第672話 14歳(春)…それでも彼は名乗れない
はっと意識が戻ったとき、魔王化しつつあるガレデアと対峙しているという状況に変化は無かった。
おそらく、それは長いようで一瞬の出来事だったのだろう。
ふっと眠りに落ちて目覚めるまでのわずかな時間に、とても長い夢を見たようなものではないか。
しかし、これが夢ならば記憶も曖昧なものだろうが、今回の場合はうんざりするほどはっきりと覚えている。
具体的には仮面とガレデアが遭遇してからの様子、その会話だ。
皆も同じように精神攻撃(?)を受けていたらしく、白昼夢から覚めた今、シアは何かにひどく納得したような、それでいて少し寂しげな表情であり、ミーネは大いに納得した表情でうんうんと頷き、アレサはどこかほっとしたような様子で、そしてシャロは……、何があったのかしくしく泣きながら左手で自分の頬をむにーっと引っぱりだした。
いやホント何があったん?
ロシャも心配になったらしく、杖からにょきっと体を半分出して短い前足でシャロの頭を撫で撫でし始めた。
皆はそれぞれ反応を示していたが、見たところショックを受けているのはシャロくらいのものだった。
まあこっちも衝撃的だったのだが。
何しろ自分の記憶が偽物だと判明してしまったのだ。
厳密には偽物ではなく受け継いだということになるのだろうが、それでも自分の根幹に関わる話だ、この微妙な差違も笑って無視できるようなものではない。
くそっ、暇神の野郎め、あいつ全部知っていていけしゃあしゃあと適当なこと吹き込んできやがったのか。
とんでもねえ野郎である。
だが……、まあ、あの状態で自分がどんなことになっているかを説明されても、そんなバカなと混乱するばかりであったことは想像に難くない。
なんせ今でも混乱しているくらいだ。
前世では自分がどんな名前だったのか、思い出せないことを不思議に思ったこともあったが、きっと暇神の奴にとって都合が悪いから思い出せないようにしてあるんだろうと考えていた。
しかしこれに関しては暇神は関係無く、思い出そうとすること自体がどだい無理な話だったようだ。確かに『少年』の記憶を受け継ぎはしたが、その名前まで使うことはできなかったのだろう。その名を使って神の端くれである自己を定めてしまうと、自分が自分の知る『自分』でないことを理解してしまったのではないか、と、そんな気がする。
結局、名前なんて思い出せるわけがなかったのだ。
そもそも、名前なんて無かったのだから。
だが――。
今となっては……、いや、今だからこそだろうか、思うのだ。
そんなことはどうでもいい、と。
ショックなのは確かだ。
でもそれは茫然自失となるほどじゃあない。
いや、それほどでは無くなった、と言うべきか。
こっちへ来たばかりでこの真実を知っていたら、どうなっていたか自分でもちょっとわからない。もしかしたら自暴自棄になって、自分は本物ではないのだとぐだぐだ悩みながら無駄な時間を過ごしていたかもしれない。
でも、今ならそれも心をへし折るほどの事実ではないのだ。
言動の根底で指針となっているのは受け継いだ『彼』の記憶ではあるが、それでも、こっちで生まれ、こっちで過ごした経験は自分だけのものである。
両親がいて、弟妹がいて、仲間がいて、友人がいて、あとなんだか崇めてくる連中がいたりする、そんな半生は『彼』のものではない。
これは『俺』のものだ。
俺の人生だ。
だから生きられる、だから死ねる。
「はっ」
何だかわからないが――、ひどく爽快だ。
思わず笑いだしたくなるが頑張って堪える。
なんせ状況はシリアスだからな、ここでけらけら笑いだしたらガレデアの精神攻撃でおかしくなってしまったのかと心配されかねん。
「貴様はいったい……、何なのだ!?」
そう尋ねてきたのはガレデアだ。
こいつ仮面に尋ねといて、俺にも聞いてくるのか。
ガレデアは魔王化前まではずいぶん冷静だったような気がするのだが、すっかり調子が狂ってしまったのかちょっと取り乱した感じである。
もっと言えば……、キレ気味?
