第661話 閑話…王都の解放
ミーネが合流したときシャロは地面に座り込んでいた。
前に迷宮庭園で見せたごつい杖を正面に立て、目を瞑っての集中状態。さらには異様な気配を放っており、それがシャロを見つけるきっかけにはなったものの、こうして近くにいると少し気圧される。
おいそれと声を掛けられない雰囲気だったため、ミーネはちょっと戸惑って様子を窺うことになったが、シャロの方はミーネを把握していたようで「後は頼む」と簡潔に告げた。
おそらくそれは辺りに転がって伸びている邪神教徒、要は邪魔者の排除を頼まれたのだろうとミーネは理解する。これまではそっちにも注意を払う必要があったが、これからは完全にミーネに任せ、シャロはこの王都を正常な状態に戻すべくさらに集中して取り組むようだ。
ミーネが護衛するようになってからも、ちらほらと邪神教徒がシャロの邪魔をしようと現れたが、特に歯ごたえのある相手というわけでも無く、ミーネはなるべく騒がしくならないよう気をつけながら撃退していった。
やがて――
「……そうか、檻であると同時にいつでも王都の人々を捻り殺せる処刑道具でもあったわけか……、何という趣味の悪い……、おまけに出来が悪いわボケめ……、最初の転移は王都を改竄する過程で殺してしまわないために、なのじゃな……、そんな適当なことでこんな大それたことをやりよってからに……」
シャロがキレ気味でぶつぶつと呟くようになった。
本気で怒っているらしく、それが聞こえてしまうミーネはべつに何も悪くないのにちょっと腰が引ける。
一方、ミーネが怯えていることなど露知らず、シャロは徐々に探知領域を拡大していき、ほぼこの王都の全貌を把握するに至っていた。
その中でわかったことは、これをやった術者は一人であり、そして今もこの状態を保持し続けているということ。
何らかの装置、触媒を王都に配置して利用しているが、実行し続けているのは一人。何しろこの王都を作りあげているのがただ一人の魔力によるものだからだ。
こんな馬鹿げたことを可能とする相手の心当たり……、無いと言えば嘘になる。
だがそれは半信半疑、そして『もしも』のことを考え、昔は備えていた相手でもある。
ともかく、この『相手』が誰であるか、どうするかは、王都を正常な状態に戻してからの話だ。
シャロは細心の注意を払いながら、ここで一気にバラバラになっていた王都の断片を正しい位置に組み上げた。魔力は相手の方が多い、これは仕方ない。だが、一瞬の出力くらいなら上回ることは可能。その一瞬にシャロは王都を正常な状態へと修正する。
そして――
「あれ?」
まずはミーネが間の抜けた声をあげた。
だがすぐに王都が元に戻ったことを知って喜び始める。
「戻った! 戻ったわ! やったわねシャロ!」
「う、うむ……、やってやったわ……」
極度の集中と、多大な魔力の消費。
シャロはすぐには立ち上がることができなかった。
「だいぶお疲れね。少し休んだら塔へ行きましょう」
「そうじゃな。婿殿に報告をして、次に趣味の悪い悪ふざけをしかけてきた奴をとっちめてやらねばならん」
ミーネによしよしと撫でられながらシャロはそう意気込んだ。
が――。
そこでまた空間が歪み始めた。
「なっ!? 再び仕掛ける余力があるのか!?」
術を打ち破ってやったことで、王都を覆っていた力をごっそりと吹き飛ばし、その余波で精神に大ダメージを被らせたはず。
「ええい、やらせるか!」
相手は馬鹿げた魔力を持つ相手であれど、それでも疲弊はしたはずなのだ。
事実、最初の時よりも干渉が遅い。
この術をおおよそ把握した今ならば妨害できる。
上手くいけば逆に相手を封じ込めてやることもできるかもしれない。
が――。
そこで空間への干渉はふっと消え失せ、目に見えていた空間の歪みも無くなった。
「あれ……? ねえねえ、どうなったの?」
「わ、わからん……、いったいどうしたんじゃ?」
この突然の干渉停止には、ミーネよりもシャロの方が困惑することになった。
△◆▽
王都屋敷からメルナルディア王国の王都ヘクレフトに向かった面々はリィを筆頭にサリス、ティアウル、リビラ、シャンセル、リオ、アエリス、シャフリーンという八名の他、助っ人に呼ばれたバートラン、アズアーフが加わり、この者らを乗せて飛ぶのがデヴァスと竜皇国から派遣されたアロヴなど竜騎士二名だ。
搭乗者を縄で縛り付けての飛行により、王都ヘクレフトへは異変発生から四時間程度で到着した。
