第668話 14歳(春)…試練の時は今
ガレデアの発言に、説得しようとしていたヴィルジオは愕然とした。
「ば、馬鹿な! 何故そうなる!? シアを狙う者はもう居ないのだぞ!? 殺す必要など無いではないか!」
ヴィルジオは怒鳴りつけるように言うが、一方のガレデアは非常に冷めたもの。まるで聞き分けのない子へ道理を言い聞かせでもするように淡々と語り始める。
「確かに、貴方の尽力によって王女を狙う最大の敵は葬られた。しかし王女が生き続ける限り不安要素は残り続けてしまう。王女を狙う第二、第三の者が現れないという保証はない」
「ならばその度に妾たちがその敵を討とう! 何度でも!」
「なるほど、それは立派、素晴らしいことだ。邪神教の教祖すらも討ち取ってみせた貴方であれば、そう豪語するに充分な資格がある。だが、その度に何かしらの被害が出てしまうのでは? この王都のような混乱が起きるのでは? であれば……」
と、ガレデアが言葉を止める。
まあここまで来れば言わなくてもわかる。
つまりシアを殺害しておくことが最善だと言うのだ。
「邪神教の教主――、いえ、魔導王は『世界を喰らう者』を器として邪神を生みだした。魔導王が死した今、もう邪神を誕生させようなどと企む者は居ないかもしれない。しかし邪神の誕生は人工的な手段だけに限らないのではないか?」
「何だと……?」
「魔素を喰らうならば、喰らい続けるならば、規模は小さいながらもいずれは邪神と化してしまうのではないか? 私は思う。それこそ、その魔素の王こそが、真に『魔王』と呼ぶべき存在なのではないのかと。魔素を喰らう者は、ただ存在する、それだけで危険なのだ」
そう断言するガレデアに対し、ヴィルジオはもう何を言ったらいいのかわからないようだ。
邪神教の教祖、こいつがいるからシアを殺害しようとしているのだと考えていたのが、シアという存在そのものを害悪として葬ろうとしているのだから。
そんなことは無い、と言いたいことだろう。
だがこの王都ヘクレフトで起きた事態が、その言葉を封じてしまう。
「しきたりには、しきたりとされるだけの理由があった、意味があった。みだりに破ってはならず、しきたりが生まれるきっかけとなった問題が起きてしまってからでは取り返しがつかない。一人の死で、多くの人々が苦しむ未来が訪れる可能性を完全に潰せるのなら、それは正当化――、とまでは言わないが、誰もが仕方のないこととして受け入れることではないのか?」
ガレデアは饒舌だ。
クマ兄弟によって放送されていることがわかったせいか、人々に自分の正当性を訴えようとしているようにも思える。
そういうことされると面倒くさいんだが。
「ああ、レイヴァース卿、承知している。承知しているとも。貴方がこのような考え方を好まないことは。それはヴァイロ共和国での宣言によく現れている。多数を救う可能性のための、少数の犠牲を認めない。実に高潔なことだ」
と、そこでガレデアは標的をヴィルジオからおれに変えた。
「高潔ってのは間違いだ。高慢なだけだよ。あれはおれが『気に入らなかった』ってだけの話なんだからな」
「なるほど、なるほど、確かに高慢。誰もが貴方のように事を成せるわけではない。我を通すために命を張れるわけではない。貴方のような存在が希なのだ。故に、だからこそ、貴方は人々を惹きつけるのだろう。そして強き光でもって人々の目を眩ませるのだ。良心に恥じぬ行いを貫くことこそが尊いと、最善であると盲信させる。貴方がいるから大丈夫と、安寧と堕落を与える。だが、本来は貴方が居なくても大丈夫であるべきなのだ。そして、そうできる方法があるならば行うべきなのだ」
人々にはガレデアがどう見えているだろう。
もはやただの謀反人と思っている者はいないのではないか?
