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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
10章 『魔素の王と死屍の神』編
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第651話 閑話…コルフィー/ヴィルジオ

 コルフィーが転移させられたのは、バロット研究施設にある広い会議場であった。

 転移してすぐは自分がどこにいるかもわからず困惑するばかりであったが、室内には自分と同じように転移させられた人々が大勢一緒だったため、まずはその人々と一緒に会議場から出ることにした。

 が、どういうわけか会議場の扉が開かない。

 男性が体当たりしてもビクともせず、ここでコルフィーは緊急事態という名目でもって扉を魔法で破壊。

 こうしてコルフィーを始めとした人々はようやく会議場から出ることができた。

 廊下には棚や机が転がっており、外から扉が封鎖されていたことがなんとなく察せられたが……、コルフィーはそれに対する考察は後回しにて、まずは人々と一緒に建物から出ようと先を急いだ。

 途中、コルフィーはこの建物がバロット研究所の魔導工学部だと知ることになったのだが、問題は建物の正面玄関――エントランスへ辿り着いた時に起きた。

 エントランスが一面血の海となり、何十という首無し死体が無造作に転がっていたのである。

 この惨状を目撃した人々は恐慌を起こし、茫然としてしまう者もいれば、泣き出す者、嘔吐する者、また建物の奥へと逃げていってしまう者など、統制も何も無い混乱状態となってしまった。

 しかし、そんな状況にあってもコルフィーはわりと冷静であった。


「あー、ここまで服に血が染みると抜くのは絶望的ですねー……」


 たくさんの死体を見てショックを受けているのは確かだったが、ちょっと前に兄のお尻に鎌が刺さり、あの血の染みをどう綺麗にするか考えていたことが影響して混乱がおかしな発想として現れたのだ。

 死んでいるのは服装からしてここの研究者か。

 おそらく転移が起きる前には殺されていたのだろう。


「あー、これは兄さんに知らせないとー……。そう言えば兄さんて礼服は魔導袋に入れてくれたんでしょうか。それなら時間経過しないので染みも取りやすいですからね、そうしてくれてると嬉しいです」


 コルフィーはぶつぶつ呟きつつ、血の海を渡るのは嫌だったので近くの部屋に入ると窓をぶち破って外に出た。

 そして――


「……私、何か悪いことしましたかね?」


 異様な状態となった王都を見て、ビシッと心の骨にヒビが入った。


「どうしろってんですかこんなの……」


 異変が起きている。

 おそらく、兄たちが警戒していたその異変が。

 しかし、だからと言ってどうすれば良いのか?

 コルフィーは計画の頭数に入っておらず、今回の訪問が終われば屋敷に戻っていつも通りの生活を送ることになっていた。

 この状態は完全に想定外に違いなく、兄たちは状況を打破するために動き始めているところだろう。

 もちろんコルフィーも出来ることがあれば行動を起こすのだが……、どうすれば良いのか本当にわからない。

 まずそもそも戦力外。

 きっと兄たちにとっては心強い味方ではなく、保護するべき対象と認識されていることだろう。

 自分に出来ること、出来ないことをわきまえているコルフィーとしてはそれは当然であり、特に抵抗を覚えるわけでもない。

 ならば余計なことはせず、大人しく救出される、もしくは状況が収まるのを待つべきではないか?

 この特異な状況、協力できることが無いのなら、せめて邪魔にならないよう大人しくしているのも一つの正解である。

 だがそうなると――


「セレス姉さんやクロア兄さんは平気でしょうか……。ジェミナもちょっと心配ですし……」


 三人も自分と同じように一人でいるのだろう。

 この何が起きるかわからない状況で三人を放って置いて、自分だけこそっと隠れているというのはさすがに罪悪感を覚える。

 ルーの森ではクロアとセレスほったらかしでうっかり糸紡ぎに精を出してしまったが、今回は名誉挽回といきたいところだ。

 兄たちに比べれば自分など大したものはないが、それでも多少の魔法は使える。

 ならば三人を捜しに行くべきではないか?

