第632話 14歳(春)…少年王リマルキスの訪問
更新再開。
今回は閑話が多くなりそうです。
よろしくお願いします。
三月――。
季節の区分からすればこの月からが春であり、ようやく震える寒さも収まって徐々に暖かくなり始める時期である。
屋敷の変化はユーニスがベルガミア王国へ帰還したこと、あとは魔境ビウロットを縄張りとするハスターがちょいちょい出没するようになったことくらいだ。
この屋敷にはネズミすら出ねえ。
かつてはそんなことをぼやいていたおれだが、それはべつにネズミに住みついてもらいたいとかそういう意味ではなく、ましてハムスター精霊の遊び場になってほしいなどと願ったわけではないのだ。
だというのに、ハスターはぬけぬけと現れる。
「ちゅうちゅう、ちゅう」
「んむぅー、むーん、むー」
今日のハスターはハミングするように鳴く、紫色に発光するラマの頭に乗って現れた。
「――ッ!?」
廊下を悠然と闊歩する紫ラマを見たときの衝撃はなかなかのもので、咄嗟に声を出せないほどであった。
「お……、お、おぉーい! おい! おまえ何連れてきてんだよ!」
「ぢゅー」
「むぅーん」
ダメだ、何言ってるのかわからねえ。
あと近くで見るとこのラマでけえな……。
「あーっと、待て。ちょっとここで待て!」
「ちゅ」
「んんー」
制止を呼びかけたあと急いで翻訳係のジェミナを連れて戻る。
そしたらセレスがラマに跨っていた。
「セレスゥゥ――ッ!?」
見た目こそほのぼのとしているものの、熊に跨ってお馬の稽古なんてレベルじゃねえ。いくら愛嬌のあるとぼけ顔をしていても、奴は熊を挽肉に変えるような恐るべき魔物なのだ。
おれは衝撃的すぎる光景に胃はギュゥーっと絞られ、危うくその場にダウンするところだった。
「ごしゅぢんさまー! ジェミナー!」
「ぴーよー!」
愕然とするおれに対し、セレスは笑顔で手を振ってくる。
精霊が警備するこの屋敷にぬけぬけとやってこられたのだからラマに害意は無いのだろうが、だからといって危険物である事実は覆りようもなく、ましてセレスが跨るのを容認できるわけもない。
「セレス、そいつは恐い恐い魔獣だから降りような?」
「えー、こわくないですよー?」
ラマが大人しくしているうちにセレスを下ろそうとするが、気に入ってしまったのかセレスは抵抗してラマの首にしがみつく。
「ちょちょちょ!?」
「ちゅーちゅー」
「心配ないですよ、って言ってる」
ジェミナがハムスターの発言を翻訳してくれる。
「心配ないって……、本当かよ」
「ちゅー、ちゅ」
「この子なら平気ですよ、って言ってる」
「いやだからって――」
と、おれが言いかけたとき――
「あぁぁ――――ッ!?」
背後から絶叫があがる。
振り向かなくてもわかった、コルフィーだ。
「ラッ、ラ、ラマテックスッ! ラマテーックスッ!」
このラマの毛は貴重な毛織物になるらしく、であればコルフィーの目の色が変わるのは自然の摂理。
「ぐへへへへへー!」
邪悪な笑みを浮かべてコルフィーは猛然と突撃してきたが――
「んむー」
「うきゃぁぁぁぁっ!?」
ふっとラマの光りが強まった瞬間、コルフィーはシャロの空間ぶん殴り魔術を喰らったみたいに弾き飛ばされた。
コルフィーは為す術も無く廊下をごろごろ転がり――
「きゅう」
そして伸びた。
「むぅーん」
「ちゅう、ちゅ」
「闇の気配を感じた、って言ってます、って言ってる」
ラマ、ハムスター、そしてジェミナという翻訳伝言ゲーム。
信頼性はいまいちだが、今回に限っては正確だった気がする。
まあ攻撃したらダメな相手、いい相手、そしてちゃんと加減ができる知能はあるようなので、少し警戒を緩める。
セレスが危なかったらさすがにピヨも動くだろうし、屋敷の精霊たちもアクションを起こすだろう。
ただ、コルフィーがやられたくらいの攻撃は黙認されるようなので……、やっぱりちょっと心配だ。
「セレス、そろそろ下りないか?」
「もうちょっと、もうちょっとおねがいします」
「んむぅーん」
「ちゅー、ちゅー、ちゅ」
「安らぎを感じる。ずっと乗っていてもいいよ、って言ってます、って言ってる」
まあ頭にハムスター乗せたラマにセレスが跨っている様子は、見ているこっちもほのぼのとするけども……、でもなぁ。
「よしよし」
そんな心配をよそに、当のセレスはラマの首を撫でており、ラマはラマでとぼけ顔をうっとりさせている。
なんか気が抜けた。
もうさっさと用件を聞いて、お帰り願うことにしよう。
「で、今日はなんだ」
「ちゅちゅうー」
「友達つれてきました、って言ってる」
友達って……、まさかこいつ友達が出来るたびにここに連れてくるつもりなんだろうか?
