第664話 閑話…真銀(3/3)
復讐を果たさんと猛る死霊騎士らが攻撃を繰り出す。憎しみを握りしめたような拳を。あるいは掴み、そのまま握りつぶし抉り取ろうとでも言うように開かれた手を。優雅さなど微塵も無く、ただアーレゲントを破壊しようという激情のまま。
と、一斉に襲い掛かった死霊騎士たちの内、正面から挑んだ者はアーレゲントが無造作に突きだした手により弾き返された。
だがそれは仕方のないこと。死霊騎士は防御などしない。回避など考えない。故に反撃をそのまま喰らい、石柱の一つに背中から叩きつけられけたたましい音を響かせた。
しかしこの程度、死霊騎士にはなんら問題にならない。
ある意味本体は瘴気、肉体はその器――呪物であり異様な強度を誇る。
また、王金の鎧も瘴気により魔化しており、陥没した部分はメコメコと蠢きすぐ元通りに修復された。
直ちに修復される王金の鎧、それは戦いを生業とする者にとっては垂涎の品であることだろう。されどそれは瘴気の賜物。生者が纏えばその身を蝕み、アンデッドへと変貌させる特級の呪物に他ならない。
反撃を受けた死霊騎士は直ちに立ち上がり、先に攻撃を成功させた同志に合流すると、自身も一心不乱に攻撃を開始する。
男一人を囲み、止むことのない連打、連打。
並の人間ならば肉は爆ぜ、骨は砕け、すでに致命傷となっているであろう状況である――、が、アーレゲントは怯まない。
その位置から一歩たりとも動かず、よろめくことも、身じろぎもせず攻撃を受け続けており、その様子はあまりに異様。石像ではないのだ。血と肉と骨で出来た人なのだ。にも関わらず、死霊騎士たちの攻撃を――、石像程度であれば初撃で破壊せしめたであろう猛攻をすべてその身に受けながら、アーレゲントはまったくダメージを受けていないようであった。
「これくらいじゃ効かないか」
おおよそ予測できたことであっても、実際に目にしたとき動揺してしまうのは、それでもわずかながらの期待を抱くためだろう。
ベリアの見立てでは、死霊騎士たちの攻撃はアーレゲントに何の効果も及ぼしていない。おそらく痛みを感じさせることすらもできていないだろう。何しろ効いていないのだから。
それは魔導的な障壁の賜物か?
確かにその通りで、厳密には魔術。さらに正確を期すならば、アーレゲントは死霊騎士たちの攻撃など『効かない』と思っているだけである。
アーレゲントが『効かない』と思えば、それは魔術として発現する。
自身の意志が、行動が、そのまま魔術と地続きになっており、その体を介す魔術となれば特に顕著となる。
魔法を使えない者であっても、その体によって魔技という魔術を行使することはできるのだから、これが覇種ともなればどうなるか。
答えがこの異様な状況である。
覇種とはいったい何なのか?
魔素と強い親和性を獲得した特殊個体であり、シャーロットはそれを世界との一体化を図った『仙人』のようなものではないかと定義した。
しかし残念ながら、シャーロットが出会うことのできた覇種は実につかみ所のないよくわからないものであったため、その仮説を裏付けることにはならず、未だ漠然とした想像でしかない。
だがその仮説はおおよそ的を射ているのではないか、とベリアは考えている。
魔素は意志に応える。
並の存在は限定的な範囲・効果しか引き出すことが出来ないが、これが極端に広く強いならば? 例えば世界全体に影響を及ぼすことができるなら、それはもう擬似的に世界と一体化を果たしているのではないか?
