第676話 14歳(春)…父と母
レクライムとヴィオレーナは惨劇の地――森の奥にある小さな湖、その畔にある屋敷跡に留まっていた。
先に仮面がコンタクトをとっていたのでガレデアが暴走していることは知っているようだが、何を願っていたかについては俺が説明した。
「馬鹿者め……」
しみじみとレクライムが言うと、ガレデアは深く頭を垂れた。
「申し訳ございません」
「謝るな。謝らせたいわけではないのだ。いや、謝るのは俺の方か。すべては俺の見通しが甘かったせいなのだから」
「あら、貴方だけのせいではないでしょう? 私もよ」
「……」
レクライムはヴィオレーナを見つめ、そして苦笑する。
「ガレデア、俺もヴィオもお前を恨んではいない。それどころか、よく息子を支えてきてくれたと感謝するばかりだ。ありがとう。本当に。――ただ、娘を殺そうとしたのはなぁ……」
「娘を殺そうとしたのはねぇ……」
そして黙る、前国王と王妃。
沈黙の中、ガレデアは固まってしまっている。
やがてレクライムが小さく笑い、口を開いた。
「これについては彼に感謝せねばならん。馬鹿な弟を止めてくれて本当にありがとう」
「ありがとうね。余計な苦労をさせてしまったことは、本当に申し訳ないわ。でも、ね。こんなに頑張ってくれたってことは……、ふふ」
にこにことし始める王妃。
何だろう……?
あと元国王は急に渋い顔になってんだが。
俺は困惑することになったが、二人はそれ以上何も言ってこず、またガレデアに視線を向ける。
「ガレデアよ、罪は償わねばならない」
「はい」
「だが、お前の罪は死んであがなえるようなものではない。これからはただのガレデアとして償っていくのだ。……まあ、これは建前。俺はお前に死んで欲しくない、それだけだ。とは言え――」
レクライムはガレデアを諭すように語り始め、するとそこでヴィオレーナがこちらに寄ってきていたヴィルジオに近づいた。
「ひさしぶりね。すごい格好だけど……、どうしたの?」
ヴィオレーナは友人との再会を喜んでいるといったふうだが、ヴィルジオの方は表情が暗かった。
「ヴィオ、お主らの仇は討ったぞ」
「ん? んん? え、本当に? そ、それは……、ありがとう。もしかしてその有様は……、それでなの?」
「ああ、なかなか手強くてな」
「いやいや、手強いとかそういう段階じゃなかったでしょう? ああもう、とんでもない無茶をしたのね」
「これくらいせねば気がすまなかったのでな。妾がお主の誘いを受けていれば、お主らは死なずにすんだかもしれない」
「ああ、無茶をしたのはそういうことだったのね。もう、素っ気ないくせに情に厚いんだから。貴方が居合わせたら一緒にこうなってたかもしれないでしょ?」
「しかし――」
「もしものことを言ってもしかたないわ。ね? 私は死んでしまったけれど、貴方は生きている。無理をして仇も討ってくれた。どうかもう気に病まないで。笑っていて。あ、ところで友達はできた?」
「んぐ――、うむ、できたぞ。大勢。その中にはお主の娘もおる」
「あらそうなの! じゃあ――」
「ヴィオ、頼むからそこには触れるな」
「あー……、うん、ごめんね」
「謝られても困るのだが……」
「そ、そうね。……ふふ、今なんだか昔に戻ったような気がしたわ」
ヴィオレーナは楽しそうに微笑み、ヴィルジオもつられて笑う。
何となく、二人がどのように友情を交わしていたのか察せられた。
やがて――
「もう会えないと思った貴方に会えて本当によかったわ。娘をよろしくね」
「わかった。妾も……、会えてよかった」
「うん、じゃあね」
「ああ、じゃあな」
ヴィルジオとヴィオレーナの会話は互いの笑顔で終わりを迎える。
そのあたりでレクライムによるガレデアへの説教も終わり、二人は近くでじっと待っていたシアとリマルキスへと近づいて行った。
「二人とも大きくなったな」
「ええ、本当に。こんな嬉しいことはないわ」
