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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
間章3 『にぎやかな冬』編
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第624話 14歳(冬)…魔境ビウロットの取材(1/6)

 冒険の書三作目が発売されたのは今月上旬のこと。

 だがこれに安堵していつまでもよかったよかったと気を抜いていると後々とてつもなく大変なことになる。

 そこでおれは前倒しで四作目の製作に取りかかることにした。

 したのだが――


「びえーん! 婿殿が休んでくれんのじゃー!」


 シャロに泣かれた。

 ガチ泣きだ。


「あらあら、よしよし」

「びえ~ん!」


 ミーネが慰めるもシャロは泣き止まず、メイドたちからは「おいおい、やっちまったなぁ!」という視線を浴びせかけられることに。


「あ、あの、シャロさんや」

「ぐすっ、ちゃんと休んでくれるか……?」

「えーっと……、じゃあ……、うん、四月から、四月からちゃんと休むから」

「四月……。まだまる二ヶ月もあるぅ……」

「まあそうなんだけど、二月は四作目のための取材に行きたいし、ある程度予定を立てるのに三月を使うかなって予想で四月からなんだよ、うん」

「むぅ……、じゃあ約束破ったら結婚してくれるかの?」

「え」

「なんじゃー! 約束を守るなら問題ないじゃろ!? それともこの場しのぎの約束なのか!? こうなったらもう結婚じゃな!」


 と、シャロは詰め寄ってきたが、すぐに様子を見守っていたメイドたちに取り押さえられた。


「待った待った、ちょっと調子に乗っただけじゃから、そんな恐い顔せんでほしい! まずは話を――……!」


 何やら必死に弁解するもシャロは連行されて行く。

 それを見送ったあとミーネはぽつりと言う。


「約束破ったら私は何してもらおうかしら……」

「え」


 なにその流れ……!

 いや待て、これもしかしておれを休ませたいみんなからペナルティ課されるやつじゃねえ?

 これは……、うん、四月からはちゃんと休むようにしよう。


    △◆▽


 四作目の舞台は魔境。

 ならば取材をする場所も当然ながら魔境である。

 では、どこの魔境を取材すべきか?

 これを決めるため、おれはロシャに魔境リストを用意してもらい、その日は金銀赤とシャロを交えてどの魔境へ向かうのがいいか少し話し合うことにした。

 すると話を始めてすぐ、待っていました、とばかりにとある魔境を勧めてきたのがアレサであった。


「ビウロット……?」

「はい! 聖都の南方にある魔境なんです!」

「聖都の……、どんな魔境なんでしょう?」

「そうですね、一番の特徴は魔境の気温がとても暖かく保たれていることでしょうか」


 魔境の気温は生息する魔導植物の影響を受けている場合が多い。

 つまりビウロットは温暖を好む魔導植物に支配された魔境、ということだ。

 なるほど、気温が温暖に保たれているというのはポイントが高い。

 逆に寒い環境に保たれた魔境もあるが、こちらは一般にもあまり人気がなかったりする。

 これは寒いというそれだけで、人はその活動に支障をきたしてしまうものだからである。活動できなくもないが、余計な手間と準備が必要となるとやはり好まれない。

 迷宮都市に人が集まるという理由と同じだ。


「魔境の入口となるのはラーセッタという魔境都市ですね。ビウロットは魔境の中でも賑わっている場所ですから、冒険者ギルドにある依頼記録も猊下の満足のゆくものだと思われます。あと、ビウロットは聖都と関わりの深い魔境でもありまして、ラーセッタにはシャロさんが設置した精霊門があるんです」

