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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
10章 『魔素の王と死屍の神』編
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第662話 閑話…真銀(1/3)

 王都の正常化――。

 それがベリアの待っていた千載一遇の機会であった。


「さすがは姉さんだ」


 貴方の弟はこんなに強くなったのだと、そう証明するためにやらなければならなかったことを、ベリアは今始めようとしている。

 それは、本来であれば例え成し遂げたとしても誇る相手の居ない空虚な挑戦のはずであった。

 だが、今は違う。

 姉は居る。

 生きている。

 霊廟の深くに篭もった姉が、ただ静かに死を待ったのだろうかと疑問を持ちつつも、復活するとは、また再び目の前に現れてくれるとまでは期待していなかった。

 それがどうだ、姉は復活した。

 それもただ復活したのではなく、幼女にまで若返って、という微塵も予想しなかった状態でだ。

 事を成し遂げたならば、きっと姉はあのあどけない姿で驚くことになるだろう。

 それが――、その瞬間こそがベリアの悲願。


「さて、じゃあ頑張るか」


 決意を胸に秘め、ベリアは転移する。

 王都ヘクレフトの地下深く。

 そこは発光する石柱が立ち並ぶ半球形の広い空間であり、床は巨大で複雑な魔法陣によって埋め尽くされていた。

 そして、そんな空間の中心に座している男が一人。

 法衣と言うには煌びやかすぎ、そして禍々しくもある装飾によって飾られた衣装を身につけた彼こそが、王都ヘクレフトに異変をもたらした術者――邪神教の教主であった。

 ベリアが転移した位置は、教主の背後、少し離れたところであったため、彼がどのような顔をしているか見ることはできない。

 計画の邪魔をした張本人がのこのこ自らやって来たことに、教主はどのような表情をしているか、ベリアは少し気になったが、それもすぐにわかることと考え、ただ背後から長い銀の髪を眺めた。


「貴様の奸計か」


 抑揚のない声で教主は告げた。


「うん、まあ」


 悪びれもせずベリアは答えた。


「何て言うか、残念だったね。ここまできて計画が駄目になっちゃうなんてさ。直接的な拉致は危険が伴うことを考慮し、王女がいずれ帰還すると睨んでの罠構築。王都市民、家族、それらを人質としての王女確保。計画通りにいけばたぶん成功したんだろうね」


 うんうんと頷き、ベリアは続ける。


「そこで私はこの計画をロット公爵に教えてあげたんだ。そしたら公爵は王女を王都に招き、疑いを持たれる前に殺害する計画を立てた。いやはや、思い切りがいいことだよ、本当に。で、今度はその計画を――」

「こちらに伝えた。結果、計画を前倒しせざるを得なくなった」


 可能ならば、準備が整ってからも王女たちが油断するまで静かに潜んでいる予定であったが、それはベリアによってご破算となった。


「これはからかったりとかじゃなくて、単純に興味があるから聞くんだけど、やっぱり貴方のような存在でも気落ちってするものなの? それとも、強い怒りとか感じていたりする? まさか何も感じていないってわけじゃないよね?」

「何とも言えんな」


 純粋な興味であろうと、ベリアの質問はこの状況においては挑発以外の何物でもない。

 しかし教主は神経を逆撫でられたようでもなく、やはり感情のこもらない声で言い、ゆっくりと立ち上がった。


「それでも、強いて言うならば……、落胆か。ままならないものだと」


 自らの心中をそう表現しつつ、教主はふり返る。

 赤い眼をした美しい青年であった。

 年の頃は二十歳を過ぎたあたりか、中性的な顔立ちをしているため、長い髪の印象によって遠目では美女にしか見えない。男性か女性かをはっきりと判断できるところと言えば、それこそ声くらいのものであった。


