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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
10章 『魔素の王と死屍の神』編
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第639話 14歳(春)…やっとの本題

 それからというもの、リマルキスは連日やって来た。

 そんなリマルキスにセレスの写真を高値で売りつけようとするルフィアは出入り禁止にした。


「……おぉぉ……う、おぉーいおいおぃ…………」


 結果として王都屋敷では地獄の底から這いだしてきた亡者のうめき声が聞こえてくるようになったが、日中は生活音に紛れて注意しなければ聞こえないし、日が暮れると亡者は『そろそろ許してください』という書き置きを残して地獄へ帰るのでそう問題でもなかった。

 まあルフィアについてはいいのだ。

 ヴュゼアに本当にアレが嫁でいいのかちゃんと確認しておいた方がいいのではないかと心配になってきているが、今はセレスを誑かそうとするリマルキスの方が重要なのだ。

 本日ものこのこやって来たリマルキスは、現在第二和室でセレスと並んでコタツに入っている。

 そんな二人の正面には阿吽像のごとき形相のおれとシアがスタンバイしており、サイドにはビウロット産のミカンっぽい果実を食いまくっているミーネ、にこやかなアレサ、居心地悪そうなパイシェ、ほのぼのしたレクテアお婆ちゃんがぬくぬくしている。


「メルナルディアは大陸の北に位置しているため夏は涼しく過ごしやすいものの、冬は厳しいのです。そこでどうすれば温かく過ごせるのかということが追求されてきたのですが……、いいですね、コタツ」

「コタツきにいりましたか?」

「ええ、良い物ですね」


 リマルキスの暴挙――女装作戦は功を奏し、セレスに『シアに近い存在』ということを強く印象づけた。これにより姫姉さまばかりに気を取られていたセレスはリマルキスも気にかけるようになり、きっと暇つぶし程度の気持ちだろうが、奴のお喋りに付き合うようになってしまっていた。

 なんということだろう。

 まさかおれの兄姉さまが奴を助けるきっかけになってしまうとは。

 この大失敗を深く反省したおれは女装をやめた。

 シアの姫姉さまにもリマルキスの弟姉さまにも負けるようでは、兄姉さまを続ける意味などないのである。

 まあパイシェには仲間が減ったとしょんぼりされることになったが。


「床に座る必要があるということであまり気にかけていなかったのですが、これは考えを改めなければなりません」

「王さま、ゆかにすわるのいやですか?」

「嫌というわけではないのです。僕個人が利用するぶんにはなんの問題もないのですが、これをメルナルディアに普及させようとすると少し問題があったのですよ」


 セレスとお喋りできることにリマルキスは気をよくしており、いちいちあれこれ説明しようとする。

 特にメルナルディアについての話は長い。


「先ほども言いましたが、メルナルディアの冬は厳しく、人々はすっかり家に篭もってしまいます。必然的に座る時間が増え、そこで人々は座り心地の良い椅子を作り出すことに取り組むことになりました。さらには座ったままうとうとと眠り込んでも体が痛まない椅子ならなおのこと良いと考えたのです。セレスさんの兄君の仕事部屋に背もたれが動く椅子があるでしょう? メルナルディアの各家庭にはああいった椅子があるんです。職人が作ったものもあれば、個人が自作したものまで。メルナルディアの人々は部屋を温かく保ち、ああいった椅子に腰掛けてゆっくりすることが習慣づいているので、床に座ることになるコタツは馴染まないと思っていたんですよ」

「……?」

「あ、難しかったですか? すみません、つい一方的に話してしまいました。そうですね……、簡単に言うと、温かい部屋で椅子に腰掛けていることに慣れているので、床に座るのが変な感じがしてなかなか使ってくれないかもしれないと思ったんです」

「うー……、なんとなくわかりました」

「いいんですよ、なんとなくでもわかってもらえたら。僕の話がよくわからなかったら遠慮せずに言ってくださいね。立場上、難しそうに喋る癖がついているもので」


 ふふ、とセレスに笑いかけるリマルキス。

 おのれ……、だらしない顔しやがって。

 あー、あの顔面にロケットパンチ飛ばしてー。

 すぐ隣に似た顔があるけど、こっちに飛ばすとおれ死ぬからなー。


「あ? なんですか?」

「い、いや、なんでもないよ? シアさんもあんなふうに笑ったらすごく可愛いんだろうなっておも――ごわしゃ!?」


 くっ、露骨すぎたか、ショルダータックルを喰らった。

 座った態勢から身をよじってタックルの威力なんてたかが知れているはずなのにおれはバターンと倒れ込むことに。

 そしてミカンをもぐもぐしながら見下ろしてくるミーネと目が合う。


「はい、これあげる」


 倒れたおれの口にミーネがミカンを四房くらいねじ込んできた。

 うん、甘――、いや酸っぺえ!


「おいこれやたら酸っぱいぞ!」

「そうなのよ。ハズレなの」

「ハズレの処理に人を使うな!」


 ちょうどいい位置に倒れてきたからって……、ひどい奴だ。


    △◆▽


 リマルキスはセレスとお喋りして満足のようだが、いいかげんそろそろ本題について話すべきと考え、その日はとっとと追い返さず仕事部屋に連行した。

 これはおれとリマルキスだけの話し合い。

 念のため廊下には犬を見張りに立てている。

 窓の縁からひょこっと顔を出して盗撮していたプチクマはシャロが寝ていた霊廟最下層に飛ばしておいた。


「こうして二人きりで話をするのは初めてですね」

「そうだな。色々と思うところもあるが……、そろそろ真面目な話をしないといけないと思ってな」

「そうですか……。レイヴァース卿、どうか信じて欲しいんです。僕は本当にセレスさんを――」

「そっちの話じゃねえし! ちょっと待てよ、おめえ意識から姉ちゃんのこと消えてんの!?」

「あ」

「いや『あ』っておまえ!?」


 大丈夫かこいつ。

 セレスに夢中すぎて治世が滅茶苦茶になるんじゃねえ?