「あ、それは楽ですね」

「はい!」


 精霊門があるんなら気軽に向かえる。

 ビウロットをモデルにするかどうかは別としても、ひとまず魔境というものを体験するために行ってみても良さそうだ。


「聖都とビウロットはどう関わりがあるんです?」

「ルーの森で戦隊が使用した神柱棍、あれを削りだした大樹はビウロットにあったんです」

「あー、あの善神を模した巨大棍棒ですか……」


 と、戦隊の話が出たところ――


「…………」


 そっとシャロが退室していった。

 どうやら戦隊は触れて欲しくない話題らしい。

 ともかく、取材へ向かう魔境はビウロットでよさそうだ。

 あとは魔境探索に付きあってもらうメンバーなのだが――


「どうしたものか……」

「え」


 ミーネが愕然とした表情になり、そして素早く迫ってきた。


「わたしわたしわたし、ほらほら、わーたーしー」

「いやいや、わかってるわかってる、見えてるからそんなおでこくっつくくらい顔を近づけなくてもいいから」

「じゃあなんで意地悪言うのよー」

「意地悪じゃないんだって」


 魔境は地上の魔素溜まり。

 なんらかの要因によって魔素が地上付近で溜まった結果、生態系が激変した場所である。

 この影響を最も受けたのが植物で、もれなく魔導植物化、もしくは魔物化。

 魔境にある植物は、外部の植物のようなのんびりとした生存戦争を行わない。積極的に周囲の環境を自分の好ましい状態に変化させ、版図を広げるべくアグレッシブに日夜戦い続けているのだ。

 そのため、植物の支配地域ごとに環境が異なっているということが普通にある。

 例えば、ある植物の支配地域は熱帯雨林なのに、すぐ隣の地域は砂漠のごとき乾燥地帯、という具合だ。

 魔境を探索する者には、そういったデタラメな環境に対処するためのセンスが要求される。

 迷宮は傾向と対策でわりとどうにかなるが、魔境はどうしても個人の持つ天性に頼らなければならないところが出てくるのである。


「単純に戦闘が起きるくらいなら問題ないんだ。でも生存能力となるとだな……。もしもだぞ、剣と魔導袋を失った状態で遭難したらおまえ、お腹空いて死んじゃうだろ?」


 諭すようにミーネに問いかけてみる。

 すると、きゅるるる、とミーネのお腹が鳴った。


「破滅の鐘が鳴ったわ」

「えらく御大層な二つ名つけちまったな……」


 まあ確かに話の腰は木っ端微塵――破滅してしまったわけだが。


「ともかく、魔境に同行させるかどうかは保留だ。魔境都市はべつに問題ないから一緒に行こう。許可するまで魔境へ突撃しないって約束できるなら、だけど」

「するするー」


 調子よく言うが、このお嬢さん、こういった約束を反故にしたりはしないからそこは平気かな。


「ご主人さまー、じゃあわたしはどうなんですかー?」

「平気そうな気もするけど……、ここは保留で」

「むぅ……」

「あ、ちなみにアレサさんもです」

「え」


 同行する気満々だったのだろう、アレサもまた愕然とした顔に。


「わ、私が居なくては、猊下にもしものことがあったときに……!」

「シャロには同行してもらうんで、何かあったら即戻ります」


 そう言ったところ、金銀赤はむっと黙り、それから三人で部屋の隅に集まってひそひそ囁き始めた。


「……なんということでしょう、とうとう恐れていた――……」

「……シャロがいればそれでなんとかなる――……」

「……三人がかりでもシャロさん一人に――……」


 しばし囁きあったあと、三人はおれをガン見する。


「そんな目で見てもダーメ。これは安全に配慮しての決定だから。現地では熟練の探索者を雇って取材に協力してもらうことになるし、それなら面倒を見る人数を減らした方がいいだろ?」


