第656話 閑話…お婆ちゃん
「とーさまー!」
「おー! セレス! 無事だったかー!」
父の無事を確認したセレスは市壁の倒壊によって辺りに散乱した瓦礫をよちよち避けながら進み、一方のロークはひょいひょい身軽に瓦礫の山を下ってくる。
そして――
「とうさま!」
「セレス!」
ひしっと抱き合い、再会を喜び合う父と娘。
それに合わせ、ピスカはロークの頭からセレスの頭へと移動した。
「いやー、よかったよかった。陛下もご無事でなにより。……おや、どうかしましたか?」
「あ、あの……、いったいどうしてこんなことに? そしてどうして無事なんですか?」
セレスとロークが再会できたことは喜ばしい。それは確かだ。けれども市壁と塔が倒壊して下敷きになったはずのロークがまったくの無事、平然としていることが不思議でしかたなく、リマルキスは戸惑いながら尋ねた。
するとロークはほがらかに微笑みながら答えてくる。
「これはあれですよ、埒があかなかったんでピスカに頼んで壁をこっち側に倒してもらったんです。私はあれですね、ほら、塔には見渡すための窓があるでしょう? まずはそこに飛び込んで、次に反対側の窓からひょいっと、まあそんな感じです」
「は、はあ……」
言っていることはわかるが、それで納得していいかは疑問だった。
思いついたとしても普通やろうとは思わず、不可能と判断するであろう試みだからだ。
「さて、合流できたことだし、あの光ってる塔へ行こうか」
「はい!」
地味だがとんでもない離れ業をやったにもかかわらず、ロークは至って自然な様子であった。
普通ならあの危機的状況で機転を利かせ、こんなに凄いことをやってのけたのだと思わず語りたくなるものだろうに……。過去に名を馳せた冒険者というものはこういうものなのだろうか、とリマルキスは考えた。
ともかくロークと合流できたのはありがたい。
しかし移動をしようとしたところで邪魔が入った。
「これはどういうことだ!」
そう叫んだのは、突如として現れた何者か。
くすんだ銀色の全身鎧を纏うその者に対し、さして慌てもせずロークは尋ねる。
「えっと……、どちらさんで?」
「我は父より銀の鎧を纏うことを許された灰銀の騎――」
「ぴよー!」
現れた灰銀のなんとか――たぶん騎士――が喋り終えないうちにピスカが風を巻き起こした。
これまでの信徒のように上へと巻き上げられることはなかったが、騎士は風の渦に囚われ、身動きできぬよう封じ込まれてしまう。
そしてセレス。
「どーん!」
「ぬぉぉ!?」
爆発が起き、破壊された鎧の破片が風の渦によって周囲にまき散らされた。
残ったのはその身一つ、すっぽんぽんになった男が一人。
「ぐっ……、いったい何が……」
これまでの邪神教徒はセレスの攻撃を受けたあと気絶していたが、この騎士は彼らよりも強靱であったらしく意識をとどめていた。
「何だ……、体が爽や――、何いぃ!? 我が鎧が……! 剣が……! よ、よ、よくもぉぉ!」
己が全裸になっていることに気づいた騎士は激しく怒り、そこらにあった瓦礫から手頃な石を選ぶとそれを両手で掴んだ。
「許さん! 許さんぞー!」
「こわっ!」
「こあーい!」
全裸の男が憤怒の形相で石を掲げて襲い掛かってくる。
その気迫たるや凄まじいもので、セレスはびっくりしてロークにひしっとしがみついた。
これではロークが戦えないと判断したリマルキスは、ここは自分が抑えるべきと判断する。
が――
「はい、ちょっと失礼しますよ」
ロークがひょいっとリマルキスを右脇に抱える。
続いてセレスも左脇に抱えると、ロークは足場の悪さなどものともせず、子供二人を抱えているとは思えない身軽さですたこら逃走を開始した。
「あ、こら! 逃げるか! 待てい!」
逆に、男は足を取られすぐにこちらを追えない。
するとここで男は石を諦めて放り、正真正銘裸一貫でロークを猛追し始める。
と、ここで問題が起きた。
「そこのお前たち! 止まれ!」
進行方向に立ちはだかった男たち。
灰銀の騎士も紛れていることから、邪神教徒であることは間違いないだろう。
そこに――
「お、お、追い詰め、たぞ!」
怒れる全裸男が息を切らせながら追いついてきた。
仲間が全裸で現れたことに、邪神教徒たちはわずかに動揺したようであったが、残念ながらそれでは決定的な隙にはならない。
こうして運悪く挟まれる形になりはしたが、実際のところ危機かと言われるとそうでもなく、今回はちゃんと対処しなければならないという認識が生まれる程度のものであった。
「うーん、これからもこうやって絡まれるのかなぁ……。なあセレス、ピスカに大きくなってもらって、その背中に王様と一緒に乗って飛んで逃げることってできるか? 父さんは走るからさ」
「ぴーちゃん、できますか?」
「ぴよよ……」
