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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
10章 『魔素の王と死屍の神』編
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第649話 閑話…セレスとリマルキス

 異変が起きたとき、リマルキスはとっさにセレスを抱き寄せた。

 結果、二人はそのまま同じ地点――変わり果てた王都の大通りらしき場所へと転移することになった。

 そこには、おそらく同じ目に遭ったと思われる人々がちらほらおり、戸惑いからだろう、茫然と立ちつくしている。

 ざっと周囲を見回してみても、塔で一緒だったレイヴァース家の人々も、聖女レクテアも見つけることはできなかった。


「こ、これはいったい……」


 王都の街並みは分断され、滅茶苦茶に継ぎ足され、おまけに内側に閉じて球体状になっている。

 これは魔導により人為的に引き起こされた異変――、そうに違いないと思うと同時、こんなことが人に可能なのかと信じ切れないところもある。

 だが敵――おそらく邪神教――が目指すのは、この大陸の中心にある瘴気領域を副次的に生みだすことになった計画であり、それに比べれば一国の王都など、それこそ好きに弄くり回すくらい容易いのではないか、とも考えた。


「レイヴァース卿もさすがにこれは想定できませんでしたか……」


 もちろん、リマルキスにそれを責められるわけもない。

 星芒六カ国の一国、メルナルディアの王都ヘクレフトでこれほどの事態を引き起こすなど、いったい誰が想定できるというのか。


「ならバロット研究施設の反乱も計画の一環……? わからないことだらけじゃないですか……」


 立て続けに起きた異変はリマルキスの心を打ちのめし茫然とさせることになったが――


「王さま、王さま、ここはどこですか?」


 ちょいちょい、と手を引いてセレスが尋ねてきたことにより、リマルキスは我に返る。

 と同時に、自分にはセレスを守る義務があると感じ、その思いが折れかけた精神を立ち直らせるきっかけとなった。


「セレスさん、まずはこちらに」


 リマルキスはセレスの手を引き、一番近い建物へと避難する。

 そしてドアの脇にセレスと一緒になってしゃがみ込み、身を潜めた。


「セレスさん、どうか落ち着いて聞いてください。ここは王都で間違いないようですが、何者かの手によっておかしなことになっています。はっきりとした目的はわかりませんが、もしかすると僕も狙われているのかもしれません」

「じゃあセレスがまもります。ピーちゃんといっしょに!」

「ぴよ!」

「あ、あれ?」


 リマルキスとしては、それでも必ず守るので一緒に行動して欲しいと言いたかったのだが……、セレスに先を越されてしまった。

 こんな状況だというのに、まだ幼いセレスは当たり前のように自分を守ると言ってくれる。その健気さと優しさにリマルキスはますますセレスに惹かれたが、今はその想いを言葉にしている場合ではないとさすがに自重した。


「セレスさんが守ってくれるんですか。ありがとうございます」

「セレスどーんってします! ピーちゃんは――……、あれ?」

「ぴよー!」

「ぴよーってします!」


 むん、と気合いを入れた表情のセレスはどう控え目に見積もっても可愛らしくて仕方なく、リマルキスは幸せな気分に浸りそうになるのを懸命に堪えることになった。

 なんとかリマルキスは冷静さを取り戻し、この場で最もか弱そうに見えるヒヨコ――ピスカが実は最も頼りになる味方なのではと考える。

 見た目こそヒヨコ。

 だが、実体はバンダースナッチ・ナスカが精霊へと転じた存在だ。

 何かしらの力を秘めていてもおかしくはなく、であるからこそレイヴァース卿はセレスにピスカを与えていたのだろう。


「(レイヴァース卿ならこの状況でどう動くでしょうか……)」


 おそらくレイヴァース卿も自分たちと同じ状況にあるはずだ。

 抱いていた英雄への憧れは、他ならぬ彼の手によって打ち砕かれることになりはしたが、それでも彼の功績は覆りようもなく偉大なものであり、こういった突発的な異変に対処できる才覚は依然として期待を抱けるものだった。

 なるべくなら、早い段階で彼との合流を果たしたい。

 しかし互いにどこにいるかわからない以上、それは偶然に期待するしかなく、逆に、リマルキスが自分はここにいると遠くからでもわかるような行動を起こせば、この混乱に乗じて活動を開始したであろう邪神教徒を呼び込むことにもなりかねない。


「(隠れている方が安全でしょうか? しかし、これだけの異変を引き起こせる相手です。標的を見つける手段を有していたとしてもおかしくありません。ならば、やはり味方との合流を急ぐべきか……)」


 そうリマルキスが悩んでいたとき、ふとセレスが頭を撫でてくる。


「よしよし、よしよし」


 途端にリマルキスは幸せな気分になった。

 が、今は困る。


「セ、セレスさん、励ましてくれるのは本当にありがたいのですが、これからどうすべきか考えているので少しだけそっとしておいてくれませんか」

「ふぇ……、セレスじゃまですか?」

「そんなことはありませんとも!」


 邪魔などと、そんなことあるわけがない。

 セレスがいたから頑張ろうと思った、セレスがいたから立ち直ることができたのだ。

 もし一人きりだったら、まだ通りで茫然と立ちつくしていたことだろう。

 国王という立場は、何も知らない者たちからすれば恵まれたものに映る。しかし実際は苦悩の連続である。本来であれば王子としてまだまだ学ばねばならない年齢のリマルキスが担えるものではない。

