第625話 14歳(冬)…魔境ビウロットの取材(2/6)
迷宮探索の旨味は出没する魔物を倒しての魔石収集、それから魔化した・させた品々の回収であるが、魔境探索の旨味はそこに生息する動植物そのものである。
特に魔導植物化・魔物化によって他では見られない特性を得た植物は、物によってはそのままお宝となる。
例えば高温を発する樹木であれば、その熱に強いという特性がそのまま素材の価値となり、これを材木とすれば火事のリスクが大幅に軽減される建築物の実現というわけだ。
他にもそこにしか存在しない特殊な薬草・毒草、昆虫、動物、魔物なども、多くは貴重な魔境産の資源とされる。
魔境資源の活用は大昔から行われており、この魔境都市ラーセッタの歴史となると、それこそ邪神誕生以前から魔境探索の拠点として存在していた(らしい)というのだから凄い話だ。
「このラーセッタで活動する探索者の多くは、何らかの形でビウロットに住む妖精たちの助けを得ていました。頻度や内容は人それぞれなのですが、妖精たちの助言によって命を救われたという事例は非常に多いのです。かく言う私も実はその一人でして、現役時代には何度か助けられました」
「ふむふむ……」
冒険者ギルド、支店長のお部屋にて。
おれは支店長が話す内容をめっちゃガリガリとメモしていた。
支店長がピネたちにも大らかなのは、このあたりが関係しているのだろう。
あとでその助けられたエピソードについても聞きたいところだ。
「とは言え、妖精たちは無条件で人助けをしているわけではありません。妖精たちをうまいこと利用してやろうと企む者、また、素行が悪く魔境を荒らすような者にはこっぴどい悪戯を仕掛けて追い払うということもやっていました。飽くまでその身一つ、己の才覚でもって魔境に挑む者にはささやかな手助けをするという……、そうですね、魔境の管理者――守り手とでも言えばいいのでしょうか、妖精たちはそういった使命感を持っており、人と関わりはすれど一線を保った付き合いを心がけていたようでした」
「それが絶縁されてしまったと?」
「そうなのです。もう十年ほどになりますか……」
けっこう長引いているな。
妖精の助けが得られないってのは、このラーセッタの探索者からすれば困った事態なのだろうが……、うーむ、これ、そのまま四作目のメインクエストにできそうで、おれは内心嬉しくなっていた。
ってかこの支店長の話、そのままメインクエストとして使えるぞ。
ここの探索者からすればふざけんなって話だが、こう、物語を考えるお仕事をしていると、どうしても創作に結びつけてしまう癖がついていて……、一種の職業病というやつなのである。
あとでビウロットを勧めてくれたアレサにお礼を言っておこう。
「十年は長いですね。何の理由も聞かされず絶縁されたのですか?」
「それなのですが、妖精たちが現れなくなる前、何人かの探索者たちが理由らしきものを伝えられました。ただ、それがどういうことなのかわからないままでして」
「理由らしきものというのは?」
「魔素の穢れが祓いきれなくなり、魔境は穢れてしまった。これはお前たち人のせいである、と」
「穢れ……」
どういうことだろう?
「その話からすると、もともと魔素は穢れを含み、妖精たちはその穢れによって魔境が汚染されるのを防いでいたっていう感じですね」
「ええ、そうなりますね」
「人のせいってのはどういうことでしょう? 十年前に何か事件があったりしたんですか?」
「いえ、特に記録はありません。もしかすると、良くないことを企んだ者たちによって秘密裏に何かが行われ、結果として妖精たちが穢れを祓いきれない状況になったのではないか、そう考えています。もう少し詳しく話を聞けたらよかったのですが、それ以降、妖精たちが姿を現してくれることは無くなりました。結果として、妖精たちの協力を得て行っていた大規模な探索が行えなくなり……、まあそれは完全にこちらの都合なので仕方ないのですが、問題は探索者が魔境内で事故に巻き込まれることが多くなったことですね」
事故――、か。
どれだけ気をつけても、予測すら出来ない事態によって負傷してしまうとなれば、もはやそれは事故である。
その辺りを警告してくれていたのが妖精ということか。
「このような事情がありまして、今回レイヴァース卿の魔境取材は飽くまで同行する探索隊が安全を確保できる場所まででお願いしたいと思っています。そちらの妖精たちが同行してくれるのは実に心強いのですが、それでもやはりこの魔境に住む妖精とは違いますからね。用心するに越したことはありません」
「そうですね。魔境探索についてぼくはド素人ですから、そこはそちらの判断に従います。安全第一でいきましょう」
「さすがはレイヴァース卿、賢明で助かります。たまにいるのです。酔狂なことに探索もどきを依頼してきて、同行する探索者に無茶を言いだす貴族やお金持ちというのが」
「ほうほう、そんな人たちがいるのですか」
