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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
10章 『魔素の王と死屍の神』編
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第647話 14歳(春)…試練の塔(3/3)

 そして――。

 リマルキスが塔の四階に姿を現した。

 その姿を確認したところで、母さんが「ほらほら」とセレスを促してリマルキスのところに向かわせてしまう。


「ちょちょ、母さん、何してるの!?」

「え? 辿り着いたし、もういいんじゃないの?」

「まだだよ!?」


 ちゃんと説明したのに……!


「セレスさんとの結婚を認めてもらえるのですね!」

「ええいまだだバカめ!」


 セレスに出迎えられる形になったリマルキスは、すっかり勘違いしている。


「そもそも婚約の約束って話だろうが! いきなり結婚まで話を進めてんじゃねえよ! それにまだ最後の刺客が残っている!」

「なるほど、最後は貴方が相手というわけですか」

「いや、おれではない!」


 叫びに応じるように、おれたちの背後にあった小部屋の扉がバーンと開け放たれた。


「え、姉上!?」


 姿を現した人物を見て仰天したようにリマルキスが言う。

 しかし、今のシアはシアであってシアではない。

 濃いフェイスベールで覆い隠されていることで、はっきりと判断することができなくなっている顔。ウェディングドレスみたいなふりふりした派手な白のワンピース。背中に申し訳程度の羽をぴょいんと生やした彼女こそ――


「わたしの名はウェディング・エンジェル!」


 そう、今のシアはウェディング()・エンジェルなのだ。


「ウ、ウェディング・エンジェル!?」

「そうです。ウェディング・エンジェル――それは結婚を望む人々の味方にして庇護者! リマルキス国王陛下、あなたがセレスちゃんとの結婚を望むならば、このわたしを打ち倒すことでその決意が真実であると証明していただきましょう!」

「結婚を望む人々の味方なのに僕とセレスさんの仲を引き裂こうとするのってどうなんです!?」

「ねーさま、すてきです」


 この展開にリマルキスは唖然としていたが、セレスは喜んでいる。


「もはや余計な問答など無用! さあ、あなたの覚悟を見せるがいいです!」


 そう告げ、W・エンジェルの腰に装備していた二丁の邪悪な鎌を手にとった。

 それを見てミーネが震え上がる。


「シアったら本気なのね……!」

「ああ、リマルキスの奴はシアを追い詰めすぎたんだ」


 やっちまうのだな、と理解し、おれはその容赦の無さに恐れおののかずにはいられなかった。

 W・エンジェルの企み。

 それはあの鎌でリマルキスをいたぶることではない。

 あの鎌をリマルキスに触れさせるつもりなのだ。

 あの呪われた邪悪な鎌を。


「恐るべき惨劇が起きるぞ……、そしてその惨劇は王都の人々に公開されるんだ……」


 W・エンジェルはリマルキスの醜態によってセレスが愛想を尽かすよう誘導するつもりなのだ。

 なんという……、なんという容赦の無さ!


「セレスちゃんと結婚したいと言うなら、この試練、見事乗り越えてみせるがいいです!」

「セレスさんと結婚するためなら、どのような試練も乗り越えて見せましょう!」


 やっぱり姉弟だからか、妙に息が合っている。

 そしてW・エンジェルはリマルキス目掛け駆けだした。

 が――


「セレスはおーさまとけっこんするので、姫ねーさまはごしゅぢんさまとけっこんしたらいいですね」

「ぐふぅ……!」


 駆けだしたところでW・エンジェルが足をもつれさせて転倒。

 セレスがリマルキスと結婚するなんて言うから、相当のダメージを受けたようだ。

 実際おれも受けているし。

 だがまあいい、W・エンジェルはすぐに立ち上がって――……、あれ、起きあがらない?

 いや待ておい。

 どうした、まるで即死魔法を叩き込まれたようじゃないか。

 頼みの綱がそんなんじゃ困るよ……!?

 これでは出落ち、Wはウェディングでなくて『笑』のWだ。

 一方、W・エンジェルが倒れた拍子に、右手から邪悪な鎌がカラカラカラとセレスの手前まで滑っていっており――


「ねーさまのかま、きれいですー」

「!??!?!」


 予感。閃き。それはある種の未来予知。

 咄嗟の行動にその人の人となりは現れる。

 本来なら、シアの鎌を拾ってあげようとするセレスの行動は褒めるべきものなのだが――!

