第654話 14歳(春)…状況の把握と推測
犬とクマとネズミを送り出しては戻し、皆の安否の確認とおおよその位置を把握してさらにその情報を知らせるために送り出すという作業は、急いだものの二時間近く時間を取られた。
この間、作業に掛かり切りとなったおれは移動する余裕がなく、そんなおれを狙う者がいるのではないかとアレサはずっと警戒態勢でいてくれたが、結局、一度の襲撃も無いままだった。
もちろん好都合なのだが……、こうも何もないと逆に不安になってくる。
ともかく時間はかかったが、皆が無事なことがわかり、合流する場所を伝えられたので時間を無駄にしたというわけではない。
特にコルフィーに無理を言って調べてもらった結果は、早い段階で知ることができてよかったもの――、のはずだ。
これについては少し考えたいところなのだが――
「わんわん!(えへへ! あるじー! もっと、わしゃわしゃーってして! わしゃわしゃーって!)」
「……。(ねえねえ、手紙の配達はこれで終わり? まだある? じゃあ僕はそれまでみんなの無事を祈ってるね)」
「ちゅうちゅう、ぢゅー。(聞いてください聞いてください。実はですね、また友達が増えたのでそのうち紹介するためにお邪魔しようと思っているんです。大丈夫、温厚な鳥ですから。ただ煌びやかな姿をしているわりに臆病で、びっくりさせると火を出しちゃうんです。なのでピスカ先輩に威嚇しないようお願いしてもらいたいんですよ)」
「うるせえ……」
未だ地面に胡座をかきっぱなしのおれは、じゃれつくバスカーをわしゃわしゃ撫で回し、肩に乗っかってまた何か屋敷に連れて来ようとしているハスターの話を聞くはめになっていた。
プチクマは正面で謎の踊りを続けているだけだが、なんか歌っているのでやっぱりうるさい。
おまえ皆の無事を祈るんじゃなかったのか。
「み、みんな、ちょっと大事なことを考えたいからな、静かにしていてくれるか」
「わん!(わかったー!)」
「ちゅう(はい。では詳しくはそのときに)」
バスカーとハスターが答え、プチクマは答える代わりに歌うのをやめた。
まだ踊ってはいるが。
ともかく静かになったので、まず頭の中で現在の状況を整理をする。
一番心配をしていたセレスはリマルキスの野郎と一緒にいるため別の意味で心配になった。
いや、王都がこんな状況になっているんだから、いくら野郎でもセレスをたらし込もうとはしないと思うが……、心配だ。
あと吊り橋効果でセレスがリマルキスにわずかばかりの好意を抱くようになるのではないかという心配もある。
ああ心配だ、心配だ。
すぐにセレスの元へ駆けつけたいところだが、運の悪いおれはセレスから遠い。
そこでお面に協力してもらい、わりと位置が近かった父さんと聖女レクテアに向かってもらった。
さすがのリマルキスも、父親を前にセレスを口説くことは……、いや、やりかねんか。
まったく、とんでもない悪たれである。
セレスの次に心配していたクロアには、仮面経由の連絡で一番近いパイシェに向かってもらった。
心配三番目のジェミナは試練の塔が近いのでそのまま直行させたが、仮面から塔では小競り合いが起きていると報告された。仮面の判断ではジェミナで充分らしいが、念のために母さんを急がせたとのこと。
もし危ない場合は自分が出張るつもりらしく、それならばなんとかなるか、と納得した。
そして心配四番目のコルフィー。
合流場所が遠すぎるので隠れていることにすると伝えてきたが、転移したその場所が反乱が起きたらしいバロットの研究施設だったために無理を言って死体を鑑定してもらった。
結果、死んでいた連中はすべて反乱を起こした造反者であり、彼らを殺害したのがロット公爵であることが判明した。
ロット公爵は確かにリマルキスの期待通り『解決』はしたようだ。
しかし死体が転がっていたということは、王都に異変が起きる前にはすべて片付いていたということではないだろうか?
