表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
1章 『また会う日を楽しみに』編
64/820

第64話 9歳(春)…シャーロットの像

 支店長のエドベッカが言ったとおり、マグリフ校長は暇だった。

 暇すぎて訪問した客の用件すっとばして将棋すすめてくるほどだから、まあ明日の招待も大丈夫だろう。

 と思ったら――


「明日とはまた急じゃのう。ふむ、あー、そうじゃのう、もし将棋で儂に勝ったら……」


 完膚無きまでにぼこぼこにした。

 包囲された王将を真っ白になって見つめているマグリフをそのままに、おれたちはクェルアーク家に戻った。

 ひとまず挨拶回りはこれで終わりだ。

 このあとはどうするかちょっと話しながら、おれたちは遅めの昼食をとった。


「ところで、支店長や校長があんな感じで大丈夫なんですか?」


 昼食後のひと休みをしているとき、おれはバートランに尋ねてみた。

 支店長は魔道具狂いであり、校長は将棋狂いであった。

 これでは心配にもなる。


「まあ不安にはなるだろうが、あれでかなりのやり手なんだ。と言うよりも、だからこそあれでも許されているというべきか」

「あー……」


 妙に納得できてしまった。


「しかし君はあれだな、怒らせるとなかなか恐いな」


 笑いながらバートランは言う。

 明日の訪問を盾に対局を要求してきた校長への仕打ちのことか。

 あれは仕方ない話なのだ。

 全駒されて残り少ない頭髪がはらはらと抜け落ちる結果になっても、それは自業自得なのだ。


「それで、この後はシャーロットの像を見に行くということでいいかね?」

「お願いします」


 像とはいえ、シャロ様のお姿を拝見できるとは嬉しいかぎりだ。

 そんな話をしていると、父さんがふと思いついたように言う。


「あ、そうだ。ついでにあそこに寄れるかな。というか『のんだくれ』ってまだある?」


 なんだ『のんだくれ』って。

 酒場か?


「あるぞ。相変わらず客を選ぶ商売をしておるが、鍛冶屋としてはこの国で一番だからな。この子に剣でもこしらえてもらうのか?」

「ああ、そろそろまともな得物を用意してもいいかなと思ってさ」


 妙な名前の鍛冶屋だが……、あてがある、と父さんが言っていた職人はそこで働いている人なのだろう。じゃあおれは自分の武器のほかに、シアの武器――お土産を一緒に依頼することになるか。

 武器としての鎌なんて妙なもの、作ってくれるかなぁ……。


    △◆▽


 休憩のあと、おれたちはさっそくシャーロットの像がある正面広場へと向かった。


「おおお!?」


 広場のど真ん中にその像はあった。

 高い台座の上に長い髪をなびかせた、逆風のなかで屹立しているようなシャロ様の像がある。

 実際、なにかにつけて逆風だらけだったんだろうと思う。


「ずいぶん若い姿ですね」

「これはロー……、ではなく、若い頃に描かれた肖像画をもとに作られたものだ」


 ロー?

 なにを言いかけたか知らないがまあいい。

 とにかく今はシャロ様のお姿だ。

 どこかの偉人像みたく製作してみたら別人で夫人を仰天させたような代物ではない、立派なシャロ様の像だ。素晴らしい。

 おれはバートランから最も敬意をあらわすお辞儀のやり方を教えてもらい、つたないながらもシャロ様像に跪いて敬意をしめす。手を組み合わせてのお祈りをしている人がちらほらいるなかで、お辞儀をしているおれは浮いているが知ったことではない。


「あなたって本当にシャーロットがすきよね」


 ミーネはそう話しかけてきて、ちょい、と通りの隅っこを指さす。


「あっちにちいさなシャーロットの像が売ってるみたいよ?」

「なんですと!?」


 アッチ向いてホイやってて全力でひっかかったみたいな勢いで振り向くと、そこにはこぢんまりとした露店が広げられていた。

 雨や日差しを防ぐ程度の質素な天幕がはられ、置かれた台のうえに小像が並べられている。

 売っているのは白い髪の穏やかそうなおっさん。灰色のローブに身を包み、その上から幾何学的な模様がほどこされた肘あたりまでのケープを羽織っている。どことなく宗教関係者な印象があった。シャロ様は聖都に関係が深いってきいたし、たぶんそっち関係の人だろう。

 まあとにかくあれだ、これは買うしかねえ。


「百個ください!」

「そんなにありませんよ!?」


 いかん、ちょっとテンションが上がりすぎていておっさんを驚かせてしまった。


「ああ、ですよね。じゃあ五十個ください」

「数は半分になりましたがそこまでもないです!」

「そうですか……」


 残念だ。


「どうしてそれほどの数を必要とされるのですか?」


 困惑顔で尋ねられ、隠すことでもないので理由を話す。

 王都に来るまでの強行軍の途中、未開地ではあれど休憩できる場所や、素晴らしい景観を望める場所をいくつも見つけた。

 そこで、おれは帰省する際、そういった場所にこのシャロ様像を配置してまわりたかったのである。

 ようするにシャロ様像を道祖神――お地蔵さんにしたかったのだ。


「いや、帰りは乗合馬車とかで普通に帰るぞ?」

「なんですと!?」


 父さんが台無しなことを言った。

 そんなー……。


「あの、それじゃあ、ひとつお願いします」

「わかりました」


 微笑みながらゆっくりとうなずき、おっさんは台に並べているシャロ様像とは別の、木彫りのシャロ様像を大切そうにだしてくる。


「あれ、これは?」

「こちらはとある聖女様が精神修養の一環として作られたものです。そのため数が非常に少なく、ひとつとして同じものはありません。作りこそ並んでいる灰者の作った像には劣りますが、とても貴重なものなのです」

「……灰者?」


 ふと呟くと、おっさんはちょっと驚いたように目を見開いたが、すぐにまた微笑んで口を開く。


「灰者というのはかつて罪を犯し、聖女様によって断罪され、悔い改めた者のことです。本当は更生者と言うのですが、更正の証として髪が白くなる――まるで燃え尽きた灰のようだということで灰者と呼ばれることのほうが多いですね」


 ということは、このおっさんも昔はワルで、聖女様に「めっ!」された人なのか。


「灰者は教団に所属し、ささやかながらも人々のためになるよう日々努めるのです」


 そう言って、おっさんは木彫りのシャロ様像をそっとさしだす。


「こちらは差し上げます。大事になさってください」

「いや差し上げるって……、貴重なんじゃ?」

「はい。ですから差し上げます」


 にっこりとおっさんは微笑んでいる。


「ありがたく頂きます。ありがとうございます」


 タダでもらえる物には警戒するおれだが、この木像はこのおっさんの純粋な善意による贈り物なのでありがたく頂戴する。

 この木像があれば、シャロ様への日々の祈りにもよりいっそう身が入るというものだ。せっかくだから帰ったら祭壇――いや、部屋に神棚を拵えてそこに祀ることにしよう。

 おれはおごそかな気分でシャロ様像をよく観察する。

 ひっくり返してみると、台座の裏に文字が刻まれていることに気づいた。


「アレグレッサ……?」

「その像を作られた聖女様の名前ですよ」


 そうか、作った人はアレグレッサって名前なのか。

 いつか聖都に行こうとか父さん言っていたし、もしかしたら会う機会があるかもしれないな。


※誤字の修正をしました。

 2017年1月26日

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/12/19

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/02/02


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