第660話 14歳(春)…合流
皆と連絡をとりあったあと、転移地点に留まっていたおれとアレサは遅れを取り戻すべく死に物狂いで走ろうと考えたが、よく考えてみればそんな必要は無かった。
「わおーん!(ぼく大きくなるよ! のせて走るよ!)」
そう、でっかくなったバスカーに乗せてもらえばよかったのだ。
おれとアレサは巨大化したバスカーの背に乗り、合流場所である試練の塔を目指した。
召喚した珍獣のもう一体――ハスターはコルフィーの護衛に送り出したので不在、残るプチクマはアレサの肩にくっついている。
やがて試練の塔に到着すると、おれとアレサが降りたところでバスカーはみるみる縮んで「ついたー!」と塔の内部へ突撃していく。
塔の入口周辺で警備していた騎士や兵はバスカーに驚いていたようだったが、やがてこちらへと集まって来た。
「大闘士殿、ご無事でしたか!」
そう言ったのは騎士だが……、闘士なのか。
まあいいや。
騎士は職業だが闘士は趣味だからな。
「うちの者は来ているか?」
「はい。ローク様、リセリー様、セレス様、ジェミナ様が。陛下とレクテア様も塔に避難されております」
「そうか」
まだ全員ではないが、ひとまず安堵。
ここにおれとアレサが加わったので、残るはもう半分といったところだ。
しかしシャロにはこの王都の状態を戻してくれと頼んであるし、ミーネはその護衛をお願いした。コルフィーはバロット研究施設を調査がてら身を潜め、ヴィルジオはちょっと別行動。
こうなると、あと合流できるのはクロア、シア、パイシェの三名だ。
下手に知らせるのは良くないと、シアにだけ『ロット公爵が狙っているかもしれない』という内容の手紙を送ったのだが、シアはすでにロット公爵――ガレデアに接触した後だった。
仮面の援護があってなんとかその場からは脱したらしく、ならばと仮面を呼びだして話を聞いてみればガレデアはこの塔を目指していると言う。
どうせなら何とかしといてくれよ、と仮面に言ってみたが、こっちはこっちでやることがあるからそれまで頑張れと丸投げされた。
ともかくシアはクロアとパイシェを連れ、こちらへ向かっている。
ここに到着しさえすれば対処のしようもあるだろう。
「現在、周辺に転移した市民をこの塔に保護しております」
話を聞いてみると、この塔はやたら目立つこともあって、どうしたらいいかわからない人々が集まり、避難所となっているらしい。
「それと、ここを襲った邪神教徒も放り込んであります」
「え? 平気なのそれ?」
「塔内部であれば、何かしようとしても精霊たちが抑えてくれるとジェミナ殿に教えていただきましたので」
「ああ、なるほど」
はじめに塔を巡る邪神教徒との小競り合いがあり、そこにジェミナが現れて制圧が完了したとのこと。
と、そこで――
「ごしゅぢんさまー!」
セレスの声が聞こえた。
振り向くと、セレスがバスカーと一緒に駆けてくる。
「ごしゅぢんさま!」
ひしっと抱きついてくるセレス。
バスカーはおれとセレスの周りを吠えながら回っているが、これはただ何か嬉しくなっちゃって吠えているだけのようだ。
「セレス、無事だったか」
「はい! セレスいっぱいがんばりました! ぴーちゃんと!」
「ぴよ!(このピスカ、見事務めを果たしましたぞ!)」
「んん!?」
なんかピスカから渋い声がする……!
見た目はこんなヒヨコなのに。
「ぴよよ?(おや、主殿? いかが為され……、おお、これは失礼。ここはセレス殿を褒めて差し上げるところですな!)」
そう言って――、というか鳴いて、ピスカはセレスの頭からぴょんとその肩に移動した。
まるきり勘違いだったが、せっかく気を利かせてくれたのでセレスの頭をよしよしと撫でた。
「えへへー」
セレスは嬉しそうだ。
「ぴよ!(セレス殿、良かったですな! 初めての戦闘にもかかわらず愚か者どもを次々と打ち破っていったセレス殿の勇姿、今もこのピスカの眼にしかと焼き付いておりますぞ!)」
そうか、その大きい黒ゴマみたいな目に焼き付いちゃってんのか。
よく話を聞いてみると、セレスは本当に邪神教徒を懲らしめていたらしい。全裸野郎を量産したのはちょっとアレだが、ともかく頑張ったことには違いないのでさらによしよしと頭を撫でる。
そのうちに父さん母さんとジェミナ、それからリマルキスとレクテアもこちらにやって来た。
精霊便での連絡は本当に最低限だったので、ひとまず皆がどういう状況だったのか簡単に聞かせてもらう。
「ふーむ……」
「な、何ですか?」
おれは眉間にシワを寄せつつ、リマルキスを見つめる。
セレスが一人きりにならなかったのは、まあ、リマルキスの手柄と言えなくもないのだが……。
「おまえ二人きりだからと、セレスに余計なちょっかいかけたりしなかっただろうな?」
「あ、あのですね、さすがにこの状況でそんなことはしませんよ?」
「どうだか。考えはしたもののおまえにその度胸――、いや度胸はあるのか、忌々しいことに!」
と喋っていたところ、アレサにぷにっとほっぺを指で押された。
「……。この話はひとまず後回しだ」
そう、今はそれを追求している場合ではない。
状況確認に少し時間をとられてしまったが、リマルキスには『面白くない話』をしなければならないのだ。
そこでセレスとジェミナは父さん母さんに任せてまた塔に避難させ、おれ、アレサ、リマルキス、レクテアの四人にこの状態は邪神教徒とロット公爵が激突した結果であるという仮説を話した。
そして、実際にシアが狙われたことも。
「そ、そんな……」
無理もないことだが、リマルキスは茫然。レクテアもにわかには信じられないようで戸惑っている。