いや、途中だったと考えることもできるが……。
まあこれは次に考えることにして、先に状況整理を進める。
屋敷に残っていた皆は竜皇国に協力を取りつけ、王都ヘクレフトに一番近い精霊門からこちらへと向かっている。
バートランの爺さんに、アズ父さんという心強い助っ人まで連れてきてくれるのだ、あとはシャロがこの状態を解除してくれたらなんとかなるのではないかと希望が持てる。
頑張っているであろうシャロには励ましのお便りを送りたいところだが、今は解除に集中しているはず、邪魔になると自重した。
この状況を打破するのにシャロの頑張りは不可欠。
そこで一番近いミーネに合流してもらい、邪魔が入らないようにと護衛をお願いしておいた。ハスターから腹ごしらえしていたと聞いたときはマジかと思ったが、この状況でも発揮される平常心(?)にはそろそろ畏敬の念すら覚えそうである。
このように、離ればなれになった皆の状況が判明するなかでちょっとよくわからないのがヴィルジオだ。
仮面の報告では、何か立て込んでいたので王宮に生えた塔が集合場所になっていることだけを伝えたらしい。
何かって何だ、とは思うが、仮面はそれ以上語らないし、この状況でヴィルジオが優先して何かしようとしているなら、それはかなり重要なことだろうとそっとしておくことにした。
ヴィルジオならちょっとやそっとのことで窮地に陥ったりはしないだろうしな。
そして残るシア。
仮面が言うにはいつものメイド服に着替えており、普段とそう変わらない様子だったらしいが……、そこは実際に再会してみないとわからない。
近いとは言えないものの、塔へと移動するなかでクロアの居る辺りを経由できそうなので気にかけてほしいと伝えておいた。
と、これが皆の状況で、一通り確認できたなかでおれが思うことは――
「なんでこんなに手ぬるいんだ?」
「手ぬるい、ですか? これほどのことをしているのに?」
アレサが不思議そうに言ってくる。
「ああ、これほどのことをしている割りには、ってことだよ。こんなことは昨日今日の準備で出来るわけがない。ある程度の時間をかけて準備したはずなんだ。まあどうしてこれだけのことが出来る連中が待ちに入っていたかってのは謎だけど……、ともかくこの精霊門で脱出できない状況を作り出したかったのは確かだ。でもそれならわざわざ王都を改竄したり、人を転移させる必要は無いと思うんだけど……」
「私たちからシアさんを遠ざけたかったのでは?」
「うーん、どうだろう。もう王都を閉じた段階で檻は完成しているから、それをする必要は無いと思うけど……。檻の中にいる人々を人質ってことにすれば……、あ、でもそうなるとどう危害を加えるかって話になるな。範囲が広すぎる。なら逆に危害は加えない? でもそれじゃ檻の意味が無い。なんだろう? たぶん、関連性があるんだろうけどそれが思いつけない。うーん、ちょっと時間が惜しいからこれは後回しにしようか。もしかしたらシャロが何か気づいてくれるかもしれないし。今はそれより気になることを考えたい」
「気になる?」
「うん、ほら、手ぬるいなって話。目的はさ、シアなんだよ。これは間違いないと思う。そのためにこれほどのことを引き起こして……、それでこれ? このずさんな状態が本気? 確かにリマルキスの奴が狙われたりしたけど、でも充分対処できる程度なんだ。こんな、シャロが居なかったらそれこそ詰まされたようなことをやっているのに」
「それもそうですね……」
本来なら、ここでとんでもない追い込みがあるのが普通ではないかと思うのだ。
にもかかわらず、おれの所には誰も来ない。
もしかしたら鬱陶しいのであえて放置しているのかもしれないとは思うが、なら皆の方もそう酷いことにはなっていないのは何故か?
「目的はシアだから、シアの方が大変になっているかと言うと、そうでもなかった。連中はシアを捕らえることを急いでないんだ。そりゃ檻に閉じ込めてるんだからそうなんだろうけど……、未だに大人しく捕まれとも言ってこないってのはどういうことなんだ?」
シアが大人しく捕まるなら王都を元の状態に戻してやるとか通達してくるのが普通――、いや、それをせずになんで王都をまるまるっとさせたんだって話になる。
「準備が整いきっていなかったので戸惑っているとか……」
「いやさすがにそれは。今日という日に備えて準備して――」
と言いかけ、おれは首を傾げる。
「いや、べつに今日じゃなくてもいいな。むしろおれたちが帰った後の方が都合がいいはずだ。なのにどうして今日決行したんだ? 入念な準備を行っていたなら、万全を期して計画が成功するタイミングを計るはずだ。それなのに急いだ? 何の必要があって? 準備が整いきっていない状態でも急がなければならない状況なんて――、あ」
あるだろうか、と言おうとして、ふと思いつく。
準備が整っていようがいなかろうが、構わず決行する必要に迫られる状況はありえた。
「そうか……、今日、決行しなきゃならなかったんだ……」
「何故ですか?」
「シアが殺されるからだ」
「へ!?」
「だから急いだ。急いで行動に移した。この状況はシアを狙っての計画だけど、今日決行したのはシアの殺害を邪魔するためだ」
「そんな……。では、誰がシアさんを殺害しようと?」
「今日という日がレイヴァース家の訪問日であると知っていた者はそう多くない。つまりそれは、リマルキスの奴が信用を置いていた人物ということになるわけで……、一番怪しいのはロット公爵だ」
「ロット公爵……!? し、しかし猊下、王宮にはレクテアさんがいました」
「聖女が見抜けるのは嘘だろ? なら嘘をつかなければいい。もしかすると公爵は心からこの国を、リマルキスを大切に思って行動しているのかもしれない。だから公爵の潔白を判断するためには、シアに死んで欲しいかどうか尋ねてみないといけないんだ」
「そんなことを尋ねるのは……」
「だよね。でも実際は尋ねる機会すらなかった。公爵がおれたちに姿を見せなかったから」
「王宮関係者に怪しい者が紛れていないか、それを調べるためにコルフィーさんが鑑定眼を使うという計画も公爵は……」
「そう、知っていた。そもそも今回の訪問計画自体がロット公爵から提案されたものだってんだから……」
こうなるとコルフィーの報告が重要になってくる。
「公爵が責任者をやってる研究施設で反乱が起きた。今日だ。これはおれたちを誘き寄せようとしたのか、それとも粛清によって鎮圧したから多少殺気立っていようとそういうものと誤魔化すためか」
「……」
アレサは唖然とするばかりで言葉が出てこないようだ。
「もちろん、これはおれの推測でしかない。さすがにリマルキスの奴が不憫だしな、本当に外れてくれたらいいと思ってる。だが念のためとして皆には伝え……、いや、シアだけにしとこうか」
「え……、シアさんだけ、なんですか?」
「たぶんその方が安全だと思う。もし誰かが疑念を抱いた状態で公爵に接触することになったら、敵と判断されるかもしれない。知らないままなら敵じゃないからね」
おれはさっそくシアへの手紙をしたため、それをプチクマに配達してもらうことにした。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/03/07