覇種とは魔素との親和性が高すぎるため、その望みを魔術によって叶えることができてしまう存在。
そう望めば、世界が優しく奇跡を起こしてくれる祝福された存在なのだ。
そんなアーレゲントが最初の反撃以降されるがままになっているのは、死霊騎士という存在に多少ながら興味を抱いたためだった。
器の誕生を期待して増やしてきた子の中で優秀な者を死霊騎士のような存在に変えてしまえば、ずっと使えるのではないか、そう考えたのである。
優秀な子らは先の王女拉致に投入した際、ことごとく使い潰すことになった。
今回投入できた子らはその残り。
ゴミだ。
身体能力も低く、魔力もろくなものではない。
多少マシな子らも血が濃すぎる弊害か知能が低い。
やがて、アーレゲントは『試してみる価値はあるか』とひとまずの判断を下し、死霊騎士の耐久度の確認に入る。
好きに攻撃させていた状況から一転、アーレゲントは鬱陶しい羽虫を払うがごとく、周囲の死霊騎士たちを弾き飛ばしていく。さらには易々と魔術の炎を生みだし、風を飛ばし、雷を轟かせ、死霊騎士がどれくらい頑丈なのか確かめるように攻撃を加えていく。
見た目の派手さは無くとも、それは圧縮された大魔術。
王金の鎧は修復が行えぬほどに破壊されてゆく。
だが、死霊騎士たちの体はそれに耐えた。
氷漬けにされようと内側から砕き、高い圧力にも、強い重力にも耐えて攻撃を続ける。
「なるほど……」
大した脅威ではないが、兵として使うには都合が良い。
充分な強度があることを確認したアーレゲントは後で死霊騎士を製作してみることに決め、ようやくこの状態をどうすべきかと考えた。
死霊騎士のような存在を滅ぼす場合、最も単純で簡単な方法は生気による浄化。もちろん瘴気を上回る必要があるが、アーレゲントであればそこはなんら問題ではない。
が、そこで気になるのはベリアだ。
死霊騎士に任せきりで何もしようとしないあの男が、いったい何を考えているか。
破壊しにくい死霊騎士を浄化によって滅ぼさせる――、それを狙っていると考えられるし、そう考えるよう仕向けているとも考えられる。
実際に浄化する場合、真円のように完全であった魂の状態が王女によって削り取られたことが多少ながら影響する。
ある意味で『不得手になった』と言わざるを得ないだろう。
もちろん大した隙ではない。
それが隙であると言える者すら居るかどうかというもの。
しかし死霊騎士をぶつけてきた以上、ベリアがそこに目をつけたと考えるのが自然だが……、だからと言って何ができるのか?
例え何らかの攻撃を加えようとしたとして、アーレゲントに効果のある攻撃など通常は存在しない。
そう、通常は――。
「(私を殺せそうな者が王都に二人いる、か)」
一人は〈喰世〉の能力を宿す王女。
アーレゲントにとっては殺すわけにはいかない存在で、逆に、王女からすればアーレゲントは殺したい相手である。
そしてもう一人はレイヴァース卿。
殺すことなどできないはずのスナークを屠る怪物だ。
「(ベリアは空間転移が得意か)」
おそらく、唯一アーレゲントを上回るもの。
そっと探ってみると、王女とレイヴァース卿は同じ場所に居る。
さらにはガレデア、他にも色々と集まっているようだが、あの二人が居る場所に飛ばされるのはアーレゲントとしては避けたいところだった。
不用意に王女を拉致しようとしたのは、アーレゲントにとって唯一の完全な失敗であった。世界樹計画の失敗は成功のための失敗であるが、王女の場合は何の発展性もない、本当にただの失敗だったのだ。
そのためアーレゲントは王女、さらにはより得体の知れないレイヴァース卿への忌避感――苦手意識が生まれていたのだが……、アーレゲント自身、それを認識できていない。
故に、アーレゲントはベリアを優先して始末し、その後に死霊騎士を滅ぼす選択をすることになった。
群がる死霊騎士をはね除け、一瞬でベリアに肉薄するとその手刀でもって心臓を貫かんと突き出す
が、止められるはずのない『意志』のこもった一撃は、ベリアの重ねた手の平によって受けとめられることになった。
「――?」
その手応え――、いや、ベリアから感じるものに、アーレゲントは遅れて理解する。
「偽神か」
「ご明察。貴方のような存在と対峙するときのことを考え編み出された魔法だ。擬似的に古の魔導師のようになれる――、つまり、貴方のようになれる魔法だよ」
「小癪な」
身を引くアーレゲント、それを追うベリア、そしてアーレゲントの行動を邪魔しようとする死霊騎士たち。
