第680話 14歳(春)…邪神と魔王
悪神の告げた『試練』がいったい何を意味しているのか。
もう魔王に怯える必要が無くなったことを安堵と喜びをもって迎えた人々には察することができず、しかし、それが望ましいものでないことは何となく感じたのか、再び不安によってどよめき始めることになった。
悪神はこれから『恐ろしい話』をするのだろう。
この、最初に少しだけ喜ばせてから絶望に叩き落とす、というやり方、実に意地の悪いものである。
『さて、では次に試練について説明することにしよう。簡潔に語ることもできるが、これは非常に重要なことであり、試練に挑むことになる諸君らにはぜひとも知っておいてもらいたい』
そう語る悪神はどこか楽しげであった。
そりゃまあ千年以上もの間、ずっと企んでいたことがようやく実を結ぶとなればテンションも上がるだろうし、秘匿していた計画をこうして公に――、いや、そうか、これは現状手出しできずにいる神々にも向けて話しているのか。
出し抜いてやった、と悪神は内心せせら笑っていることだろう。
『まずは昔の話をしよう。古い、とても古い時代、この大陸の覇権をめぐる戦乱が長きにわたり続いていた。その戦乱に終止符を打つことになったのは一人の若き王。その王は先進的な考えを持ち、伝統に凝り固まった古き世を破壊する力を持っていた。王はこの大陸の覇者となり、その王の元、大陸は大いに繁栄することになる』
大陸の統一――、そんな話は聞いたことがない。
こうして語られるならば事実なのだろうが……、いったいどれほど昔の話なのだろうか。
『王が死した後も繁栄の勢いは衰えず、それは王が示し、民を導き続けた思想――些細な犠牲を伴おうとも発展のために歩み続けることこそが知性ある者の使命という思想を実践し続けたことが幸いしたのだろう』
大陸中の人々に影響を与え、そして発展を、進歩を、成長を何よりも望むとなれば……、その『王』とやら、もしかして奴自身のことなんじゃないか?
『やがて時代は進み、様々な技術が発達していくことになるが、その中でも特に興隆を極めたものが術学――現代に置き換えて言うならば魔導学、それであった。現在にまで残る魔道具、あるいは魔導器と呼ばれる道具が次々と生みだされていった時代と言えば、少しはその卓越ぶりが理解できるだろうか?』
化け物みたいな魔導師たちがいた時代。
ようやく現在でも一部で知られている『大昔』になってきた。
『そしてその時代、一人の天才が誕生する。天才の名はアーレゲント。何故、彼がそれほどまでに優れていたか、答えを言ってしまえば彼は人という種の覇種であったからだ。その時代に優れた魔導師は多かったが、それでも存在自体の強力さは覆せるものではなく、やがてアーレゲントは他の魔導師を率いる立場に収まり、魔導王と呼ばれることになる』
つまり、現在にまで続く面倒はここから始まったというわけか。
『この魔導王の誕生、その活躍により、かねてより構想だけがあった計画がいよいよ現実味を帯び、実行に移されることになった』
ああ、もうわかる。
聞かなくてもわかる。
『世界樹計画――、それが計画の名称だ』
ここで、とうとうその名称が公にされた。
『この世界樹計画とは、言ってみればこの地上に楽園を作り出す計画であった。不便な肉体を捨て世界樹に宿ることで、永遠の安寧を得ることができるという計画だ。わかりやすく言うならば、神々の住まう神の国を人の手で作り出し、皆でそこに移住しようというものである』
わかりやすく、とは言っているが、実際は聞こえの良い言い方に変えてるだけだな。
『神の国に移り住むことは、人から神へと存在の段階が引きあげられることを意味する。我々のような神々とはまた別の神、人が自らの試行錯誤の果てに辿り着いた新たなる段階。他の神々は快く思わなかったが、私は大いに賛同した。果たしてそれが可能なのか、ぜひとも確認したいと思ったのだ』
ここで奴が推奨ではなく制止する側であれば、現在は今とはまったく違う状態であったのだろう。
『ああだがしかし、世界樹計画は失敗に終わることになった。最初こそ順調であったものの、この計画の要となる世界樹が、移住した人々の影響を強く受けすぎ暴走を始めてしまったのだ。結果、世界樹は魔素を、生命を、魂を喰らう存在へと変貌した。この変貌した世界樹の別称については、諸君らもよく知っているはずだ』
と、そこで悪神は声を張りあげる。
『そう、それこそが邪神である!』
この悪神の暴露に人々は唖然となる。
もう魔王のことなんてすっかりどこかへ飛んでいってしまっていることだろう。
『つまり邪神とは人の手により生みだされた、神を目指した計画の成れの果てであったわけだ。そして、そこからは概ね伝わっている通りである。生きとし生けるものすべての敵たる邪神を倒さんと多くのものが挑み、そして喰われていった。ところで、この邪神がいかにして倒されたか、知っている者は居るだろうか? 居ないな。居るわけがない。何しろ邪神は倒されてはいない。邪神はあまりに多くの魂を喰らったがため、その重さに耐えきれず自壊しただけなのだから』
そうか、そりゃ伝わらないわけだ。
挑んだものは喰われ、挑めなかった者たちにその場の状況がわかるわけもない。
ただ邪神が消えたから倒されたのだと考え、それが伝えられていくうちに邪神の討滅が真実として語られるようになったのだ。
『この自壊により、邪神の内にあったものは溢れだした。結果としてそれが瘴気領域となったわけだ。邪神の存在した地は強い魔導的な力場となり、それは世界を巡る魔素の流れを大きく変えることにもなった。さらに、その瘴気領域内には歪な存在も発生し始める。それが瘴気獣――現在ではスナークと呼ばれるものだ。そしてこの瘴気獣、困ったことに瘴気領域の力場を振り切って飛び出していけるだけの力を秘めていた。これは非常にやっかいな問題で、下手をすれば生き残った者たちはこの瘴気獣によって滅ぼされてしまう危険があった』
え、飛び出して……、いける?