 そう考えたところで、ふと気づく。

 セレスにはピスカが付いている。

 あとセレス自身もよくわからない魔法を使える。

 まず間違いなく自分よりも強い。

 そしてクロアもまた強い。

 屋敷の面子がおかしいせいで目立たないが、普通にランクCの冒険者としてやっていけるくらいの力量はあるはずだ。

 そしてジェミナは……、もしかしたら二人よりも強い可能性がある。


「あれ!? もしかして私が一番か弱い!?」


 この事実にコルフィーはちょっと複雑な気持ちになったものの、自分の真価は戦闘ではなく裁縫だと心に言い聞かせて自尊心を保った。

 異常な兄を除けば、レイヴァース家で一番である。


「ひとまず……、どうしましょうか。兄さんに伝える時のことを考えてもう少し研究所の様子を調べた方が……、でも調べたくないぃ……」


 と、コルフィーが悶えていたそのとき――。

 バチン、と。

 小さな破裂音をさせてアークが現れた。


「ふわっ!? ……あ、アーク!」


 突然のことにビクッとしたコルフィーも、おいす、と右手を挙げるアークの姿にほっと安堵する。


「もしかして兄さんが私の護衛に――って、あれ、手紙?」


 アークが左脇に手紙を挟んでいることに気づき、受け取って読んでみたところ、それは兄からの状況報告と指示であった。


「兄さんとアレサさんは無事ですか。それからセレス姉さんは王様と一緒、シャロさんに異変の対処を頼んで……、ふむふむ、ひとまず合流のために塔へと……、塔?」


 コルフィーはよく目立っているらしい塔を異様な景色から探すが、どういうわけか見つからなかった。


「まさか……」


 恐る恐る真上を見上げる。

 発光体に遮られているせいで反対側の様子は見えない。

 兄が向かえと指示してくる『塔』が見あたらないとなればそれは……。


「と、遠い……、遠すぎる……! 私が一番遠いの確定じゃないですかこんなの!」


 さらに言えば、現在位置が判明している誰からもコルフィーの居る場所は遠かった。

 皆が離ればなれの状況にあって、コルフィーはさらに皆からはぐれていたのである。


「あーもー、なんですかこれ、私ってそんなに日頃の行いが悪かったのでしょうか」


 兄からの手紙は明るい知らせとはならず、コルフィーは自分の置かれた厳しい現状を認識するだけに終わった。

 コルフィーは自分の位置と、事態が収束するまで大人しく隠れていていいですか、というお願い、それからバロット研究施設がおかしな事になっていることを手紙に記し、アークに手渡した。

 やがてアークは兄に召喚されて姿を消すが、それから数分もしないうちにまたコルフィーの元へ戻って来た。

 今度の手紙は簡潔だ。


「研究所は調べた方がいいですか……、そうですか……」


    △◆▽


 王都変異の少し前――。

 ヴィルジオとノファの連絡役との密談は、乱入してきたエルフの少女によって中断された。

 彼女が語った、メルナルディア国王と王妃の殺害に邪神教の教祖が動いていたという内容はヴィルジオだけでなく、ノファの連絡員も驚かせることになった。

 もちろん彼女の言うことをそのまま信じるわけにはいかない。

 しかしその話は妙にしっくりくるところがあり、でたらめだと断じることを躊躇われるものであった。

 真実か、虚偽か。

 どちらであっても、判断するためにはさらにエルフの少女から話を聞く必要がある。


「お主は何者だ?」

「あ? 私のことなどどうでもよいだろう。それよりもそこの仮面小僧を追い返せ。何度言わせる」


 連絡員がいる限り話を進めるつもりはないようで、ヴィルジオは少女の要求に従うことにした。


「ご苦労。依頼はこれで達成だ」

「そう、か。正直気になるが……、依頼主が達成と言うならばそれに従おう。余計なことに首を突っ込まないのが長生きの秘訣だ」


 連絡員は大人しく応じ、速やかに立ち去った。


「やれやれ、ようやく話ができるようになったか」

「立ち去ったように見せかけたのかもしれんぞ?」

「それならそれでいい。側に居られると気が散るから追い払いたかっただけの話だ」

「そ、そうか。それで……、君は?」

「貴様の協力者だ」

「協力者?」

「そうだ。一時的な、だがな。ひとまず手を繋ごうか」

「……は?」


 少女は手を差し出してきたが、唐突すぎてヴィルジオは戸惑い、まじまじとその手を見つめることになる。


「ほら、握手だよ握手。なんだ、警戒してるのか? 気持ちはわからんでもないが……、手を繋いでもらわないと困るのだ。私だけではなく、貴様も困ることになる」


 そう言うエルフの少女はひどく面倒そうな様子で、彼女が望んでやろうとしているのではなく、必要性――指示があって嫌々やっているように思われた。


「ああもう、面倒な。握手が嫌なら、腕を組むのでも肩を組むのでも、貴様が私を背負うのでもなんでもいい。どうするのだ」

「え、あ、じゃあ握手で」


 躊躇もしたが、結局ヴィルジオは少女と手を繋ぐことにした。

 少女が目的を持って接触してきたのは間違いないものの、その様子があまりにやる気なさげで、つっけんどんであったため、ヴィルジオはいまいち少女の意図を読むことができない。


