなのか。
『さて、そろそろここで世界樹計画の再開を望む者たちを紹介するとしよう』
なん……!?
俺が驚いたそのすぐ後、悪神のいる舞台下に精霊門が出現した。
シャロのものよりも歪だが――、確かに精霊門であったようで、そこをくぐってフードローブで姿を隠した三人組が現れる。
三人のうち、真ん中の人物は杖を手にしていた。最初、その杖頭から垂れ下がっているのは銀色のふさかと思ったが――、違う、あれは髪だ。あの杖は杖頭に人の頭部を強引に埋め込んだ、とんでもなく悪趣味な代物だったのである。
『この者らが、魔導王から世界樹計画を引き継いだ者たちだ』
俺はそっとシャロの顔を見やる。
目はまん丸で、口は半開き。
精霊門を使用して現れたことから、杖の人物が誰であるか予想がついたのだろう。しかしそれが信じられない。何故、どうして、という疑問で一杯になっているのではないか。
が、そこで声を上げたのは思いも寄らぬ人物だった。
「ベリア殿ッ! これはいったいどういうことだッ!」
そう叫んだのはヴィルジオ。
え? ベリア? アルフレッドじゃなくて?
アルフレッドだとばかり思っていた俺は、意表を突かれてきょとんとすることに。
と、そこで杖の人物はフードをとって素顔をさらした。
その人物、確かに魔導学園の学園長――ベリアだった。
「ヴィルジオさん、悪いね、利用することになっちゃって。でもちゃんと仇は討てたし、そう考えると悪い取引でもなかったでしょう?」
じゃあヴィルジオと一緒に魔導王を倒したのはベリアだったのか。
俺が唖然とするなか、背後に控えていたもう一人もフードをとって顔を出した。
それはエルフの少女であったが……、どこかで見たような?
確かに見覚えがあると俺は思い起こそうとしたが、何かに気づくよりも早くリィが答えを口にした。
「イ、イーラレスカ……、あいつ、若返りやがったのか!?」
イーラレスカってルーの森で自称女王やってた……?
ああ、確かに言われてみればあの女王の顔立ちだ。
ってことは、若返らせたのはベリア……、もしかしてルーの森を閉ざすのに協力した若い魔導士ってのはベリアだったのか?
「ベリア殿、本当にどういうつもりなのだ! 貴方は魔導学の普及に貢献していた人格者であったはず! それが何故、悪神の手先などに!」
間接的に世界樹計画の手助けをさせられていたヴィルジオの憤りは相当のもので、今にも飛び掛かっていきそうである。
「あー……、そうだなぁ、もしレイヴァース卿が現れなければ、私はそのまま魔導学の普及に努める魔導師として二度目の人生を終えていたんだろうね」
「二度目の、人生……?」
「魔導師ベリア・スローム・イークリストは世を忍ぶ仮の姿――、いや別に仮の姿というわけではないのだけれど、それでも最初の名前は使うわけにはいかなかったんだ。なにしろ、知っている人は知っているし、これが家名となると誰もが知っているからね」
ベリアは飄々と語り、そして清々しい笑顔を浮かべながら告げる。
「では改めて自己紹介だ。どうもみなさんこんにちは。私はアルフレッド・レイヴァース。皆がよく知る万魔シャーロットの弟だった者だ」
……え?
いや、ちょっとわからん。
ベリアだけど、実は予想していた通りアルフレッド?
俺は混乱するばかりであったが、一方のシャロは――
「何をしとおるんじゃお主はぁぁ――――ッ!!」
大声で怒鳴り、そして空間ぶん殴り。
悪神は倒せないから、あの三人をここでシメてしまおうと考えてのもの……、ではないな。
頭に血が上って咄嗟に手が出たのだろう。
でもここで世界樹計画の実行者となるあの三人を張り倒してしまえばさっくり決着がつく。
しかし――
「なっ!?」
シャロの空間ぶん殴りは、ベリアの空間魔術によって防がれた。
いや、防ぎ続けているようだ。
「お主……、空間魔術を使いこなすようになったか!」
「凄いだろ? 実を言うとね、体を変えたのはこのためなんだ。幼少期に魔術を受け続けると習得できる。その程度は受けた密度、時間、色々関係するみたいだね。姉さんのおかげで、私も多少は空間魔術を使えるようになっていたけど、そこまで大したものではなかった。自身をリッチに変えても、やっぱり駄目なものは駄目でね、訓練は諦めてやり方を変えた」
「やり方じゃと……?」
「生まれる前の赤ん坊を用意して、ひたすら空間魔術に慣れさせたんだ。それから自分の魂を移した。それが今の私だ。あ、残酷なことをしているようだけど、レイヴァース法には触れないよ? ちゃんと死んでいた妊婦から回収した胎児だったからね」
「だからと言って――」
「それでね、実は面白い偶然があるんだよ。その妊婦なんだけど、レイヴァース卿にとっては父方の祖母にあたるんだ」
「――は?」
は?
いやちょっと……、は?
父方の祖母つったら……、父さんの母親で……。
え? 父さん助けたリッチってマジでおまえか!
