第622話 14歳(冬)…ティアナ校長の試練(2/3)
こうして開始されたティアナ校長の試練であったが――
「シャロさんの伝手で各方面に訪問者役をお願いしてもらったのですが……、正確な到着時刻までははっきりしていません。そこでまずはこの屋敷で役をまかなえるティアウルさんから始めましょう」
「お、あたいか! 誰が来るんだ!?」
「ザッファーナ皇国の皇女ヴィルジオ様です」
「……」
ティアウルの表情がすっと能面のように厳かなものへと変化した。
「あ、あの……、あたい何か悪いこと――」
「それではヴィルジオさん、よろしくお願いします」
「うむ、任されよ」
ティアウルは何か訴えようとしていたが、ティアナ校長は構わず状況を進行させる。
「重点的な確認はティアウルさんですが、皆さんの確認もしますので気を緩めていてはいけませんよ」
そうティアナ校長が説明するなか、訪問者役としてのイメージが固まったのだろう、ヴィルジオは「よし」と頷き、のしのしとソファへと歩み寄ってどっかりと腰を落ち着けた。
「ふいー……」
どっこいせ、とまでは言わなかったが、何故か聞こえたような気がした。
おっさん――。
脳裏に浮かび上がる、鮮烈なまでの言葉。
誰も口を開かなかったにも関わらず、誰もがそう思ったことを何故かはっきりと理解できてしまった。
「今、ヴィルジオさんに対して失礼なことを考えませんでしたか?」
皆はすまし顔でふるふると首を振る。
それを確認したあと、ティアナ校長はアレサに目配せをした。
アレサはちょっと申し訳なさそうな顔をして首を振ることになったが……、これは皆とは意味合いが違う。
「皆さん、それではお仕置きです」
スパパパパーンッ、と、ティアナ校長は横並びになっている皆の頭をハリセンで軽快に引っ叩いていった。
見事な腕前である。
一方――
「なんであたいだけねえちゃんなんだ!? あたい何も言っていないぞ! 何も言っていないのにみんなよりお仕置きが酷いぞ!」
ティアウルだけはヴィルジオにいつもの責め苦を喰らっていた。
「お主だけ物凄く納得したような顔をしていたのでな……!」
「あー! 顔かー! あたい正直だから――」
「むぅん!」
「あぁ――――ッ!?」
ティアナ校長の試練は早々にメイドを一人葬ることになった。
△◆▽
ティアウルの処刑が終わったのち、ひとまず次の訪問者役が来るまでメイドたちは異次元屋敷でお仕事をすることになった。
メイドたちは掃除などの仕事をしつつ、訪問客が来たところで玄関で出迎え、そして試練開始という手順を踏むことになるのだ。
確かにそれは実践的――現実に起こりうる状況に即したものであるため、メイドたちがこれに異論を挟むことは出来ない。
しかし仕事をするとは言っても、この緊張を強いられる状況、いつも通りでいられるわけもなく、メイドたちはやや上の空、仕事が手につかず、やってはみてもミスをしてティアナ校長からハリセン指導を受けるという状態に陥っていた。
やがて、訪問者役が訪れたことを知らされ、メイドたちは異次元屋敷の玄関へと集合させられる。
最近作り替えられて立派になった精霊門のあるガゼボ。
そこにはシアが待機しており、皆が集まるのを待っていた。
「あ、みなさん揃いましたね。それではご案内しまーす」
シアは一度王都屋敷へと戻り、訪問者役を案内してくる。
にこにこして現れたその人物は――
「はぁ~い! サリスちゃーん! お母さん来たわよー!」
「うがぁぁぁぁぁッ!?」
サリスの母親――レフラ母さんだった。
サリスは咄嗟に凄い声出して頭を抱えたが、それもわずかな間、すぐにティアナ校長に向きなおった。
「ティ、ティアナ校長先生! 無理です! 私は未熟者ですのでこちらの方が満足できる対応をとることができません! 申し訳ないのですがここで辞退させてください!」
「諦めるのが早すぎますよ」
即ギブアップを選択したサリスにティアナ校長はため息まじりに言うが、降参自体は受け入れるようで、ぱすんっ、とサリスの頭をハリセンで叩いた。
「……よしっ。――はい! お母様、これまでです! もう用は終わりましたから、お帰りください……!」
「ちょちょ、そんな! お母さん、サリスちゃんのこといっぱい紹介しようって、まだちっちゃい頃の写真とかいっぱい持ってきたのよ?」
「大惨事じゃないですか! やめてください! いや、やめてくださいとお願いしているのにどうして出そうとしているんです!?」
「お母さん、せめて一枚だけでもレイヴァース卿に見てもらいたくって……!」
「それをやめてとお願いしているのですよ私は!」
オフェンスのレフラ母さん、ディフェンスのサリス。
屋敷では戦闘訓練も行うため、サリスの動きはそこらのお嬢さんよりもずいぶん良く、これはレフラ母さんにとって分の悪い戦いとなっていたが……、向かい合った母と娘の攻防は、仲良く反復横跳びをしているように見え、それはなんとなく微笑ましくもあった。