「手は繋いだぞ。それで?」

「しばらくこのままだ。何か起きるまで何か話をしてやろう」


 これでようやく話ができるようになり、ヴィルジオはまず尋ねる。


「先ほどの話は真実なのか?」

「さあ」

「さあって……」

「仕方ないだろう。私が目撃したわけではないのでな」

「それはそうだろうが……、では誰から聞いたのだ?」

「アホから聞いた」

「アホ……!?」

「そうだ。とんでもないアホだ。あんなアホが二人もいたら世界が滅ぶってくらいのアホだ。ほんっとアホ。あのアホ」


 少女は忌々しげに言うが、ヴィルジオはその様子に既視感を覚えた。

 それは無茶をして昏睡状態になった主に憤るシアの様子に近いように思えたのだ。

 さすがにアホとまでは言わ……、いや、言っていたか?

 そんなことを考えていたせいか、ヴィルジオはふと関係無い疑問を口にしてしまう。


「お主はそのアホのことが好きなのか?」

「はああぁ!?」


 少女の反応は劇的だった。


「んなわけないだろ! どうして私があんなアホを好きにならなくちゃいけないんだ! あんまり巫山戯たこと言っていると帰るぞ!」

「いや、あ、えっと……、す、すまぬ」


 耳まで赤くしているエルフの少女にヴィルジオは大人しく謝った。

 下手をすると、カッとなって本当に帰ってしまいそうな気がしたからである。


「(難儀なことだな……)」


 そのアホとやらはこの少女の気持ちを利用して従わせているのだろうかとヴィルジオは考えたが、少女の反応からして仕方なく付き合っているというのが正解ではないかと考えた。

 さらに、この少女のやる気の無さはもしかするとそのアホが碌でもないことを始めようとしており、それを危惧しつつも見捨てられず、だからこそ嫌々になっているのではないかと思い至ったが、確認しようとすれば逃げられる可能性が高いように思えて控えることにした。

 まずは知りたいことを教えてもらってから、そうヴィルジオが思った時――。

 異変は起きた。


「うん……?」


 空間に精霊門のような模様が浮かび上がる。

 すると次の瞬間、ヴィルジオと少女は向かい合って手を繋いだままの状態で異様な状況となった王都のどこかに放り出されていた。


「な、何だこれは……!? 何が起きた……!?」


 動揺するヴィルジオであったが、少女の方は落ち着いたもの。

 握っていたヴィルジオの手を離し、やれやれとため息をつく。


「始まったようだな」

「お主は何か知っているのか!?」

「邪神教の教祖は直接王女を捕らえようとして撃退された。自身は癒えぬ傷を負い、精鋭は壊滅。さすがに相当堪えたのだろうな。過去の失敗を踏まえ、王女が自ら降伏して下る状況を作ろうとした。それがこの檻というわけだが……、はっ、本当に思惑通りかよ」


 少女の言葉には少し苛立ちが混じる。

 状況が想定通りであることを喜んでいるようではないようだった。


「シアはどうなった?」

「まだどうともなっていないだろう。せいぜい、私たちと同じように檻となった王都のどこかに飛ばされた程度だ」

「そうか……、こうしてはおれんな」

「待った待った。そう急ぐな。貴様にはやってもらうことがある。上手く行けば王女を取り巻く問題が一つ片付くぞ」

「どういうことだ?」

「貴様は王女を守りたいんだろう? なら大人しくここで待て」

「待つ? お主は妾に何をさせるつもりなのだ?」

「そう睨むな。聞けば貴様の方からどうか協力させてくれとお願いしたくなるような話だぞ?」


 エルフの少女は肩をすくめてみせ、それから告げた。


「友人の仇を討たせてやろう」


※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/11/17

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/03/07


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ただのお針子のコルフィーを危険な探索任務に就けるのはどうなのか 主人公の人格破綻ぷりは痛々しいけど大事な人を守りたい意識はぶれてないと思っていました 報告できていないのかもしれないけ…
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