第643話 閑話…古い依頼
急遽、皆と別行動をとったヴィルジオは、遠くに見える男の後をつけ地下街をひた進んでいた。
あの男――。
馬車から見つけたとき、男はのっぺりとした仮面をヴィルジオに向けていた。
視界を確保するため目の部分にだけ穴が開けられ、印象的な模様が描かれている仮面。
あれを見たのはいつぶりだろうか。
六年だったか、七年だったか。
よくもまあ記憶していたものだとヴィルジオは我ながらに感心したが、おそらくそれはどこにもぶつけようのない怒りと憎しみを抱えた状態であったため、余計記憶に焼き付いたのではないか、そんなことも考えた。
あの仮面は依頼主に自分が請負人であることを知らせるための目印だ。
『無貌』と呼ばれる組織がある。
誰もが知るわけではないが、何かあれば関与が疑われ噂話としてその名称が出てくる程度には知られた犯罪組織だ。
かつて、ヴィルジオはこの組織に依頼をした。
特に使い道もなく貯めに貯めていた金をすべて叩きつけて依頼したのは二つ。
一つは友――王妃ヴィオレーナの殺害を計画した者を見つけだすこと。
もう一つはヴィオレーナの娘を見つけだすこと。
依頼をしたあと、ヴィルジオは自分でも娘の捜索を続けたが、ノファからの知らせによって彼女はレイヴァース男爵領に居ることがわかった。
ヴィルジオは密かにレイヴァース男爵領を訪れたが、ヴィオレーナの娘――シアの姿を遠く眺めるだけで満足して会うことはしなかった。
シアが幸せそうに見えたので、わざわざ自分が関わる必要は無いと考えたからだ。
それに、外部との関わりが少ないレイヴァース家ならば隠れ家にちょうどいい。
ヴィルジオはミリメリアの世話になりながら、次に復讐の機会を待った。
が、ここからノファからの連絡はぷっつりと途切れ、待っているうちにシアの方が来てしまい、結局は一緒に暮らす状況になった。
その中でシアがノファの末端と関わるという事態も起きたが、ヴィルジオの依頼を受けた中枢とはまったく関係がなかったようで何事もなく終わってしまった。
成果が無いなら無いで報告くらい欲しいもの。
無理なら無理と言ってきて欲しいが、やはり意地があるのか、それとも放置するうちに忘れてしまったのか。
まったくいい加減な、と思っていたところに今回の騒動、黒幕を誘いだすべくリマルキスがシアを引っぱりだしてしまった。
そして今更に姿を現したノファ。
今回の王都ヘクレフト訪問は内々に話が進んでいたはず。
このタイミングで接触できるというのはそれはそれで凄いと思うが、やはり今更何の用だという感が強い。
しかし、わざわざあんな目立つ場所で誘いだそうとしたのだ、何か重要な報告があるのだろうとヴィルジオは男を追う。
追いつこうとするのではなく、男が目指す場所まで付いていく。
「(ずいぶん歩かせるのだな……)」
皆はとっくに王宮に到着し、予定通りシアの紹介を済ませていることだろう。
やがてヴィルジオは地下街から地上へ出ることになり、さらに都市の中心部から離れ、最後にうらぶれた地区にある倉庫に辿り着く。
男は仮面を被りヴィルジオを迎えた。
「なんだ、追加料金の相談でもあるのか?」
「そういうことはしない。正直なところ、割に合わない仕事だったと言わざるを得ないが、受けたのは我々だ」
「割に合わないだと?」
「多くの仲間を無駄死にさせたのでな」
「ほう……、一応核心には近づいたということか。ならばそれについて聞かせてもらおうか。なんならその情報を買うぞ」
「それには及ばない。では順を追って説明しよう。まず我々はメルナルディアの王宮で手がかりを求めることにした。順当にな。だがこれが間違いだった。すべては、ありきたりなお家騒動なのだろうと侮っていたのが原因だ」
思うところがあるのだろう、淡々と話す男が小さくため息をつく。
「送り込んだ者はすべて殺された。元から王宮に出入りする者を情報提供者に仕立てようとしたが、これもすべて殺された」
「殺された……?」
予想では王宮は『白』のはずだ。
にもかかわらず死者が出た。
大した情報は期待していなかったヴィルジオだったが、ここで真剣に報告者の話に耳を傾けるようになった。
「支払われた金額に応じた精鋭がことごとく失敗することに、我々は認識を改めざるを得なくなった。メルナルディアの王宮には魔物が住む」
「魔物だと?」
「そうだ。この魔物がなんなのか、我々はそれを明らかにすることにした。王宮に関われない以上、探るならば別の場所から。そこで我々はメルナルディア王家と祖を同じくする、古き民に接触した」
「排他的な者たちだと聞いていたが……?」
「その通りだ。金銭になびかず、脅しもきかない。いったいどれほど時間を無駄にすることになったか。だが、レイヴァースがこの国に関わることになったため……、我々は仕方なく信条を曲げることにした」
「信条……?」
