第65話 9歳(春)…鍛冶屋の娘さん
偉大なシャロ様のお姿を堪能したあと鍛冶屋へと向かう。
ふざけた名前をしているが、この国で一番の武器専門鍛冶屋らしい。
普通の冒険者じゃ追い返され、地位を鼻にかけた貴族では相手にもしない、それどころか王の依頼も面倒がってなかなか取りかからないという無敵の親方が取り仕切る工房としても有名なようだ。
到着してみると、そこは看板すらないこぢんまりとした店だった。
お邪魔してみたが受付らしきカウンターには誰もいない。
バートランは誰か現れるのを待とうともせず、ずかずかと奥――工房へ進んで行く。
そして工房に入ってすぐ、おれはこの鍛冶屋がなぜ『のんだくれ』なのか理解した。
働いているのは背の低い髭モジャのガチムチたち。
ドワーフだ。
物を作る能力に優れており非常に酒好きという種族、というイメージが元の世界にあったが、この世界でもそんな感じでいいのだろうか。
バートランは工房の入り口で足をとめると、きょろきょろ視線をさまよわせ、そして見つけたドワーフに呼びかけた。
「おーい! クォルズ!」
「ああ!? なんじゃおまえら!」
クォルズと呼ばれたドワーフがおれたちに気づき、威嚇するように大声をあげた。
まわりでキンコンカンコンと打ち鳴らされるやかましい金属音をぶち破って響く大音声である。
「あの人がここの親方なのよ」
吐息がかかるほど顔をよせて、ミーネが言う。
なるほど、確かに親方っぽい。
あの厳つさでただの下っ端だったら、おれは恐くて今後ドワーフとは関わらないようにするところだ。
「ああ? なんじゃ、おまえか。嬢ちゃんは久しぶりだな」
亜麻色の髪ともっさもさの髭をした、小柄なわりには重量感たっぷりのクォルズはどすどすとやってくると、深い茶色の瞳でバートランとミーネを見て言った。
それからおれと父さんを見る。
「なんか昔どっかで見た奴もいるな。まだ生きとったんか。それと坊主は初めて見るな。これはどういう組みあわせだ?」
普通に喋っているだけのつもりだろうが、それでもクォルズの声は野太く力強い。騒音の中でもしっかりと聞きとれる。
「相変わらず口の悪いジジイだな!」
「なんじゃ悪ガキ。口の利き方に気をつけろ」
一方、父さんは叫ぶように話しかけないと会話できない。
「今日はお前に依頼にきたのだ! まずはもう少し静かなところに移りたいのだが!」
バートランも叫んで会話する。
「まあ話くらいは聞いてやるわい。ついてこい」
クォルズはやはりどすどすと、肩を怒らせるように進んで行く。
どうやらこの鍛冶屋は奥に広い構造のようだ。
工房をさらに奥に抜け、外の作業場を通りこした先にある建物に入り、そして到着したのは食堂だった。カウンターを挟んで隣にある調理場では、女性のドワーフたちが仕込みをしているのが見える。
なかには小さな女の子もいた。
「適当に座ってくれ。――おい、客だ。なんか飲み物だしてくれ」
「あーい!」
返事をしたのは女の子。
ドワーフの種族は浅黒い肌をしているものなのか、よく日焼けしたような小麦色だ。ふわふわの髪は短めで黄色がかった薄茶色。金色から光沢が抜けたような淡い色。つまりはクォルズのような亜麻色である。なんか鳥の巣が頭に乗っかっているようにも見える。目は栗色を帯びた濃い赤茶色……、色合いがクォルズそのまんまだ。
「ティアウルには炊事の手伝いをさせているのか」
「ああ。あいつに職人は無理だ。カンはいいようだが不器用でな」
「おまえみたいな職人にはなれんか。冒険者はどうなんだ?」
「それもあやしい」
「そうか。冒険もできる職人になると言っていたのにな」
「しゃーねえ。しっかし、おれも妻も器用なほうなんだけどなぁ……」
不思議そうに首をひねるクォルズ。
どうやらあの女の子――ティアウルはクォルズの娘のようだ。
そしてもういきなり将来の夢が頓挫しているのが、なんとなく会話から察せられる。
強く生きろ。
やがて、でっかいトレイで皆の飲み物を運んできたのはくだんのティアウルだった。視線は完全に手元。トレイにのせられた陶器製のジョッキとコップにロックオンしていて、まったく前を見ていない。
あれでよく不規則に置かれたテーブルやらイスやらを縫うようにして歩いてこられるな。むしろ器用じゃね?
