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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
10章 『魔素の王と死屍の神』編
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第657話 閑話…クロアとパイシェ

 クロアが邪神教徒と戦うことになったのは、髪の色がやや銀に近い白みがかった金髪の女性に絡んでいる者たちを諫めようとしたことがきっかけだった。

 正確にはクロアが低姿勢で話しかけたところ、メタマルが横柄に喋り始めて怒りを買ったというものなのだが。


「こんなつもりじゃなかったのに……!」


 兄からの手紙には自分の身の安全を優先するように、と書かれていたのだが、もう始まってしまった戦いはどうにもならない。


「まっ、いいじゃねえカ! こいつら大したことねえヨ!」


 戦闘ということで、剣に変化しているメタマルが言う。

 確かに邪神教徒はそれほど強くはない。しかしそれでも、十数人となれば油断はできなかった。最初は三人だったのが、揉めている間に増えていって、今ではすっかり大立ち回り。絡まれていた女性は無事に逃がせたものの、クロアは自分が撤退するタイミングを逸してしまっていた。

 こうなったら、ひとまず相手を制圧してからだ。

 そうクロアが考えていたとき――


「フレイム・ランス!」

「こ――!?」


 こんな町中で、と叫ぶ余裕は無かった。

 避ければ魔法は建物に命中、下手すれば火事だ。

 クロアは咄嗟に妖精鞄からお手製のカードを取り出すと叫ぶ。


「マジック・シールド!」


 クロアの声に応え、カードに刻まれた回廊魔法陣が効力を発揮して炎の槍を防ぐ。

 実はこれが『魔法カード(仮)』を実戦投入した記念すべき事例となったのだが、ちょっと今はそれどころではない。

 カードを使ったことで、いよいよクロアは邪神教徒たちにとって『邪魔をしてくる少年』から『邪魔をしてくる敵』へと格上げされる。

 しかしクロアの方も、町中で危険な魔法を使ってくる邪神教徒たちに加減をする必要は無いと覚悟を決めた。


「メタマル! 何人か捕まえて!」

「おうヨ!」


 クロアに応じ、メタマルは剣身であった部分を軟化、枝分かれした鞭のように変化すると素早く伸びて邪神教徒数人の体に巻き付いて捕縛。

 そこに――


「魔女の滅多打ち!」


 クロアの雷撃が伝う。


『あばばばばっ!?』


 感電し、激しく痙攣した邪神教徒はメタマルが解放すると同時にその場に崩れ落ちた。


「三人一気に殺っちまったカ! 景気がいいナ!」

「殺してはいないよ!?」

「似た様なもんサ! この調子でどんどん片付けようゼ!」


 メタマルはそう言うが、今の攻撃で邪神教徒たちはクロアから距離を取って囲むようになった。

 これはすんなりとはいかない、そうクロアが思ったとき――


「はぁぁぁっ!」


 何者かがこの騒ぎに参加してきた。

 それは見慣れたメイド服を着て、両腕に魔導籠手(ゼルファ)を装着した人物。


「パイシェさん!」

「合流するのが遅れました!」


 クロアに応えつつ、パイシェは瞬く間に邪神教徒二人を殴り倒して昏倒させ、さらに三人目に襲い掛かる。

 邪神教徒たちは完全に虚を突かれた形となり、クロアに対する注意も散漫となった。この機会を逃さず、クロアはさらにメタマル経由の雷撃でもって邪神教徒たちを仕留めていく。

 結果――、パイシェが登場してものの数分で邪神教徒たちを鎮圧することができた。

 パイシェはメイドへと貸し出された魔導袋から縄を出し、邪神教徒たちを縛りあげたところでひと息つく。


「すみません、途中、知った顔や闘士たちに指示を出したりしていたもので。クロア様は戦いながら移動していたのですか?」

「いえ、そういうわけじゃないんです。ここまで来たら絡まれている女の人がいて、仲裁しようとしたらいつの間にか……」

「こんな状況だってのに、女の尻を追っかけ回すなんてとんだスケベ野郎どもだナ、って言ってやったのサ! そしたらそいつらがおかしなことを言いだしてナ、どうも邪神教徒っぽかったから、邪神教徒ってのはこんな状況でなけりゃ女に声もかけられねえ――」