「邪神教は明確に敵だ。叩き潰さなきゃならない。だがガレデアはどうする? このことは一応でも、おまえに確認しとかないといけないからな」
この状況で判断させるのはさすがに酷だとわかっている。が、それでもこいつが国王だ、尋ねないわけにはいかない。
「も、もう説得に応じる段階ではないのでしょうか……。例え、投降したとしても……、処刑を免れることはできません。可能なら捕縛すべきですが、無理ならば殺害を……」
リマルキスはやや朦朧とした状態であったが、それでも告げた。
喋りながら壊れていくのが目に見えるようであったが、いくら腹の立つ小僧であろうと絶望させてやりたいわけではない。
「ま、おまえがそう決断しなければならないことも織り込み済みの計画なんだろう。悪いのは事を起こした自分一人。一人で全部抱えて終わらせ、そして生き残るつもりもないんだろうよ。おまえさ、奴の思惑通りでどうすんだよ。ここは何としてでもとっ捕まえて、説教しまくって死ぬまでこき使ってやるくらい言えよ」
「……!?」
リマルキスがびっくりした顔で見てくる。
「殺さなきゃいけないなら、殺したように見せかけて裏でこき使ってやればいいんだよ」
おれとしては邪神教を壊滅させるために働いてもらいたい。
まあそれも、聞く耳があればの話だが。
と、そこで――
「にーさーん!」
クロアの声がした。
見れば、駆けてくるシアに抱えられたクロアの姿が。
逆の脇にはパイシェが抱えられている。
「ふう、なんとか無事に辿り着けました」
シアはおれの前まで来たところでクロアとパイシェを下ろす。
「みんな無事だな。じゃあ……」
「兄さん、姉さんを逃がさないと!」
クロアが必死な様子で訴えてくる。
こんなふうにクロアがシアの心配をするのは初めてのことなんじゃないだろうか?
おれはクロアを落ち着かせようと頭を撫でる。
「そうだな。ただ今は難しい。王都がこんな状態だ。でもそこはシャロにお願いしてあるから、それまでは塔に避難ってところだろう。精霊で固めた塔だから安全なはずだ。塔には父さん母さんがいるから無事に戻ったって顔を見せに行ってやるといい」
「うん、わかった」
クロアを塔に向かわせ、それからおれはシアを見る。
「で、どうする。ひとまず塔に避難していて、シャロが合流したら逃げとく?」
「クロアちゃんには悪いんですけど、ここで逃げるわけにはいきませんね」
「まあそうだろうな。となると……、ここでガレデアをお迎えしてどうにかするしかないか。でもってそのあとは邪神教だ」
△◆▽
ちょっと騒動になるかもしれないということで、塔の入口周辺で警備をしていた人たちも塔に引っ込んでもらい、おれ、シア、アレサ、パイシェ、そしてリマルキスとレクテアでガレデアを待ちかまえた。
念のためシアにはプチクマくっつけたままのアレサ、それからパイシェとバスカーに警護を任せている。
やがて――。
ガレデアは現れた。
至って冷静な様子だが、その手には抜き身の剣が握られている。
「そこで止まってくれるか。止まらないなら雷撃をぶっ放す」
そう告げると、ガレデアは大人しく離れたところで立ち止まった。
おれの雷撃はさすがにやっかいと判断したのだろうか。
周りが無効化するお嬢さんばっかりだから影が薄いが、効果のある相手なら実はとても有効なのだ。
「おおよその状況は把握しているようですね。レイヴァース卿、どうでしょう、王女を私に引き渡してもらえませんか。それですべて片付きますよ」
「お断りだ。バカめ」
言ってやると、ガレデアは苦笑。
そこでリマルキスが叫んだ。
「兄上! どうして兄上が姉上を殺さなければならないのですか!」
「それか私の務めだからですよ」
しれっとガレデアは言う。
「務めねえ、古き民とかいう連中から何か指示でもあったのか?」
「確かに王女の殺害は古き民の望みを叶えることにもなりますが、これは私の一存であり、他の何人の意図も介在しておりません」
ガレデアは言った。
はっきりと、聖女たちを前にして。
シアが原因でこのような事態が起きるなら、メルナルディア国王としてリマルキスはシアに対する決断を迫られることになる。
そうなれば、例え誰がシアを殺害しようと、そこには王の意志が介在したと深読みされることは避けようがない。
だが、これでリマルキスは守られた。
それがわからないリマルキスでもないだろう。
王としては忠臣の覚悟に称賛を送りつつ、それでも逆徒と罵り死ねと告げねばならず、だが弟としては兄にそこまでさせてしまったことを嘆き、もうやめてくれと懇願したいところだろう。
王としての立場、弟分としての気持ち、板挟みになっているリマルキスは地獄だ。
そして、それがわからないガレデアでもないはずだ。
しかしガレデアは続ける。
「私が王女を殺害すると決めたのは王女がメルナルディアに――、いえ、世界に災いをもたらす呪われた遺児だからです。無理に理解していただこうとは思いません。ただ、邪魔はしないでいただきたい。反逆者に堕ちた私とて矜持はあります。陛下に手荒な真似をしたくはありませんので」
そうガレデアが語り終えたとき、それは起きた。
『――?』
ふとした違和感。
これが前兆をともなうとてつもない異変であれば、誰もがすぐに気づけたことだろう。
だが実際は、あまりにもあっさりとそれは起きた。
ぱっ、と。
瞬きのような、自然で一瞬の暗転だ。
多くの者が「何か――」と戸惑い、遅れて気づく。
空に空がある。
青い空が。
そう、今まさにシャロが王都を解放してのけたのである。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/08/03




