第66話 9歳(春)…魔鋼と神鉄
「とりあえずこれを見てくれ」
そう言って父さんはテーブルに置いたのはハサミ。
おれが裁縫仕事に使っているハサミである。
「……おいローク、確かに儂は鍛冶士だがな――」
「いやいや、よく調べてみてくれって」
手入れでもさせようってのかとクォルズが凄むが、父さんは気にせずちょいちょいと指でハサミを指す。
「あーん?」
クォルズはハサミを取り――、そしてすぐに目つきが鋭くなる。
「魔鋼のハサミじゃと? いや、魔鋼化したのかこれは」
「やっぱりか」
しげしげとハサミを観察し始めたクォルズに、父さんは嬉しそうに言う。
「リセリーはたぶんと言っていたが、専門家のあんたも言うんだから間違いないな」
「こんな裁断用のハサミで戦うようなけったいな奴がおるわけもないし、ということは裁縫にうちこんだ結果ということになるが……」
「ああ、普通に裁縫を――いや、あれは普通じゃねえな。とにかく裁縫道具として使っていたもんだ。職人の道具でも魔鋼化するって話はあるんだろ?」
「ある。儂にも経験はある。あるが……、己の命を預ける武器ほどにはきかん話だ。なんにしろ、このハサミの持ち主は相当な仕立屋だな」
「いやそれ息子のなんだ」
「なんでじゃ!?」
びっくりしたクォルズは父さんを見てから、今度はおれを見る。
「このハサミは坊主のなのか?」
「ええ、まあ、そうです」
「おまえさんがか……」
クォルズは困惑しつつもあきれたような複雑な表情をしていたが、はっとなにか思いついたように再び父さんを見やる。
「ちょっと待て。おまえ確か坊主に武器作らせようと儂んとこ来たといってたな?」
「おう」
「んでだ、儂が興味を持つ素材持ってきたと言ってたな?」
「おう、そのハサミだ」
「馬鹿かおまえは!?」
すどん、とテーブルぶっ叩いてクォルズが吼える。
「せっかく魔鋼化した仕事道具つぶして武器にしてどうする!? 儂でも魔鋼化までいった道具なんてふたつだぞ! いいか、このハサミは坊主が仕立屋としてやっていく――」
「あ、裁縫はただの趣味です」
「なんでじゃ!?」
愕然としてクォルズはおれを見た。
「おまえさん仕立屋になるんじゃないのか?」
「これからも裁縫はやりますけど、本業にする気はないです」
「じゃあ何になるんじゃ?」
「ひとまず冒険者になります」
「はあ……?」
納得できないのか、理解できないのか、クォルズは曖昧にうめいて黙りこんだ。
そして持ったハサミをさらに観察する。
「……ふむ、断言は出来んが……ほぼ魔鋼化しとる。こいつを鋳つぶすなんぞもったいない話だが、まあこんなでたらめな依頼は受けたことがないからな、面白くはあるわい」
ごとり、とハサミをテーブルに戻し、クォルズはぐわしぐわしと髭をなでる。
「これでは小振りのナイフ程度じゃな、魔鋼の比率は下がるが何か混ぜるか? 景気よく王金でいっとくか? それとも軽い霊銀か?」
王金というのは少し緑がかった金色の金属で硬く、そして魔力をよく通す。金よりも価値があるから王金。おれは勝手にオリハルコンやヒヒイロカネをイメージしている。
霊銀は王金よりは軟らかいが軽い。そしてより魔力を通す。こちらは勝手にミスリルをイメージしている。
どちらも非常に高価である。
使ってたらなんか勝手に魔綱化しただけのハサミに使うのはどうかと……。
「あー、いや、実はそのハサミが混ぜる物で、本命はこっちなんだ」
と、父さんは布きれをテーブルに置いて広げてみせる。
現れたのはほのかに光をおびた三本の針。
