第623話 14歳(冬)…ティアナ校長の試練(3/3)
脱落なのか、それとも大自然への回帰か、ともかく新たなる力に覚醒したシャンセルはリクシー兄ちゃんを攫って森へと消えた。
「えぇー、ぼくはー?」
残されたユーニスはしんなり尻尾、ちょっと寂しそうである。
最初は十名揃っていたメイドたちもこれで六名となったが、ティアナ校長の試練はまだ続くようで、残るメイドたちは引き続き屋敷で仕事をしつつの待機を命ぜられる。
もちろんメイドたちからすれば、もう仕事どころではない。
「アーちゃん、大変! 私なんだか凄く緊張してるの! 獅子の儀に挑んだ時くらいに胃がキリキリしちゃってるの! ああもう、何か来るなら早く来てくれたらいいのに! どうせ私にも凄いお客さんが来てみんなみたいに阿鼻叫喚の大騒ぎになっちゃうんでしょ!?」
「じゃないですか?」
「反応が冷たい!」
残る六名――リオ、アエリス、ジェミナ、ヴィルジオ、パイシェ、シャフリーンは誰からともなく集まり、これから自分たちがどうなるのかについて話し合うことになった。
おれとアレサはその様子をなんとなく見学である。
「あーうー、やっぱり私も親族の誰かが来るんでしょうか?」
「いや妾はティアの親族ではないぞ……?」
リオの台詞にヴィルジオが突っ込みを入れる。
「ティアさんはご家族の方が来ても平気でしょうからね、それでヴィルジオさんが選ばれたんでしょうね。そもそもティアさんのお父様はよくいらっしゃいますし。シャフリーンさんもお父様が来ても平気ですよね?」
「ど、どうでしょう……。王都の父にしても、エミルスの父にしてもあまり平気ではないかもしれません。あ、なんだか気持ち悪くなって来ました……」
珍しく弱った顔をしてシャフリーンは腹部に手を当てている。
「ティアナ殿はどこまで考えておるのか。さすがに酔狂ではないと思うが……、それにしては当初の趣旨から外れておる。これはシャンセルも苦し紛れに言っておったな。もしや『メイド』だけではなく、さらに先を見据えてのものか……?」
「先を見据えてって……、皆さんは仕方ないとしてもそれボク関係ないですよね? もしかしてボクってとばっちりなんじゃ……」
深刻な顔をしてメイドたちは不安を誤魔化すように話し合っていたが、ここで静かに話を聞いていたジェミナが言う。
「家族来る。良いこと。心配もこれで安心」
このジェミナの発言に暗い表情をしていたメイドたちはきょとんとすることになったが、やがて感心したように頷いた。
「ふむ、レイヴァース家に仕えるメイドとなると、家族としても気になるところなのかもしれんな……」
「ではティアナ先生はそれをくんで、こういう場を用意したんでしょうか?」
「かもしれん。要はなし崩し的にレイヴァース家に残ろうとするのではなく、しっかりと覚悟を決めてのものかどうか、その確認をしたかったのかもな」
「なるほどー、そういう理由があったわけですかー。うん、こうなってはもう私たちに出来ることは、誰が訪れても毅然と対応、その態度で覚悟を示すより他はありませんね!」
そう意気込んだリオは、ディアデム団長率いる獅子王騎士団の訪問を受けた。
その数、百人。
あの日、リオが挑んだ『獅子の儀』――その相手役を担った百名である。
うーん、のどかな森が一気ににぎやかになったな。
ってか百人ってちょっと多すぎない?
こんだけいると情報統制的にどうなんだろうと思ったが、騎士たちは闘士でもあり、おれが秘密にしたいなら新しい精霊門のことは口が裂けても言うことはないと誓ったため、口が裂けそうになったら喋ってもいいと言っておいた。
そして騎士たちを迎えたリオであるが、一応は毅然とした対応をとった。
自分が女王となった暁には――とか、実に女王然とした態度で騎士たちを鼓舞し、ちょっと煽りすぎてそのままエルトリア王国へと連れていかれることになったが。
「努力はしてみます。ですが……、三日しても戻らない時は迎えにきてください。お願いします」
最後にアエリスはそう言い残し、リオと二人で一時帰国となった。
△◆▽
公開処刑四名、強制送還二名。
ティアナ校長の課す試練はかくも過酷、耐えられる者など居はしなかった。
もはや本当に真意があるのか少し怪しくなってきていたが、ここまで来てしまった以上は中断など有り得ず、次なる訪問者が異次元屋敷に案内されてくる。
「はいはい。こんにちは、っと」
「は、母上ッ!?」
凄味のあるやや年配の女性が登場したことで、ヴィルジオが珍しく声を裏返らせた。
そうか、この人がヴィルジオのお母さん。
シャロの霊廟で一部の幽霊たちに人気だった皇妃レウラーナか。
愛称のレウラだけだと、サリスのレフラ母さんと間違いやすそうだなーとか思ったりする。
「まったく。ひさしぶりに戻ったかと思えば、ちょっと顔を見せてまたすぐ居なくなって。まああんたがそんなに戻りたい場所だってんなら仕方ないけどね。それでも少しくらい母親に話をしていきなさい」
「いや、まあ、うむ、しかしそう話すようなことも――」
「無いの? 何にも話すこと無いのに、こうやってとどまってるの?」
「むぅ……」
ヴィルジオって父親には強いが母親には弱いな。
「まあそれは後で聞くとして、肝心なことを先に聞きたいね」
「肝心なこと……?」
「ほら、レイヴァース卿との結婚についてね?」
「ぶふっ!?」
おお、ヴィルジオが噴いた。
「な、何をいきなり……!? それは父上の世迷い言で……!」
「違う違う。あの人は関係ないの。ランダーヴの推薦よ。あんたも彼が愛国者で忠臣だとはわかっているでしょう? それにあんたをうんと可愛がっていることも。誰かがあんたにいまいちな男を紹介しようとすると、いつの間にか紹介者共々消えてるんだけど、今回はその神隠ししてる蛇がお薦めしているのよ?」
あれ、おれって竜皇国の聞いてはいけない話を聞いてない?
