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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
10章 『魔素の王と死屍の神』編
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第648話 14歳(春)…王都封鎖

 まったく、なんてことだ。

 まさかこのタイミングで王都に異変が起きるなんて。


「これじゃあセレスの婚約を破棄させることができない! くそっ、やはり運命はリマルキスの奴に味方するってのか!」


 そうおれが憤っていたところ、アレサがすっと正面に立った。

 そして――


「はぁーッ!」

「ぬが!?」


 おれの脳天にいきなりのチョップ!


「アレサ!?」

「申し訳ありません! しかし猊下、今はちょっとおかしくなっている場合ではないのです! どうか正気に戻ってください!」

「いやおれ正気だけど!?」

「でしたらなおのこと申し訳ありませんでした! それで猊下、これからどういたしますか?」

「そうだな、状況が状況だから今回の試練は無しってことにしてリマルキスの奴にさらなる試練――」

「はぁぁ――ッ!」

「ぬごっ!?」


 またしてもいきなりのチョップ!


「アレサ!?」

「猊下! 猊下! このところ心労がたたり、色々とアレな感じになられていることは承知していますが、今は正気に戻ってください! 今ここで正気に戻らなくては、取り返しのつかない状況になるかもしれないのです! おかしなことを言っているこの間にも、みなさんが危機に陥っているかもしれないのです! もしこれで誰かが失われるなんて状況になったとき、猊下は自分を許せますか!?」

「ぬ……、ぬぅ……、ア、アレサ!」

「はい!」

「きついのをもう一発だ!」

「かしこまりました!」


 そしてアレサはチョップ――ではなく、今度はビンタを繰り出した。


「ほげぇ!?」


 きついのを頼んだのはおれだがきつすぎる!

 バチコーンと叩かれた瞬間意識が飛び、おれはその場にすとんと尻餅をつくことになった。


「猊下、大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫だ。でもちょっと手を貸してくれ。立てない」

「でしたら座ったままで大丈夫でしょう。まずはどうするかを考えなければなりませんし」

「そうか、そうだな。まずは……、何が起きているか、か」


 まず間違いなく碌でもない企みによって、この状況は引き起こされた。

 おそらく、この王都に居た人々はまとめておれやアレサのように転移させられたのではないか?

 少なくともおれの側にいたみんなは飛ばされたのだろう。


「アレサ」

「はい!」

「転移させられる瞬間、よくおれに抱きついてくれた」

「――ッ!?」

「アレサが一緒じゃなかったら、おれはずいぶんと時間を無駄にしていたに違いない。ありがとう」

「い、いえ、いや、あ、はい!」


 嬉しそうに返事をしたアレサは「よかった、正気に戻ってくれた」と小さく呟く。

 お手数をお掛けしました……。


「さて、この状態に陥る前に見た精霊門に似た状態、そしてシャロの『空間干渉』という言葉からして、相手は空間をいじくれる奴って判断できるわけだが……」

「シャロさん以外にそんなことが可能な者がいるのでしょうか?」

「いたんだろうな。心当たりがあるって言えばあるんだけど……」


 クロアが雷の魔術を使うようになったのは、幼少期におれの微弱な雷撃を受けていた影響とシャロは結論しており、であれば、シャロが空間魔術で遊ばせていた弟――アルフレッドも空間魔術を使える可能性があるということになる。


「でもシャロの弟さんがこれを引き起こした張本人なのかって尋ねられると、はっきりそうだとは言えない」

「そうなのですか?」

「うん。例え空間魔術を使えるようになっていたとしても、シャロがびっくりするほどの規模――つまりこの状況を生み出せるほどに卓越した使い手になれるものかな?」


 まあアルフレッドが三百年ずっと空間魔術の訓練をしていたと考えると不可能ではないような気もするが。


「それにこの状況は悪意を持って引き起こされたに違いなく、であればとっさに思いつくのはシアを標的とした計画だ。つまりそれはアルフレッドが邪神教徒だったってことに繋がる。でもおれとしてはどうもアルフレッドが邪神教徒である気がしないんだよ」


 これはシャロの弟という贔屓もあると思う。

 しかしエルトリア王国で邪神教徒と関わり、後に間接的にシャロの霊廟でアルフレッドの置き土産と関わったおれからすると、やっぱり隔たりがあるように感じるのだ。

 まあアルフレッドが関わっているかどうかは後回しだ。

 すでに異変が起きてから数分が経過した。

 可能ならばすでにシャロがこの異常を解決している。にも関わらず状況が改善されないのは解決に時間がかかるということだろう。


「うちの一番の強みと思っていたところを崩されたのは正直痛いな」

「打つ手無し、ということですか?」

「いや、まだ手はある……、かもしれない」


 答えつつ、おれは魔導袋に手を突っ込み、エンピツを取りだした。

 魔導袋は使える、か。

 ならば通常空間から異次元を介して、また通常空間への干渉をすることが阻害されているのだろうか?