 要求なのかおねだりなのかよくわからない要望を突っぱねると、シアとミーネはちょっとふて腐れてぶーぶー鳴いたが、アレサは渋々ながら納得してくれたようだ。


「そうですね……、わかりました。取材には万全を期し、魔境都市で活動する選りすぐりの熟練探索者に協力してもらえるよう聖都から連絡をいれるようにしておきます」

「あ、それはありがたいです。お願いします」


 いつもなら大袈裟だと遠慮するところだが、魔境に関しては甘えられるところは甘えておく。

 当初、取材には父さんに同行してもらおうと考えていたが、自分よりも現地で活躍している探索者を雇った方がいいと言われたのだ。

 父さん曰く、魔境ではどんな理不尽によって命を落とすかわからない、とのこと。


「お前一人の面倒ならなんとかなるかもしれないんだが……、みんなとなると無理だな。現役の頃でもやりたくない」


 これを聞いて、おれは大人しく現地の探索者に協力してもらうことにした。

 このあたりの判断は父さんに従うべきなのだ。

 ひとまず話がまとまりかけた、その時――


「話は聞かせてもらった!」

『――ッ!?』


 バーン、と部屋の扉が開かる。

 いきなりだったのでみんなビクッとさせられた。

 叫んだのは戻って来たシャロの周りにわさっと集まっている妖精の一人――いつものピネ。

 イラッとしたので精霊たちにお願いしてそっとドアを閉めてもらった。


「話くらい聞いてくれよ!」


 またバーンと扉が開かれた。


「え? 話があったの?」

「あるよ! あるに決まってんだろ!? 話は聞かせてもらったつって現れて、そのまま去ってったら頭のおかしい奴じゃねえか!」


 などと、憤慨するピネはこっちへぴゅーんと飛んできた。


「で、話ってなんだ?」

「なんだって、ほら、ついさっきまで話していたことだよ。魔境の探索について。知らねえのか? 魔境つったら妖精なんだぜ? 妖精は魔境のやべえ場所を感知できるんだ。まあどんな理由で危ねえのかまではわかんねーけど、ともかく避けることはできるんだ」


 本当だろうか……?

 妖精に群がられたままのシャロを見る。


「うむ、間違いではない。事実、その特性を生かして魔境に生息する妖精は多いんじゃ。そして活躍する魔境探索者は、そんな妖精との伝手を持っている場合が多い」

「へー、そうなんだ」


 魔境そのものについては調べていたが、そこで活動する人々のこと――実状となるとまださっぱりだ。

 まあそれを知るために取材へ向かうのだから当然なのだが。

 ともかく妖精は四作目に加えるべき要素だろう。

 高難易度のクエストには妖精の協力が不可欠。

 そのためには妖精と仲良くなるクエストがあって……。

 ふむふむ、使えそうな気がする。

 幸いなことにうちには妖精がいっぱい居るからモデルにはことかか――……、いや、こいつらモデルにしちゃヤベえんじゃねえか?

 シャロも最初に会ったとき「知っている妖精と違う」と言っていたような気が……。

 ……。

 ビウロットに妖精がいるといいな!


「つーことで魔境つったら妖精! つまりあたしらだ! 色々と世話になってるしぃ、ここはあれだ、あたしらが一肌脱いでやろうってわけよ!」


 妖精たちはすっかり同行する気になっている。

 どうだろう……、どうなんだろう……。

 まあ妖精という存在が魔境に適応するらしいし、せっかく自己推薦しているのだ、ここは自己責任ということで同行させることにした。

 もちろん現地では優秀な魔境探索者を雇う。

 当然である。


    △◆▽


 数日かけて準備したのち、さっそくおれは魔境都市ラーセッタへと向かった。

 同行するのはいつもの金銀赤に、シャロとロシャ、それからピクニック気分で騒いでいる妖精たちだ。

 まずは聖都へ向かい、そこでご挨拶してからラーセッタの精霊門へ。


「ようこそラーセッタへ」


 迎えてくれたのは、この都市にある冒険者ギルドの支店長。

 どうやらおれが聖都でご挨拶している間に、こちらへと知らせが来ていたようだ。

 挨拶もそこそこに、おれたちは用意されていた馬車に乗せられ冒険者ギルドへと案内される。

 冬期となれば迷宮都市は繁忙期。

 この魔境都市もそのはずだが、馬車から都市の様子を眺めるかぎりではそこまで慌ただしい感じはせず、思いのほかのどかである。

 疑問に思って尋ねてみると、支店長はほがらかに答えてくれた。


「迷宮と違い魔境は活動できる探索者が限られますからね。魔境での活動で、生活できるだけの成果を上げられる探索者となると限られてくるのです。誰でも出来る仕事を求めて集まる者がいない分、迷宮都市と違って穏やかなのですよ」