てっきり瘴気領域を渦の中心とする魔素の流れに囚われていると思っていたが、実は違うのか?
『そこで私は瘴気領域を囲む結界を拵えることにし、現在では星芒六カ国と呼ばれる国々の建国に着手した。このメルナルディアを始めとした六カ国は、本当の意味で瘴気領域の防波堤であったのだ』
その話――、世界樹計画を知っていた俺でも驚いた。
ただ迷惑を被らせるばかり思っていた悪神が、六カ国の建国に関わっていたとはさすがに考えもしなかったのだ。
『はは、悪神はただ悪行を為すためだけに在るのではない。私の役割は人を飛躍させるための試練を課すこと。いたずらに人を滅ぼそうなどとは思ってもいない。人が危機的状況に陥っているならば、喜んで手を貸すのだよ』
その危機的状況を引き起こすことになった計画を承認していた奴が何をいけしゃあしゃあと。
自分の酔狂のために必要だから手を貸しただけだろうに。
腹立たしいのは、その『発展』もまた悪神の領分であるため、行為自体にはなんの不都合も無いところだ。
『この六カ国の建国を始めとし、私は人に紛れ大陸中を巡り各地で発展を促してきた。なかでも留まるのが多かったのは、やはりこのメルナルディアだろう。瘴気領域と瘴気獣への対策のために創設された研究機関バロット、ここの研究者や調査員として在籍することを好んだのは、発展を至上目的とする機関であることもそうだが、そもそもその理念でもって創設させたのが私ということもある。つまり古巣であったのだ、バロットは』
なるほど、碌なもんじゃねえ。
つか勇者委員会に潰されまくった怪しい研究って、こいつが関わったのがきっかけっての多いんじゃないのか? 何しろ千年以上もの間、大陸を放浪して犠牲度外視の発展を促し続けていたのだ。まったく関係無い、なんてことは無いだろう。
『そんなバロットにおいて、私が最優先で取り組んだのは瘴気領域の浄化についての研究だった』
と、悪神はさも人の世のためのように語るが、そんなものは建前、あるいはもののついでにすぎない。
要は世界樹計画の再開に瘴気領域が邪魔だったというだけだろう。
『しかし瘴気領域の浄化はなかなか難しい問題で、解決の糸口すらも見つからない。わずかながらに範囲が縮小しているのは、魔素の流れに乗って微量な瘴気が漏れだし世界へと流出しているためだ。いずれ瘴気領域は自然消滅するかもしれないが、その頃には世界はこの特殊な瘴気に汚染され、影響を受けた生けるものたちが変異を起こしてしまうのではないか、そういう危惧もあった』
ひとまず千何百年はもった。
もちはしたが、もしかするともうそろそろ危うかったのかもしれない。
魔境ビウロットにスナークが発生したのは、その兆候だったのではないだろうか。
『考えた末、私は瘴気を浄化するのではなく、昇華させてはどうかと考えた。もしそれが可能ならば、瘴気領域の消滅と同時に世界樹計画の再開も可能になる。具体的に言うと、特別純度の高い魔石――魔晶石と呼ばれるものを最低でも四つ用意し、それらを巡らせることで瘴気を昇華させるという方法だ』
四つ?
ふと連想されたものは、今回が四度目の魔王の季節という事実。
四番目の魔王が誕生するはずだった時代。
『では、この魔晶石をどのように用意するか? これについては、邪神が巨大な魔晶石を残してくれたので精製法がわかっている。必要なのは莫大な魔素の収束。錬成炉を用いて魔石を作り出すという作業を、もっと大規模に行うのだ。そのための特殊な錬成炉、諸君らにはこう呼ぶ方が馴染み深いことだろう』
馴染み――、なるほど、くそったれめ。
『魔王、と』