が、ここで埒があかないと判断したレフラ母さんは次の一手。
何枚かの写真をぽいっと放る。
「ちょっとぉ!?」
これに慌てたのはサリスだ。
咄嗟に回収しようと動いたその隙に、レフラ母さんはディフェンスを突破しておれ目掛けて突撃してきた。
「レイヴァース卿、お久しぶりですね! うちの夫、娘共々お世話になっております! それで――、あ、これなんかどうでしょう!」
「これは!?」
ぺらっと見せられた写真、それは一歳くらいの赤ちゃんサリスが、でっかいウサギにひしっとしがみついている様子だった。
サリスはもうこの頃からウサギ好きだったのか……。
「やーめーてぇー!」
おれとレフラ母さんの間に、サリスがカットに入る。
そしてレフラ母をくるっと反転させると、その背中を「ていっ、ていっ」と突っ張りで精霊門まで押して追い出そうとし始めた。
すると、そこで見守っていティアナ校長が言う。
「サリスさん、せっかくですし、親子水入らず、ゆっくりお母様とお喋りを楽しんではいかがですか? こういう機会というのも大事なものかもしれませんよ?」
「いやそれは……!」
「何です? それとも辞退を撤回しますか?」
サリスは遠慮しようとしたようだが、微笑むティアナ校長の圧力に屈してぎこちなく頷くことに。
「わ、わかり、ました……」
「あらあら、これはご親切に。ありがとうございます。それではお言葉に甘えまして、娘とゆっくり話をさせてもらうことにしますね。サリスちゃんたらなかなか家に帰って来なくって、レイヴァース卿とどれ――」
「はい! お部屋に案内しますよお母さま! 行きますよ!」
△◆▽
ティアウルに続き、サリスの処刑が終わった。
いや、処刑というのは言い過ぎか?
ともかくサリスはうっきうきの母親を引っぱって異次元屋敷へと消えていき、現在はどこかの部屋で母と娘の心温まる会話を続けていると思われる。
しかし、ティアウルはまあいいとしても、サリスですらも耐えられない試練が課されるとは予想していなかったメイドたちは、ここに来てようやくティアナ校長の本気度を知ることになり一気に表情から生気が消えた。
そして次の訪問者がシアに連れられてやって来た。
現れたのはベルガミア王国の英雄、アズアーフ・レーデント。
リビラのお父さんである。
するとその姿を確認したリビラが、すっと前に出て、文句の付けようの無い動作で礼をして言う。
「ベルガミア王国、レーデント伯爵家のアズアーフ様ですね。ご高名はよく伺っております。ようこそおいでくださいました」
「んおぅ!?」
実の娘に「ニャー」すら付けない他人対応され、アズ父さんは登場早々に固まった。
「リ、リビラよ、そこまで他人行儀にする必要はないだろう」
「そうはまいりません。レイヴァース家のメイドに相応しくあるかどうかの見定めを受けておりますから、今日ばかりはいくら御父様のお願いでもきけないのです」
などと、リビラは場に合わせているようであるが、実際にはこの試練に関わったアズ父さんにイラッとしており、ならばと状況を逆手にとって嫌がらせしているようにしか思えなかった。
思い切った娘の対応に出鼻をくじかれたようなアズ父さんであったが、いつもの邪険な対応とは違うこれも趣があって良いと感じたのか、ひとまず何気ないようにうちでの様子を尋ねた。
「うまくやれているか?」
「はい。御主人様はもちろん、ご家族も、そして共に働くみなさんもよくしてくださいますので」
「そ、そうか。だが、だからといって甘えてばかりではいかんぞ。これだけの功績があるのだから、これくらいサボっても問題ないだろうとか、誰かしかのベッドでゴロゴロしてうにゃうにゃ言っていても自分は許されるとか、そういう驕りは捨てねばならん」
「ニャ――、な、何を仰っているのでしょう? 御父様は私がレイヴァース卿の元でそのようにだらしのない生活を送っているとでも?」
やや表情を引きつらせながらリビラが言うと、アズ父さんはそこで神妙な顔をして静かに告げた。
「実はなのだが、私はな……」
「はい?」
「私は精霊と意思疎通が出来る」
「――ッ!?」
過去に起きたスナークの暴争時、アズ父さんはそこで一度命を落とすことになった。
が、国を守ろうとするその執念はスナークの妄執をその身に呼び込み、生身の肉体を持つ半スナークのような状態にとどまる。
それをおれが浄化したので……、まあアズ父さんは生命活動の一部を身に宿った精霊たちに委託しているような状態。それだけ親和性があるならば、まあ屋敷の精霊たちと簡単な意思疎通くらいできてしまうのだろう。
これまでユーニスの護衛として訪問しては、娘に邪険にされて満足して帰っていったのは、多くを尋ねずとも、娘は元気にやっていると屋敷の精霊たちから伝えてもらうことが出来ていたからなのか。
そして、そんなことをいきなり聞かされたリビラは――
