第641話 14歳(春)…味方
皆にシアについての話をすることにしたが、セレスに聞かせるのはちょっとよろしくないため、この話をする間だけ面倒を見てもらおうとミリー姉さんを屋敷に呼んだ。
ミリー姉さんはシアがメルナルディアの姫であったことに驚き、そしてリマルキスがセレスに結婚を申し込んだことを聞いてブチキレた。
「つまり戦というわけですね? となると……、困りましたね。正直メルナルディア相手は分が悪いです。レイヴァース卿、どうにか他の五カ国をこちらへと引き込んでもらえませんか? 私は姉妹同盟に働きかけてみますので」
「戦争するくらいならセレス連れて逃げるんで物騒なこと言うのはやめてください。ってかもうちょっと話聞いてください」
眉間のあたりをビキビキさせて戦の段取りを考え始めたミリー姉さんをなだめ、速やかにシアを取り巻く状況を説明する。
ついでにリマルキスをギャフンと言わせて、あわよくばセレスから遠ざける計画についても話した。
「それはすばらしい計画ですね! ……わかりました。ではひとまず今日のところはセレスちゃんの面倒を見ていればいいわけですね?」
「はい、お願いします」
「ふふ、任せてください」
こうしてミリー姉さんはセレスをむぎゅーっと抱きかかえて第二和室へ向かい、同行してきたシャフリーンは二人の面倒見役をやってくれることに。
その後、皆に集まってもらい、まずはシアがざっと自身についてのことを説明した。
シアがメルナルディア王国の姫であったことはリマルキスがやって来たことですでに知られ、多少驚かれたものの割とすんなり受け入れられていたのだが、どうしてその姫がうちに拾われることになったのか、それについての説明はまだ無いままだった。
「いやまあそう語れることもないんですけどね」
それからシアは王宮から遠ざけられて育てられていたこと、何者かの襲撃を受け両親を殺害されたこと、そして気づいたら一人生き延びていたことを説明し、奴隷時代については端折った。
そしてここからはおれの説明。
メルナルディア国王と王妃すらも殺害するような何者かがまだシアの殺害を諦めていなかったと仮定した場合、存在を抹消されていた姉の存在をリマルキスが調べ始めてしまったことで勘づかれてしまったのではないという話をする。
「その何者かがシアの殺害をあきらめて――、ん?」
しかし話している途中、おれはこれまでの考えに違和感を覚えた。
この違和感がなんなのか、その正体に気づいた瞬間、これまであやふやだった『襲撃者』について推測をつけられるようになった。
「ご主人さま? あの、どうかしましたか?」
いきなり喋るのをやめて茫然としていたからだろう、シアが不思議そうに尋ねてくる。
「シア、襲撃者はおまえを殺そうとしたわけじゃないかもしんない」
「は? いやだって――」
「攫おうとしたんだ」
否定しようとしたシアの言葉を遮って言う。
「あの、どうしてそう思ったんです?」
「漠然とした思いつきだが……、おまえだけ生き残ったってのがな。最初から殺すつもりなら、そうはならなかったんじゃないかって」
殺すわけにはいかないから手をこまねき、結果として返り討ちにあった、ということではないか?
