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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
間章3 『にぎやかな冬』編
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第626話 14歳(冬)…魔境ビウロットの取材(3/6)

 翌日からおれは仕事にとりかかった。

 まずは冒険者ギルドで依頼記録を観覧させてもらい、参考になりそうなものを書き写す作業である。

 今回はシア、ミーネ、アレサ、シャロ、あと人型になったロシャが手伝ってくれるので、作業速度は六倍(期待値)だ。

 これなら作業も早く終わる――。

 そんな期待は作業開始早々に脆くも崩れ去った。

 魔境都市ならではの特色がおれたちに立ちはだかったのだ。


「火炎樹の伐採……、火炎樹って何かしら?」


 依頼記録を眺めていたミーネが首を傾げる。

 作業を始めてからというもの、ミーネはこうして何度となく首を傾げており、おれ、シア、アレサも同様に首を傾げることになっていた。

 依頼の多くが魔境特有の動植物に関係するため、依頼を見てもいまいちピンとこないのである。


「火炎樹というのは背丈の低い、いわゆる灌木というやつでな」


 作業中だったシャロが手を止め、火炎樹について説明してくれる。


「葉や樹皮から油を分泌しておるんじゃ。何かしらの強い刺激を受けると微弱な電気で火花を散らし、それが油に発火して盛大に燃える。群生しておるからの、下手に伐ろうとすれば丸焦げじゃな」

「それって木も燃えちゃうの?」

「いや、火に強いのでそのまま残る。葉は散るがな。燃焼時、ついでに周囲の邪魔な植物も焼くので、生息地を広げるきっかけにもなっておる。あとこの火炎樹の周りには、その葉を食べて体内に油を溜める何らかの魔獣が住みついておるのが常で、火炎樹よりもこっちの方がやっかいだったりするんじゃ」

「へー」


 と、ミーネが感心するなか、おれは写生予定リストに『火炎樹』を追加する。


「くっ、どんどん増える……!」


 どんだけ写生すればいいんだこんちくしょう!

 そう、これが魔境を舞台にした冒険の書を作るにあたっての、想定していなかった最大の問題。

 魔境ならではの特殊な植物、その図鑑が新たに必要になるという問題だ。


「婿殿、すまんのう。こんなことなら正確な植物学書でも作っておくんじゃった」

「ああいや、これはおれのこだわりの部分が大きいから」


 植物学書は存在するにはするのだが、おれからすればちょっとその絵が雑なのである。

 特徴はわかるのだが……、まあ雑なのだ。

 こうなったらもう自分で魔境版の植物学書を作るしかなかった。

 せめてビウロット、それに類する温暖な魔境でよく見つかる植物については。

 この写生のための探索は長丁場が予想され、であればそれこそビウロットに暮らす妖精たちとコンタクトを取りたいところだが……、無理かなぁ……。

 転写作業自体は人海戦術で進んでいくが、比例するように写生予定のリストは増大、もうこれにどれくらいの時間がかかるのか想像するのも嫌になるくらいになっていた。


    △◆▽


 転写作業と平行して行うのはギルド職員や探索者からの聞き取りだ。こちらは奇想天外な魔境での実体験が聞けることもあってミーネも思いのほか楽しんでいる。

 時間を作ってくれた探索者には少額のお礼もしていたが、探索者たちにとってはお小遣いよりも気をよくしたミーネが振る舞う料理の方に心を奪われたようで、料理目当てにやたらと話を聞かせてくれるようになった。

