第642話 14歳(春)…メルナルディア王国
リマルキス側の準備が整い、いよいよメルナルディア王国へ出発する日が訪れた。
さすがに国賓として正式に招かれるため、今回はみんな見栄えのする服を着ての訪問になる。
おれは皆が誕生日プレゼントに用意してくれた礼服で、アレサはいつも通りの法衣、シア、ミーネ、シャロ、コルフィー、ジェミナはおれが贈った服を身につけ、そこに上着を重ねる。
父さん母さんは自前の正装、クロアとセレスはおれが仕立てた服の中から一番見栄えのするものを選んだ。
パイシェとヴィルジオはメイド役なのでいつものメイド服である。
その他の同行者として、シャロがロシャ、クロアがメタマル、セレスがピヨ、ジェミナが撮影係のプチクマと一緒で、あとは屋敷の精霊が姿を消してわさっとついてくる。
「では行ってきます」
「おう、きーつけてなー」
玄関でのお見送り。
まずそう返してきたのはリィだ。
リィにも家族の一員として同行してもらうつもりだったが、そっちで何かあって動けない場合を考慮してこっちに融通の利く奴を残すべき、と提案してきたので屋敷に残ってもらうことになった。
まあ半分くらいは面倒だから残ろうとしたのだろうが。
リィに続いて皆が挨拶したあと、おれたちはメルナルディア側が用意した二台の馬車にわかれて乗りこむ。
今回は正式な訪問なので、王都エイリシェの精霊門から移動するという手順を踏まなければならないのはちょっと面倒なところだ。
△◆▽
そしてやってきましたメルナルディア王国。
王都の名前はヘクレフトで、精霊門はその都市の地下にあった。
理由は冬の積雪量が凄いから、ということらしいが……。
「べつに地上でもよかったんじゃない? いくら積雪が凄いと言っても雪のない時期の方が多いだろうし」
と、尋ねた相手は精霊門を設置した本人であるシャロ。
「う、うむ、地下道が見事じゃったから……」
もっと必要性があったのかと思いきや、どうも勢いだったらしい。
すると、おれがちょっと肩すかしと思ったことを察したのだろう、さらにシャロが言う。
「いやいや、本当に立派なんじゃよ? 王都に張り巡らされた地下道は長い歴史があるだけあってのう、なかなかの荘厳さがあるんじゃ。ここは行き止まりに位置するからわからんじゃろうが……、まあ移動するときにわかってもらえると思う」
弁解するようにシャロが言ったところ――
「地下道の行き止まりに精霊門……、なるほど、そういうパターンの配置ですか」
なんかゲーム脳が呟いた。
「シアさんや、おまえさんこの国の姫なのよ? そろそろ言動に気をつけた方がいいんじゃないですかね?」
「はーい。でもわたしの知り合いのお姫さまって、言動に気をつけてる人ってあんまりいないような気がするんですけど」
「それを言ってやるな」
ほら、ヴィルジオが渋い顔してるでしょ?
しょうもない会話の後、おれたちは出迎え役のお偉いさんに挨拶して、それから精霊門のある建物を出る。
そこには護衛の騎士が整列しており、おれたちが乗り込むための馬車が二台用意されていた。
再びグループ分けがあり、おれの乗る馬車は他にシア、セレス、ミーネ、アレサ、シャロ、ヴィルジオが一緒だ。
出発した馬車は周囲を騎士たちに護衛されながら地下道を進む。
先触れがいるのだろう、人々は両側にわかれて道を空けており、物々しい雰囲気の一団を何事かと不思議そうな顔で眺めていた。
「確かに凄いな……」
この王都に張り巡らされた地下道、おれの想像では迷宮のようなものと思っていたが、感じとしては地下街のように広々としており実際に店も営業している。
「じゃろう? じゃろう?」
嬉しそうにシャロが言う。
そんなシャロより嬉しそうなのがセレスだ。
地下街にいたく感激しており、窓に張りつきながら見て回りたいとせがんでいる。
「セレスちゃん、まずはお城に行きますからねー」
「そうだぞ。そう急がずともいずれいつでも来られるようになる――、っと、シアよ、そう睨まんでくれ。わかった、もう言わんから」
やれやれといった様子で、ヴィルジオは口を閉ざしセレスごしに見える地下街の様子に目を向けるようになった。
だがしばらくしたところで――
「主殿、急用ができた。しばし別行動をさせてほしい」
「へ? いやまあいいけど……」
「すまぬな、後で合流する」
「後でって、え、今から?」
「そうなのだ。すまぬ」
そう告げ、ヴィルジオは馬車から飛び出すと護衛の騎士たちの隙間を縫って地下街へと消えた。
あまりに急だったので、残されたおれたちはぽかんとするしかなかった。
「何をまたあんなに急いでたんだろう?」
「きっと美味しそうなものを売っているお店を見つけたのよ」
「それは無い」
「無いですねー」
「さすがにそれは無いのでは」
「わしは敢えてミーネにのるぞ」
「セレスもいきたいですー」
まあヴィルジオのことだから、何か行動する必要があったのだろうと考え、詳しくはあとで聞くことにした。
△◆▽
それからさらに馬車は地下街を進み、やがて坂を登って地上へと出た。
正面に現れたのは所々雪を被ったメルナルディアの王宮だ。
「お城お城! 姫姉さまのお城!」
セレスが馬車正面の窓に張りついて興奮している。
おれが領地を独立国にして城建ててセレスをお姫様ってことにしたらリマルキスとの結婚を破棄してくれないだろうか?
