第653話 閑話…ジェミナとリセリー
異変の起きた王都ヘクレフト。
離ればなれになったレイヴァース家御一行のなかで、試練の塔に最も近い位置に飛ばされたのはジェミナだった。
「……あれ、ここ、どこ? いない、みんな」
しばしの困惑。
その後、ジェミナなりに何が起きたのか考えてもみたが、すべては『困ったことが起きた』という単純な事実に集約されるだけであったため、難しく考えるのはやめ、ひとまずピカピカ光っている試練の塔に戻ってみることにした。
するとその途中、パチンッと可愛い破裂音をさせてバスカーが手紙を咥えて現れる。
「わふ!(お手紙もってきたよ!)」
「おー!」
手紙は上の兄からで、そこには連絡が付いた皆の安否、それから塔を基準としてそれぞれがどの辺りにいるかが記されていた。
「んー? 遠い……。みんな、ジェミから」
生憎とすぐにジェミナが合流できる者は居なかったが……、塔へ集合することになっているなら先に行って待っていればいいかとすぐに考え直した。
「ジェミ、お返事書く。待って」
「わん! わふ!(あ、じゃあね、ジェミナが塔のちかくにいることは、ぼくが伝えるね!)」
「伝える……?」
いったいどういうことだろうとジェミナが首を傾げると、その困惑を感じとったらしくバスカーは続けて言う。
「わおーん!(主ね、ぼくたちとお話できるようになったの! ジェミナといっしょだよ!)」
「主、一緒、ジェミと?」
彼が精霊と対話ができるようになったという事実は、ジェミナを少し複雑な気分にさせた。
ときどき頼まれる通訳はジェミナにしかできない仕事。
精霊に囲まれて暮らす彼にとって替えの効かない存在であることはジェミナにとって密かな自慢であった。
しかし、その必要が無くなってしまった今、彼にとってのジェミナの価値が下がってしまったに違いない。
「うぅ……」
「くーん?(どうしたの?)」
「主、精霊とお話できる。ジェミ、もういらない?」
「わふ! わおーん!(そんなことないよ! 主もお話できるようになったんだから、これからはみんなでお話できるよ!)」
「みんなで……」
バスカーは子供みたいで、ピスカは騎士みたい、クーエルは偉そうで、アークは賢くて、フィーリーは真面目で、ハスターは妙に丁寧。
そこに主が加わってお喋りをするという想像は、ジェミナをわくわくさせるものだった。
しかし――
「うぅ、ジェミ、喋れたらな、もっと」
もどかしい問題が残る。
皆と違って満足な会話がなかなかできない。
これは精霊エイリシェがジェミナの体に宿ってジェミナを育てたことの弊害であった。
難しいことはエイリシェがやってくれ、そしてエイリシェとの意思疎通は想うだけでちゃんと伝わった。結果、ジェミナは自分で喋って意思疎通をするという機会になかなか恵まれなかったのだ。
「わんわん!(元気だして! 大丈夫だよ、いっぱいお話したらいっぱいお話できるようになるよ!)」
バスカーは励まそうとしているのか足元にじゃれつき、その優しさはジェミナをなごませ、そして元気づけた。
「バスカー良い子、よしよし」
「わん!(ぼく良い子!)」
バスカーの頭を撫で、それからジェミナは返事を書くことにした。
自分の位置はバスカーが伝えてくれるので、短く、塔でみんなが来るのを待つ――、と。
その後、ジェミナはバスカーを残し試練の塔へと急いだ。
きっと自分が一番だから、集まってくるみんなに「おかえり」と迎えてあげようと思った。
△◆▽
突如として異様な状態となった王都のどこかに飛ばされることになった人々は当然ながら混乱することになった。
何が起きたのかを知る者はおらず、球体として閉じた王都の有様に恐怖と不安を覚えるばかりであった。
しかし、そんな何にすがったら良いのかわからぬ状況の中、光り輝く王宮――実際は試練の塔なのだが――は怯える人々にわずかながら希望をもたらす役割を果たしていた。