「あー、なるほど……、納得です」


 おれはさっそく抱いた疑問と、それに対しての答えをメモしておく。


「優れた冒険者であっても、迷宮探索者であっても、魔境となると話は別なのです。単純な地力だけでなく、予想外の事態に対処できる直感のようなものが特に求められますからね」

「ふむふむ……」


 おれは引き続きメモメモ。

 迷宮探索は普通の冒険者活動とは異なるが、魔境となるとさらに異なり独自のセオリーというものが存在する。

 冒険者ギルドでは依頼記録を写させてもらうだけでなく、支店長や職員、探索者たちからこのあたりの話をよく聞いておいた方がよさそうだ。


「しかし魔境探索に優れた才を見せる者もやはり人、限界というものはあります。実はそれを埋めてくれるのが妖精という存在なのですが……、さすはがレイヴァース卿ですね、妖精との伝手をお持ちとは」


 それを聞き、馬車の窓に張りついて景色を眺めていた妖精たちが得意げに「ふーん、ふふーん」と胸を張り始めた。

 が――


「ただ、精霊に力を借りるのが最も良いという話もありまして、まあ言い伝えのようなものだったのですが……、レイヴァース卿なら可能なのではないですか?」

「……」

『……』


 おれは黙る。

 妖精たちも黙る。

 そうか、精霊か。

 言われてみればもっともな話である。

 精霊にぶわーっと散ってもらって、危険な場所があれば教えてもらうようにすれば実に効率良く魔境を探索できることだろう。


「突然ですがピネさんたちとはここでお別れということになりました。お疲れさまでした」

「ちょっ、おい、やめろよ、ここまで来てそんなこと言うなよ! あたしたち頑張るから、頑張るからさ! 頑張る機会すら与えずにお払い箱ってのは酷すぎるんじゃね!? 泣くぞ!」


 わさーっと妖精たちがおれに群がり抗議してくる。


「いやだって、魔境に強いって言っても全然平気ってわけじゃないだろうし、わざわざ危ない所に行く必要なんてないだろ? まあ今回はご縁がなかったということで」

「こいつ本気であたしら帰す気だ! くっ、お前が余計なこと言うからー!」


 と、今度は支店長に群がる妖精たち。


「どうしてくれんだてめえ!」

「酷いのよ! 極悪なのよ!」

「ちょっとつねってもよいですか?」

「ああっ、すみませんすみません……!」


 べつに悪くないのに支店長は平謝りだ。


「ああこら、わかった、帰れとは言わないから。まずはおまえらに任せてみるから」


 仕方なくピネたちをなだめ、支店長を解放させる。


「すいませんね、騒がしくて」

「ああいえ、いいんですよ。こちらの妖精たちはずいぶんと元気が良いのですね」

「え、ええ、まあ……」


 やっぱりうちの妖精どもは普通とは違うのか……!

 このもはや疑いようのない事実に、おれはこいつらを四作目に登場させる妖精のモデルにすることを諦めた。


「あなたも妖精を知っているようですが、それはやはりこちらの魔境に暮らしている妖精なんですか?」

「え? ええ、その通りです」

「会うことはできますかね?」

「あー……、うーん、どうでしょうね……」


 真っ当な妖精に会う必要があるので尋ねてみたところ、支店長は渋い顔をして唸り始めた。


「何か問題が?」

「はい。実はですね、このラーセッタはしばらく前からビウロットで暮らしている妖精たちに絶縁されてしまっているのです」


※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/05/22

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/05/31

※さらに脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/07/28


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