第630話 14歳(冬)…ニバル祭
今回は2話同時更新+おまけの人物紹介。
こちらは1/3です。
二年前――。
四日間の日程で行われる収穫祭、もとい、シャーロット生誕祭の最終日に起きたその事件は『オーク仮面騒動』なる名称で広く知られ、未だ人々の記憶にも鮮明だ。
また、そのシャーロット生誕祭とは別に、この事件に大きく影響を受けた祭りが王都エイリシェには存在した。
二月という寒い時期に行われるニバル祭である。
この祭りの目的は冬の厄払いと今年の豊作祈願。
一説では、この地が王都と定められるよりも以前から続く伝統ある祭りだとされている。
まあこの地の精霊から聞いたので本当のことなのだが。
そんな厳かな祭りが『オーク仮面騒動』の影響を受けてしまったのは、偏にオーク仮面という怪人が原因である。
要はおれのせいというわけだ。
△◆▽
ニバル祭は仮装祭。
仮装した人々が王都エイリシェを練り歩く。
大人たちの仮装は厄払いの精霊という役割を担い、子供たちの仮装は豊穣を呼び込む精霊という役割だ。
そのため、子供たちがはしゃぎ回ればはしゃぎ回るほど『良いこと』とされ、この元気な精霊へのお供え物として、王都の各所ではお菓子が配られることになる。
そんな、どれだけはしゃいでも許される祭りの日にふさわしい衣装として、子供たちはオーク仮面に目を付けてしまった。
そして需要が発生すれば供給しようとするのが商人というもの。
レイヴァース家御用商人のダリスはすっかりやる気になり、ニバル祭での需要を見込んで『オーク仮面なりきりセット』を発売。
内容物は粗末な木彫りの仮面、それから安い生地のマント。
その程度の品でも親御さんが手作りするには手間で、簡素であるが故に価格が安く、場合によっては子供がしばらくこれで遊んでくれるかもしれないという期待もあり、買い与える親は多かったようだ。
つまり、よく売れた。
結果、ドジョウはにょろにょろ出てくることになった。
「父が言うにはそろそろ質の良い『なりきりセット』が注目されるとのことです」
「他の商会との差別化を図るわけか」
「そのようですね」
と、サリスからそんな報告を受けた後日、ニバル祭まであと数日となったその日、ダリスがひょっこり訪問してきた。
おれとの挨拶もそこそこに、ダリスはクロアとユーニスに何か贈り物をする。
クロアとユーニスが目をキラキラさせているが……、ああ、『オーク仮面なりきりセット(高級)』を貰ったのか、そっかー。
「御主人様、今年のニバル祭はどういたしますか?」
「どうしようかなぁ、ってか、もうどうしようもないなぁ……」
これまではおれが受け入れられなくて、うちはニバル祭をボイコットしていた。
が、色々とぶっちゃけてしまった現在、思い切って参加してもよいのではないかと思っている。
もうクロアとユーニスはなりきりセットで変装して町に飛びだす気満々になってるし、でもってセレスのそれは……、そうかそうか、コルフィーが用意してくれた『レディ・オークなりきりセット』か。
コルフィーはすでにセレスとシャロをレディに変身させ、今は新しく妹に加わったジェミナを変身させようとしていた。
「みんなすっかり浮かれて……。こんなことならこれまでも参加しておけばよかったかな?」
「御主人様としては関わりたくなかった祭りですから……」
「今もあんまりなんだけどね」
「なるほどのう。それでも可愛い弟妹のためならば、か。婿殿とわしとの違いはこういうところなのじゃろうな……」
そうしみじみと言ったのは、いつの間にかこちらに避難してきていたシャロだった。
「ニバル祭自体はこれまでと変わっておらんのかのう?」
「ああ、それでしたら少し変更が」
シャロに答えたのは、皆の様子を楽しそうに眺めていたダリスだ。
ダリスは「んっ、んっ」と喉の調子を整えると、無駄におごそかな感じで喋り始める。
『王都エイリシェを脅かす黒き影……。
それは災いをもたらす邪精霊なのだ!
行け、幼きオーク仮面たちよ!
手にしたサンダー・スラッパーを振りかざせ!
邪精霊を打ち払い、この地に豊穣を呼び込むのだ!』
「なんか祭りの内容が変わってしまっているんですけども!」
伝統はどこいっちまったんだ!?