 季節は冬。

 一般的には保存食で過ごす時期で、美味しさよりも腹を満たすための食事という傾向になる。

 そんな時期に美味しい料理で腹一杯になれるというのは、おれが想像するよりもずっと魅力的だったようだった。

 おかげで興味深い話が集まる集まる。

 これはうれしい誤算だったので、お手柄だとミーネをよく褒めておいた。


「よーしよしよし」

「ふふーん」


 ミーネは誇らしげである。

 料理のストックはごりごり減っていくものの、誰もが美味しい美味しいと喜んでくれるのはミーネとしても嬉しいらしく、そこはあまり気にしていないようだった。

 そんなミーネを、シャロはちょっと悔しそうに見ている。


「くっ……、料理か……」

「シャロは料理できないからなぁ……」


 やれやれといった様子で頭の上のロシャが言う。


「婿殿、ちょっと屋敷へ戻る。なに、すぐ戻るからの」

「ごめんごめんごめん」


 ロシャは迂闊なことは言えないようである。

 このように、探索者が進んで話を聞かせにきてくれるのは本当にありがたい状況だったが、対応できる人数には限界というものがある。

 すぐにおれたちだけでは対応しきれなくなり、お願いしてギルドの職員にも手伝ってもらい、ようやくなんとかなった。

 朝早くから、夜遅くまで、依頼記録の転写と探索者たちの冒険譚の書きおこしを続けて一週間。

 もういいかげん訳がわからなくなってきたので、そろそろここらで魔境探索に向かうことにした。

 そのことを支店長に報告し、同行してくれる探索者たちの確認をしていたところ、魔境へ行ったり来たりしていた妖精たちが言ってきた。


「魔境わりと平気だわ! これいけるいける!」


 ピネは自信満々だが信憑性は低い。

 基本は探索者たちの指示に従い、妖精たちはもしかしたら活躍するかもしれない、くらいの気持ちで同行してもらう。


「と言うわけで、明日は準備をして明後日から魔境探索をすることになりました」

「もう、結局シャロと二人なのね。んー、ちょっとクーエルとアークを呼んで」

「へ? いいけど……」


 夜の宿屋、皆に改めて報告したところミーネが言う。

 どういうつもりかわからないまま、おれはクマ兄弟を召喚。

 雷撃と共に現れたクマ二体は「おいっす」と片手を上げて挨拶してくる。

 そんなクマのうち、ミーネはプチクマを押しつけてきた。


「アークを連れて行ってね。私たちはクーエルにそっちの様子を映してもらって、無事かどうか確認してるから」

「あ、なるほど……」


 その発想には単純に感心した。

 クマ兄弟が新たなる能力を手に入れたことは冒険の書の大会で明らかになった。

 あのあと、シャロが精霊門を応用した魔術を施したことによって遠く離れてもプチクマの見る光景が、クマ兄貴にリアルタイムで届けられるということも説明してもらった。

 みんなこれを知ってはいたのだ。

 ただこの状況でこう利用することが出来ると思いつけなかった。

 おれやシア、シャロですらだ。


「あー、そうですね、そういう活用の仕方もありますねー」

「これで猊下が無事かどうか確認が……!」


 シアとアレサも感心した様子である。

 一方シャロは――


「くっ……」


 ミーネに発想負けしたのが悔しいのか、渋い表情。

 頭に乗っているロシャが、ぽすぽす叩いて慰めていた。


    △◆▽


 魔境探索へと出発するその日。

 まず冒険者ギルドへと向かったおれは、そこでこれから六日ほどお世話になる探索者たちと対面することになった。

 みんな冒険譚を話しにきてくれた人で、特に面白い話を聞かせてくれた男性が今回組織された探索隊の隊長さんに収まっていた。


「おお、本当に妖精を大勢連れてるんですね」


 同行しているピネたちを見て隊長さんが驚く。

 もちろん他の探索者たちも驚いており、中には喋りかける度胸のある奴もいて、さっそく自分の知っている、または聞いていた妖精像と違うので戸惑っていた。


「ところでレイヴァース卿、その、頭のぬいぐるみは何なんです? 何か動いてるように見えるんですが。あとそっちのでっかいクマも」

「こいつらは……、まあお守りみたいなものです」


 おれの頭にはプチクマがうつ伏せにぺとっとくっついている。

 こいつの目が映像を送るのだから、手に持ってぶらぶらしていくわけにもいかず、考えた末にこうなった。

 計らずともロシャを頭に乗せたシャロとお揃いである。

 こうして探索隊と合流したおれは、そのまま見送りとなる金銀赤を連れて町の外れ――魔境へと通じる大門へ向かう。

 魔境ビウロットは言ってみれば密林――ジャングルだ。

 そこには高濃度の魔素によって魔化した植物が生い茂り、魔獣も生息している。

 魔素溜まりの中心地ほどその傾向は強くなり、逆にラーセッタがある外周となると、実はそれほど普通の森と変わらないため、例えば高い壁を設けるといったような対策はされていない。

 せいぜい大人の身長くらいの塀があるくらいだ。

 魔獣の襲撃があるのではないか、と心配になるところだが、魔境の魔獣はその環境に適応しているが故に、魔境の外は活動しにくいらしくそういったことはあまり起こらない。何かしらの異変、もしくは人が余計なことをした結果に迷い出てくるくらいである。