 まあそのあたりの考察はシャロに任せよう。


「これからちょっとそれを試すんだけど、もしダメだった場合、それこそ打つ手がなくなっておれ取り乱すかもしんないから、その時はまた正気に戻してほしい」

「かしこまりました」


 まずは一度深呼吸、そしておれは叫ぶ。


「バスカーッ!」


 頼む、と祈った。

 結果――。

 バチコーンと雷と共にバスカーは現れた。

 これで希望が繋がった。


「わん!」

「よしきた! よく来た!」


 地面に胡座をかくおれの足に飛び乗ってきたバスカーをわしゃわしゃしてやる。

 バスカーの登場をこれほど喜んだことはない。

 これで精霊便は妨害されないことが証明されたのだ。


「ああ、これならみなさんと連絡がとれますね!」

「そういうこと。バスカーに手紙を運んでもらって、こっちに戻すことで皆の安否が確認できる。あ、いや、バスカーだけでなく屋敷にいるぬいぐるみも使えば……、ああいや、多すぎてもおれの手が足らなくなるか。ならバスカー、それとハスター、クーエルとアークは……、ん?」


 そこでふと気になったのは、プチクマがクマ兄貴に送っていた映像はどうなったかということだ。


「もし映像が続いているなら、こちらの状況を把握してもらうためにもクマたちはそのままの方がいいか……?」

「猊下、アークさんをこっちに呼ぶのはかまわないのでは? 結局この王都に留まるわけですし」

「あ、そうか。ならクーエルはそのままで、手紙係はバスカー、ハスター、プチクマの三体だな」


 ただ、これで手紙を配達できるのはおれの仕立てた服を着ている者だけだ。

 送った精霊が出現するときに放出される雷撃は、ちょこっと痺れて少しの間麻痺する程度のものだが、それが生死を分ける場合もあると考えると……。

 まあ送っちゃダメなのが父さん母さん、あとメイド服のパイシェとヴィルジオだから、そこまで心配する必要もないか?

 けど困るのがウェディング・エンジェルやってたシアだ。

 いつものメイド服を魔導袋に収納していたのであれば、この異変を重く見てこそっと着替えてくれるとは思うんだが……。


「安否確認や指示を優先しないといけないのはセレス、クロア、ジェミナ、コルフィーと行きたいところだが……、シアが狙われるなら優先順位を繰り上げる必要も出てくるか。シアどうしようっかなぁ」