まったくひどい話だ。
勝手に人の中に押し入ってきておいて、中身があんまりにも訳のわからないものだったからと逆ギレするだなんて失礼極まりない。
俺だって好きで訳わかんねえわけじゃねえというのに。
泣くぞちくしょう。
ともかく、ここは答えてやるべきだろう。
不幸な少年の記憶を受け継いでいるとか、死神から分離した神性の眷属であるとか、そういうことは関係無く、この世界に生まれ、育ち、ここまで来ちまった一人の幼気な少年としての表明として。
が――、気づく。
ここって「俺は○○だ!」って叫ぶところじゃね?
名前言いたくないんですけど。
この期に及んでも嫌なんですけど。
暇神マジ腹立つわ。
「うっせえ! 俺が何かなんて俺が知りたいわ!」
仕方ないので掛け値無しの本音で怒鳴り返す。
そう言われてしまうと、ガレデアはもう尋ねようが無かったのだろう、何とも言えない渋い顔で俺を睨んできた。
「まあ、ともかくあれだ、もういいだろ。おまえの……、なんだ、とっておきの攻撃? それっぽいのを打ち破ったわけだろ? 要はおまえに打ち勝ったわけだからさ」
「それが何だと言うのだ」
「だっておまえ、俺にシアを守る力があるかどうか試したかっただけなんだろう?」
魔王すらもはね除ける者がシアの側にいるという事実。
ガレデアはこれを世間に知らしめたかったのだろう。
これで諦めてくれたらいいのだが……、それくらいならこんなことを始めたりはしないか。
ガレデアは苦笑しつつ告げる。
「確かに私は王女を殺したいわけではない。計画が阻止されることを望んでいたことも認めよう。だが――、いや、だからこそ、中途半端は許されない。たかだか未覚醒の魔王が放った術を破ったくらいで守ったと言えるのか? 違うだろう、それはただ凌いだにすぎない。決着は、王女か私か、いずれかの死によってのみ決せられる」
狂った調子を立て直し、ガレデアは毅然と言い放つ。
「それに、君に王女を守る力があると決まったわけではない。君は私の術を破ることは出来たが、私に打ち勝てたわけではないのだ。王女を殺そうとする私を止めることはできるのか?」
「つまり、あとはおまえを殴り倒せって話か」
この俺の言葉を聞き、ミーネとシャロ、他にもバートランやアズアーフ、それにシャフリーンやアロヴも戦いに臨もうとするが――
「下がりたまえ。君たちに私と戦う資格は無い。かかって来てもかまわないが……、その時はまた夢に囚われるだけだ」
ガレデアの忠告に皆の動きが止まる。
共闘は認めない。
術を破れる俺だけが戦う資格を持つ――、ということらしい。
なるほど、こいつは困った。
ガレデアの奴は普通に強いし、おまけに半熟魔王と化しているせいでさらにパワーアップしているはずだ。
これは俺がまともに戦って勝てる相手ではない。
神撃を使えるガレデア相手では、雷撃で痺れさせて降参させるってわけにはいかないからなぁ……。
となると――、ちょっと無茶をするしかないな。
次にやらかしたら一年もたないって暇神の野郎は言っていたが、あれも嘘だったりしないだろうか? でもああいうのだけは本当だったりするんだよな、腹立たしいことに。
だがまあ、一年はもたなくとも何ヶ月かはもつだろう。
ならば何の問題も無い。
たぶん無い。
「んじゃまあ……、やるか」
ため息まじりに言い、そして俺は左手をかざす。
すると、仮面は浮かび上がるように静かに出現した。
『己は定まったようだな』
「べつに定まってねえよ。ってかおまえ欠けたまんまじゃねえか」
精神世界にて、ガレデアの干渉を受け右側部を一部失うことになった仮面はそのままの状態で現れていた。
半熟魔王であっても、それなりにやるということか?
「修復はできなかったか?」
『否、そんなことはない』
「は? じゃあなんで欠けてんだよ」
『欠けた仮面には風情があるだろう?』
「何が風情だ」
バカめ、と吐き捨てながら、俺は仮面を顔に被った。
右側――額から頬にかけて俺の顔が覗いちまってるが、もう正体なんて盛大にバレちまってるからどうでもいい話だ。
そして――。
俺たちは叫ぶ。
「『チェンジッ! オークッ!!』」
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/08/27
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/13
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/07/18




