第637話 閑話…少年王の春
今回は2話同時更新。
こちらは2/2です。
メルナルディア王国の王都――ヘクレフトの一角に存在するバロット研究施設に赴いていたロット公ガレデアは緊急の呼び出しを受けて王宮を訪れた。
「何か問題が起きたか……!」
予定ではリマルキスの帰還はもうしばらくあとのはず。
それが早々に帰還したとなれば、話し合いが上手く行かなかったと考えるのが自然であった。
王女をそのままにしておいては危ういと、この計画を提案したのはガレデアであり、問題が起きたとなれば呼びだされるのは当然。
これはレイヴァース卿の不信を買うことも覚悟の計画だ。
レイヴァース卿は拒否したのか、それとも考える時間を欲したのか。
今日を迎えるにあたり、リマルキスはここしばらく憂鬱そうにしていた。
それは生き別れとなっていた姉と対面することへの不安、それから親しみを感じていたレイヴァース卿の機嫌を損ねるであろう提案をしなければならないことが心の重荷になっていたからである。
何にしろ、まずは話を聞かなければ。
急いで執務室を訪れたガレデアを迎えたもの、それは――
「従兄上! 従兄上! 聞いてください!」
ぴょんぴょん跳ねながらしがみついてきたリマルキスであった。
「!?」
予想とあまりに異なるリマルキスの様子にガレデアは戸惑った。
リマルキスが即位してからずっと側に控え支え続けてきたガレデアであっても、これほど浮かれているリマルキスを目にするのは初めてだったからである。
「ど、どうしたのです?」
「僕の結婚相手が見つかったんです!」
「あー……、え?」
「ですから、結婚相手が見つかったんですよ、僕の!」
「ちょ、ちょっと待ってください。え? 結婚相手? 王女殿下はどうなったのですか?」
「え?」
「え?」
二人してきょとんと顔を見合わせる。
すると、様子を見守っていた聖女レクテアが「ほほほ」と笑った。
「陛下はセレス様のことで頭がいっぱいなのですよ」
「セレス……、ああ、レイヴァース卿の妹君ですね。なるほど、レイヴァース家と縁を結ぶことはとても益があります。それでレイヴァース卿は承諾されたのですか?」
「それが大反対されて張り倒されました」
「ん?」
「姉上にも張り倒されました」
「んん!?」
「でも諦めません!」
ふんす、と気合いを入れるリマルキス。
いつも口を酸っぱくして威厳ある立ち振る舞いをするようにと言っているのに、すっかり見る影もなくなり、年相応の少年のようになってしまっている。
「あの、レクテア殿、陛下から話を聞くのは無理なようなので、レイヴァース家で何があったのか教えていただけますか?」
「はい、わかりました。まず――」
と、レクテアはレイヴァース家で何が起きたのかを詳細に語ってくれることになった。
そして判明した事実。
「本題はどうなったのです!?」
王女についての話をすることはできた。
しかしそれもかろうじて、であり、肝心の本題については何一つ触れることなくセレス嬢を巡る混乱が勃発してしまったというのだ。
「う、うむむむ……」
ガレデアが頭を抱えた。
本題が放置される事態なんてものは、まったく想定していなかったからだ。
安全だからとリマルキスとレクテアだけで向かわせたのは失敗だった、とガレデアは思ったが、従弟殿がこれほど嬉しそうにしているのはこれまでに見たことがなく、それを思うとただ失敗であったと断じるのは憚られた。
それにこの浮かれ具合は、ガレデアをひどく懐かしい気持ちにさせるものであった。
リマルキスの父――前国王はガレデアにとって歳の近い叔父にあたり、弟のように可愛がってもらったのでガレデアも兄と慕っていた。
そんな兄であるが、後に王妃となるヴィオレーナに出会ってからというもの、それはもう浮かれに浮かれ、職務もろくに手に付かず、言わなくてもわかるのに事あるごとに惚気話を聞かせてくるという、酔っぱらいのごとき厄介者に成り果てていた。
「(血は争えないということでしょうか……)」
レイヴァース卿の不信を買うなら、諦めるのが国王としての選択。
しかし苦悩ばかりであったリマルキスが、それを承知で結ばれることを望むならば応援するのが従兄の務め、今は亡き兄への恩返し、仲むつまじく幸せそうな兄と義姉の姿は今もガレデアの胸に焼き付いている。
「はぁ……、わかりました。それでは陛下の恋路を私も応援することにしましょう。問題も今日明日に起きるわけではありませんし、ひとまず陛下はレイヴァース家へ通うようにしてください。そしてなるべくならレイヴァース卿との関係修復に務めてください。本題については……、うーん、落ち着いてからでお願いします」
「はい!」
素晴らしく元気な返事であったが、何故か不安を覚える。
「レクテア殿、くれぐれも陛下をお願いします」
「それはもちろん。老い先短いわたくしにも夢ができましたので」
「夢、ですか?」
「ええ、せめて陛下とセレス様の結婚式を目にしてから逝きたいものだと」
「また縁起でもない……、いえ、十年くらいは陛下を見守ってくださるということですか?」
「そうですね、そうなるかもしれませんね」
「妙な言い方をしないでください」
ため息をつきつつも、ガレデアは少し安堵した。
レクテアにはまだしばらくリマルキスと一緒に居てもらわなければ困るのだ。
自分とは――違って。
※ガレデアにとって前国王は叔父なのですが、それを兄貴分だからと従兄としたせいでおかしな事になっていたのを修正しました。
2019/06/18
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/11/16
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/09/19