 もちろん、危ないからシアの鎌には絶対に触っちゃダメってセレスには言ってあった。

 セレスとてそれを忘れたわけではないだろう。

 けれど今はとっさの善意が優先されてしまっている。

 おれはセレスが一歩踏み出すよりも速く、〈針仕事の向こう側〉と〈魔女の滅多打ち〉を使用。

 気持ち的には光の速さで飛び出す。

 数歩で充分な加速をつけ、そして跳ぶ。

 発射されたようなヘッドスライディング。

 宙を飛ぶ。

 この瞬間だけおれはスーパーマンだ。

 ヒーローなんざ碌なもんではないが、あの邪悪な鎌からセレスを救うためならおれは喜んでヒーローにでもなろう。

 セレスが鎌を拾おうと身を屈ませる。

 そこで――。

 おれは間に合った。

 腹から落下する瞬間、おれは邪悪な鎌を前掻きをするように右手に引っ掛けてぺいっと後ろに放った。


「ぐふっ」


 そして受け身もとれずに腹を打ち付け、そのままズザザーと滑っていく。

 意識が加速しているせいで、痛みをゆっくり咀嚼するように味わうことになるのがつらい。

 けれどこれはセレスを救った代償。

 ならばこの苦しみも甘んじて受け入れることができる。

 通常よりも長く苦痛を味わうことになったおれは、止まってからもすぐには立ち上がることができなかった。

 それでもおれはセレスを守れたことに安堵し、満足していた。

 だが、その時――


「猊下ーッ! 上ッ! うーえーッ!」


 アレサの必死な声。

 なんだろう、と思った。

 そしたらふっと尻に何かが触れる。

 そして痛み。

 尻に何かが刺さっていくような……。

 あれ、ぺいってした鎌、どうなった?

 ちゃんと後方に飛ばせたか?

 まさか前掻きの最後、手首の返しで前方上空に放り投げてしまったなんてこ――


「アァァァァ――――――――ッ!?」


 考えているうちに痛みMAX。

 やっぱこれ前に放った。

 でもってその落下地点におれ滑り込んだ。

 おまけに意識が加速したままなせいで、数秒かけて鎌をゆっくりケツに突き刺しているような状態になっている。

 ずぶずぶ、とケツに鎌が突き刺さっていく感覚に、おれは悲鳴をあげることしかできない。

 もう〈針仕事の向こう側〉を解除したときには遅く、おれはケツに深々と鎌が突き刺さり、瀕死となっていた。


「猊下ぁぁ――ッ!」


 大慌てでアレサが駆け寄ってきてくれたが、おれのケツに刺さったのが呪われた鎌であったため、すぐの治療は行えない。


「ああこれはどうしたら……、本当にどうしたら。傷を癒そうにもまず鎌を抜かなければなりません。シアさーん! シアさぁーん!」

「シィィアァー、ちょっと早くごめんお願いぃぃ!」

「あわわわ、え、えらいことに……!」


 もはやW・エンジェルどころではなく、シアは素に戻ってこちらにやってくると――


「じゃ、じゃあ抜きますよ! はい抜いた!」

「ぬふぅ!」

「はい癒しました!」

「はぁん……」


 シアが鎌を抜き、アレサが即座におれの尻に手をあてて治療。

 そして念のためか揉み始める。


「見た目はおモチつきみたいね」


 ミーネは完全に他人事で、無茶苦茶なことを言う。


「く、くそう、まさかおれの方が人々に無様を曝すことになるとは……!」


 何故だ、何故こうもうまくいかないのだ。

 運命はリマルキスに味方しているとでも言うのか。


「い、いったい何が……」


 本来であればこうなっているはずのリマルキスは、ちゃっかりセレスと手を繋いでおれを眺めていやがる。

 おのれ、おのれリマルキス……!


    △◆▽


 大変な目に遭ったあとおれは小部屋に引っ込み、めそめそしながら着替えた。さすがにケツのところに穴の空いているうえ、血で湿ったズボンとパンツを穿き続けるのは抵抗があったのだ。

 そして舞い戻ったところで、ちゃっかりセレスと手を繋いでいるリマルキスが言う。


「これでセレスさんとの婚約の約束を認めてもらわるわけですね?」

「おい待てコラ。おまえまだ戦ってねえだろうが」


 さっきのはただおれがひどい目に遭っただけだ。

 試練とは何の関係もない、ただの悲劇だ。

 なのでさっそく仕切り直し、といきたいところだったが――


「陛下! 至急お伝えしたいことが!」


 ここで突然の訪問者。

 一人の騎士が慌ただしくリマルキスに駆け寄り、そっと耳打ちをする。


「……バロット研究施設で反乱!? ガレデア卿はどうなった……!」


 どうやら問題が起きたようだ。

 ただの反乱か、それとも何者かの手引きあっての反乱か。

 なんにしろ、メルナルディアに来て早々に事件は起きた。

 さてどうするか、そう思ったとき――


「ん?」


 突如として空間が歪んだ。

 水面に油が揺らいでいるように視界のすべてが。


「空間干渉……!? なんじゃこの規模は!」

「猊下!」


 シャロが唖然とし、アレサが抱きついてくる。

 瞬間、ガラスが割れるような、金属が砕けるような、激しい破砕音が響き渡り、あまりの音量に思わず身をすくめ目を瞑る。

 何が――。

 混乱しつつ目を開き、そこでさらに混乱することになった。

 おれは試練の塔にいた。

 なのに……、今は外に放りだされている。

 いや、これを外と言っていいものか。

 なにしろ、景色がおかしい。

 狂っている。

 都市が球体状に閉じているのだ。

 地球空洞説が確かこんな感じ、球体の内側に張りついた世界だったが……、イメージ的には球体型宇宙コロニーと考えた方が馴染む。

 重力制御がクッソ面倒くさそうだが。


「猊下、これはどういうことなのでしょうか……?」

「わからない。趣味の悪い悪戯と思いたいとこだが……」


 閉じた王都ヘクレフト。

 異変はこれだけではない。

 すぐ向こうに見える景色にこの場との連続性が無いのだ。

 王都をバラバラにして、それを適当につなぎ合わせながら球体状に閉じた、そんな感じの異様な状態になっていたのである。


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