△◆▽
そしてニバル祭当日――。
屋敷から「うきゃー!」っと勢いよく町へと飛び出したのは、オーク仮面に扮するクロアとユーニス、それからレディに扮するセレス、コルフィー、ジェミナ、シャロという計六名。
これに同行するのは、おれ、シア、アレサで、あとレディ・オーク(本物)と、ひょっこり現れたエルダー・オーク(本物)が紛れ込んでいたりする。
「ご、ごついのう、エルダーは……」
シャロがエルダーの厳つい仮面をまじまじと眺め言う。
「はは、これでもう少し取り回しが良ければ言うことはないのですが」
バートランの爺さんは何気にエルダーの仮面を気に入っているらしく、返却もせず屋敷に仕舞い込んでいるようだ。
こうして使う機会を窺いながら。
「私のレディは取り回しはいいんだけど……、あーあ、オーク仮面みたいに必要な時に現れてくれたらいいのに」
「ふむ、気持ちはわからんでもないのう」
「さらに言えば、衣装も一緒に切り替わるように!」
「なるほど、わかるわかる」
うむうむ、と頷くシャロ。
あんまり意気投合して、妙なおもちゃを与えると手に負えなくなる可能性がある。
これはあとで『適度にミーネを満足させるくらいの、穏便な感じなのでお願いします』と伝えておいた方がいいだろう。
それからおれたちは王都をぶらぶら。
ちょいちょい見かけるのは、邪精霊の仮装をさせられたサンドバックである。
この邪精霊をオーク仮面に扮した子供たちがハリセンでバシバシ叩くのが今回から新たに導入されたイベントであった。
この邪精霊の側には仮装した大人がいて、一仕事終えた子供たちにお菓子を配っている。
ダリスから話を聞いたときは伝統ブレイクを引き起こしたかと思われたニバル祭であったが、ガワはちょっと特殊になったものの、雰囲気自体はこれまでとそう変わらないものに落ち着いているらしい。
結局のところ、子供たちがお菓子目当てに王都を駆け回るというのが基本なのだから、その子供が楽しそうにしていれば、ちょっと妙なことになったとしても祭りの意味がまるきり失われてしまうような事態にはならないようだ。
そんな様子を眺めながら、おれたちはさらに都市を回ったのだが……、途中からどんどん子供たちが合流してきた。
レディとエルダーに引き寄せられているのである。
なにしろこの二人、本物だからなぁ……。
△◆▽
ニバル祭が行われるこの日、魔導学園はお休みとなる。
この日は敷地が一般公開され、王都を駆け回るちびっ子精霊たちの憩いの場となるのだ。
合流した子供たちをぞろぞろ連れて伺ってみたところ、学園では教員と一部生徒が魔法のデモンストレーションを行って訪れた子供たちを楽しませていた。
一般に開放するついでに、訪れた子供たちに魔法に興味を持ってもらおうとやっているイベントらしい。
子供たちの中に、もしかしたら自分では気づいていないものの、特別な魔導の素養を秘めている子なんかがいるかもしれない。
このデモンストレーションが何かのきっかけになれば――とベリア学園長は言う。
「ふむふむ、なるほどのう……」
この、せっかくの機会だからと、子供たちに魔法に慣れ親しんでもらおうとするベリア学園長の方針はシャロをいたく感心させた。
あと感銘を受けたわけではないだろうが、そのデモンストレーションにミーネが加わって子供たちをさらに喜ばせている。
実はセレスも参加しようとしたが、これはシアが撫でくり回してなだめることで事なきを得た。
「宮廷魔導師、そして学園長という立場にありながら、地道な努力も怠らぬとは、あの者、大したものじゃのう」
「ちょっとのめり込みすぎで、危ないところもあるんだけどね」
確認のためと、何の躊躇いもなく縫牙で自分の手を貫かせる人だからな……。
「あ、そう言えば学園長に教えてもらったのがきっかけか」
「何がじゃ?」
「シャロのお墓がザッファーナにあるよって」
「なぬ?」
「それを聞いて、いつかお参りに行こうって思ったんだ。結局は必要に迫られて行くことになったんだけど」
「ふーむ、婿殿に働きかけてくれたのか。おしいのう、わしの正体は明かさぬ方がよいのじゃろう?」
「様子を見て、おいおいかなぁ……」
魔導学の祖だからなぁ、喜びすぎておかしくなっちゃったら困る。
まずミリー姉さんレベルで喜ぶだろうから。
「今は密かに感謝しておいて、何かの機会に恩を返すとしようかのう。いずれ、わしはセレスと共にここに通うことになるじゃろうし」
「二人がこの学園にか……」
「む、妙な心配をしておるな? 大丈夫じゃよ。なるべく大人しくしておくつもりじゃからな。しかし、場合によってはベリア殿に多大な迷惑をかけることになるかもしれんがのう」
あははー、とシャロは笑う。
と――
「ん?」
ふと、シャロが何かを感じたように顔を上げた。
「どうかした?」
「なんじゃろう……? なんだか凄く懐かしい感じがしたんじゃ。誰かに『仕方ないなぁ』と思われたような……、そんな気がして……、それがひどく懐かしい気持ちにさせた」
シャロは不思議そうに言う。
訝しんだり、気味悪がったりするのでは無く、ただただ不思議そうに。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/06/02
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/06/03
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/03/04
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/01/28