「むぅーん、んー、むぅー」
「ちゅう、ちゅちゅー」
「お腹空いた、って言ってます、って言ってる」
「腹が減ったっておまえ……」
「兄さん、ここはいっぱいもてなして信用を得ましょう!」
「うお!?」
コルフィーに背後から話しかけられてビクッとする。
「どうしました?」
「まだ伸びてると思ってたんだよ」
「ああ、ちょっと目を回しましたが、それだけですよ。つい興奮して襲い掛かるところでしたが、わたしは正気に戻りました」
「……」
いまいち信用できないが、ラマに攻撃されないくらいには落ち着いたらしい。
「ラマテックスは草食なので、ちょっと野菜を見繕ってきますね!」
「んむー」
「ちゅー」
「待ってる、って言ってます、って言ってる」
コルフィーはぱたぱた駆けだし、おそらく調理場に行ってきたのだろう、両手に野菜を抱えて戻って来た。
「さあどうぞ食べてください。まだまだありますからね」
どさどさと転がされた野菜を、ラマは首を下げてもしゃもしゃ食べ始める。
「おー、好き嫌いはあまりないようですね」
「たくさんたべてくださいね」
未だ下りようとしないセレスは、ラマの背を撫でながら言う。
見た目はほのぼのなんだけど、なんだけれども。
やがてラマは野菜を食べ尽くし、そして満足げに鳴く。
「んむぅーん」
「ちゅちゅー」
「ごちそうさま、って言ってます、って言ってる」
変に礼儀正しいな。
いや、のこのこやって来て腹減ってるなんて言う奴だから礼儀とかそれ以前の問題か。
「むむぅーん」
「ちゅーちゅ」
「また来る、って言ってます、って言ってる」
そしてラマは方向転換して精霊門へと向かって行く。
「っておーい! セレス乗せたままじゃねえかおーい!」
このお騒がせラマの名前はラマメリアに決めた。
名前の由来は秘密である。
△◆▽
我が家に精霊門があることは星芒六カ国など一部に知られてはいるが、緊急時でもない限り、まずはこちらに連絡を入れてから特使の訪問という流れになっている。
しかし緊急時でない場合は、王都エイリシェに在駐する大使に連絡させるか、これまで運用されてきた普通の精霊門から使者を派遣してくればよいだけの話なのでほとんど活用されることはないだろう。
あるとすれば、それは表向きには無いことにされる、お忍び訪問くらいのものだ。
そんなのはやっかいごとの気配しかしないので、なるべくならお断りしたいところである。
幸い、これまでそういったお忍び訪問のアポイントメントを取ろうとしてくる国や勢力はなかったが……、ここで連絡を受けた。
相手はメルナルディア王国。
用件はリマルキス国王の訪問だ。
同行者は従聖女をしているレクテアお婆ちゃん一名のみで、場所はうちの領地にある異次元屋敷をお願いしてきた。
「身辺警護は聖女だけなんですか?」
「はい。陛下は精霊王の森の安全性を信頼している、と」
今回の連絡を伝えてきたのはパイシェ。
訪問の目的は、おれが仕立てて贈った服のお礼をしたいとのことなのだが……。
「それが本題ってわけじゃないんでしょう?」
「すみません、そこまでは伝えられませんでした」
まあそうだろうな。
おれはちょっと悩んだが、相手が苦労人の少年王ということもあって訪問を受けることにした。
ここでおれは日取りはいつでもいいと伝えたのだが――
「まさか翌日を指定してくるとは……」
よほど面倒な問題に直面しているのだろうか、とちょっと不安になりながら、その日、異次元屋敷にてリマルキス王の訪問を待った。
やがて迎えに行ったパイシェに案内され、少年王リマルキスと彼を守る聖女レクテアが精霊門から現れる。
「おひさしぶりですね、レイヴァース卿。今回は急な申し出を受けて頂き、ありがとうございます」
「いえいえ、どうかお気になさらず。ようこそいらっしゃいました、リマルキス陛下」
国王とは思えない柔らかい物腰で言うリマルキス。
前は身の安全を確保するために魔装とお守りで全身を固めるというミイラみたいな異様な姿だったが、今回はおれの贈った服と、幾つかの装飾品を身につけているだけという身軽な姿だ。
ただ、何か理由があるのだろう、顔だけは黒子頭巾みたいなものを被って隠している。
ひとまず挨拶はそこそこにして、リマルキスを応接間に案内する。
応接間に居合わせるのは、うちがシアとアレサとシャロ、リマルキスの方がレクテアとパイシェだった。
ミーネは同席を断られて現在ぷっぷくぷーである。
こうして始まった会談、まずリマルキスが服のお礼を述べ始めた。
「大金を積んでかき集めた魔装や護符、そのすべてを総合したものよりも優れた服を仕立てられるとは、レイヴァース卿は本当に多才なのですね。いずれお礼をさせてもらいます」
べつに礼なんていらないのだが、それを断るとリマルキスの王としての面子に関わりそうなのでありがたく受け取るべきだろう。
誰の目にも触れないようなものなら「礼なんていらねえぜ!」で押し通せたかもしれないが、常に身につけることになった服となるとそうもいかないのだ。
「本当に助かっているんですよ。これまでは公の場に出るとなれば、以前お会いしたときのような異様な姿になるしかなかったのですが、この服のおかげでようやく国民に僕の顔を見せることができました」
「それはよかった」
自分の国の王様がミイラみたいなことになってると、国民も不安がるだろうからな。
ってか、顔は見せていいの?
そんなおれの疑問を察したのだろう、リマルキスは言う。
「実は、今回こうしてお邪魔した本題は僕の顔に関わることでもあるのです」
と、リマルキスが頭巾を取る。
そして現れたのは銀の髪、赤い瞳、そしてその美しい顔つきは――、どういうことか、慣れ親しんだ顔にとてもよく似ていた。
リマルキスは――シアにそっくりだったのである。
『…………』
これにはおれだけでなく、アレサとパイシェも唖然として言葉を失っていた。
一方、シャロは知っていたようで驚かず、そしてシアは困り顔。
それを見ておれは、ああ、と納得した。
シアが夢の世界で知ったのはこれだったのだろう。
「シアさん、僕は貴方の弟なのです」
おれたちがまだ驚きから立ち直れないなか、リマルキスは言った。