 父は居ない。

 母も居ない。

 そして今、ずっと支えてくれた兄の安否がわからない。

 まるでお前の生は苦しむためにあるとでも言うような仕打ち。それでもまだリマルキスが絶望しないのは、偏にセレスの存在があるからだった。

 苦しんでいた昔の自分に伝えたい。

 頑張れと、暗闇の中で、小さな光といずれ巡り会うからと。


「セレスさん、貴方は僕が必ず――」


 と、リマルキスが言いかけたとき。

 バチンッと。

 セレスの近くで破裂音が響き、思わず身をすくませ顔を向けたところ、目をきらきらさせて尻尾を振る一匹の子犬がいた。


「あ! バスカー! あれ、なにくわえてるです?」


 出現した子犬――バスカーは手紙らしきものを咥えている。

 じゃれついてくるバスカーから手紙を受け取ったセレスは、さっそく目を通し始めた。


「ごしゅぢんさまからです!」

「あ、ああ、そ、それはよかった……」


 あの人はどうしてこう狙い澄ましたように――。

 そうリマルキスは思うものの、こうして連絡してくれたのは本当にありがたく、何とも言えない気分になった。


「んーと、えっと……、お手紙もらったら、塔にいきましょうってかいてあります!」

「ちょっと僕にも見せてもらえますか?」

「はい!」


 渡された手紙はセレスに読んでもらうためか、図解入りでわかりやすく書かれていた。

 いや、どちらかと言えば文字の方がおまけだろう。

 塔と王宮がこの角度から見え、球体の傾斜がこれくらいになっている位置に自分とアレサがいる、という様子が簡略化されて描かれている他、子犬――バスカーが手紙を咥えて届ける様子、その返事をバスカーが持ち帰る様子、手紙を受け取った者が塔を目指そうとする様子など、セレスが絵を見てなんとなく理解できるようにと、描かれる軽快さとは裏腹に注意が払われている。

 もしかすると絵の軽快さもまた、セレスを不安がらせないようにとの配慮があるのかもしれない。

 さらに――


「わふ!」

「ぴよ!」


 バスカーとピスカが何か確認しあっていることからして、精霊経由の伝達――例えばセレスが手紙の内容を理解できなかったら誘導するようにとの気遣いもしているようだ。

 おそらくセレスが一人きりという想定なのだろうが、この気配りには感銘を覚えるほどで、リマルキスはせめてレイヴァース卿の意図がセレスに正しく伝わるように、そして無事再会してもらえるように努力しなければならないと決意を新たにした。


「セレスさん、お兄さんは僕たちがどの辺りにいるか知りたいようなので、外に出て確認してきます。少し待っていてくださいね」

「はい!」


 リマルキスはそっと外に出ると塔と王宮がどの位置に見えるか確認し、こちらの状況とあわせて手紙に綴りバスカーに咥えさせた。

 それから少しすると、バスカーはヒュボッと姿を消す。

 レイヴァース卿に呼びもどされたのだろう。


「よし……。それじゃあセレスさん、塔へ向かいましょうか」

「はい!」

「ぴよー!」


    △◆▽


 建物から出て移動を開始したリマルキスとセレス。

 目指す塔は遠く、内側に閉じた王都では側面に張りついているように見える。

 順調に移動しても三時間はかかるだろうか。

 混乱した人々が慌てふためくなか、デタラメに入り組むことになった王都を二人は進んでいく。


「もしや……、リマルキス国王陛下ではございませんか?」


 と、そこで市民とおぼしき男性に声をかけられた。

 この王都ではときおり古き民の特徴を持った者を見ることがある。

 しかし珍しいには違いなく、レイヴァース卿の仕立てた服を身につけたことで素顔のお披露目もしたこともあって、特徴からリマルキスのことを推測できるようにはなっていた。

 男の言葉が聞こえたのか、辺りにいた数名もこちらに注目する。


「ぴよー!」


 そこでセレスの頭に乗っていたピスカが飛び立ち、最初に話しかけてきた男に突撃した。


「ぴーよー!」


 そして放電。


「あばばばばば!?」

「ええ!?」


 突然のことにリマルキスは愕然としたが、そこで近寄ってきた内の誰かが叫ぶ。


「二人を確保しろ!」

「な――」


 こいつらは敵か。


「予を国王と知っての狼藉か! 貴様ら何者だ!」

「我ら真なる神に仕える者よ!」

「邪神教徒か!」


 ならば狙いは姉上。

 自分たちを捕まえようとするのは、姉上を捕らえるための人質にでもするつもりなのだろう。

 なんとかセレスだけでも、とリマルキスは覚悟を決めた。

 が――


「ぴぃぃ――よぉ――ッ!」


 甲高くピスカが鳴き、幾つもの小さなつむじ風が邪神教徒を呑み込んで高く巻き上げる。

 それめがけ――


「どーん!」


 セレスが邪神教徒に向けて魔法(?)を放った。

 突如として爆発が起き、その威力によって邪神教徒が身につけていた衣類は木っ端微塵に吹き飛んだ。

 そして全裸で気絶した邪神教徒がぼとっと落ちてくる。


「え、ええぇ!?」


 落下してきた邪神教徒は気絶こそしているが無傷だ。


「(手加減して無力化、ついでに服を吹き飛ばした……? そんなこと可能なのか……!?)」


 愕然とするリマルキスであったが、驚きはそれで終わらない。


「どーん! どーん!」


 セレスがつむじ風に拘束されている邪神教徒へ攻撃を加えていく。

 セレスが「どーん」と言うたび、邪神教徒はズタズタの切れ端になった衣服を飛び散らせ、そして落下してくるのだ。

 まるで花火のよう――、いや、そんな綺麗なものではない。

 結局、戦いはピスカとセレスの独壇場で終わり、リマルキスの出る幕は無かった。


「あれ、もしかしてセレスさんって僕よりずっと強い……?」


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/07/12

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/07/20

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/03/07

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/05/11

※さらに脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2023/05/20


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[一言] 少年王よ、この作品は大体女性の方が強いんや…
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