そのあたりの話も、あとでぜひ聞かせてもらうことにしよう。
△◆▽
支店長からざっとラーセッタの状況を説明してもらい、それからおれがここでどのような活動をしようと考えているのかを伝えた。
まずはこの冒険者ギルドに通い、依頼記録を写させてもらう。
同時に支店長や職員、紹介してもらった探索者に生の話を聞かせてもらう。
その合間に都市を散歩して雰囲気を肌で感じ、それをつぶさにメモ、さらに挿絵などに良さげな場所があれば写生なども行うつもりだ。
ひとまず支店長との話を終え、おれたちは紹介してもらった宿へと、見学がてら歩いて向かうことに。
「婿殿、わざわざ宿に泊まらずとも、休むなら屋敷に戻ればよいのではないか?」
「あー、まあそうなんだけどね。でもせっかく魔境都市に来ているんだし、現地の宿に泊まって活動するってのも、けっこう意味があると思うんだ。ここに居れば一日の様子がわかるからね。屋敷に戻っちゃうと、その時間帯だけは想像で埋めることになる。せっかくこっちにいられるのに、それはもったいないかなって」
「なるほどのう……、そういうものか。すまぬ、余計な事を言った」
「ああいや、べつに謝るほどのことじゃないよ」
そう言ったところ、シャロの頭にぺったりくっついているロシャがやれやれといった様子で呟いた。
「シャロはなるべく楽をしたい性格だからな……」
「ロシャ、お主余計なことを言っておるとセレスに預けにゆくぞ?」
「むぅ……」
ロシャが黙らされた。
すると今度はミーネが話しかけてくる。
「ねえねえ、あなたがお仕事してる間、私たちはどうすればいいの?」
「そこは自由に。でも魔境へ行くのは無しな?」
「魔境へ行けないんじゃ何したらいいのよー」
「まあまあミーネさん、ご主人さまは作業に掛かり切りになりますから、私たちは好きにすればいいんですよ」
「好きにって?」
「こっちですることがなければ屋敷に戻ってみるとか」
「シアは屋敷に戻るの?」
「いえ、わたしはご主人さまのお手伝いです」
「アレサは?」
「私は猊下のお側に」
「シャロは?」
「無論、婿殿の手伝いじゃ」
「じゃあ私も手伝うー!」
「いや本当に好きにしたらいいんだけど……、まあ手伝ってくれるならありがとう」
それからおれはピネたちに話を振る。
「おまえらはどうする? しばらくは町での仕事だから、魔境探索を始めるまで屋敷に戻っておくか?」
「どーしよっかなー、んー、軽く魔境をぶらついてくるかな」
「おいおい、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。あんまり深くまで行くつもりもねえし。とりあえず魔境にあたしらの感覚が通じるかどうかの確認だな」
おや、妖精たちは真面目に魔境探索を行うつもりだ。
これは意外だった。
「わかった。無茶はしないようにな」
「んなもん、やべえとわかったらすぐ引き返すっての。もしかしたら、あたしらならその穢れってのが何なのかわかるかもしんねえけど……、ま、それについては期待せずに待っていてくれよな!」
「穢れか……。なんなんだろうなぁ……」
と、その呟きを聞いてシャロが言う。
「あの場では控えたが、実はその穢れについて心当たりがある」
「え? あるの?」
「うむ。ほれ、大陸のど真ん中に穢れの塊があるじゃろう?」
「あ、そうか、魔素の流れは瘴気領域を経由するから……、穢れってそのまんま瘴気なのか」
「そういうことじゃ。瘴気領域が誕生して以降、魔素は穢れてしまっておるんじゃよ。その穢れとは極めて微量なスナークじゃ。言ってみれば環境汚染じゃな」
あっちの世界のマイクロプラスチック問題みたいなものかな?
マイクロプラスチック問題とは遺棄されたプラスチックが細かなプラスチック粒子となり、特に海洋環境に悪影響が出ている問題だ。
要は超細かいプラスチックという有害物質をまずは微生物が取り込み、さらには魚が、鳥が、獣が、人が、という生物濃縮問題である。
「魔素の汚染は世界樹計画が始まりだから、人のせいってのはそういうことなのかな?」
「どうじゃろう。現在の世界は程度の差はあれすべて穢れてしまっておる。これを浄化なんてことは、そうそう出来るものではない。いや、出来るわけがないはずじゃったが……」
そう言いつつ、シャロは困ったようにおれを見る。
あー、できますね、おれ。
「もしかしたら、婿殿の力がこの都市の問題を解決する糸口になるかもしれんのう。まあそれも、婿殿が無理をせずに、という程度であればの話じゃがな。婿殿、先に言っておくが、もし婿殿ならば解決できる問題であっても、婿殿の症状が進んでしまう危険があればわしは絶対にやらせん。すまんが理解しておくれ」
シャロは真面目な、そしてちょっと申し訳なさそうな顔でそう言った。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/23