 到着してみると、大門は開かれたままで、その向こうにはまず森が切り開かれて真っ直ぐに伸びていく道がある。

 その道を辿ってくるように、魔境からは絶え間なく温かいそよ風が吹いてきており、森の匂いを運んできていた。

 ラーセッタの町自体が冬にしては暖かかったが、いよいよ魔境となるとさらに暖かく、これはすぐに上着を脱ぐことになりそうだ。


「よし。それじゃあ行ってくる」


 見送りの金銀赤に言う。


「変なことに巻き込まれないでくださいねー」

「なんか危なそうだったらすぐ戻るのよ!」

「猊下、どうかお気を付けて……」


 三人とクマ兄貴に見送られ、おれたちは大門をくぐり魔境へと立ち入った。


    △◆▽


 まずしばらくは普通の森とそれほど変わらない地帯を進む。

 違うとすれば、この冬でも青々と葉が茂っていることだろうか。

 今回の探索は純粋に見学――魔境の雰囲気を感じることだけを目的としている。

 植物の写生とか余計なことを気にしていると、初めて魔境に踏み込んで感じた一度きりの感覚を台無しにしてしまうからだ。

 魔境初体験なおれが感じるもの、それは四作目を作るにあたってとても重要な要素なのである。

 感じたことをつぶさに書き綴ることを心がけながら、さらに気づいたこと、疑問に思ったことを探索者に尋ね、その返答を記録する。

 常時おれがそんな調子なので、探索隊の進行速度はゆるやかなものにならざるを得ない状況であった。

 やがて正午をしばらく過ぎた頃、開けた草地に辿り着く。


「ここはどういう場所でしょう?」

「休息地ですよ。町から真っ直ぐ進んで、昼の休憩をとろうとすればだいたいこの場所で休むことになります。それがずっと繰り返された結果、こうした草地が出来上がったわけです」

「なるほど」


 当然これもメモをする。

 さらに話を聞くと、この休憩地が普通の森と魔境のちょうど境界にあたるらしく、ここからいくつかの道にわかれるようだ。


「ただここから先の道はここに来るまでの道のように整備されたものではなく、探索者が繰り返し通った結果、道になっただけのものです。一応その道に沿っていけば、夜を過ごすための場所があります。しかしそういう場所はそこが最後。さらに奥となると休息地を作ってもひと月もすれば魔境に呑み込まれ、下手をすれば環境ごと変わって休憩地でもなんでもなくなるということが普通に起きます。次以降はそのときどきで休める場所を探しながらの探索になりますね」


 と、隊長さんの説明にピネが反応する。


「お、そのときはあたしらの出番だな! 安全な場所を見つけてやるよ!」

「それはありがたい。頼りにさせてもらいますよ」

「おお!? お、おう! 任せとけ!」


 素直に頼られたからか、ピネはちょっと戸惑った。

 それからおれたちは昼食の準備をする。

 普段なら魔導袋から料理を用意するところだが、今回は飽くまで魔境探索の体験なので探索者と同じものを食べることにした。

 昼食は焼いてない餅みたいに硬いパン、そして干し肉であった。

 さっそく決意が揺らぐ……!


「はは、不満そうですね。しかし魔境に居る間は、ずっとそれを食べ続けることになりますよ。基本、魔境にあるものは口にしない方がいいので。大丈夫と知られていた植物や果実ですら、ある日を境に毒性を持つこともあるんです。特に茸がヤバい。あと泉も含め、水場はだいたいその辺りに生えている植物の毒が混じっているので絶対に飲んではいけません。安全な水場もありますが、立ち寄れない場合は持ちこんだ水の量がそのまま魔境での活動限界になります」

「水の魔法が使えたら人気者になれそうですね」

「異性であれば結婚を申し込みますね」


 冗談なのだろうが……、目がちょっとマジだ。

 ともかくそれくらい確保したい人材ということなのだろう。


「もしウォーター・クリエイト、とまではいかないものの、水を作り出せる魔道具とかあったら欲しいですか?」

「金貨でぱんぱんの袋を投げつけて、その隙に奪っていきますね」

「えぇ……」


 ずいぶんとアグレッシブなお支払いだな

 しかしそんなにか……。

 これは魔法カードの販売について、リィと本格的に話し合った方がいいかもしれない。


「さて、ひとまず休憩をいれましたが、少しこれからの探索について話しましょう。実は予定より遅れています」

「ああ、すみません。ぼくがいちいち記録しているせいですね」

「ああいや、それはいいんです。ただ、この調子では次の休息地に辿り着く前に夜になってしまいます。できればそれは避けたい。そこで今日のところはこのままここで夜を過ごそうと思うのですが、それでいいですか?」

「かまいません。急ぐことではないので。安全優先でお願いします」


 そう言うと、隊長さんはちょっと驚いたような顔をしたあと、ほっとしたように微笑んだ。


「理解があるのは本当に助かります」


 おれとしては当然の判断なのだが……、隊長さん、過去に面倒な奴の護衛とかやったことがあるのかな?

 ともかく今日はここで休むことに。

 せっかくなので探索者のみなさんに話を聞こうかな。

 ひとまずおれは、パンと干し肉に不満たらたらで喧しく騒いでいる妖精たちにこっそりお菓子を与えて黙らせることにした。


※誤字と文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/05/25

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/03/01

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/07/17


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