おれの祈りがよ~くこもったため、いつのまにか光るようになっていたのだ。
「……ん? んん? んんんん?」
クォルズは眉間に皺をよせまくり、テーブルにべったり張りつくようにして光る針を睨む。
「……これはまさか……、いや、いやいや、いやしかし……」
ぶつぶつとクォルズは自問自答を続け、やがて体をおこすとおれをしっかりと見据える。
「これはやっぱり坊主のものか?」
「そうです」
「これはどうしてこうなった?」
「どうしてって、針仕事してたらこうなったんですけど……」
「もっと詳しく。どういうふうに使っていた? ハサミもそうだが、坊主くらいの子供がただ裁縫していただけでこんなことにはならん。依頼は受ける。だからまず儂を信用してすべて話してもらいたい」
話していいものかと思ったが、父さんは大丈夫と言う。
「このジジイは口が悪いが固くもある」
「うっさいわ」
父さんが言うならまあいいか、とおれはクォルズに事情を話す。
まず神撃持ちでそれをこめて裁縫をしていること。
それから全身全霊で弟の服を作ったら装衣の神がやってきて回収されたことなど。
「なんでそんな大ごとになるほど弟の服作りたかったんじゃ?」
「弟が不慮の死を迎えないようにするためです」
「んー?」
よくわからない、といった顔でクォルズは父さんを見やる。
「自分のお古だと弟がやさぐれて最終的に落馬して死んでしまうと言いだしたんだ」
「ふむ、まったく意味がわからんな」
「俺も未だにわからない」
なぜわからんのか。
「まあいい、とにかく坊主が特別なのはわかった。ならこの針は神鉄化したんだ」
「神鉄? それはいいものなんですか?」
「良いとか悪いとか、もうそんな話じゃないわ。神鉄ってのは儂でも話しか聞いたことない代物だ。邪神を討滅するのに使われた金属が神鉄だったと伝えられている、こう言えばわかるか? とんでもない代物なんだこれは」
「夜、うっかり落としても見つけやすい、くらいにしか思ってませんでした……」
「見つけやすいって……」
なんなのこの子、みたいな顔でクォルズが見てくる。
だって事実だもの!
「じゃあ魔鋼よりもすごいものなんですね」
「そのはずじゃ。なにしろ神撃が宿って神鉄。鉄とは言うが、これはただそう例えられておるだけで実際には金属の性質を残した神撃の塊という話じゃ。純粋な神撃としての性質が強いため人工の魔鋼よりも天然物に近い。ということはだぞ、それを扱えるのは持ち主だけではないということだ。これは王金の天然魔鋼よりもはるかに貴重なものじゃろう」
深刻なほど表情がけわしくなってしまったクォルズ。
つられたように父さんも、傍観していたバートランも真剣な表情になる。
のほほんとしているのはおれとミーネだけだ。
「へー」
ミーネは感心しながら、ちょいっと針を一本つまみあげて眺める。
「ねえ、これちょうだい」
「あ? ……一本だけだぞ」
「ありがと」
「おまえら儂の話きいとった!?」
深刻な顔から今度はちょっと悲壮な顔になってクォルズが叫ぶ。
「もちろん聞いていたわ。これ、わたしでも使えるんでしょう?」
「都合のいいとこだけか!?」
すがすがしいほどにミーネは平常運転だった。
「これでこの剣、魔鋼化しやすくなるかしら!」
「いや針を剣にくっつけないといけないだろ。上にのっけて叩くか?」
「そうね、それならわたしでもできそうね!」
「おまえら!?」
愕然とするクォルズそっちのけでミーネは剣を抜く。
そしてなにを思ったのか剣身に針を突き刺し……
突き刺した!?