「ギニャァァァァァ――――ッ!?」
もはや取り繕うことなど出来ず、羞恥のあまりダウン。
ばたーん、と倒れ、うにゃうにゃ言いながらピクピクするばかりになってしまった。
自分のだらしないところをあえて見せていくタイプでも、本当にダメなところは意地でも見せないという場合がある。
おそらくリビラはこのタイプであったのだろう。
△◆▽
百獣国の英雄たる父アズアーフに担がれ、異次元屋敷へと運ばれていくは愛娘リビラ。
卓越した『威圧』の使い手としても知られる武人、父アズアーフの精神攻撃により、リビラはマインド・ブレイクで退場だ。
これによりティアナ校長の試練によって葬られたメイドは三名となった。
「な、なんてこった、リビラがぶっ壊されちまいやがった……!」
頼り甲斐があるかは別として、それでもなんだかんだで安定と安心を提供していた従姉妹のダウンを目撃したシャンセルは激しく動揺させられることになった。
「ティアナ校長、あんたやりすぎだぜ!」
が、それであってもなお猛り、シャンセルは叫ぶ。
「あんたあたしらをいったいどうしたいんだ!?」
「おや? どうしたい、とは、どういうことでしょうか?」
「しらばっくれるなよ! あんたはあたしたちがこの家に相応しいメイドかどうか確認するって言ってたけど、これまでの客役を見てるととてもそうとは思えねえんだよ! なんて言うか、いい機会だからここでわたしらをシメておいてやろうって感じがするんだ! これがダンナのためにもなるってんなら我慢もするさ! でも実際これってどうなんだ!? 意味のあるものなのか!?」
まるでたったいま義憤に目覚めたように、ティアナ校長を問いただそうとするシャンセル。
しかしそのケモ耳は垂れ下がり、やや及び腰で尻尾は内に丸まってしまっている。
要はこれ、弱気になったワンコがめっちゃ吠えているだけだ。
もちろんティアナ校長もこれをちゃんと把握しており、いくらシャンセルが食って掛かってもどこ吹く風と取り乱す様子は無い。
ベルガミアの王女は完全に貫禄負けしていた。
そしてシャンセルが勝ち目の無い戦いに挑んでいたところ――
「あ! 姉さま!」
精霊門のある建物から癒やし――ユーニスが飛び出して来た。
「ユ、ユーニス!? ――あ、そうか、あたしの客はお前か……」
そのシャンセルの声音には、明らかな安堵が感じられた。
が――
「あ、ぼくじゃないですよ」
「へ?」
と、そこに遅れて姿を現したのは――
「妹よ、お前の客はこの兄だ」
シャンセルとユーニスの兄――ベルガミア王国第一王子リクシー殿下その人であった。
「うぇぇ……」
「ずいぶんではないか、まったく……」
兄との再会を露骨に嫌がる妹。
リクシーは少し眉を歪めたが、すぐに切り替えたのだろう、シャンセルは放置しておれに顔を向けた。
「久しぶりだなレイヴァース卿」
「ご無沙汰しております」
「はは、俺もユーニスのように気軽にこちらへ遊びにこられたらよいのだがな! いやまあ、これからはもう少し融通は利くようになるか」
「うぇぇー……」
シャンセル、なおも露骨に嫌がる。
お兄ちゃんをそんなに邪険にすることないじゃない。
セレスに邪険にされたことを想像して、胃が痛くなっちゃう。
「ではレイヴァース卿、ひとまず妹とはどれくらい進展しているのかを――」
「――ッ!?」
と、リクシー殿下が話をしようとした時だった。
「うっ、うぅおぉぉぉ――――――――ッ!!」
突如――。
突如としてシャンセルが叫び、その唸りに応えるようにして体の奥底から未知なる力が溢れ出してきたのである。
何と言うか、こう、オーラ的なものがシャンセルから放たれ始めたのだ。
「ど、どうした妹よッ!?」
「へっ、なんでもねえよ!」
「なんでもってお前、凄いことになってるぞ!?」
「なんでもねえって!」
「ね、姉さま! ぼ、ぼく姉さまに近寄れない!」
「ははっ、ユーニスはちょーっと離れてな! 危ねえからよ!」
シャンセルはオーラ的な何かを放出しながら弟に笑いかけ、それから兄に向きなおって言う。
「兄貴! ちょっと森で遊んでこようぜ!」
「こ、こらシャンセル! 俺はレイヴァース卿と大事な話があるのだから――」
「いいからいいから!」
そして――。
シャンセルはリク兄ちゃんを担ぎ上げて森へ消えた。
突然のことにみんなは呆然とするなか、ティアナ校長がため息まじりに言う。
「シャンセルさん、訪問客を攫っていくのはあまり褒められたものではありませんね……」
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/17
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/20
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/10