そう喜ぶレクライムとヴィオレーナだったが、シアとリマルキスはなんと話しかけたらいいかまだまとまっていないのか――、いや、まとまるわけがないか。
二人の召喚が突然すぎたのもあるだろう。
でもガレデアと戦っている最中に伝えるのは無理だったし……。
「しかし、二人揃ってヴィオに似てしまったのか……、リマルキスの方は俺に似てくれてもいいのに……」
「ふふ、ごめんなさいね」
二人は穏やかにしており、その飾り気のない雰囲気はシアとリマルキスが話しかけやすいようにと敢えてそうしているように思われた。
まあ素なのかもしれないが。
やがて――
「あ、あの!」
意を決してリマルキスが口を開く。
が、言葉はそこで止まってしまった。
そんなリマルキスに対し、レクライムとヴィオレーナは急かしたりせず静かに微笑んで待っている。
リマルキスは仕切り直すように深呼吸をしようとして――、すでに涙がこぼれているせいで一緒に鼻をすすることになってしまったが、それでも言葉の続きを告げた。
「会いたかったです、ずっと、会いたいって……、僕は、ぜんぜん国王らしくなくって、兄上に頼ってばかりだけど、でも、頑張ってるよって、そう伝えたくって、ずっと伝えたいなって、そ、そしたら、父さまと母さまも安心してくれるんじゃないかって――」
途切れ途切れになりながらも語る息子をレクライムとヴィオレーナは見守っていたが、そこでレクライムがそっとリマルキスの頭に手をかざし、ヴィオレーナは頬に手を添えた。
「よく頑張ったな。偉いぞ」
「ええ、自慢の息子ね」
「――ッ」
その言葉でリマルキスは限界を迎えてしまった。
ぼろぼろと涙をこぼし、何か言おうと口を開いても、もう嗚咽にしかならない。
代わりにレクライムとヴィオレーナが話しかけるようになったのだが……、リマルキスはますます泣く。
もう褒めてんのか、泣かせようとしてんのかよくわかんなくなってんぞ。
一方のシアはと言うと、表情が硬いままだ。
いや、リマルキスと両親の様子を見て余計に顔を強張らせているようにも……、あ、あー、そうか。自分が生まれてきてしまったことでこうなってしまったのだと、より責任を感じているのか。
これは……、困ったな、暇神に送り込まれたんだから責任を感じなくてもいい――、とは言えない。例えば俺が生まれたことが要因となって父さん母さんが死んでしまったとして、クロアとセレスが恋しがって泣いていたら知らんぷりなんてのは無理だ。どれほど居たたまれない気持ちになるだろうか。
リマルキスはずっと会いたかったと伝えた。
けれどシアは、ずっと謝りたかったのだろう。
何とかしてやらないとシアはあのままだ。でも何と声をかけてやればいいのかわからない。
どうしたものかと思っていると、そこでうちの母さんがシアの後ろに寄り添い、そのさらに後ろには父さんが。
「シアちゃんも、お父さんとお母さんに会いたかったんでしょう?」
気を張りすぎていてうちの両親が近づいていたことに気づいていなかったのか、シアはビクッとしてふり返る。
「そうです……、けど、わたしのせいで死なせてしまったんです。わたしには、そんなこと言う資格は――」
「責任を感じるからもう会わないままでよかった?」
「そ、そんなことはありません!」
シアが声を上げ、それからはっとして口を噤む。
母さんはシアを安心させるように微笑み、それから視線をシアの向こうへとずらす。
向きなおったシアを迎えたのは、やはり微笑んでいるレクライムとヴィオレーナであった。
「シアちゃんがこうして無事に育ってくれている。私ならそれで本望と思うわよ? だからどうか、素直な気持ちを伝えてあげて」
後ろから母さんに促され、それでようやくシアは実の両親に語りかけた。
「もっと、会いたかった……、です。年に何回とかじゃなくて、もっと一緒に居てほしかったんです。もしかしたら、私は邪魔で、本当は会いに来たくないんじゃないかって、そう思ったりもしました。でもわたしを守ろうとしてくれて、それでやっとわかったんです。わたしは愛されていたんだって。わたしばっかりが、大好きって思ってたんじゃなかったんだって。もっと、ちゃんと伝えられたら……、よかったのに……」