「すごい! 針が剣にささったわ!」
『なんで!?』
ミーネの行動が予想外すぎてさすがにみんなびっくりした。
確かに針はミーネの剣――その剣身にピンと刺さっている。
「本当にささっとる……、どういうことじゃこりゃ……」
鍛冶士としては興味深いらしく、クォルズはわなわな震えながら、髭をぐわしぐわしと乱暴ににぎったりはなしたりしている。
「あはっ、ささるささる。すごいわ!」
指先で押すだけで針は剣に刺さっていき、そしてついには完全に埋まってしまう。
「あれ?」
そこでミーネはふと気づいたように、剣身をひっくり返す。
しかしそこには、飛びだしているであろう針の先がなかった。
「あれ? あれ?」
戻しても、ひっくり返しても、針はどこにも見あたらなかった。
「なんか針どっかいっちゃった」
「んな馬鹿な!?」
ミーネからひったくるように剣を奪い、クォルズは入念に調べ始める。
「本当に跡形もない……、剣に傷どころか跡すらない……」
「ねえねえ、魔鋼化はしてるかしら?」
「魔鋼化は……別にしとらんな。ああ、わからん。こんなことは聞いたこともない。とにかくしばらく様子を見るしかないなこれは。嬢ちゃん、これからはちょくちょくこの剣を儂に見せに来い」
「わかったわ」
ミーネは剣を受け取り鞘におさめる。
クォルズは両手で顔をごしごし擦り、そのまま髭をぐぐぐっと引きのばして放す。
「あーもーなにがなんだかわからんわ。おいローク、おまえの息子はどうなっとるんじゃ。あの針は相当な価値があったぞ。バロットの連中ならさぞ払ったろうに」
やれやれといった感じのクォルズ。
バロットってなんぞや?
あっちに同じ名前のえぐい卵料理はあったが……。
「バロットってなんです?」
「ん? ああ、バロットってのは魔王に対抗するための、古くからある組織だ。邪神が討滅されたあと、瘴気獣――今はスナークと呼ぶか? まあそれが現れだした時にその討滅を目的に作られ、そのまま魔王の討滅も目的にするようになった。だから当然、強力な武器を求める。邪神の討滅に使用されたと伝えられる神鉄なんぞ、喉から手が出るほど欲しかろうな」
ほうほう、そんな組織がありますか。
魔王討滅頑張ってくださいね。
「どうじゃ坊主、売る気はあるか?」
「売る気はないですね」
そんな脳筋っぽい組織に関わったらどうなることか。下手をすればおれは光る針を生産するマシーンにされかねない。
ふと、針を提供しまくって、それで魔王を倒してもらったらどうかとも考えたが、たぶんおれの導名のたしにはならないだろうし、やっぱり面倒なだけなので関わらない方針をとることにした。
「じゃあこのハサミに混ぜるということでいいか?」
「それでお願いします。武器は扱いやすい短剣にしようと思います」
まあ男の子ですから立派な剣とかも憧れるんですけど、どうせ使いこなせませんから!
そもそも戦い方からして〈雷花〉頼りのワンサイドゲームが理想なのだ。立派な得物を振りまわしてガチの取っ組みあいをするような状況になっては負けみたいなもの。変に見栄をはって自分のスタイルに合わない武器を使って人生リスタートになってはもともこもない。
「それでですね、短剣の形なんですが……」
と、おれはスケッチブックに描いてあった短剣をクォルズに見せる。
作ってもらう短剣は元の世界にあったナイフ。柄が空洞になっていてちょっとした物をいれられたり、背にセレーションがあるサバイバルナイフだ。
「面白い形じゃなこれは……、この背のギザギザはなんなんじゃ?」
色々な角度からの絵を描き、各部の詳細を書きこむ。
両親に生暖かい目で見守られながら培った画力が役に立った。
「おまえさん、鍛冶師にも向いとるんじゃないか?」
ナイフのデザイン画を眺めながらクォルズは言う。
やってみたいとは思うが、才能は皆無だ。真剣に取り組めば人並みにはなるだろうがそこまでの時間を鍛冶に費やすことはできない。
「あと、それとはべつに作ってもらいたいものがあるんです」
そしておれは本題を切りだす。
依頼するのは二振りの鎌だ。
シアに武器として機能する鎌を用意してやるのである。
おれが家を離れたあとのことを考えてだ。
なにかあって両親がそこにいないような状況になった場合、弟妹を守るのはシアである。
だからここは奮発して良いものを、というわけだ。
すでに用意していたデザイン画を見せると、クォルズはものすごく困惑した顔になった。