戦況が動いた。
それまでの静観が嘘のように、ベリアは畳み掛けるようにアーレゲントへ攻撃を仕掛ける。それは『通る』と念じられた拳であり蹴りであった。肉薄した状況で、火だの風だの水だの土だの、何かを頼っての魔術的な攻撃は顕現するまでの時間を喰う無用の長物。擬似的な神と化す魔法、その真価とは相手をぶん殴れることだ。何者にも屈せず、その意志のまま一撃を喰らわしてやることができる状態になることだ。
ここでベリアはようやくアーレゲントに『痛み』を与えることができたが、所詮は劣化、本物を制すほどではない。せいぜい本物の足元に及んだという程度だろう。
「まあ、大したものだ」
痛みを与えられたのはいつぶりか。
アーレゲントはベリアを称賛しつつ、左右から迫った死霊騎士をそれぞれの手の平で触れる。
と、アーレゲントに触れられた部分がごそっと消えた。
塵すらも残さず、死霊騎士に穴を開けたのだ。
「消滅――、か。さすがは世界に愛された覇種」
これはさすがに分が悪いとベリアは退く。
耐えるにしても、対抗するにしても、覇種のアーレゲントと同等かそれ以上でなければならないという前提は不可能と同義だ。
「世界か」
アーレゲントはベリアを追わず、群がる死霊騎士の体を無造作に削り続ける。それは砂で作られた造形物を手で綺麗にすくい取っているようでもあった。
「貴様は世界という表現に違和感を覚えないか? 世界とは大陸一つに当てる言葉ではなく、さらに言えばこの星一つでも到底足りない。世界とはもっと広大なもの。私はそれを知らねばならない」
「なるほど、それが貴方の目的なのか。大迷惑だね」
様々な攻撃に耐えた死霊騎士も消滅に対しては為す術もなく、人としての形状を崩されもはや戦力に数えることも出来なくなった。
つい先ほどまで死霊騎士であった残骸が転がり、器を無くした瘴気はそれでもアーレゲント憎しと周囲を漂うも、アーレゲントを取り殺すことは出来ずせいぜい視界を悪化させる程度。
状況はベリアとアーレゲントの一対一。
分は悪い――、しかし、ベリアは笑う。
「緊張してきたな。胸がどきどきしているよ。ちょっとうるさいくらいにね」
「ではいっそ消してやろう」
そう告げ、アーレゲントがベリアに迫る。
死ね、と繰り出される消滅の力を帯びた右の手刀。
「――ッ」
そのタイミングでベリアは空間干渉。
瘴気で視界の通らないアーレゲントの背後に空間の門を作る。
そしてその門から現れた者――。
「貴様かぁぁぁ――――――ッ!!」
この瞬間を待ち、ずっと待機していたヴィルジオだ。
すでに竜鱗を纏う半竜化、完全な戦闘態勢で飛び出して来る。
激情にかられたまま伸ばした左手が、ふり返りかけたアーレゲントの首を掴む。
が――。
その時にはアーレゲントの左の手刀がヴィルジオの腹部を抉り風穴を開けていた。
この程度の不意打ちではアーレゲントを欺くことは出来なかったのである。
アーレゲントはヴィルジオから視線をベリアへと移す。
「……い、いやはや……」
突如乱入したヴィルジオにアーレゲントが気を取られた瞬間を狙い動こうとしたベリアもまた、右の手刀によって腹を貫かれていた。
「所詮はこの程度で――」
と、アーレゲントが言いかけたとき、未だ首に掛かっていたヴィルジオの手に力が篭もった。
まるでこのまま首を握り潰さんと。
「……?」
動揺――、いや、まだ困惑か。
アーレゲントが再びヴィルジオに視線を戻すと、彼女の体には器を無くし漂うままになっていた瘴気が集まっていた。
まるで瘴気がヴィルジオに力を貸しているようであったが、それも当然と言えば当然であった。
想いは一つ、望みはアーレゲントの死であるが故に。
そしてヴィルジオもまた、願いを共有する同志のため、その願いをその身によって果たさせんと瘴気を受け入れたのだ。
「ぐふっ」
ヴィルジオは血を吐き――
「ぐっ、がぁぁぁ――――ッ!!」
それでもなお叫ぶ。
アーレゲントの首に掛かる力がさらに強まる。
「……ッ!?」
首を握られる痛み、呼吸を止められる苦痛、どうしてそんなものを『感じる』のかアーレゲントはすぐには理解できず、とうとう動揺することになる。
何が起きている?
いや、何故、何も起きていない?
これではまるで、自分がただの生身――
「……、べ……ッ」
ベリアは何故攻撃を防ごうとしなかった?
防ぎ切れないまでも……、いや、避けようともせず棒立ちでいたのは何のためだ?