そんなことを真面目に考えているうちに馬車は王宮へと到着。
それから騎士たちによって取り囲まれるように護衛されながら王宮内へと案内され、辿り着いたのは謁見の間。
正面の玉座にはリマルキスがちょこんと腰掛けており、隣にはレクテアお婆ちゃん、そして室内の左右にはこの国の重鎮と思われる方々が整列していた。
今日おれたちが訪問することや、メルナルディアにとって重大な発表をすると伝えてはあるものの、内容については秘匿されたまま。
重鎮たちは何が起きるのかと、さぞ困惑していたことだろう。
だが、そんな重鎮たちはシアの顔を見てさらに困惑することになった。
シアを見て、リマルキスを見て、そしてまたシアを見るという、忙しいことをやっている。
国王との謁見、本来ならばまずは挨拶が始まるところだが、一つこの場でやらなければならないことがあるため、リマルキスと相談して一芝居始めることになっていた。
まずおれとシアはレイヴァース家御一行の先頭に並び、それからシアを残しておれたちは跪く。
ここでしばしの沈黙を挟み、リマルキスが言う。
「姉上、聞かせてもらえますか。姉上がこの場に辿り着くまでのことを」
「わかりました」
リマルキスの言葉、シアの返事。
居合わせた者のほとんどが唖然とするあまり表情を失う。
そんな状況のなかで始まったのは、シアがどのようにして生き延び、そして母国に戻ったかという経緯だ。
それは物心がついていてから始まり、襲撃を受け、奴隷となり、そしてうちに拾われ、様々な冒険をして、という長い話。
話が進むにつれ――、特に奴隷となったあたりで泣き出す者まで現れた。
雰囲気的にはシアを敵視するような者は居ないようだ。
もちろん取り繕っているだけかもしれず、おれはシアが時間稼ぎをしているうちにこの場に居る者たちを片っ端から〈炯眼〉で調べる。
今回、こうして王宮関係者が一堂に会したのは、事前にリマルキスに集めるようにと打ち合わせをしていたからであり、それはこうして怪しい人物を発見するための罠でもあった。
これはおれだけではなくシャロとコルフィーにもお願いしてある。
しかしながら、これは念のためという性格が強い。
何しろリマルキスには聖女レクテアがついている。
つまりこの場に居る者たちは、少なくとも見抜かれて困る嘘を抱えていない、リマルキスを支えようとする者たちということなのだ。
国王に嘘を見抜く聖女が付いているというのは、はっきり言って反則のようなもの。さらに言えば、聖女無しには成り立たない政を生む結果にも繋がりかねない危ういものでもある。
それでもリマルキスに従聖女がついているのは、前国王と王妃が暗殺されたことや、新王がまだ幼い少年であるということを考慮された結果の特例らしい。
結局、おれの〈炯眼〉では変な奴は発見できず、シャロとコルフィーも同じだったようでなんの素振りも見せなかった。
若干の肩すかしを感じつつも、あとはシアの話が終わるのを待つ。
「姉上、大変な目に遭われましたね」
リマルキスが立ち上がり、シアへと歩み寄っていく。
シアも遅れて歩きだし、そして生き別れとなっていた姉弟は抱きしめ合って再会の喜びを分かち合うのだが……、まあ茶番である。
もしかしたらシアはここでリマルキスをキュッと絞めてしまおうか、そんなことすら考えているのではないだろうか。
しかし裏の事情を知らない者たちにとっては感動的な場面であるため、歓声を上げながら惜しみない拍手を送っている。
こうしてひとまず生き別れになっていた姉弟の再会劇は感動の内に終わりを迎えたが、リマルキスの話はまだ続く。
いや、むしろここからが本番ではなかろうか。
「そして、この場でもう一つ皆に知らせたいことがある」
リマルキスは言い、そしてセレスに向けてそっと手を伸ばした。
「セレス、こちらへ」
「はい」
ピヨを頭に乗せたセレスがリマルキスに歩み寄り、その手をとる。
「予はこのセレスを妻に迎えようと思っている。まだ婚約の約束をしている段階ではあるが、な」
これを聞いて人々はぽかーんとすることになったが、やがて頭が働き出したのだろう。
セレスとリマルキスの婚姻が成立すればおれとの強い結びつきが生まれるとか考えてか、めでたいめでたいと喜び始めた。
まさかそれこそが惑星真っ二つ級の断裂を生んでいるなど、予想もできないだろう。
ましてこの発表によってより深刻になっているなど。
「ぐぬぬぬぬ……、ふぅー、はぁー、ふぅー」
シアは深呼吸して理性を保っている。
よし、おれも深呼吸だ。