メルナルディアの象徴となる王都、その象徴となる王宮だからこその心理的効果である。
そして、そんな王宮の周辺に転移したとなれば、ひとまずそこに向かえば安全なのではないかと思いつくのは自然なことで、人々は導かれるように塔へと集まった。
その判断は確かに正解であった。
精霊たちの宿る塔は害意を持つ者をはね除ける避難所としても機能する。
が、しかし、それは無事に塔へ入ることができたらの話。
皮肉なことに、あまりに目立つ塔は邪神教としても注意を払うべき場所と注目されることになったのだ。
とは言え飽くまで注意を払う程度のもの、最重要というわけでもなく、塔の近くに転移した邪神教徒だけがこの任にあたり、同じく塔の近くに転移した王国の騎士とぶつかることになった。
塔の入口を封鎖したい邪神教徒と、それをさせまいとする騎士の戦いは、最初こそそれぞれ数名での小競り合いであったが、時間経過と共に人数が増えつつあり、状況は邪神教徒が有利となっている。
塔を確保しておかなければならない騎士は塔から離れることはできず行動を制限されるが、邪神教徒はその制約がない。おまけに遅れて避難してきた市民はそこで留められ、人質にされてしまうのだ。
このままでは塔を明け渡すより他ない状況に陥る。
だが、そこで変化があった。
「ぬわー!」
悲鳴を上げたのは、避難してきた市民を脅しつけていた邪神教徒の一人。
まるでひょいっと摘み上げられるようにして宙に浮かび上がり、そして地面に叩きつけられる。
「ぐへ!」
と、落下した邪神教徒の前には一人の少女がいた。
「待ってて。ジェミ、片付ける」
危機に瀕した人々の前に現れたのは、いつもより凛々しい表情をしているジェミナであった。
「なん――なんんん!?」
ジェミナを取り押さえようとした邪神教徒がまたしても宙へと浮き上がり、同じように地面に叩きつけられる。
これにより、残る邪神教徒はジェミナが敵であると認識したがもう遅かった。
邪神教徒はぽいぽい空に放り投げられ、為す術無く落下して地面に激突すると悶絶。
あまりのことに、助けられた市民、そして苦境に立たされていた騎士もぽかんとするばかりであった。
「みんな、塔に。塔は安全」
ジェミナは塔を指差し、避難するよう促す。
急展開に戸惑いを覚えつつも、市民たちは塔へと避難する。
これでひとまず制圧かと思われたが、邪神教徒はしぶとかった。
手持ちのポーションを飲んで動けるようになると戦いを挑もうとする。
しかし――
「ぬわぁぁ!」
「ひぃぃ――!」
ジェミナの念力を破れない以上、どう頑張ろうとまともにやっては相手になるわけもなく、二度目となる自由落下を堪能するだけに終わる。
その後、邪神教徒は騎士たちによって塔の内部へ連行された。
塔の内部に放り込んでおけば、悪さをしようとした時に精霊たちがお仕置きしてくれる――そうジェミナが一生懸命説明したからだ。
ジェミナが塔の防衛に加わったことで、やって来た邪神教徒はすぐに撃退され、そして塔に放り込むというサイクルが出来上がる。
塔の入口で仁王立ちしているジェミナは市民や騎士たちにとって実に頼もしく、そして可愛らしく映った。
やがて――
「あら?」
リセリーが現れ、そしてちょっと戸惑った。
仮面からジェミナが戦っていると知らされ急いで来たのだが、まったくそんな様子は無かったからである。
「お母さん、おかえり!」
そんなリセリーにジェミナが駆け寄ってしがみつく。
「ジェミ、がんばった!」
珍しく興奮しているジェミナの様子に、リセリーはなんとなく事情を察し、微笑みながらその頭を撫でた。
「ただいま。よく頑張ったわね」
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/07/20
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/03/07