尋ねられたピスカは申し訳なさげに弱々しく鳴く。
どうやら問題があってそれはできないらしい。
「そっかー。じゃあ普通に突破するしかないな」
と、ロークが提案した時だった。
「ああ陛下……! よかった、ご無事だったのですね!」
前方、邪神教徒たちの向こう側に聖女レクテアがひょこっと現れた。
レクテアは狂信者や灰銀の騎士など気に止めずリマルキスの元へやって来ようとしたのだが――
「ええいババア! すっこんでいろ!」
灰銀の騎士に止められる。
「退くのは貴方がたの方ですよ。大人しく立ち去るならこの場は見逃してさしあげましょう」
「偉そうな口を! はっ、老いた聖女など肉の盾にしかなれぬのだろうが、残念だなババア! お前は盾にすらなれん!」
言うやいなや、灰銀の騎士が剣を抜きレクテアの腹を貫いた。
「レクテアッ!」
リマルキスはとっさに駆け寄りたい衝動に駆られるが、ロークに抱えられた状態ではそれもままならなかった。
「ローク殿! 離してください! レクテアを救わねば! あの人は僕にとって祖母のような人なのです!」
リマルキスはジタバタしながら必死に訴えるが、ロークは下ろしてはくれない。
「まあまあ陛下、落ち着いてください。私もね、そこまで聖女に詳しいというわけではないんですがね、あの程度でどうにかなるようでは聖女と名乗れないと思うんですよ」
「……へ?」
リマルキスがきょとんとするのとほぼ同時、べちんっ、と何かを引っ叩くような音が響いた。
見れば、腹を剣で貫かれ俯くレクテアが灰銀の騎士の兜――頭全体を覆うアーメットに手をかけていた。
「む、苦し紛れに――」
と騎士が言いかけた瞬間、レクテアはアーメットを握った。
メキメキメキッと。
「んごぉぉぉ――ッ!?」
たまらず悲鳴をあげたのは、もちろん兜を変形させられた灰銀の騎士だ。
レクテアから離れ、必死にアーメットを脱ごうとするも、変形させられているためそれが出来ず、やがてガシャーンと音を立てて倒れ、のたうち回り始める。
そんな灰銀の騎士にかまわず、レクテアは腹に刺さったままだった剣を刃を握って引き抜くと、そのまま握り砕いてへし折った。
「ババアババアと、確かに私はババアですが、嘲られるのは不愉快です。あなた方はババアの恐ろしさを御存じないようですね。もはや老い先短く、先の心配をする必要のないババアが本気を出すとどのようなことになるか……」
腹部の傷を癒すでもなく、レクテアはしゃがみ込んで地面に手をついた。
そして呟く。
「アース・クリエイト……」
レクテアは地面から何かを引きずり出しながら立ち上がる。
まず地面から姿を現したのは逆さの足。
それから脛、太もも、腰、腹、胸、そして頭。
地中の金属を集め作られたもの、それは逞しい善神像であった。
自分よりも遙かに大きな善神像を、レクテアは片手で持ち上げそれから、どん、と肩に担ぐ。
「若い頃は神柱棍を磨きながら、いつか振るう日が来るのではと憧れていましたが、ついぞその機会に恵まれませんでした。しかし憧れながら磨き上げる日々。今ではこうして作りあげることができるように。さあ来なさい、愚かな者たちよ。貴方たちにはババアのなんたるかを教えてさしあげましょう」
「なめるな、このババア!」
襲い掛かる邪神教徒。
が――。
ごっ、と。
金属製の善神像がとんでもない速さで振り抜かれ、そのひと凪ぎでもって邪神教徒は弾き飛ばされることになった。
超重量の金属の塊を前にしては、人一人の重さなどさして意味をなさないのである。
「ま、魔法だ! 魔法を撃ち込め!」
一撃で仲間を戦闘不能に叩き込んだレクテアに、残された邪神教徒たちは近寄らずに戦う方法を選択した。
だが、レクテアとてそうくることはわかっている。
レクテアは魔法を放たれるよりも早く、邪神教徒たち目掛け善神像を投げた。
『――ッ!?』
魔法攻撃をするつもりになっていた邪神教徒たちは、それを避けることができなかった。
幸いなことに目標とされなかった邪神教徒たちも、レクテアの行動に驚いて魔法を中断したが――
「今だ! 武器を失っ――、た?」
すぐに誰かが言う。
いや、言いかけた。
すでにレクテアが次の善神像を地面から引きずり出しているところだったからである。
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ありがとうございます。
2020/01/08
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ありがとうございます。
2020/12/28
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ありがとうございます。
2021/03/07