「今回はこれ以上粘ったとしても碌な結果にはならないだろう。また次の機会を待つことになる。手駒を育てることも考慮するなら、数十年といったところ。今回はその数十年を待たずに仕掛けたことが誤りであったのか。私は焦ったのかもしれん。これは気に留めておかねばならんな。他にも、手駒が足りぬからと胡乱な者を使うのは良い結果を生まないということも」

「いやいや、耳が痛い話だね。だけど、時にはそういう思い切りも必要だと思うよ? もちろん誰でもいいというわけじゃないけどね。肝心なのはその人物が何を求めているかを理解することだ」

「確かに、貴様が何を望んでいるのかついぞ判断がつかなかったな」

「いざとなればどうとでもなる、そう考えていたのかな? まあそれも私の望みが『王女の殺害ではない』からこそなんだろうね」

「確かに。確かに……。怪しいが、役に立つ。過去に精鋭を失い、碌な者が残っていない状況で目と耳になれる貴様は貴重だった」


 ベリアの言葉――世界樹計画の再開に協力するという言葉に嘘は無かった。必要な情報を集め、行動を行い、そして今日まで来たベリア――魔導学の追求以外に興味を示さない『隠れた世捨て人』がいったい何の欲をかいたのか、教主にはわからない。


「次の計画の準備として、始末しなければならない者は二人。そのうちの一人がここに現れ、こうして語らっている。せっかくだ、貴様がいったい何を望んでいたのか、聞かせてもらうことにしようか」

「うーん? いや、私の目的は尊敬する人に認めてもらうためだってちゃんと話したはずだけど?」

「尊敬する相手に認めてもらうことが、この裏切りに繋がると?」

「そういうこと。私はね、貴方に役割を変わってもらいたいんだ」

「役割?」

「そう、世界の敵という役割を」

「……」


 ここで、厳かに喋っていた教主に戸惑いが生まれる。

 まず裏切り者がのこのこ顔を出す時点で何か狙いがあってのものだとはわかっていたが、まさにその狙いこそが今回の暴挙に至る理由であったのだと理解し、そのくだらなさに思わず動揺することになったのだ。


「世界の敵であるという役割を得ることで、尊敬する相手が貴様を敵として認める、それが望みだと言うのか?」

「その通り。うんうん、なんだ、ちゃんと考えたらわかるじゃないか。てっきり、完成されすぎて普通の人間の思考なんて理解できないのかと思っていたよ」

「つまり貴様は私を倒し、世界樹計画をそのまま引き継ごうというのか?」

「そうだね。貴方にとっては世界樹計画を成功させることは生き甲斐みたいなものだろう? 代わってとお願いして代わってもらえるものじゃないことはわかっていたからね、なら殺して引き継ごうかと」


 伊達や酔狂ではなく、ただ目的のために必要なことだから。

 そのためにベリアが動き、こうして望む場を作りあげた。

 己が現役の『世界の敵』に挑むことのできる場を。


「ただ、安心して欲しい。私はちゃんと世界樹計画を実行に移そうと考えている。成功するかどうかは知ったことじゃないけど、必ず実行に移す。だからさ、よかったら大人しく引き下がってくれない? それなら無駄に戦わずにすむだろう?」


 最後に――、いや、この期に及んで、ベリアは教主に交渉を持ちかけた。

 もはや交渉と言えるようなものではなく、例え交渉であるとしても応じることなど不可能にもかかわらず。


「いやいや、実はこれって名案だと思うよ? だって考えてもみてほしい。もし私が計画に失敗したとしても、貴方は生き残っているわけだから次の機会を待つことができるだろ? ほら、貴方はもう千五百年くらい生きているんだし、なら、もう千五百年くらい生きていれば次の機会があるさ。どうかな?」

「断る」

「やっぱりか。じゃあ、予定通り死んでもらうしかないな」

「できると思うか、貴様に」

「できるさ。できる。私は世界の敵を引き継ぐんだ」


 ベリアは肩をすくめ、そして表情を改める。


「魔導王アーレゲント、貴方を殺してね」


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/04/24

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/05/13

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2023/05/25


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