いや、正確には王都があった場所だ。
到着した皆が目にすることになったのは、広大な範囲を覆う、とてつもなく巨大で真っ黒な半球体であった。
その暗黒ドームから少し距離を置き、断絶してしまった街道で集まっている人々の姿も見える。
ひとまず竜たちに地上へと降りてもらい、皆で集まって様子を窺うことになった。
「うかつに近寄るなよ。どんなことになるかわからねえ。この黒く覆われた範囲は空間がおかしな事になってやがるんだ。おそらく光がこっちに反射してこないから真っ黒なんだろう。ひとまず私はちょっと探ってみるから、その間は待機していてくれ」
そう言ってリィは探知を行おうとしたのだが、そこで暗黒ドーム――空間の歪みとなっている縁を左右に行ったり来たりしていたクーエルがこてんと転ぶ。
その拍子にクーエルの手が闇にふれた。
『あ』
と、それを目撃した誰もが声を上げた。
次の瞬間、するっとクーエルが闇の向こう側に吸い込まれて消える。
「おいぃぃぃぃぃぃッ!?」
思わず声を上げるリィであったが、クーエルがすでに引きずり込まれてしまった以上できることは何も無い。
「あんのクマッ! まったく! おいお前ら、どうなるかわかったな! 近づくな! 私じゃどうにもなんねえからな!」
先ほどより強い口調で、異常を起こしている場所から離れるようにリィは言う。
が、そこでふっと暗黒ドームが消失。
王都ヘクレフトが本来の姿を取り戻した。
「は……、はあ!?」
これには誰もが驚くことになったが、警告していたリィは特にびっくりして叫んだ。
「まさかあのクマが何かやったのか!?」
もちろんそれはリィの考え過ぎであった。
しかし空間の歪みが消えたとなれば、これは好機。
「よ、よくわかんねえけど、とにかく行くぞ!」
△◆▽
一通り惨劇のバロット研究施設を調べたコルフィーは、護衛として送られてきたハスターと共に人が集まっていた大きな公園まで移動していた。
大人しく隠れているとは伝えたが、あの研究施設に留まっているのはちょっと耐えられなかったのである。
「幼気な女の子に死体を鑑定させるとか、兄さんたらひどいと思いませんか? いやまあ重要なのはわかりますけど。ねえ?」
「うぢゅー」
集団から少し離れ、両手のひらにちょこんと乗せたネズミ(?)に向かって、ぶつぶつと話しかけるコルフィーは、周囲の人々からは王都の混乱に少し精神の均衡を崩してしまったお嬢さんという目で見られることになっていた。
ハスターに愚痴るのに一生懸命なコルフィーはそんな視線など気に止めていなかったのだが、突然人々が大声を上げ始めたとなれば話は別だ。
「え、え、なんですか!? また何かあったんですか!?」
驚いて顔を上げたコルフィーが見たもの。
それは青い空であった。
「お! おおおおっ! シャロさんでしょうか、やりましたね! これなら私も塔へ向かっても大丈夫でしょう!」
これにはコルフィーも人々と同じように喜ぶ。
しかし、少ししたところでまた空間に歪みが現れた。
「あれ!? またですか!? そんなに私の日頃の行いはアレですか!?」
あんまりだ、とコルフィーは嘆く。
が、歪みが異常を引き起こすことはなく、そのままふっと消えてしまった。
「ど、どうなったんです……? 私、本当に喜んでいいんですか? また駄目でしたー、とか、もういいかげんキレますよ?」
「ちゅー」
そうコルフィーが警戒しつつ空を見上げていると、何かが空から降ってきた。
やがてドフッと近くに落下したもの。
見覚えるある大きなクマのぬいぐるみであった。
「クーエル!?」
驚いて駆け寄ってみると、クーエルはのっそりと立ち上がった。
さすがぬいぐるみ、空から落下しても平然としたものだ。
「兄さんが送ってきた……わけではない? 空から降ってきましたし。うーん、状況はどうなっているんでしょう……」
コルフィーが呟くと、クーエルは「うむ」と頷き、顔を空に向けた。
クーエルの目から光が放たれ、それは王都の上空に像を結ぶ。
「あ! 兄さんたちですね! それと……、あれは誰でしょうか」
空に浮かぶのは、兄とリマルキスの後ろ姿であり、二人が見つめる先には剣を手にした一人の男性が居た。
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/08/05
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/13




