第68話 9歳(春)…ミーネのおねだり2
「……あ、あのう……、レイヴァース様? もしかしてこちらすべてお買い上げいただけるのですか……?」
店の奥から戻ってきたラマテックは生地の山におののいた。
「はい。あとでひきとりに来ますんで。あと支払いはクェルアーク家にお願いします」
「ほ? あ、ええと――」
と、ラマテックが見やるとバートランはゆっくりうなずく。
「――はい。かしこまりました。お買い上げいただきまして、まことにありがとうございます。……ところで、ご用意させていただいた生地はいかがいたしましょう?」
あ、そういえば特別な生地を選んできてくれると言ってたっけ。
「見せてもらいます」
「はい。それではどうぞこちらへ」
最初にいた来客用の席に戻り生地を見せてもらう。
生地は黒と白、そしてほの暗い緑色の三色だった。
「悩みましたが、やはりミネヴィアお嬢さまの美しい金色の髪が映えるものがよろしいと考えましてこちらをご用意させていただきました」
ふむふむ、よい生地だ。
ただ、並べてあったものより高級という感じはしないな。
「これはどういう生地なんです?」
「こちら白地はアラクネ糸の生地、緑と黒はレプテラの幼虫の繭からとれた糸の生地をそれぞれ精霊石にて染色したものになります」
「……すいません、生地に詳しくないもので、それがどういうものかわからないです……」
「あ、これは失礼しました。アラクネは蜘蛛の魔物。レプテラは蝶の魔物。こちらの生地は魔物繊維から作られたものなのです。魔物産の生地はそのきめ細かさや光沢、手触りこそ一般的な高級生地に劣りますが、特別な効能を宿すため非常に人気があります」
うん? それってシアに作ってやったメイド服みたいに効果がつくってことか?
「こちらの黒地は黒水晶の精霊石を砕いて作られた染料にて染めたものになります。精霊石の染料はその石のもつ効能をそのまま付加する性質をもつため、こちらの生地はすでに黒水晶の精霊石――瘴気を祓う効果が付与されております」
「こんなにしっかり色がつくものなんですか?」
元の世界でも宝石砕いて絵の具にするってのはやっていたが、それは染料でなくて顔料――、上から塗りたくって固めるものだ。染めるものじゃない。さして絵の具に興味もなく、顔料はその字面から昔の化粧品かなんかだと思っていたおれがそんなことを知っているのはジジイに聞いたからである。そのときは社会勉強として美術館からなんか高そうな絵を強奪した。
「はい、精霊石ですから」
おれの疑問はその一言ですまされてしまった。
どうやらそういうものらしい。
「そして魔物産の人気が高い最大の理由は生きているからですね」
「生きてる?」
「はい。とは申しましても動いたりはいたしません。例えるなら、身につけた者の魔力を栄養とする植物――苔のようなものです。生きているため少々汚れようと自然にきれいになりますし、損傷しようとも時間をおけば元通りになります。そして成長にあわせその大きさを変えることもします」
やっぱりメイド服に使った生地と同じような感じだ。
「すでにご覧になられたものもよろしいのですが、ミネヴィアお嬢さまは冒険者を目指されるとお聞きしております。であれば、見栄えや肌触りだけでない特性をもったものがよいと思いまして」
なるほど、この人は本当にミーネのための生地を選んできてくれたらしい。
「これ以上の魔物産の生地となりますと、ヴィルクと呼ばれる生地になります。しかしヴィルクは貴重すぎて当店でも扱うことのできないものなのです。ヴィルクとはヴィルキリーという魔物の毛から作られる生地でして、実は当店はその名にあやかってつけられました」
ヴィルキリーとかなんかめっちゃ強そうな名前の魔物だな。
「どんな魔物なんですか?」
「見た目は丸い毛の塊という魔物です。好奇心が強いのですが、同時に非常に臆病であまり驚かせるとびっくりして死にます」
とんだ貧弱野郎だなヴィルキリー!
「死ぬとその体毛は枯れた草のようになってしまい、使い物にならなくなります。そのため毛は生きているヴィルキリーから刈り取らなければならず、そのためにはヴィルキリーとの深い信頼関係が必要になります」
と、ラマテックは貧弱毛玉について教えてくれる。
現在、貧弱毛玉は装衣の神が祀られている都市にのみ生息し、厳重に保護されて大事に大事に飼育されているという。
そのためヴィルクは本当に貴重で、店頭に並ぶようなことはない。
販売は完全な予約制。
その予約もすでに各国の王侯貴族や大商人によって二百年先まで埋まっているというから驚きよりもあきれが先に来る。
ただ話をよく聞くと、ヴィルクは自分の服のためというよりもその家にあるという事実――箔のために求められるような代物らしい。
そもそも予約して手にいれられる量がほんの一片なのだ。
服など仕立てられるわけがない。
ただ一片であっても、別の生地にくるんで保存しておくとその生地に溶け込み、やがてその生地は準ヴィルクと呼ばれるものになる。
通常、ヴィルクの服といえばこれになるそうだ。
「総ヴィルクの服というものは存在しません。例外は聖都の大神官のみが着用を許される聖衣ですが、これは例外中の例外です。そもそもそれはヴィルクであってヴィルクではないのです」
「どういうことなんです?」
「大神官の聖衣は古代ヴィルクと呼ばれる代物なのです。古代ヴィルクとは邪神が降臨する以前の文明で作られた、野生のヴィルキリー由来の生地です。邪神降臨以降、野生のヴィルキリーは存在を確認されておりません。そのため、古代ヴィルクはその当時生産されたものしかもう存在しないのです」
「な、なるほど……」
ちょっと声がうわずる。
なんかどっかでそんな生地のことを聞いたことを思いだしたからだ。
装衣の神が生地をよこすときに言っていた。
ずっと昔に作られたもので、もう再現不可能とかそんなことを……。
これ、もしかして……、そうなのか……。
うーむ、神がくれたものだから、まあ良い布なんだろうくらいに思って全力で使ってしまった。
そりゃあすごいメイド服になるわけである。
黒地はだいぶ使ってしまったが、白地はあまったので一部をハンカチにして今も持っていたりする。使っていてもずっと綺麗な白のままだから気に入っていたんだが……。
ちょっと内心ひやひやしながら話を聞いていると、ふとミーネがおれを見つめていることに気づいた。
なにか言いたそうに、じーっとおれを見ている。
なんだ、なんなんだおまえは。
おれは一言も古代ヴィルクのことなんて言ってないぞ。
というかおれですら今ここでやっと知ったことだぞ。
なのになんで「持ってる?」みたいな顔でおれを見るんだ!?
おれは全力でそしらぬ顔をしてラマテックの話を聞いていたが――
「ねえねえ、もしかして――」
「よーしなにか話があるなら戻ってからゆっくり聞こうか」
おれはミーネを即座に黙らせ、ラマテックの用意してくれた生地を買い取ってすみやかに屋敷へと戻った。