「メタマル、もういいから。パイシェさんもなんとなくわかったと思うから」

「メタマルが余計なことを言ったわけですか……」

「そういうことです……」


 公の場ではなるべくメタマルに話しかけるのは控え、メタマルにも喋らないようにと言ってあったのだが、この状況ではそんなことを気にしている余裕もなく、相談しつつ移動していたのがちょっと裏目に出てしまったのである。


「兄さんは自分の身を第一にと伝えてきたんですけど……、ちょっと放っておけなくて」

「あー、その気持ちはご立派ですが、無茶は控えていただかないと……」

「そう言うなヨ! おいらが一緒なら、そんじょそこらの奴らには負けねえサ!」

「そういうことではないのですが……、まあ、クロア様が望んだわけではありませんからね、お小言はこれくらいにして集合場所の塔へ向かいましょうか」

「この人たちはこのまま残して行くんですか?」

「そうせざるを得ませんね。誰かいれば逃がさないよう見張りをさせ、事態が収束したのち裁きを受けてもらいたいところですが、今、優先すべきはクロア様が速やかに集合場所へ到着することです」


 さあ行きましょう、とパイシェが促す。

 しかし、そこで呼びかけてくる声があった。


「おーい! ヴァイシェス! おーい!」


 見れば、そこにはこちらへ駆けてくる青年の姿が。


「――ッ!」


 瞬間、パイシェは凄い勢いで飛び出して青年に殴りかかった。

 ガキィンッ、と激しい金属音が響いたのは、パイシェが繰り出した魔導籠手の一撃を青年が右手――魔導義肢で受けとめたためだ。


「ちょ、パ、パイシェさん!? どうしたんですか!?」


 競り合いを続ける二人に駆け寄ってクロアが尋ねると、パイシェは珍しく――、いや、初めて見る獰猛な表情で告げる。


「こ、こ、この男! カルロは! ヴァイシェスという一人の武人の仇なのです……!」

「……?」


 それパイシェさんのことじゃないか、とクロアは混乱する。

 そこで必死の形相になって攻撃を受けとめている青年――カルロが口を開いた。


「ヴァイシェス! 再会の挨拶にしてはちょっと物騒すぎないか! 私じゃなかったら受けとめた手の骨が粉々だぞ!」

「だからこそだ! せめてその義手を粉々に……!」

「待った待った、悪かったよ本当に! でも君をレイヴァース家へ向かわせたのは正解だっただろ!? 君は面白くないだろうけど!」


 その話でクロアはこのカルロがパイシェ――、いや、ヴァイシェスをメイドに仕立て上げた張本人なのだと、なんとなく理解した。


「パ、パイシェさん、腹を立てるのは仕方ないかもしれないんですけど、今はこんな状況ですから……」


 クロアが落ち着いてもらおうと話しかけたところ、パイシェ自身この状況で私怨を晴らすことにこれ以上時間を使うのは間違いだとわかっていたのだろう、やがて渋々ながら拳を収めた。


「クロア様の手前ということもある。仇討ちは後だ」


 無骨な喋り方になるパイシェ。

 おそらくこれがパイシェの素の喋り方なのだろうが、それはそれで可愛らしく思えてしまうことにクロアは少し気の毒になる。


「それで、お前は施設に居たんだろう? 反乱が起きたと聞いたが……?」


 このカルロという人物はバロットの調査員らしく、パイシェはすぐに研究施設の反乱について尋ね始めた。


「ああそうだ、それが重要なんだ! 聞いてくれ! 反乱など起きていない! あ、いや、確かに起きた! だがそれはロット公爵が裏から扇動してのものなんだ!」

「は?」


 カルロの情報が思いも寄らぬものであったため、パイシェは忌々しげであった表情をぽかんとさせ、さらに怪訝なものに変える。


「ちょっと待て。ロット公爵が? どうして公爵がそんなことをしなければならない。いくらなんでも何かの間違いだろう。あの方ほど陛下とメルナルディアのことを案じている方を僕は知らないぞ」

「私もそう思う。だが事実だ。反乱は罠だったんだ」

「罠?」

「公爵はレイヴァース法の施行により研究を縮小されたり、中止させられたりと冷遇されることになった研究者を焚きつけた。おそらく示威運動を起こせば無視もできず、責任者である自分が陛下に直訴するとでも唆したんだろう。だが実際、それはただの反逆だ。武力鎮圧は免れない。しかし今日はそれをただ見過ごせない者が王都を訪れていた。そう、レイヴァース卿だ。レイヴァース卿なら、自分の影響で勃発した事態に関わろうとする」

