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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
1章 『また会う日を楽しみに』編
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第67話 9歳(春)…ミーネのおねだり1

「俺はまだ用があるから、先に帰ってくれ」


 クォルズに依頼をしたあと、ではおいとましようとなったとき父さんは言った。

 なんでも昔クォルズに作ってもらった武器を見てもらうらしい。

 そのうち実戦訓練するから、その前に一度きっちりとメンテしておきたいとのことだった。

 いよいよ実戦訓練ですか……。


「ねえねえ、わたしに服を作ってくれない?」


 父さんを残し馬車に乗りこんだところで、思いついたようにミーネが言った。

 クォルズのところで裁縫の話したから、それで思いついたのだろう。


「ミーネや、あまりおねだりばかりしてはな……」


 弱った顔でバートランがミーネをたしなめようとする。

 バートランは孫娘が止める間もなく神鉄針を剣に埋めこんでしまったことを気に病んでいた。

 鍛冶屋から出るときも、こっそりとおれを呼んですまぬすまぬと謝りどおしだった。

 あげた物だから気にしなくてもいいと言っても、バートランはそのうちなにかしらのお返しをすると言って聞かない。

 やっぱりあれか、クェルアーク家みたいに有名な貴族ともなると、奢られっぱなしでは面子がたたないとかあるのだろうか?

 よい落としどころが見つからず、結局、ひとつ大きな借りができたということで無理矢理に落ち着けさせた。

 無利子無期限無担保の借りだ。

 返さなくても問題ない。

 ただこれから先、ちょいちょい便宜をはかってもらえたら嬉しいな。

 と、そんな感じで話をまとめたのだが、当の孫娘はこれである。

 さらに借りを作ろうとしているのだから、お爺ちゃんは大弱りだ。


「うーん……」


 べつに仕立ててやってもいい。

 ただバートランが困った顔をしてるから適当な言い訳で……。


「布がないからなー」

「ここは王都よ? いい布がいっぱいあるわ。だから大丈夫!」


 うん、そりゃそうだよね。


「それにたくさん布を買っていって、クロアやセレスに服をいっぱい作ってあげたらいいんじゃないかしら。きっと喜ぶわ」

「よし布を買いにいこう」


 その通りだ。

 なぜそこに気づかなかったのか不思議なくらいだ。

 せっかくこの国の経済の中心たる王都に来ているのだから、よい布をたくさん買って帰るべきなのだ。

 クロアはこれからすくすく育って体が大きくなるし、セレスは女の子なんだから、可愛らしい服がたくさんあったほうがいいだろう。

 可愛いセレスが可愛らしい服を着たら、相乗効果によってレイヴァース家には平和が訪れる。

 まったく、こんなことを失念しているとは我ながら情けないことだ。

 ここは素直にミーネに感謝である。


「ミーネ、おまえはすごくいいことを言った。ご褒美におまえが望むような服を仕立ててやろうではないか」

「可愛い服がいいわ。それでいて動きやすいのが」


 にこにことするミーネと対照的にバートランは沈痛な面持ちになっていた。

 帰ったら気にしなくていいと話しておかねば……。


    △◆▽


 そして到着したのが生地屋『ヴィルキリナ』だ。

 どこかの鍛冶屋と違ってまともな名前である。

 そしてどことなく勇ましさを感じさせるのは北欧神話にでてくるヴァルキュリアに似た響きのせいだろう。

 そいえばヴァルキュリアも死神っちゃ死神だなあれ。

 うむ、どうでもいいことを考えた。

 クェルアーク伯爵家に案内される店だけあってヴィルキリナは立派な店構えだ。なにしろ正面がでかいガラスのウィンドウになっている。あちらの世界ではごく当たり前に見かけるものだが、こちらの世界でこのタイプの店構えを見るのはこれが初めてだ。


「ミリー姉さまもひいきにしているお店なのよ」


 とミーネは簡潔な説明をしてくれた。

 ミリー姉さまとは第一王子の長女ミリメリア姫のことであり、つまりミーネはこの店が王室御用達であることを暗に告げている――わけないか。姫さまも利用するすごいお店と言いたかっただけだろう。


「そういえば、おまえってどうしてそんな姫さまと仲がいいの?」

「だってお兄さまの婚約者だもの。……あれ? 言ってなかった?」


 そうか、ミーネにとっては将来の義姉なのか。

 ってかアル兄さんお姫さまと結婚するの?

