第69話 9歳(春)…野生のミーネ
クェルアーク家へ戻るとおれはすぐ客間にひっこんだ。
ミーネは当然のごとくついてきて、例の生地のことを尋ねてくる。
こいつなんでおれが古代ヴィルク持ってるって感づいたんだろう?
「え? あなたって思ってること顔にでるのよ? 古代ヴィルクの話をしてるとき、なんかだまってやりすごそうって顔になったから、もってるのかなって」
「…………」
ショックだった。
顔に出るタイプということだったこともあれだが、それをミーネに見抜かれていることがなんかすごく。
でもこいつ、顔色で考えが読めるのにおれにつきまとってたの?
なんなの? 心に鎧でも着込んでんの?
「むつかしい顔してるときはわからないけど、今日みたいに気を取られているときはわかりやすいわ」
ふむ、心に隙ができているときに出やすいということか。
古代ヴィルクのことは本当に不意打ちだったからな、ちょっと余裕がなくなってしまったのだろう。
うん、これから気をつけよう。
指摘を受けた礼もかねて、おれはハンカチに化けた貴重な生地を見せてやる。
「これが古代ヴィルクなのね」
ミーネはベッドにダイブすると、鼻歌交じりでハンカチをなでたり頬ずりしたりと堪能し始めた。
それ綺麗だけどけっこう使ったんだよ?
さすがにケツは拭いてないけどさ。
「ねえ、この生地――」
「はいはい、やるから誰にも言うなよー」
「あなたが作ってくれる服に――」
「はいはい、使いますよー。そして本当に誰にも言うなよー。爺さんにも言うなよー」
なんか親には内緒だぞ、とこっそり親戚の子にお小遣いをあげる気分だ。
神鉄の次が古代ヴィルクとなると、もうバートランは錯乱してお返ししきれないからとミーネを差しだしてくるかもしれんな。
「んー……、そーだなー……」
おれはミーネの要望にしたがって服のデザインをする。
可愛い服、とミーネは言った。
ラマテックがミーネのためにと用意した生地は白と黒と暗緑だ。
白は下に着る肌着にして、暗緑は上着、黒はスカート。
いわゆる軍服ワンピースというものに仕立てようとデザインしていく。
可愛らしく格好いい服。
まあ格好いいだけでも着る奴が可愛いから勝手に可愛く見えるだろう。美少女ってのは得だな。おれがこんな色合いの服を着ていたら日陰者あつかい間違いなしだろうに。
「このハンカチどう使うの?」
ミーネはベッドでごろごろ転がりながら聞いてきた。
「適当に切って裏に縫いつけてみるが……、どうなるかな。はたしてラマテックの言っていたように準ヴィルクの服になるのかならんのか。まあやがてそうなるって話で、完成してすぐにどうなるってことじゃなかったみたいだし」
「そっかー」
生返事をして、ミーネはごろごろ。
自宅ということもあるのか、実にだらしない。
とはいえ、どこかのメイドみたいに自分が暇だからとちょっかいかけてこないだけましだ。できればとっととこの部屋からでていってほしいところだが、それは多くを望みすぎているのかもしれない。おれの作業を邪魔しない。それだけで充分とすべきだろう。
それからおれは黙々とデザイン画を描いた。
全体像、正面、背後、横、各部の細かなところ。
何枚も何枚も描く。
「ふーむ、そうだなぁ。なあミーネ」
描きあげた中から良いと思うものをいくつか選び、ミーネに感想を聞いてみることにする。
しかし――
「寝てるし……」
お嬢さまは健やかな眠りについていた。
少し気をそがれたような気分になったが、冷静に考えればこれはむしろ好都合。
今のうちに引き取ってもらおう。
おれはそっと部屋を抜けだし ミーネを回収してくれそうな人のところへ向かう。
アル兄さんである。
おれは丁寧に事情を説明し、ひきとってくれるようお願いする。
アル兄さんはこころよく了承してくれた。
「これはまた……」
一緒に部屋へと向かい、そこで大の字というか、もはやXの字となっている妹の寝相を眺めてアル兄さんは苦笑した。
「だいぶはめを外しているようだね」
はめ?
タガの間違いではないですかね?
「ミーネはいつもこんな感じじゃないんですか?」
「いやいや、いつもはもう少しお淑やかな感じだよ」
お淑やかだと? バカな!?
おれの愕然とした表情を見たアル兄さんはふと思いたったように言う。
「そうか、君にとってのミーネはこんな感じなのか。あれ? ということは……、あー、ミーネがそちらにお邪魔しているときは君にずいぶん迷惑かけたんだね」
苦笑するアル兄さんの様子はバートランに似ていた。
「僕の知ってるミーネはややおてんばだけど、言いつけはちゃんと守って大人しくしていることが出来る子だね、顔は不満そうでも。領地にいるときは特にそれが顕著らしくて、我慢しきれず屋敷から飛びだしては父さんに叱られているようだね。冒険者になりたがるのも、そういう拘束を嫌ってというのがあると思う。もちろん性格的に冒険者を好んでいるのも事実だろうけど」
こいつは人一倍奔放そうな性格だからな、あれこれ我慢させられたらそれはそれは鬱憤もたまるだろう。
というかこいつ我慢できたの?
「ミーネが我慢……、よっぽどきつく怒られてるんですかね」
「そこまで怒られてはいないと思うよ? たぶん、父さんに心配かけないようにって気遣ってるところもあるんじゃないかな。僕としてはもっと我が侭でもいいと思うんだ。そのへんのところを不憫に思って祖父やミリーは甘やかすんだけど、やっぱりどこかわかっていて、君の知っているミーネほど奔放に振る舞うことはしないね」
なるほど、つまり――
「野生の獣は懐かない……?」
「ぶふっ」
ついうっかり本音を漏らしたらアル兄さんが吹いた。
ミーネを起こさないよう体を折って笑いだすのをこらえ、やがて呼吸を荒くしながら顔をあげて微笑む。
「あー、なるほど、そうか……」
アル兄さんはなにか納得したようにしきりにうなずく。
「気遣われているのがわかるから、か。そういうのを求めていたわけじゃなく、君のようにちょっと容赦ないくらい自分を対等に扱ってくれる相手がほしかった、ということなのかな」
追うと逃げる。
逃げると追ってくる。
やっぱ獣だよなそれって。
とはいえこの姿、もうどこにも野生は見あたらない。
「ミリーはこの姿を見られなかったことを悔しがるだろうなぁ。実は君にも会いたがっていたんだけど、今は聖都へ行っているんだよね」
「ミリメリア姫はどんな方なんですか?」
「んー、可愛らしい人だよ?」
なぜに尋ねるように言うのですか……。
「君が冒険者訓練校へ入学する頃には戻ってきているから、きっと会いにくるだろうね」
「だ、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫。まあミーネがよく懐いてるからって、やっかみくらいはあるかもしれないけど」
「それあんまり大丈夫じゃないですよね!?」
愕然とするおれを見てアル兄さんは微笑むと、懐きすぎて野生を失い、飼い主の布団にひっくりかえって寝てるお猫さまのごとき妹君を抱えあげる。
「それじゃあまた夕食のときに話そう。レイヴァース家でミーネがどんな様子だったか、とかね」
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/12/19