「その辺りのことはおまえの記憶が頼りなんだが……」
「覚えてないです、すみません」
「いや、謝る必要はない。だがこう考えるとつじつまの合うことがあってな」
さすがに皆の前で核心に迫るのは早いと、おれは遠回しに言ったのだが――
「ああ、わたしが邪神の器になれるなら、邪神教は攫おうとするってわけですね」
シアはさらっとぶちまけた。
いきなりのことに皆はぎょっとしていたが、シアは構わず続ける。
「まいりましたね。最悪でも私が殺されて終わりっていう問題ではなかったんですねこれ」
そう言うシアには自虐的なきらいがある。
これまで襲撃事件はシアの記憶が曖昧なこともあり心理的な逃げ道もあったが、誘拐説を採用するとシアの存在が要因となって両親や世話係が殺害されたことが確定しまう。
真相を探ればいつか辿り着く話であったにしても、今回はおれの思いつき、いきなりだった。
心の準備も何もなかったのだろう。
だがなだめようとしたところ――
「あ、大丈夫です。わたしのせいってのはうすうす気づいていましたからね。あとぶっちゃけたのは、わたしのせいで皆さんに迷惑がかかるかもしれないのに、肝心なことを隠しているのは不義理だからですよ。まあ若干ヘコんではいますが、ヤケになったわけではありません」
虚勢かもしれないが、それでもシアははっきりと言う。
「それに、ご主人さまは味方なんでしょう?」
「まあな」
改めて言われると苦笑するしかない。
何がどうであろうと見捨てる選択肢は無く、今のおれを昔のおれが見たらどんな顔をするのだろうとか、そんなことを考える。
「私も味方だからね! 安心していいわ!」
「まーあれだニャ。何か起きて一働きできたら、やっと借りが返せるってもんニャ」
ミーネとリビラが言うと皆は揃ってうなずいた。
△◆▽
おれの思いつきで中断された話を再開したのち、これからどうしようと考えているかを皆に説明する。
「シアの存在がバレたからと篭もるのはおそらく悪手、これではジリ貧になる。そこでおれはリマルキスの提案に乗ることにした。敢えてシアをメルナルディアへ戻し、敵が何らかの反応を起こすのを待つ。それを逆手に取って、打って出るってやり方だ」
これにはいち早く異変を察知できる危機感知能力と、どのように対処するか即時決断できる態勢、そして厳しい状況であろうと攻勢をかけられる臨機応変さが求められる。
正直、これをリマルキスが行うのは無理だろう。
奴は国王だが――、いや、国王だからこそ、こういったことに小回りが利かない。
逆に、おれたちはこれが得意――、とまでは言わないが、かなり的確にこなすことが可能だと思っている。
「それでやることなんだが、まずはシアには王女の帰還ってことでメルナルディアへ向かってもらう。でもって、その存在を国内外に向けて公表する。これはこちらが警戒なんてしていないことを敵に伝える印象操作だ」
まずは相手に動いてもらわないと、こちらも動きようがないためこうやって誘いだすのである。
「それからシアは何かが起きるまでしばらく王宮暮らしだな。まあずっと王宮に留まってる必要はないから、部屋に精霊門を用意してもらってこっちに移動できるようにしよう。姫として何か仕事がある時以外は戻ってのんびりしていればいいと思う」
屋敷の外に出るのはまずいが、そこは領地の森か、迷宮庭園で我慢してもらうことになるだろう。
きっとお姫様ぶるのはシアにとっては多大なストレスになるに違いなく、奇声を上げながら走り回りたくなることが多々あるはずだ。
「それで、王宮に居るときは誰かに護衛についていてもらう。これは勝手のわかるパイシェが適任なんだけど、ずっと付きっきりってのは大変だから交代でやってもらおうかと思ってる。精霊たちにも向こうに行ってもらうつもりだし、メルナルディアの闘士倶楽部に声を掛けて王宮の警備として置いてもらうつもりだ。ただ王宮の守りは万全すぎてもいけないから、精霊たちには害意を持つ者の発見と報告だけに留めてもらおうと思っている。他にはアークを王宮に置いて、その様子を屋敷にいるクーエルに――……、あ」
「どうしました?」
「あ、いや、なんでもない……」
そう言えば霊廟最下層に送ったクマ兄弟を回収してなかった。
お、怒ってるかな……?
まあここまできたら今更だ、この話が終わってから召喚しよう。
「と、ともかくこんな感じで敵が何らかの行動を起こすまでは様子見になる。シアがメルナルディアへ行くのは向こうの準備が整い次第だ。と言っても、国民に向けて重大な発表があるって告知だけだから、たぶん数日中には向かうことになると思う。ひとまず最初はシアと一緒に家族で向かう。メイド兼護衛役としてパイシェと、あともう一人くらい付いてきてもらおうかな?」
「では妾が行こう」
「じゃあヴィルジオで。段取りは、向こうに到着したらまず王宮の関係者にシアのお披露目、それから……、くっ、腹立たしいことだがセレスとの婚約の約束についても話すことになる」
そんな必要はない、と言いたいところだが、リマルキスが浮かれている様子はこちらが油断しているという効果的なアピールになる。
それからさらにリマルキスはシアとセレスのことを国民にお披露目する段取りになっているが、そこでちょっとした催しが計画されているため、続いておれはこの説明を始めた。