「……なんで鎌なんじゃ?」
まあ気持ちはわからないでもないが、鎌でないと戦えない変なのがいるということでなんとか納得してもらった。
この鎌にはシアの戦い方の関係上、非常に強い力がかかることが想定される。なので頑丈に作ってもらわなければならないが、これまた戦い方の関係上、速さを殺さないために軽くなければならない。
そう相談すると、クォルズはあっさりと使用する素材の特性で問題を解決する。
武器自体の重量をそれほど必要としない戦い方なので、霊銀が一番だろうという話になった。
持ってきたデザインは所詮素人のデザインでしかないため、おれはクォルズから指摘をうけながら形状を修正する。
結果として、刃と取っ手の部分は一体化。
なんか金属から削りだされたような鎌になった。
そこにある程度の装飾と、強度をさらに強化するための紋章を刻むらしい。まあこの国一番の親方にまかせれば大丈夫だろう。
あと、気になるのはお値段だ。
霊銀は王金ほどではないが、手が届くからこそ実力のある冒険者たちがこぞって買い求める。
剣一本で小さな屋敷レベルということだ。
お高い。そんなのをおれは二丁である。
ダリスからの報酬が貯まってはきてるが、まず間違いなく足らない。
ここは両親におねだりするしかないのだが――
「あの、代金のことなんですけど……、その針一本さしあげるのでちょっと安くしてもらえませんかね?」
「……なん、じゃと……?」
なに言いだしてんのおまえ!? ――という顔をされた。
「あ、いや、結構な価値があるって話だったので、代金にあてられたらいいなと思ったんですが……ダメですか」
「駄目というか無理じゃ。そもそもいくらの価値があるか想像もつかんし、わかったとしても釣りで儂が破産する。というかおまえさん、手放してもいいのか? バロットには売らんと言っておったのに……」
ただ関わりたくなかっただけなんですよね。
「手放してもいいというなら、正直欲しいぞ。……だが、どこをどうひっくり返そうとそんな大金はでてこん」
「じゃあ差し上げるのでお礼ってことで武器作ってください」
「おまえさんこれの価値まったくわかってないじゃろ!?」
うん、実はそうなんだ。
「正直なところ、光る針くらいにしか……。そのうちほかの針も光るようになると思いますし、そうしたら送りましょうか。手紙かなにかで」
「手紙なんぞで送るな! おいローク、おまえの息子どうなっとるんじゃ!」
「どうなってんだろうなー……」
クォルズに話をふられたが、父さんは半笑いをするだけだ。
俺が聞きたいよ、と思ってるなあれは。
クォルズはしばらくおれを睨むように見つめていたが、ふと表情をやわらげて言う。
「ふぅー……、坊主、本当にくれるってんなら儂は貰うぞ。それなりに名の知れた鍛冶師として、この機会は逃せん。ここで逃しては死ぬまで後悔するじゃろう」
「はい、差し上げます。どうぞ好きなように使ってください」
「……わかった。貰う。かわりにおまえさんが依頼する武器を全身全霊で仕上げよう」
おれからすれば針をあげただけで高価な武器を作ってもらえるような状況だ。ありがたいと同時にちょっと申し訳なくなる。
とはいえ針の価値という一点だけを見れば、クォルズが得をしているわけだし、まあこれでいいのかもしれないな。
「それではよろしくお願いします」
こうしておれは無事クォルズに依頼することができた。
自分がデザインした武器を凄腕の職人に作ってもらえるという展開はなかなか興奮する。
完成が楽しみだ。
※誤字脱字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/24
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます、
2019/01/19
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/22
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/06/07
※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/02/23
※さらにさらにさらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/04/30




