第655話 閑話…お父さん
バスカーに返事の手紙を託したのち、リマルキスとセレスは合流場所となる塔を目指したが、その道中で邪神教徒と遭遇することが何度もあった。
「(やはり僕らの位置を把握しているのでは……?)」
広い上にめちゃくちゃになった王都でこうも遭遇するものだろうか。
相手は王都を改竄するような奴らだ、それくらいのことが出来ても不思議ではない。何しろ、世の中には犬型の精霊を的確に送り出してくる者がいるくらいなのだから。
とは言え、立ち塞がる邪神教徒たちは、今のところセレスとピスカのコンビによって撃退できている。
完全に守られている状況にリマルキスは申し訳ない気持ちでいっぱいだが、いいところを見せようとしゃしゃり出て、それで危機を招くことになっては目も当てられないため大人しく守られていた。
しかしこの先、セレスとピスカで対処できない相手が現れないとも限らない。
邪神教が起こす騒動の多くは末端の信者、あるいは教徒を自称する狂人が引き起こすものであり、エルトリアのように実力のある導師が表にでてきたことは歴史の中でもそうあることではない。
邪神教の中枢はずっと身を潜め、姿を現さないものなのだ。
しかし今回の騒動、この規模からするに、その中枢が動いたのかもしれず、ならば、これまで遭遇したような信徒だけでなく、もっとやっかいな刺客が放たれている可能性は充分にあった。
「(この状況で何もできない自分が恨めしい……!)」
現状、早く塔に辿り着くことが最善である。
結局はレイヴァース卿に頼ることになるのだろう。
本来なら、リマルキスにはもう一人頼りになる人物がいるのだが、今はその安否が危惧される。
その時――。
バチチッ、と。
「ぬわぁ!?」
再び子犬――バスカーが手紙を咥えて現れた。
「あ! おてがみ! バスカー、よしよし」
「わんわん!」
セレスは手紙を受け取るとバスカーを撫で、さっそく読み始める。
「んと、えっと……、とーさまがきてくれます!」
「僕にも見せてもらえますか?」
「はい、どうぞ」
渡された手紙を見ると、今度はリマルキスが読むことを前提としているらしく加減のない文章が綴られていた。
どうもセレスは判別できたところだけを報告したらしい。
手紙には全員の安否、それからこちらの方面にロークとレクテアがいたのでなんとか合流するよう伝えたことが書かれていた。
他にはシャーロットがこの異変を解決しようとしており、屋敷に残っていた者が王都に近い精霊門から竜に乗ってこちらへ向かっていることなど、この状況を乗り切ればなんとかなる、そう期待を抱かせる内容が記されている。
「いきなり離ればなれになったにも関わらず一時間ほどで……、こういうところは本当に流石ですね」
危機になるとその凄さがわかる。
こんな人に認めてもらうことなんて出来るのだろうか、とリマルキスは初めて不安を覚えることになったが、それは今考えるべきことではないと頭の片隅に押しやり、意識を切り替える。
「とーさま、とーさま」
一方、セレスはきょろきょろとロークの姿を捜していた。
本当に合流できるかどうかは運が絡むのだが、セレスは来てくれるものと信じているようだ。
確かにセレスがどかんどかんと派手にやっているし、邪神教徒たちも攻撃魔法を放って威嚇してきたりしたので、それを頼りにこちらに向かっている可能性もある。
「(父親か……)」
駆けつけてくれる父がいることをリマルキスは少し羨み、しかし詮無いことだと俯いて小さく首を振る。
「どうしましたか?」
ふと、セレスが見上げるようにリマルキスの表情を窺う。
「ああいえ、早く父君と会えればいいですね、と思いまして」
「はい。セレスとけっこんしたら、王さまのとーさまにもなりますよ」
「……!?」
にこっとしてセレスが言ったことにリマルキスは驚いた。
たぶんセレスが言ったのは偶然だ。
ただもし、リマルキスが羨んでいることを感じ取っての発言だとしたら、セレスは思っているよりもずっと聡いのではないのだろうか。
それは知識量や計算速度ではなく、誰かを慮ることにだ。
「とーさまにセレスがここにいるって知らせたいです」
「え? どうするんですか?」
「ぴーちゃんにおねがいします。ぴーちゃん、えっとですね……」
セレスは頭にいたピスカを両手の平に乗せてそっと囁く。
「ひそひそひそ……」
「ぴよぴよぴよ……」
セレスとヒヨコの内緒話。
リマルキスは撮影機を持っていないことを悔やんだ。
やがて――
「ぴーよー!」
大きく鳴き、ピスカはセレスの手から飛び立つと、少し離れた所に存在する一部だけの市壁――そこに組み込まれている見張りの塔の天辺へとぴゅーっと飛んで行く。
やがてピスカは塔の先端にとまると、みるみる巨大化。
そして――
「ぴぃぃぃよぉぉぉ――――ッ! ぴょぴょぴょぉぉ――――ッ!」
それはそれは、けたたましく鳴き始めた。
「あ、あの! セレスさん!? あれだと悪い人たちも一斉に集まってきてしまうように思えるのですが!?」