「あの……、猊下、リマルキス陛下は……?」

「……」

「……」

「コルフィーのあとで!」


 おれがリマルキスだったら、連絡が来るだけ御の字だと考える。

 だからこれでいいのだ。


「まずはこの王都で混乱しているに違いない皆に、おれとアレサが無事なこと、それから合流のために……、そうだな、試練の塔を目指してもらいたいことを書こう」


 こんな状況にあっても試練の塔はよく輝いており、ずっと向こう、おれの位置からすれば全方位を囲む壁のようになっている王都の一角に張りついているのが確認できた。

 精霊たちが転移せずそのまま残ってるのは、やはりおれが取り憑かせた影響だろうか? まあなんにしても、今の王都にあれ以上の目印はないからちょうどいい。

 皆には試練の塔を王宮の正面として、自分が球体王都のどのあたりにいるかも報告してもらうことにする。

 近い者がいれば、合流することもできるからだ。

 ただ、派手なことをして、誰かに居場所を知らせるといった方法は控えるようにと伝えなければならない。

 こんな状況を作り出したのだから『敵』はこの王都で何らかの活動を始めているはずで、ならば目立つのはよろしくない。

 でも精霊便で音が鳴ってしまうのは仕方ないか……。

 ちょっと小さな音になるように意識だけはしてみよう。


「ひとまずこちらの状況と指示を手紙に書いて、それをバスカーに運んでもらおうと思う」


 送った精霊にはだいたい十分くらい送り先に留まってもらい、その後に回収するので伝えたいことはその時間内に書いて欲しいという内容も付け足す。

 が、そこでセレスにそれは難しいのではないかと気づいた。

 王宮を目指すことくらいはわかってもらえると思うが、自分の置かれた状況を急いで書くというのは……。


「うーむ……」


 回収したバスカーの反応からセレスの安否の確認くらいできる。

 しかし、その程度。

 ジェミナが居てくれたらバスカーが見たセレスの様子を聞きだすことも可能だが……。


「ん? いや、おれにも出来るんじゃね……?」


 野良の精霊ならいざしらず、うちの精霊はおれが関わった奴ら――おれの雷撃で精霊化した存在だ。

 ならば武具の神から貰った八番目の恩恵を、そいつらと対話できるような能力にすればいい。

 思いつきで使うのはもったいないような気もするが、例えるなら今はアイテム欄のひと枠をずっと占拠していた微妙に貴重なエリクサーを使うべきタイミングなのである。

 と言うわけでまず名称を考えよう。

 うん、面倒だから〈モノノケの電話相談室〉でいいや。

 では〈モノノケの電話相談室〉――発動!


「もしもーし、バスカー、おれの言うことがわかるかー?」

「わん!(わかるよ! ぼく、おりこうだもん!)」


 アホっぽい口調が聞こえた。

 だが成功だ。


「バスカー、唐突だがおまえの言いたいことがわかるようになった」

「わう! わおーん!(ほんとう!? じゃあね、あのね、聞いて聞いて、ぼくね、主のこと好きー!)」


 そう言ってバスカーはさらに尻尾をぺるぺるさせる。

 くっ、今はそれどころじゃないと言うのに……、なごむ!


「そ、そうか。ありがとうな」

「くぅん?(主はぼくのこと好きー?)」

「ああ、好きだぞ」

「わおーん!(やったー!)」


 尻尾ふりふりがさらに高速化した。

 待て、なごませるな、今は凄く危機的状況なんだから!


「バ、バスカー、えっとだな、実はみんなとはぐれた。前に家族で森に行ったことがあるだろ? あんな状態だ。これからおまえにはおれの書いた手紙をみんなに届けてもらうことになる。そのとき、なるべく周りの状況を確認しておれに教えて欲しい。特に精霊が集まって光ってる塔があるだろ? あれをよーく確認してほしいんだ」


 正面広場に試練の塔が生えた王宮。

 これがどの角度から見えるか、球体のどの位置にあるかで、だいたいの居場所は判断できるのだが……、バスカーには難しいかな?


「わん!(わかった!)」


 元気の良い返事だ。

 うーむ、心配になる。

 だが今はバスカーを信じよう。

 セレスだけは先に位置を確認し、それを皆の手紙に記して可能なら迎えに行ってもらいたいのだ。


「よーし、じゃあまずはセレスのところに行ってもらう。手紙を書くから少し待ってくれ」

「わふー! わおーん!(うん、待つ! このお仕事が終わったらぼくのこといっぱい撫でてね! わしゃわしゃーって!)」


 へっへっへ、と期待の眼差しを向けてくるバスカー。

 うっかり撫でてしまいそうになるのを堪え、おれはセレス宛てにわかりやすい手紙を綴ろうとしたのだが――。

 ふと、そこで気づいた。

 わざわざバスカーに確認して報告してもらわなくても、ちょっと仮面に協力してもらえばよかったのではないか、と。


「……」


 おれはそっとバスカーを見る。

 めっちゃ尻尾振ってる。

 あんなふうに喋ることを知った今、もう必要無くなったからバイバイね、と言うのは気がひける。

 でも優先すべきは皆の安否……。

 あ、いや、仮面は精霊便だと痺れちゃう父さん母さん、ヴィルジオ、パイシェ、あとよくわからないシア、それからレクテアお婆ちゃんの様子を見に行ってもらおうか。

 それから皆が危なかったら手助けをお願いしておけばいい。

 よし、これだ、これでいこう。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/07/10

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/05/11

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/09/19

※さらに脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2023/05/20


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