「さあさあ、聞かせなさいな。実際のところどう思っているのとか」
「いや特に何も思ってないのでな、言えることなど――」
「まずその口調をやめなさい」
「そ、それはちょっと……」
と、ヴィルジオがレウラ母さんに百面相を披露するなか、他にも訪問者はやって来た。
「ヴァイシェス――、いや、今はもうパイシェか! そうかそうか、とうとうお前は本当の自分に辿り着いたんだな!」
「ホントにねぇ、よかったねぇ……!」
パイシェの正面に立つのは、メルナルディア王国からやってきたパイシェの両親――エルフ父さんとドワーフ母さん。
メイド姿のパイシェを目撃したところで、ご両親は悟りに入ってしまったらしく、息子が何を言おうと聞かず、ただよかったよかったとしきりに満足するばかりだった。
「無理に男らしくなろうと、体をいじめ抜くお前を見ているのは、父さん実はつらかった!」
「ホントにねぇ、よかったねぇ……!」
「今まさにボクは過去最大につらいんですけどねぇ!」
あとでパイシェには励ましのお便りを送ろうと思う。
そしてシャフリーンの前にはミリー姉さん――ミリメリア姫の姿があった。
「あ、あの……、シャフ……? どうしてそんな恐い目で私のことを見るのかしら? まるで私が居なければ――、みたいなことを思っているんではないかと疑ってしまうわよ?」
「ははは、いえいえ、そんなことはありませんとも」
声こそほがらかなものの、シャフリーンの表情は冷え冷えとしたものである。
「シャフのためになればと来たのだけれど、この空気はいったい……」
ミリー姉さんはそっとティアナ校長の顔を窺うが、当のティアナ校長は明後日の方向にそっぽを向いていて、それはまるで断固として顔を合わせるものかという決意すら感じさせるものであった。
どうやらシャフリーンに限っては、メイドのあり方ではなく、いつもシャフリーンべったりで堕落し続けているミリー姉さんに反省を促すための試練だったらしい。
「ささ、ミリメリア様、お部屋へご案内いたしますので、そこでゆっくりとお話をすることにいたしましょう。どうぞこちらへ」
「いやっ、なんか恐いっ、私セレスちゃんとシャロちゃんが待ってる王都の屋敷に戻るもん!」
「あっ」
不穏なものを察したのだろう、ミリー姉さんはダッシュで精霊門に飛び込んでいき、シャフリーンはすぐにそれを追った。
△◆▽
そしてだいぶ居なくなった――。
異次元屋敷に残るのは試練を課したティアナ校長、あまり活躍の場が無かった判定者のアレサ、それから見学のおれ、そして最後に残ったメイドであるジェミナ、この四名である。
色々あって――、本当に色々とあってもう日暮れ。
そこでぽつりとジェミナが言う。
「ジェミには? 来ない?」
寂しがっているというわけでもなく、単純な疑問としてジェミナは尋ねているようだ。
ジェミナは孤児であり、精霊の巫女の才能があったことで、大精霊エイリシェに保護されたお子さんである。
訪問者役となるならばエイリシェだろうが、そのためにはジェミナの体を借りなくてはならず、これでは試練も何もあったものではない。
「……猊下? どうかしましたか?」
「あ、いや、何でもないよ」
ティアナ校長はどうしてジェミナを玄関前で待たせているんだろう?