しかし楽観視していて、飲み物をぶちまけられるような事態になっては目も当てられない。
おれは席から離れ、ティアウルからトレイを受けとる。
「仕事があるだろ。おれが運ぶよ」
「お? あんがとあんちゃん!」
にぱっと笑う。
健気な子なのに……、不憫な。
妙に人懐っこいようだし、もしかしたらと思い、おれはちょっと試しに〈炯眼〉を使ってみる。
《ティアウル》
【称号】〈クォルズの娘〉
【秘蹟】〈万魔知覚〉
【身体資質】……並・制限(近視・乱視)
【天賦才覚】……有。
【魔導素質】……並。
〈万魔知覚〉
【効果】周囲に存在する全ての物を認識する。
あっさりと情報を読み取れた。
いきなり全開とは、本当に人懐っこい娘さんらしい。
おかげで不器用の理由っぽいものがわかった。
ティアウルは視覚に障害があるものの、秘蹟がそれを補っている。
ただ、それ故にティアウルは障害に気づいてないのかもしれない。
みんなも自分と同じようなもの、と思い込んでいるのかも。
うーん、眼鏡でどうにかなるかなぁ。
片眼鏡なんて物があるんだから眼鏡は普及しているだろうし、一度視力を調べてみるよう、それとなく促すことにしよう。
おれは飲み物をくばり席に着く。
大人たちにはエール的ななにか。
おれとミーネは陶器のコップにはいった果汁の水割りだった。
「なかなかできた坊主じゃないか」
うむうむとクォルズがうなずくと、父さんは誇らしげに胸をはる。
「俺の息子だからな」
「おまえのじゃと? ……ああ、そういうことになっとるわけか」
「いや本当に俺の息子だよ!?」
父さんがさらっとディスられているな……。
「まあええわい。で、今日はなんの用なんじゃ?」
クォルズはそう尋ね、ぐびびーっとエール的なものをあおる。
「そろそろ息子に武器のひとつくらい持たせた方がいいと思って、その依頼に来たんだよ」
「ああ? そんなのそこらの武器屋で適当なもんでも見繕ったらいいだろうが」
「あんたに作ってもらわないと駄目なんだよ」
「儂じゃと? 駄目だ駄目だ。そんな余裕はないぞ」
「そこをなんとか」
「いくら儂でも王家からの依頼をほったらかしにはできんぞ」
「王家? あの王様か。無駄に立派な武器ばっかほしがるよな……」
「まったくじゃ。だが依頼は依頼。そういうわけだからあきらめろ」
「そんなこと言って、どうせ王様の依頼ほったらかしなんだろ? それにあんたが興味を持ちそうな素材も持ってきてんだけど」
「ほう? ……あ、いや、それでもだ。ここのところ依頼が増えてきておるからな……」
手一杯らしく、依頼を受諾してもらうのは望みが薄そうだった。
しかしそれではおれも困る。
「クォルズさん、たぶんティアウルって目が悪いですよ」
「は?」
流れを無視しておれは話にわりこむ。
唐突に話題とはまったく別のことを言われ、クォルズはおれをぽかんと見た。
「いきなりなに言いだしとるんじゃ? あいつは目が悪い? そんなことはないぞ?」
ちょっと困惑した様子でクォルズは仕込みを手伝っているティアウルを見る。
「おいティア! おまえ目が悪いか?」
「え? そうなのとうちゃん?」
自分のことなのに聞き返すティアウル。
やっぱり自覚すら出来ていないようだった。
「べつにそんなことはなさそうだが?」
「ティアウル、この手、指が何本たっているかわかる?」
おれは指を四本立てて掲げる。
「んー? 四本?」
「じゃあこれは何本かわかる?」
今度はティアウルから見えない位置――自分の腰の後ろに手をもっていって指を立てる。
「おいおい、いったいなにを――」
「んーと、二本?」
「は?」
少し自信なさそうではあったが、ティアウルは正解する。
「じゃあ最後、これは?」
見えない位置に、両手でそれぞれに違った数の指を立てる。
「右手が三本でー、左手が一本……?」
「はい正解」
結局、不安そうではあったがティアウルはすべて正解した。
「おいおいおい、坊主、どういうことだ?」
テーブルに身を乗り出すようにしてクォルズが聞いてくる。
「たぶんティアウルは目が悪いんですよ。でも、それを補う才能のようなものを持っていて、そのために目が悪いことを誰も気づけなかったし、自分でもわかっていなかった」
もしかしたら才能があったせいで視力が発達しきらなかったという可能性もあるが、それは説明したところで意味がないのではぶく。
「不安げに答えていたようですし、能力を使いこなせていないのかもしれませんね。視力の弱さを補えはするものの、完全なかわりにはならない。不器用というのはそれが原因じゃないでしょうか?」
「……」
ひとまず説明し終わると、クォルズはぽかーんと口を開けたまま固まっていた。
というかこの場にいる全員ぽかんとしてしまっている。
「あんちゃんあんちゃん! あたいの不器用なおるのか!?」
「なおるかもしれない。まずは目を調べてもらわないと」
「そっか! かあちゃん、あたい眼鏡ほしい!」
ティアウルは調理場にいた女性のひとり――母親にしがみついておねだりを始める。
「あ、ああ、そうだね。よし、今から行くよ。みんな、悪いけどちょっとはずすよ」
母親も娘の不器用は気がかりだったのか、いてもたってもいられないというようにティアウルの手をとり、いそいそと出掛けようとする。
「じゃあちょっといってくるからね! あ、あとあんた! いつまでもアホ面さらしてないでその子にお礼しとくんだよ!」
「とうちゃん行ってくるな! あんちゃんまたな!」
そうして母と娘はばたばたと騒がしく出掛けていった。
しばしの沈黙のあと、クォルズはのっそりとした動作でジョッキにのこったエール的なものを飲み干し、ダンッ、とテーブルに置く。
「坊主、どんなもんが欲しいか言ってみろ」
「ありがとうございます」
なんとかなって、おれは微笑む。
ところが――
「ねえねえ、どうしてあの子の目が悪いってわかったの?」
ミーネが不思議そうに聞いてきた。
いらんことを……。
「飲み物を受けとるときなんとなく。まわりを見てないのに、まわりに何があるのかわかるような感じだったから……」
「ふーん?」
苦しい言い訳をしてみる。
ミーネは納得したようなしていないような怪訝な顔だ。
できればもっと穏便に、それとなく誘導したかったが……恩を売る必要があったからな、仕方ない。
「なあローク、本当におまえの息子か? どっかから攫ってきたとかでなく」
クォルズに真面目な口調で尋ねられ、父さんはすごく渋い顔をした。