「依頼内容の秘匿だ。何故こちらが情報を求めるか、その理由の一部を説明した。そしてその甲斐はあった。古き民は王宮から遠ざけられていた王女に強い興味を示したのだ。この話を進めるなかで、王宮に住む魔物についての心当たりを尋ねてみたが……、我々の推測がまったくの的外れであることがわかった」
「もしや、その魔物とやらは事件と関係なかった、ということか?」
「そうだ。魔物は……、おそらくメルナルディア王家の守護者か何かだったのだろう。お家騒動という先入観が仲間を無駄死にさせたのだ。まずそもそも王女は暗殺されそうになったわけではなかった。誘拐されそうになったのだ」
もしこの事実をこの場で初めて聞いたならばヴィルジオとて愕然とすることになったのだろうが、これについてはすでに予想されていた。
しかし答え合わせにはなる。
「話を聞いただけで古き民はそれがわかったのだな? つまりそれを思いつく何らかの背景を知っていたのだな?」
「その通り。まず古き民――アーレグとは何か? 古の魔導師たちのなかでも特に際立った者――魔導王によって生みだされた特別な人間であり、その中でも特殊な者が邪神の器となった。そして、アーレグの血統にはときおりその素質を持つ者が生まれてくる。アーレグは再び問題が起こらぬよう、この子供は生まれてすぐに殺すしきたりになっていた。これはメルナルディア王家であっても変わらない。だが当時の国王と王妃はこのしきたりを破った。これが、王女が王宮の外で育てられていた理由だ」
「……」
報告者の話は推測よりも詳細な事実を突きつけてきた。
シアが王宮から遠ざけられていた理由、これについて誰もが漠然と予想していたのだろうが、敢えて口にはしなかった。
それがこうもはっきりと告げられた今、ヴィルジオはこれを伝えるかどうか迷うことになった。
これをシアに伝えるのはあまりに気が重い。
いや、今はそれよりも確認すべきことがある。
「それはアーレグの連中が進んでお主らに話したのか?」
「そうだ」
「お主らは王女暗殺の依頼を受けたのか?」
「依頼はされたが受けてはいない。まずそもそも、アーレグはその難易度に応じた報酬を用意できなかった。王女を狙うならば確実にレイヴァースを敵に回す。もはや世界を敵に回すようなものだ。我々は世界の必要悪であって、世界の敵になるつもりはない」
「納得してよいのか悪いのか……、まあ賢い選択と言っておこう。それで、王女を攫おうとした者についてはわかったのか?」
「邪神教徒であると」
それもまた聞いた話だ。
が、古き民も同じ見解であるならば信憑性は増すか。
そうヴィルジオが考えていた時、小さな物音がした。
それはこの倉庫の扉が開く音で、続いてコツコツと足音が。
ヴィルジオとノファの報告者が身構えたところ、姿を現したのは侍女の格好をしたエルフの少女であった。
美しい顔立ちであるが、ひどく面倒そうに顔をしかめている少女は警戒するヴィルジオと報告者に告げる。
「あー、用があるのはそこの小娘なのでな、変な仮面をつけた小僧、貴様はとっとと消えろ」
エルフの少女はぞんざいな口調でそう言うと、しっしっ、と手で払う仕草をしてみせた。
もちろんこれで報告者が立ち去るわけもない。
エルフの少女はやれやれとため息をつく。
「おい小娘、そこの仮面小僧に依頼はこれで完了だから帰れと言え」
エルフの少女はすっかりこちらの状況をお見通しといったような雰囲気であるが、報告者からすれば愉快なわけもなく、さらに少女への警戒を強める。
一方、ヴィルジオは少女の正体がまったく掴めないことに、警戒よりも困惑を覚えていた。それは少女が何者かというよりも、もっと単純に敵か味方かという話である。
今のところ、横柄な物言いではあるが少女は敵意を持っているというわけではなさそうだ。
もちろん、上手く隠しているのかもしれないが――。
「いきなり現れてずいぶんと上からものを言うのだな。生憎と此奴にはまだ聞きたいことがある。帰すわけにはいかんよ」
「はっ、どうせ大した情報など持ってはいまい。貴様が知りたいことは私が答えてやる。それで充分だろう?」
「妾が知りたいこと、か。もし本当なら――」
と、ヴィルジオが言いかけたときだった。
「王女の誘拐計画は邪神教の教祖と精鋭によって行われた。王と王妃は精鋭を倒すも教祖に敗れた。だが、教祖は教祖で暴走した王女の反撃によって手傷を負わされ、這々の体で逃げだした。いくら人の覇種とはいえ、命を喰らう怪物には敵わなかったというわけだ」
「――ッ!?」
唐突に聞かされたのは、まだ誰も予想していない話だった。
シアだけが生き残った状況を一応ながら説明するものでもある。
「ほれ、さっさと仮面小僧を追い返せ。私は貴様に話がある」
※文章と誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/06/30