「つまり私は肉体的にはレイヴァース卿の叔父なんだ。私は二重の意味でレイヴァースなんだよ。なかなか凄い偶然だろう?」
確かに凄い偶然なのは認めるが、いきなりとんでもない話をとんでもない状況で暴露すんじゃねえよ。
一瞬、頭が真っ白になったじゃねえか。
「ええい、弟だろうと婿殿の叔父だろうと、お主が碌でもないことを始めようとしておることに違いはない! ここでわしが成敗してくれるわ!」
「あ、ちょっ、姉さん、せっかくだし、もっと相応しい場が望ましいんだけど……!」
「うっさいわ!」
シャロの魔術に対抗はできるものの、やはり対等とはいかないらしくベリアは押されていく。
「ベリアならやっちゃってもいいのよね!」
チャンスと見たらしく、ここでミーネが飛び出した。
剣を抜き放ちベリアへと向かって行くが――、残念、三人のうち残る最後の一人がミーネの前に立ちはだかり、その攻撃を剣で受けとめた。
淡い紫の燐光を放つ美しい剣。
それを確認した瞬間――
「バハローグ!?」
ミーネが驚きの声を上げ、そして怒声を上げた。
「シオンッ! あなた何やってるのよッ!」
シオン?
え? 前にエミルスの迷宮都市で会ったダークエルフの姉ちゃん?
ミーネにそう呼ばれ、最後の一人はそこでフードをとった。
確かにその人物はシオンであったが……、記憶にある快活さが影を潜め、何やら曖昧な微笑みを浮かべていた。
「確かに何してるんだろうって自分でも思うが、まあしゃあねえさ」
「仕方ないじゃないでしょう!?」
珍しくミーネは本気で怒っているようだ。
いつか決着をつけると言っていた相手だが、こういう状況は望んでいなかったのだろう。
と、そこで悪神がまた喋り始める。
『こらこら、じゃれ合うのはそれくらいにしてもらおうか。この場は飽くまで世界樹計画の再開を宣言することが目的であり、戦うためではない。そちら側も控えてもらおう。それでもやるとなれば、無駄な被害が出ることは避けられなくなるが?』
なるほど……、この場を選んだのは、俺たちに手出しさせないためでもあるのか。
さすがにここに集まった人たちを守りながら戦うというのは現実的ではない。
シャロがベリアへの干渉をやめ、ミーネも剣を下ろしてさがった。
『よろしい。さて、これで語るべきことは語ったことになる。世界樹計画の再開により、やがて世界樹は芽吹くだろう。苗木は枝を伸ばし根を広げ、人々を、神域を、世界を呑み込むことになるだろう。そして答えは出される。どのようなものであれ、回答はされる。人はどこまで行けるのか、と。――では、最後に器の回収をさせてもらおうか』
そう言い、悪神は舞台の上からそっとこちらに手を差し伸べた。
『さあシリアーナ姫、こちらへ来てもらおうか』
「あ? 嫌ですけど?」
シアは拒否。
何寝ぼけてんだてめえ、くらいの素っ気なさで。
あまりのリアクションに場の空気が凍り、悪神もさすがにこの反応は予想外の反応だったらしく、手を伸ばした状態で固まっていたが……、やがて苦笑を浮かべた。
『となれば無理にでも連れて行くしかなくなる。抵抗するのはかまわないが、その場合は少なからず余計な被害が出ることになるだろう』
シアを巡っての戦闘……、ではないな。
向こうはこの状況になると予測できていた。ならば正面切っての戦闘ではなく、人々を有効活用すべく何らかの仕掛けをこの場に仕込むことが可能だった。こちらはハッタリだろうと無謀な挑発をできる状況ではない。かといってシアを渡すこともできない。シャロにシアだけなんとか転移させてもらって……、それから状況次第? それはさすがにきつい。相手が何をしてくるかまったく予想できていない。
どうするか、と考えていたところ――
「はあ、仕方ないですね……」
やれやれとシアがため息をついた。
「ご主人さま、わたしちょっと行ってきます」
「いや行くっておまえ……」
「わたしが行って明日にはどかーんってわけじゃないでしょうし、どうもここは従うしかないようなので。やれやれです。アスガルド編からのポセイドン編みたいなことになるとは」
この状況で何言ってんのこいつ?
「ひとまず、わたしは一緒に行ってお話してみます。もしかしたら説得できるかもしれませんしね」
「できなかった場合はどうすんだよ……」
「そこはまあ……、どうしましょうね。たぶん帰してもらえないと思うので……、えっと、迎えに来てくれたりしたら……、嬉しいです」
「……わかった」
シアが大人しく同行することでひとまずこの場は凌ぐことはできる。相手は世界樹計画の再開が目的であって、人々を虐殺したいわけではない。そんなことをしなくても計画が再開したらいずれ同じことになる。
だから――、今は状況の立て直しを。
「じゃあそうだな……、三日したら迎えに行ってやるよ。だからそう心配そうな顔すんな。想定とはズレてるが、まあなんとかなる。……あ、つってもどこに迎えに行けばいいんだ?」
肝心な居場所が不明では迎えに行くどころではない。
するとその疑問には悪神が答えた。
『ははは、来られるものなら来るといい。場所は古代都市ヨルドの中心にある塔、その最上階だ。ちゃんと塔を経由しなければ辿り着けないのでそこは注意したまえ』
ヨルドってそれ……、瘴気領域の中心なんじゃねえの?
まず行くだけでも無理難題じゃねえか。
『ではシリアーナ姫、こちらへ』
改めて悪神が促し、今度はシアも大人しく従いベリアの元へと歩いて行ったが――
「ほいっと!」
そこで腰の鎌二丁を悪神に放った。
『ふっ!』
素早く悪神は避けた。
「ちっ……、避けやがりましたか……」
最後にとんでもない悪あがきをして、シアはベリアたちに連れられて即席精霊門をくぐっていった。
『それでは諸君、ごきげんよう』
残った悪神はそう告げ、姿を消した。
後にはただ静寂が残った。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/09/18
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/14