 下手するとセレスが傾国の幼女とか言われかねない。


「メルナルディアのためにもセレスとは破談にする必要が……」

「いえいえいえ! ちょっと、ちょっとど忘れしていただけですから!」

「ど忘れすんなよ! なんでおれが一番気にしてんだよ!」


 この色ボケがぁ……。


「す、すみません……」

「謝罪なんぞいらん。おまえちょっとセレスのこと忘れろ。ってかセレスを含めてこっちに危害が及ぶかもしれないと考えて、姉ちゃんを餌にするために引き取りにきたんだろ?」

「そっ……、はい、もう理解していたんですね」


 メルナルディア国王と王妃の暗殺事件。

 それまではこの二人が対象であると考えられていたのだろうが、王宮から距離を置いて密かに育てられていたシアの存在が明らかになったことで『巻き込まれた』という状況が新たに考えられるようになった。


「シアを隠さなければならない理由、そして殺さなければならない理由ってのはなんだ?」


 おおよそ予想はついているが、これを伝える必要はないと考え敢えて尋ねてみる。


「それはわかりません」

「だが両親は知っていた。だから隠した。でもそれがバレて襲撃されたってことだな。問題は何にバレたか。国王と王妃を殺害するほどの連中ってのはなんだ?」

「それもまったく。しかし相当の手練れを使える者であることは間違いないでしょう」

「手練れ……? どういうことだ?」

「父上と母上は強かったんです。メルナルディアの王家は、元を辿ると古き民――アーレグと呼ばれる者たちの一派です」

「一派ってのはどういうことだ?」

「アーレグはまとまって暮らしているのですが、大昔、野に下った者たちがいました。それがメルナルディア王家の祖となった者たちです」


 リマルキスが言うには、アーレグは邪神以前の世界、その知識を有する者たちで、それを秘匿しつつ守ることを使命としているらしい。

 後にメルナルディア王家となる一派は、この知識を世界復興のために役立てようと考えた。


「これがバロットという組織が生まれたきっかけです。しきたりに背いたことになるのでメルナルディア王家とアーレグは長い間絶縁状態にあったのですが、父上の代で和解することができ、その証としてアーレグの女性が父上と結婚することになりました。つまり母上です」

「どうしてそんな急に和解できたんだ?」

「父上がバロットの縮小に取り組み始めたからですね。大義のために犠牲を積みあげることを良しとしなかったのです。父上が生きていたらレイヴァース法が機能するようになったことを喜んだでしょうね。姉上のことがわかるまでは、これが原因で暗殺されたというのが通説だったんですよ」

「なるほど……」

「説明が長くなりましたが、メルナルディア王家はアーレグの系譜であり、そして母は純血のアーレグでした。姉上と一緒にいる貴方ならよくわかると思いますが、アーレグという民族は強いんです。王家は混血が進みそれほどでもないですが、母上は相当だったはずです。にもかかわらず殺害されてしまった……」

「相当の手練れってのはそういうことか」

「はい。そしてそんな手練れを送り込める者たちが、国王と王妃までも殺害するような連中が、殺しきれなかった姉上をそれで諦めるとは思えない。レイヴァース卿の元に居るだけならまだ誤魔化せたかもしれません。しかし、極秘とは言え僕が調べ始めてしまったせいで、おそらく『敵』にもシアさんが殺し損ねた王女であると知られてしまったのではないかと……」

「そうなるとおれの元にも刺客が送り込まれる可能性がある。下手に抵抗していれば周りの者たちが狙われる。なら、いっそのことシアにその『敵』を誘き寄せる餌になってもらい、とっ捕まえてそこから正体をあぶり出す。そのためにメルナルディアに来てほしい。これが当初の計画だったんだな?」

「はい。その通りです」

「おまえがセレスに一目惚れなんてしなければ初日で話はまとまっていたのになぁ!」

「そ、それは仕方ないじゃないですか! 僕だって一目惚れしようとしてしたんじゃありません! どうにもならなかったんです!」


 リマルキスはムキになって言ってくる。

 まああれは仲間はずれにされたミーネがセレス連れて特攻してきたのが原因でもあるからな。


「あー、すまんすまん。つい攻撃したくなっちまうもんでな。事態が事態、それこそセレスの身の安全にも関わる。ここはお互い、一時休戦といこう。再戦はすべてが片付いてからだ」

「いやべつに戦いたいわけじゃないんですが……、そうですね、まずはこのことを姉上に説明して、謝らなければなりません。僕が不用意に調べたせいで、せっかく穏やかに暮らしていた姉上、そして家族や仲間を危険にさらすことになってしまったわけですから」

「いや、そこはおれが説明する」

「貴方が……?」

「そう胡散臭い顔すんな。ちゃんと説明すっから。あと、この状況に関しておまえが気に病む必要はない。誰が悪いかつったら、シアを狙ってる奴が悪い。んでもって、誰がアホだったかってのは……」


 言いつつ、おれはとうとうこの時が来たのだとため息をつく。


「あいつを側に置いていたおれだな」


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/06/22


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