「……す、数秒くらいなら、ね……」
ベリアが『偽神』を使用した本当の理由。
それは全身全霊でもってこのわずかな時間だけアーレゲントの覇種としての特性に干渉しての無効化――ディスペルするためであった。
それでも完全にとはいかない。
アーレゲントを『ただの人』にまで零落させることはできない。
しかし弱めることが出来るなら、あとはその『防御』を突き破れるだけの力があればいい。
それこそがヴィルジオの役割。
殺されようとも死なず、いや、死へと向かう超越性によってアーレゲントにとどめを刺す復讐の刃だ。
「あぁぁ――――――ッ!!」
首を掴み身動きを封じたアーレゲントに対し、ヴィルジオは空いていた右手をその背中から体内にまで抉り込み、握りしめて引き抜く。
そして――
「くたばれぇぇぇ――――――ッ!!」
左手でアーレゲントの首をへし折った。
アーレゲントの意識が消える。
それがきっかけとなり、ヴィルジオを包みこんでいた瘴気はふっとことごとくが消え失せた。
望みは果たされた、と――。
「……は、はは、ほら、執念がものを言う……」
ベリアは瀕死でありながら皮肉を口にしたが、もうアーレゲントは聞くこともできなかった。
△◆▽
アーレゲントを討ち取った後、ヴィルジオとベリアは死体と化したアーレゲントに巻き込まれるようにその場に崩れ落ちた。
そして――
「なんて酷い勝ち方だ。泥仕合なんてものじゃないな」
ベリアが空間に開けた門から現れたのはエルフの少女――レスカであった。
レスカは面倒そうな顔をしながらも、ベリアとヴィルジオに突き刺さっていたアーレゲントの手を引っこ抜き、魔導袋からベリア特製のポーションを取り出すと栓を抜いてはだばだばと二人にかけていく。
これを何度か繰り返したところ、もう死を待つばかりとなっていたベリアとヴィルジオは活力を取り戻すことになったが、依然として消滅させられた穴は残ったまま、予断を許さない状態だ。
「レスカさん、ちょっとお願い。立たせて」
「へいへい」
レスカに肩を借りて立ち上がったベリアは、虚空から杖を取りだした。
それは杖頭が干涸らびた巨大な手のようになっており、ベリアはそれをアーレゲントの頭に近付ける。
と、その手のような杖頭がミシミシと音を立てて動き出し、アーレゲントの頭をしっかりと握り込み、そのまま胴から引きちぎった。
結果、杖の杖頭は、人の生首を握りしめているようなことになる。
とんでもなく悪趣味な代物だ。
「よし、魔導杖アーレゲント……、と。ではでは」
レスカから離れ、右手の杖を支えに立つベリアは、左手を自身の腹に開けられた穴にそっと添えた。
それで、それだけでベリアの腹は復元される。
「ふう、死ぬかと思った……」
「ほとんど死んでたよ。まったく。とんでもないアホだ」
そのレスカの言葉にはヴィルジオも納得した。
確かにベリアはアホだ。
しかしそのアホにこうして協力し、仲良く腹に穴を開けられた自分もまたアホなのだろうと考える。
「ではヴィルジオさんの治療もしよう」
軽い感じで言いながら、ベリアはヴィルジオの腹部を癒す。
ほとんどアレサと同レベル、もしくは上か。
おそらくあのおぞましい杖があってのものなのだろうとヴィルジオは考えた。
「よし、これで大丈夫」
「助かった。ありがとう」
「いやいや、こちらこそありがとう。さて、それじゃあ地上へ送ろうか。あっちはあっちで大変なことになってるだろうからね」
「よろしくお願いする」
「うんうん、あ、あと私とレスカさんのことはしばらく内緒でね? 名前を伏せてくれたら他は喋っちゃってもいいから」
「しばらくというのは、どの程度の期間なのだ?」
「あー、じゃあ一ヶ月くらいで」
「ひと月か。承知した」
「うん、お願いね。まあ喋っちゃってもそう問題でもないんだけど、ちょっとしたこだわりがあってさ。それじゃあ行こうか。あ、レスカさんあとはお願いね」
「へいへい」
嫌そうに返事をするレスカに苦笑いし、ベリアはヴィルジオを連れて地上へと転移した。
△◆▽
ベリアとヴィルジオが居なくなったあと、レスカは盛大にため息をついてからアーレゲントの死体をひっくり返し、腹を裂いて内臓を探る。
やがて――
「これか」
何かを掴み、引きずり出した。
それは血塗れの石。
魔法で水を出して洗い流したところ、透明な宝石のようになった。
「これが魔晶石ってやつか……」
多大な魔素・魔力を集約させることのできる存在はある種の錬成炉としての機能を果たし、特殊な魔石――魔晶石が形成される。
アーレゲントのような非常に長生きをしている存在なら天然物が体内にあるはずだ、とベリアは予想していた。
「ちっ、無ければよかったのに……」
レスカはつまらなさそうにそう呟いた。
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/08/11
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/08/12
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/12/28
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/13
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/09/21