「おいまさか、公爵の狙いはレイヴァース――」

「違う!」


 パイシェの推測をカルロは即座に否定し、そして続ける。


「狙いはレイヴァース卿と行動を共にし、研究施設までやってくるであろう王女殿下だ!」

「どうして!? 王女殿下は――王女だぞ!? 陛下共々守らねばならないお方だ! 公爵は……、まさか邪神教徒なのか?」

「邪神……?」


 どういうこと、とカルロが尋ねるため、パイシェは手短にこの事態について説明したのだが――


「なら違うな。なにしろ公爵は王女を殺害するつもりだ」

「はあ!? おいカルロ、お前の話は本当なのか? まずそもそもどうしてそんなことを知っている!」

「公爵から聞いたからだよ。王都に異変が起きるまで、私は造反者たちによって研究施設で監禁されていた。いや、私だけでなく職員や反乱に反対した研究者たちも。公爵は反乱を起こした研究員たちを皆殺しにしたあとで、私たちに説明してくれたんだ」

「どうして殺す!? 王女を呼び寄せるための罠はどうなった!?」

「反乱が起きたという事実だけでよかったんだと思う。公爵の目的は王女であって、王都を混乱に陥れることではなかった。ある意味、反乱は不穏分子をあぶり出すための罠でもあったんだ」

「何のために! まさかこの国のためだって言うのか!? 王女を殺害しようと考えているのに!? どうなってしまったんだロット公爵は!」

「漠然とした推測になるが……、公爵は王女を殺すことがこの国のためになると思っているのかもしれない。公爵が仕えているのは飽くまで陛下、この国なんだ。王女を殺害すればこの騒動は収まる――、いや、この騒動を想定して殺害に踏み切ったのか……?」


 それは『シアが邪神の器になれる』という予想を聞いていたクロアとパイシェには納得できてしまう推測だった。


「何てことだ。陛下が、悲しまれる……」


 ロット公爵は研究施設にいた者たちに語ってしまった。

 これはもう取り繕いようがない。


「パイシェさん、これは兄さんと姉さんに伝えないと……」

「ええ、そうですね。レイヴァース卿がまた連絡をよこしてくれたらよいのですが……、ひとまず当初の予定通り塔へ向かいましょう。――カルロ、お前も来るか?」

「いや、私は遠慮しておくよ。もしかするとそここそが戦場になるかもしれないからね。私では生き残れそうにない」

「……」


 有り得る話に、パイシェは苦笑いを浮かべることになった。

 カルロの勘はなかなか当たるし、レイヴァース卿は騒動の中心に姿を見せる。

 いざとなったら誰かがクロアを守らねばならず、それが自分の役割となったらカルロまで守る余裕は無い、とパイシェは判断した。


「わかった。ではそこに転がっている邪神教徒を見張っていてくれ。もし新手が現れたら仕方ない、その時は逃げろ」

「見張りか。うん、引き受けよう。じゃあ、ロット公爵についての報告は頼むよ。とてもではないが、私からは陛下に伝えられない」

「あ」


 これか、とパイシェは理解した。

 陛下が悲しむとわかりきっていることを報告しなければならないというのは、本当に気が重いことだ。

 カルロはその役を放棄したかったのだろう。

 今更自分が報告するのが嫌だとカルロを引っぱっていくわけにもいかず、パイシェはクロアと共に移動を開始したが――


「な、何を――、ぐあ!?」


 カルロの声にふり返る。

 そこには何者かの剣で胸を貫かれたカルロの姿があった。

 突然のことにクロアとパイシェは動けない。

 一瞬、その銀色の長い髪を見て二人はシアを思い浮かべることになったが、その何者かはまだ少年の面影を残す青年だ。

 青年が剣を引き抜くとカルロは力無く崩れ落ち、まだかろうじて生きているようであったが――、青年はとどめとばかりにカルロの首を剣で貫いた。

 それから青年はクロアたちに顔を向けて言う。


「この辺りに父さんの邪魔をする悪い奴がいるらしいんだけど……、もしかして君たち?」


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/07/28


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