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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
10章 『魔素の王と死屍の神』編
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第667話 14歳(春)…バロットより出でし者

 現れたヴィルジオの姿は酷いものだった。

 何とか拭いはしたのだろうが、それでも顔や首に赤黒い血痕が残っており、黒いワンピースの上から着ているエプロンドレスに至ってはもう廃棄するより他ないほどに血が染みてしまっている。

 さらにそのメイド服、腹部と背中に穴が空いていた。

 それは杭を貫通させたらそんな穴が空くだろうと想像させるもので、そんなバカなとは思うものの、その血痕のすさまじさからヴィルジオが実際に重傷を負ったのだと認識させるに充分な説得力を持っていた。

 別行動している間に、いったい何やってきたんだこのお姉さんは。

 非常に気になるところではあったが――


「いまさら現れたうえ、不躾ですまぬがその男と話をさせてほしい」


 ヴィルジオの様子がこれまで見たこともないくらい必死だったので、まずは好きにさせることにした。

 鬼気迫るヴィルジオの姿に、戦っていたバートラン、アズアーフ、シャフリーンも場を譲ることにしたらしく、臨戦態勢のままガレデアから数歩距離をとる。


「聞け、ガレデアよ。お主がシア――王女を殺害する必要は無くなった」

「無くなった、とは?」

「邪神教の教祖にして教主である、魔導王アーレゲントは妾がこの手でくびり殺した」


 ……え?

 なにそれ?

 ちょっとヴィルジオ、マジでどこで何してたの?

 教祖にして教主ってどういうことだ。

 つか魔導王ってシャロから世界の仕組みについて話を聞いていたときにちょろっと出た名称だ。それにアーレゲントって古き民の民族名でもなかったか?

 ヴィルジオの話がおれを含め外野を唖然とさせるなか、ガレデアの方は剣を持つ右手を背に隠し、うやうやしく礼をした。


「ヴィルジオ皇女殿下。前国王レクライム、そして王妃ヴィオレーナの仇を討って頂けたこと、ここに深く感謝申し上げます」


 ん?

 ちょ……、え?

 シアとリマルキスの両親を殺したのって邪神教の教主だったの?

 衝撃的な話が続いて、ガレデアと敵対してることもうっかり忘れそうになる。

 ガレデアを三方向から囲んでいるバートランやアズアーフ、シャフリーンも動揺を隠せない。

 誰もが驚くなか、やはり最も衝撃を受けているのはシアとリマルキスだろう。


「ヴィルジオさん、その教主がわたしの両親の仇というのは本当なんですか!? ってかどうしてそんなこと知ってるんです!?」

「妾が国を飛び出した理由は二つ。一つは友であったヴィオレーナを暗殺した者を討ち取るため、そしてもう一つは行方知れずになったヴィオレーナの忘れ形見――お主を捜し出すためだったのだ」

「え、それ……、え、ええ!?」

「教主については、まあ色々と調べさせておったのでな。ちなみに妾が教主を討ち取れたのは、幼少のお主が逆襲して深手を負わせておったからだぞ」

「……!?」


 シアは驚きすぎて混乱してるな、無理もない。

 しかし……、そうか、ヴィルジオがときどきシアを気にかけていたのはそういう理由があったのか。

 そしてリマルキスの方はガレデアに問いかけた。


「兄上! ずっとわかっていたのですか!?」

「いえ、この事実を知ったのはごく最近のことです」


 最近……?

 どこで知ったんだ?

 今回の邪神教とガレデア、双方の計画がぶつかり合ってそれぞれ肝心な所が台無しになったのは……、それを企んだ第三者が居たからというわけか?


「どうして教えてくれなかったのですか! 僕が頼りないから教えられなかったのですか!?」

「それは誤解です。この事実を知り、そして未だ邪神教が王女を諦めていないことを理解した私は行動を起こさなければなりませんでした。故に教えるわけにはいかなかったのです」


 行動とは、つまりシアの殺害か。


「ガレデアよ、お主が危惧していた事態はもう訪れることは無い。お主は王女が邪神教の手に落ちる事態を阻止せんとこのような暴挙に出たのだろう? 誰にも出来ぬから、自らの手を汚すことを覚悟したのだろう? だがもうよいのだ」


 ヴィルジオはガレデアをここで踏みとどまらせようと語りかける。


「お主の行動は明確な王家への反逆だが、事の重要性を考えるなら情状酌量の余地はある。無罪は無理だ。公爵でも無くなるだろう。だが、それでもやり直す機会は与えられても良いと妾は思う。ここにいる国王が認めるなら、王女が許すなら、レイヴァース卿が勧めるなら、無理な話ではない。それにそこの聖女にくっついているクマのぬいぐるみが見ている様子は、現在別の場所で王都の上空に投影されている。多くの者がこの様子を見守っているのだ。誰もお主にこれ以上手を汚してもらいたいとは思っていない。もういいのだ。だからその剣を置け」


 どうしてクマ兄貴がこの場の様子を王都の上空に投影しているのかよくわからんが……、まあいい。

 このヴィルジオの説得に――、ガレデアは深々とため息をついた。


「なるほど……。どうやら根本的な勘違いをなさっているようですね、ヴィルジオ様は」

「勘違いだと……?」

「はい。しかしヴィルジオ様には本当に感謝せねばなりません。いえ、ヴィルジオ様からすれば、私などに感謝される謂われは無いのかもしれませんが。ただ友の仇を討とうと……、なるほど、姉上とはそれほど仲がよろしかったのですか。そして、自分が誘いを受け王女の様子を見に行っていれば、もしかすると暗殺の現場に立ち会え、二人は死なずにすんだのではないか、そう思っていらっしゃる」