 すげえな。そしてさすがだ。


「これはこれは、ようこそいらっしゃいました」


 馬車をとめて店の前に降りるとほぼ同時、店から仕立てのいい服を身に纏った紳士が出迎えて丁寧なお辞儀をする。


「あのね、この子に布をたくさん見せてあげてほしいの。わたしの服を作ってもらうのよ」

「ほほう?」


 紳士はちょっと驚いたように目を見開く。


「もしかして、こちらの方がレイヴァース家の?」

「ええ、そうよ」


 紳士はますます驚いたような顔になり、丁寧にお辞儀する。


「お初にお目にかかります。わたくしはここヴィルキリナの店主をしておりますラマテックと申します。以後お見知りおきを」


 店主直々にすっとんできてこの挨拶。

 なんかもう適当にぶらぶら眺めて回るとか無理っぽい。

 そういえば元の世界、おれの通っていた高校の制服を着ていると店員がすっとんできてこんな感じでついて回ってたな。

 万引きされないようにって。


「僕のことを知っているんですか?」

「はい、存じ上げております。以前、ミネヴィア様が――」


 と、ラマテックは懇切丁寧に長々と話をしてくれた。

 ようはどこかの伯爵令嬢が服をしたてるとき、寸法を取りにきた仕立屋にリラックスしたクマを見せびらかし、その折、ちょろっと漏れたおれの話がいつの間にやら一部の服飾にたずさわる者たちに広まったということである。

 そのあとラマテックに店内へと案内され、来客用の席につく。


「本日はどのような生地をお求めでしょう?」

「わたしの服を作ってもらうの」


 うん、それはもうさっき言ったよね。


「冒険者になっても着ていられる丈夫なのがいいわ」

「かしこまりました。それではまず並べてある生地をご覧ください。わたくしはその間におすすめの生地を奥からだしておきますので」


 にこやかにラマテックは言う。

 なんとなく、勝手に見てまわりたいんですけどー、というおれの気分を読み取ったかのように提案してくる。

 如才ねえな。

 店内は壁一面に棚があり、そこにひらぺったく巻かれた生地がきっちりみっちりと並べられていた。各棚の手前には長いテーブルが置かれ、気になった生地をそこにおいてよく見られるようにしてある。


「さすがにいい布ばっかだな」


 きっちりと織り込まれた、もしくは編み込まれた生地ばかりだ。

 はっきり言って、おれは生地について詳しくない。

 父さんが町で買ってきてくれた生地を受けとるとき、どれが植物繊維のものか、動物繊維のものか、それを聞いて覚えたくらいの知識しかないのだ。

 おれがよく使っていた生地は植物の綿から作られた織物だった。

 たぶんあちらの木綿――コットンと同じようなものだと思う。

 なので並んでいる生地のなかからそれを見つけることくらいはできるのだが、質が全然違う。おそらく繊維、糸、そして織り方からして特別なのだろう。

 あー、これで妹の作ってやりたいわー。


「ねえねえ、こっちの布はすごくきれいよ」


 ミーネにこいこいと手招きされ、行ってみるとその棚は光沢のある美しい布がそろっていた。

 たぶんこれは動物繊維の生地なんだろう。

 元の世界の高級な生地であるカシミヤに似た手触りのもの、ほかにも絹織物のような光沢と手触りをもつ生地もある。

 素晴らしいとは思うが、おれにはあまり用がない生地だ。

 このクラスの生地は普段の生活で着る服には向かない。

 ここ王都ならまだしも、ド辺境の森の中じゃあな。


「うーん、あっちの生地は欲しいな……」


 丁寧に織り込まれた植物繊維の生地がおれを誘惑する。

 この世界に生まれ落ちてからというもの、特別なにか物を欲しがるようなことはなかったが、ここにきて物欲が膨らんだ。さすが王都の貴族街に店を構える生地屋だ。並んでいる生地の質は、どこかの片田舎の町で買える生地とは雲泥の差である。

 そしてもちろん価格的な意味でもだ。


「むむむむ……」


 子供用のおもちゃやら絵本やら、そして将棋やらをダリスに商品化してもらい、その利益分配をもらっているとはいえ、この生地を買いあさることは無理だ。

 ここ元いた世界のように生地の大量生産が出来ない世界。

 手間暇かけて作られるため生地というものがそもそも高い。

 そんなお高い生地のなかでも、ここはその最高級をそろえる店。

 うーん、無理だなー。


「あー、ちょっといいかね?」


 おれが悩んでいると、そっとバートランがやってきて囁く。


「ここの支払いはクェルアーク家でもとう。だから好きなだけ選ぶといい。さすがに店にあるもの全部などは勘弁してもらいたいがな」


 などと、えらく気前のいいことを仰った。

 神鉄のお返しかな?

 ならばクェルアーク家の面目のためにも、ここはお言葉に甘えておくべきだろう。

 おれは大喜びで、良いと思った生地をかたっぱしから長いテーブルに並べ、さらには積んでいく。ほかにも糸がたくさん欲しい。ああ欲しい欲しい。


「ねえ……、ちょっと多いんじゃないかな」


 ミーネにちょいちょいと引っぱられ、気づけば各テーブルに生地の山が出来ていた。

 つい我を忘れてしまった。

 さすがにこれはまずかろうと、バートランを見る。

 バートランはおごそかな面持ちでいた。


「かまわんよ。どんどん選びなさい」


 頼もしいお言葉である。

 でもなんで目を固く瞑ってるんですかね……。

 まあさすがにこれ以上は追加しない。

 それぞれ子供の服二着分くらい切り分けてもらって……、と、それでも結構な量になる。

 これは父さんの妖精鞄に収納してもらうしかないな。


※誤字の修正をしました。

 2017年1月26日

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/19

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/27

※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/04/18

※さらにさらにさらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/06/07


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