「だいじょうぶです。セレスたちはかくれます。とーさまが来なかったらこそっと塔にいくです。ピーちゃんは姿をけしてセレスのところにもどってきてくれます」
つまり……、あれは目印であると同時に、邪神教徒たちを群がらせてそのうちに逃げるための囮でもあるわけか。
ちゃんと考えがあっての行動だったことに感心しつつ、リマルキスはセレスを連れて市壁がよく見える建物の二階に移動し、窓からそっと様子を窺う。
やがて、邪神教徒たちがわらわら集まり塔の下に群がった。
「あんなに居たのか……」
下手に移動していたら、かなりの人数と鉢合わせになったのではないか。
こうしてピスカの方に集まったことから、信徒たちはリマルキスとセレスの正確な位置まではわからないようだ。おそらくどのあたりに居るということだけが伝えられ、あとは人海戦術で捜し出そうとしているのだろう。
これはピスカを囮にさせて正解だったかもしれない。
そうリマルキスが考えたとき、セレスが「あ」と声をあげた。
「とーさまいました!」
「え? どこです?」
「あそこです、あそこ!」
と、セレスが指差したのは邪神教徒たちが群がるまさにそこ。
「おーい! ピスカー! セレスと王様はここにいるのかー?」
ロークは狂信者たちに混じってピスカに呼びかけていた。
「いや、え、ええっ!?」
あまりにも堂々としているロークに、リマルキスは度肝を抜かれることになった。
「おーい! セーレスー! 父さんだよー! セレスー!」
ロークは塔にセレスが居ると思っているらしく呼びかけている。
すると塔の天辺で盛大に鳴き散らかしていたピスカはロークの存在に気づいたようで、ふよふよ下降しながら小さくなっていき、最後には普段のサイズになってロークの頭に乗っかった。
と、ここで狂信者たちもさすがにロークという異物に気づき、輪になって取り囲み始める。
しかしロークは知ったことではないらしい。
むしろ――
「なああんたら! 黒髪の女の子と、銀髪の男の子を見なかったか! 俺の娘とその婿なんだ!」
うん、あの人は素晴らしい人だな、とリマルキスは思った。
でもちょっと状況が悪いし、尋ねる相手が最悪だ。
ロークはここに来るまでに邪神教徒たちに襲われなかったのだろうか?
標的から外されていたという可能性もあるが……。
「ほうほう、それは奇遇だな! 我々もその少年と少女を捜していたところだ!」
ロークの呼びかけに邪神教徒の一人が応える。
するとロークはようやく周囲にいる連中がまともな人々ではないとわかったのだろう、ちょっと戸惑ったように言う。
「あれ!? あんたら悪い奴ら!?」
「悪くなどない! 我らは真の神を崇拝する敬虔な信徒である! 我らが父の命により国王とレイヴァース家の娘を捜していたが、そうか、お前は娘の父親か! そう重要でもないが、娘をおびき出すのに役立ちそうだ! 我々に協力してもらおうか! なに、大人しく協力するなら娘に手荒な真似はしない!」
「それは無理! 悪いけど諦めてどっか行ってくれ!」
囲まれているにも関わらず、ロークは引かない。
「では力尽くで捕らえるしかないな!」
狂信者たちがロークを取り押さえようと襲い掛かる。
が、ロークは殺到した邪神教徒たちをひょいひょいとかいくぐって輪を抜けた。
しかし抜けだした位置が悪く、市壁に行く手を塞がれる。
これはまずい、とリマルキスは思ったが、ロークは市壁をするする登り始めたのでそうでも――、いや、魔法で撃ち落とされた。
でも無事だ。
なんで無事だ?
多少は痛めつけるつもりになったようで、邪神教徒たちはロークにバカスカ魔法を撃ち込み始めたが、ロークはそれらをぶん殴って弾いていた。
無茶苦茶だった。
「ええい面倒な! 見せしめに殺してしまえ!」
「誰に見せしめるつもりだよ!?」
邪神教徒が痺れを切らし、ロークを壁際に追いやったまま強力な魔法を撃ち込んで殺害する気になったが……、何故かロークにはまだずいぶんと余裕があるように思われた。
こうして強力な魔法が放たれるようになったものの――
「ぴーよー!」
ロークの頭に乗っているピスカが障壁を作りそれを防ぐ。
それでも魔法は次々と放たれ、ロークの背後にある壁はどんどん破壊され、えぐれていく。
やがて――、ギシッと。
石の軋む音が響き、市壁が崩壊を始めた。
そこで――
「ぴぃぃぃ――よぉぉぉ――――ッ!」
ひときわ大きくピスカが鳴き、次の瞬間、衝撃波のような暴風が発生、市壁どころか見張りの塔もまとめてロークや邪神教徒たちの方へ傾かせることになった。
『――――ッ!?』
突然のことに邪神教徒たちは動けない。
そしてあれよあれよという間に崩壊した市壁や塔は、轟音を立てながらロークや邪神教徒たちを下敷きにしてしまった。
「とーさま!?」
びっくりしてセレスが駆けだし現場に向かう。
リマルキスも慌ててそれを追ったが――
「あー、びっくりした」
「ぴよ!」
ロークはピスカを頭に乗せたまま、瓦礫の上で平然としていた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/12