「なっ……」


 ガレデアが語ったことにヴィルジオは動揺を見せた。

 今のガレデアの話はヴィルジオの後悔――、おそらく誰にも話したことのないような、仇討ちと遺児の捜索にかける執念を裏打っていたものだ。


「そして……、ふむ、誘いを受けなかった、以前よりも距離を置いた理由は嫉妬――」

「やめよッ!」


 ガレデアの語りを、ヴィルジオが鋭く遮る。


「妾のことなど……、どうでもよいだろう」

「どうでも、という事はありませんが、そうですね、あまり恩人を苛めるものではありませんね。失礼しました」


 そう謝罪をし、ガレデアが苦笑する。


「ヴィルジオ様は御存じないため、もう一度言いましょう。私は人の心を読むことができます。そして、ヴィルジオ様がそうであるように他者に心を読まれることは好ましい事ではありません。しかし、私とて望んでこの能力を手に入れたわけではないのですよ。幼い――、本当に幼い時分には、まだ私は普通の人間だったのです。そのまま成長したのであれば、バートラン殿とアズアーフ殿、二人を相手して戦えるような強さなど身につくことは無かったのでしょう」


 ならば何故――。

 そう考えるのは当然だが、困ったことに碌な予感がしない。

 ガレデアは左の人差し指を、とん、と額に当てる。


「父は私にとある物を埋め込みました。それは迷宮都市エミルスに存在したバロット研究施設で偶然作り出された、人の心を読む能力を宿した魔石でした。さらに、父による私の改造はこれに留まらず、現在ではレイヴァース法によって禁止されることになった非人道な数々の研究、その成果を組み込んでいったのです。何故そのようなことを行ったのか? それは一族の取り組みが魔王にとどくことを証明するためです。バロットという存在、ロット公爵家という存在、その成果が私という強化――、いえ、改造人間なのです」


 ガレデアの口から明かされた自身の秘密。

 驚くことに疲れ始めた今であっても、愕然とさせるものであった。


「心を読まれるのは気持ちの良いものではないのでしょう。しかし、読む方とて気持ちの良いものではないのです。人は本音と建て前を使い分けるもの。まして貴族の本心など、純朴な幼子であった私にとっては狂気と大差ないものでした。そんな私にとっての救い。それが前国王レクライム――兄上でした。私が心を読むことを知っても弟のように可愛がってくれましてね。私はこの人のため、ひいてはこの国のために、己のすべてを捧げ、尽くそうと誓ったものです」


 改造人間である苦しみを抱えつつも、救いとなる兄の存在によってガレデアは上手くやれていたのだろう。


「そんな兄上の妻となった王妃ヴィオレーナも良き人でありました。ヴィルジオ様が仇を討とうとしたのもよくわかります。そして……、王妃の懐妊、出産。私が心を読むことを知っている兄上は何でも打ち明けてくれました。生まれた双子のうち、王女の方を殺さなければならないしきたりがあることも、そしてそれを破り、隠して育てることに決めたということも」


 ガレデアは王女――シアの存在は知っていたのか。

 ではつまり、慕っていた兄と姉が死ぬ原因となったから、復讐のためにシアを殺そ――


「レイヴァース卿、それは違いますよ」

「――ッ!?」


 ガレデアがおれの思考を訂正してきた。


「確かに王女は兄と姉が失われるきっかけになりましたが、私はそれを恨んではいません。信じてもらえるかどうかわかりませんが、私は王女に対し怒りや憎しみを抱いているわけではないのです。むしろあの二人の忘れ形見である王女には深い親愛を抱いています」


 嘘をつけと言いたいところだが、二人もいる聖女が唖然としているんじゃどうしようもない。

 本当のことなのだ。

 それでいてシアを殺そうとするのだ、この男は。


「私は兄を信じていました。兄が選んだ道ならばそれが正しいのだと盲目的に。しかし結果として兄と姉は死にました」


 ガレデアは悲しげに告げ――、そして変貌する。


「何故、このような事になったのか?」


 言葉から感情が消えた。


「それはやはり王家のしきたりを守らなかったからなのだろう。つまりは王女を殺さなかったからというわけだ。しかしあの二人に王女を殺すことは不可能だった。やはり、優れた者であろうと人であれば得手不得手はあるもの。仕方ない。そして仕方ないからこそ――」


 冷淡、冷然、いや、冷酷とすら感じさせる声でガレデアは真意を告げる。


()()()()()()()()()()()()()()


 その内に渦巻くものは――、後悔、か。


「にもかかわらず、私は兄にそのまま従ってしまった。何も考えず従ってしまった。ああいや、私は兄に、姉に、憎まれることを恐れたのだ。兄が進む道ならば間違いはないと、愚かにも信じた私は警戒することすら怠った。私は殺すことも守ることも選んではいなかった。何もしていなかったのだ。選択をしなかったという大罪。せめてもの償いに私は弟を、兄と姉が残した忘れ形見を、残された国を、必ず守ると誓ったのだ。だからこそ、存在することが災いとなる王女はここで殺さねばならない。それが私にできる唯一の償いなのだから」


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/08/17

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2023/05/20


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