ぽつんと残されたジェミナの姿が、小学校の卒業式に来るわけがない親を意地でも待ち続けたお子さんにダブってちょっと悲しい気持ちになるのだが。
おれはもういいだろうとティアナ校長に話しかけようとした。
その時――
「あら、遅かったかしら……? 今日に限って学園からなかなか戻れなくって」
ひょっこりやって来たのはうちの母さん。
誰かの訪問者役だったのか、と思っていると、ティアナ校長が母さんに答えた。
「そんなことはありません。頃合いですよ」
「そう、ならよかったわ」
微笑み、母さんはジェミナに近づくと腰を落として視線を合わせ、それから尋ねた。
「ねえジェミナちゃん、突然なんだけど……、ひとまずうちの娘にならない?」
「……? ――? ――ッ!?」
母さんの突然の提案。
ジェミナは三段階くらいの過程を経てようやく理解。
「なる」
「はーい、じゃあジェミナちゃんは私の娘ぇー」
速攻で決まったな……。
ってか、これでおれってまた妹が増えたの?
コルフィーの下に来るのかな?
おれは若干現実逃避気味であったが、さすがにこれで終わりにしてはまずいと母さんに話を聞く。
「ちょっとちょっと母さん、突然どうしたの?」
「んー、突然って言えば突然になるんだけど、実は前々から娘になるような気はしていたと言うか……、まあ色々とね。今回こうして誘ったのは、ジェミナちゃんに実の両親だって言い張る人が現れたりする可能性を考慮してのものでもあるのよ」
つまりそれは……、おれが有名になったからか。
ジェミナが孤児であることに目をつけ、両親であると言い張り取り入るきっかけにしようと企む者が現れるかもしれない。
本当の両親が現れる可能性は少ないが、例え偽物の連中であったとしても、ジェミナは動揺するだろうし、傷つきもするだろう。
うちの娘ということにしても、そういう連中が現れることは防げないが、それでもジェミナの中にはレイヴァース家の娘であるという精神的な柱が生まれる。
それが心無い者たちの悪意に対抗できる拠り所になるなら、これはもう引き取っておくべきか?
そんなことを考えつつ見れば、ジェミナは母さんにひしっとしがみついており、わりと真剣な表情をしている。
ジェミナ自身も求めていたところがあったのか……。
そんなことを思っていたところ――
「主、主」
「ん?」
「ジェミ、主なんて呼ぶ? 主? 兄?」
「ああ、そこはジェミナの呼びやすい方でいいよ」
「じゃあ……、主」
はにかむようにして、ジェミナはそう答えた。
そんなジェミナの様子を見て母さんは楽しそうに笑う。
「さて、それじゃあ王都の屋敷に戻ってみんなに報告しましょうか」
「うん。する」
ジェミナは母さんに手を引かれ、王都屋敷へと戻って行く。
ティアナ校長の試練は実に殺伐としたものであったが、最後の最後だけはちょっとほっこりすることができた。
△◆▽
翌日、異次元屋敷では試練に挑んだメイドたちの反省会(二名不在)が行われた。
当然ながら噴出した、無茶苦茶だというメイドたちの不満。
しかしティアナ校長は怯まない。
「今回は最初ということもあり敢えてあなた方が最も動揺する――要は弱点を軽く突くことにしました」
『……』
メイドたちが押し黙る。
不吉な言い回しを聞いたからだ。
いったい何が『今回』は『最初』なのだろうか、と。
「あ、あの……、ティアナ校長先生は、どれくらいの頻度で昨日のような取り組みを行おうと考えておられるのですか?」
たまらずサリスが尋ねると――
「できれば月に一度くらいの割合で」
『――ッ!?』
ティアナ校長の簡潔な返答。
できれば月に一度ということは、もし都合が良ければ週に一度、三日に一度なんてこともあり得るわけで、メイドたちの表情は「バカな!?」と凍り付いた。
それからと言うもの――。
メイドたちの中に緊張感が生まれたとでも言えばいいのか、仕事中は一線を保つようになった……、気がしないでもない。
もしかしたら、これこそがティアナ校長の狙いだったのか?
そんなことを考えてみるが、これはティアナ校長のみぞ知ること。
まあ、ひとまずしばらくは様子を見ることになるだろう。
さすがに来月、早々に試練が実施されることにはならないと思うが、もしその必要があると判断された場合、メイドたちが受けるダメージは今回の比では無いと予想される。
ただ、いつまた試練を課されるのかと、緊張するメイドたちによって屋敷の空気がピリピリ通りこしてビリビリしているので、なるべく穏便にお願いしますとティアナ校長にお願いしてみた。
そして校長室を立ち去るとき、そっと聞こえた囁きは――。
「……いずれ旦那様にも当主として相応しい振る舞いを身に――……」
おれは何も聞かなかったことにして、そそくさと逃げた。
※パイシェの両親が3章では父ドワーフ・母エルフ、4章では父エルフ、母ドワーフになっていたため、4章を基準にして3章は修正しました。
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/19
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/01/20
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/20