悔しそうに顔を歪めながらシアは涙をこぼす。
レクライムとヴィオレーナが身命を賭して守ろうとしたからこそシアは愛されていたことを理解し、理解と共に失うことになった。
魔導王とやらに深手を負わすほどの暴走は、おそらくそういうことなのだろう。
「ずっと言えなかったことを……、やっと、言えます。お父さん、お母さん、守ってくれて、ありがとう。わたしはちゃんと助かって、それから色々ありましたが……、今はこうして、元気にやっています」
泣きながら語る娘に対し、レクライムとヴィオレーナはリマルキスにしたようにそっと手をかざした。
「撫でてやれないのが悲しいな、愛しい娘が泣いているというのに」
「そうですね。抱きしめてあげられないのは切ないです」
二人をうちの父さん母さんに憑依させることは可能だし、引き受けてもくれると思うが……、二人の姿ではなくなってしまうからな、ここは余計な口出しはせずに大人しく見守ることにする。
「そうか、元気でやっているんだな?」
「はい」
「幸せに暮らせている?」
「はい」
シアは大きく頷いて答えていたが、そこで二人は嬉しそうに顔をほころばせた。
「なら良かった」
「ええ、本当に」
「――ッ」
娘が幸せでいるならば――、二人は純粋にそれを喜んでいた。
△◆▽
再会した親子はそれからしばし会話を続けたが、次第にレクライムとヴィオレーナの姿は薄くなっていった。
ここで〈真夏の夜のお食事会〉を使ってもう少しもたせる、あるいは二人ならシャロの霊廟にいた死人たちのように、そのまま精霊にすることも可能なのだろうが……、なんだろう、うまく言えないがそれは蛇足、必要ないように思えた。
これは別れのための再会、ちゃんと別れを告げられたなら、これ以上は無為に続けるべきではない、そう思うのだ。
これには仮面も同意しているのか、特に何も言わない。
やがて――、レクライムとヴィオレーナは満足……、したのだろう、ふっと溶けるように消えていった。
「……死神が連れて行ったのか……?」
『……いや、あの二人はこの地に溶けた。この地で眠るのだ……』
「……そうか……」
ならば、どうか安らかに。
『では、我はここまでだ』
やがて仮面はそう告げ、俺の顔から勝手に離脱。
俺の姿は元に戻り、それから仮面は虚空へと消えた。
「ふぅ――……」
深呼吸のようなため息をつく。
これでメルナルディア王国を襲った危機は去った、ということでいいだろう。
まさか訪問初日から騒動が始まって、そのまま終わるとは予想出来なかった。ガレデアの野郎はいい迷惑だったが、魔王化を強制的に解除――俺の力で悪神の影響を打ち払えることが実証できた。この点だけは感謝してもいい。こればっかりは誰かに「悪いけどちょっと魔王になってくれる?」とかお願いできないからな。
ともかくこれで一段落、やれやれ、と思いながら俺はバスカーにでっかくなってもらって背中に跨る。
どうせそのうち意識を失うので、こうしておけばそのままバスカーが背負って屋敷に運んでくれるだろう。
シアとリマルキスはまだ両親が居た場所を見つめ続けていたが、やがてシアがリマルキスの肩を抱いて引き寄せた。
最初はいまいち『姉弟』という気がしなかった二人も、ああやっている今はちゃんと姉弟に見えた。
結局、俺が覚えているのはそこまでだった。
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/09/02
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/03/08
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/14