すべてはこの国、この世界の存続のため。
ガレデアはおれを高潔と言ったが、違う、高潔なのはこいつの方だ。
「私が退くことはないと、そろそろ理解してもらえただろうか? その程度の覚悟で始めたことではないということも」
ガレデアは退かない。
だが、だからといってもうどうにかなる状況でもない。
この状況でガレデアがシアを殺害することは不可能なのだ。
案外、シアがそこにいるから退くに退けず、シャロに逃がしてもらえば諦めもついて説得に応じるのではないか、そんなことを考える。
いや、そうであって欲しいと思う。
ここから先へ進もうとするなら、もう殺し合いにしかならない。
どうしたものかと考えたとき、ふと、ガレデアは表情を変えた。
これまでの冷徹な仮面から、優しげな表情に。
その視線の先にいるのはリマルキスで――
「さらばだ、我が弟よ」
そしてガレデアは別れを告げた。
その意味――、すぐにはわからなかった。
だが、確信すら抱く閃きがあり、おれは叫んだ。
「てめえ、すべてを守るためにすべてを捨てるのか!」
ガレデアは捨てたのだ。
慕っていた兄と姉を失ったとき、絶望した自分をかろうじて繋ぎ止めていた糸を、今、自らの手で断ち斬った。
自ら望んでの孤絶など、そんなパターンは想定していなかった。
異変はすぐに現れた。
ガレデアという虚ろな穴へと収束するように流れる風――魔素の流れ。
ガレデアの魔王への歩みは、こうして静かに始まった。
△◆▽
「ああくそっ! まさかまた魔王化に遭遇するとか……!」
おれは悪態をつき、どうすべきか考える。
完全な魔王になる前に殺す?
それも一つの解決法であるが、そこでガレデアは笑った。
「はは、王女を殺害することを良しとしない者が、魔王という厄災と化す私は殺そうとするか。では、王女が厄災となることが確定したとき、君はどういった選択をするのかね?」
「解決策を模索してる段階の思考に嫌味をぶつけてくんな!」
殺すのはガレデアのやり方と同じになる、それは避けたい。
同じだから嫌とか意地を張っているわけではなく、こいつを殺してお終いって結末が気に入らないのだ。
「甘いな、甘い。それで世界を守れるのか」
「なんでおればっか皮肉ってくんだよ!」
文句を言うと、ガレデアは愉快そうに笑った。
「何故だろうな。まったく違うにも関わらず、兄に感じていた甘さを君からも感じるからだろうか」
「甘くて悪かったな!」
「いやいや、甘さを否定しているわけではない。甘さが破滅をもたらすならば、私が是正を行おう。私が望むのは世の安寧。そのために私は魔王となり、そして魔王であり続ける。私が必要とされなくなるその日まで」
「ふざけんな! てめえがここで魔王なんぞになっちまったら、その影響でスナークの暴争が起きるだろうが!」
「ふむ、なるほど。では事をすませて、早々に立ち去らねばならないな」
「んぐぐ……!」
どうすればいい?
いやみんなしてこっち見られても、おれだってどうすりゃいいのかわからないのだ。
シャフリーンの時はなんとか魔王化を阻止できた。
でもそれはシャフリーンが受け入れてくれたからの話。
やる気全開、望んで魔王になり始めた奴に対処するのはこれが初めてなのだ。
「婿殿! さがれ! あとはわしがやる! 完全な魔王でないのなら攻撃を加えることで殺すことができるかもしれん!」
「シャロ!?」
「婿殿に無茶をさせるわけにはいかんのじゃ! バートラン! アズアーフ! ここからは殺し合いじゃ! 心してかかれ!」
シャロの呼びかけに二人の雰囲気が変わる。
何としてもここでガレデアを殺す気か。
確かに片は付くだろうが、それでは――。
と、そこでガレデアは指し示すようにおれへと剣を向けた。
「我が従妹と共に歩むと言うのなら、それだけの力があると、それだけの覚悟があると、今ここで証明してみせるがいい」
「――ッ!?」
こいつ……、嘘だろう!?
唐突に閃く、これはすべて本気でありながら、また別に、この『試練』のためのお膳立てであるという可能性。
だとすれば――ガレデアは信じられないほどのアホだ。
「――」
せめて罵倒してやろうとした。
が、おれが何かを叫ぶよりも早くガレデアは告げた。
「幸せな結末」
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/08/19




