第63話 9歳(春)…挨拶回り2
挨拶回りの最後は王都郊外にある冒険者訓練校である。
訓練校へ到着すると、訓練場では冒険者見習いの子供たちが二人一組になって戦闘訓練をしていた。
なんとなく元の世界の学校に通ずる雰囲気があり、おれはちょっと懐かしい気分になった。
「ちょっとわたしもやってきていいかしら」
「いいわけあるか」
ミーネは興奮ぎみに馬車の窓にくっついて訓練の様子を見ている。
見た感じ、生徒たちはそれほどの腕前ではない。
というか鈍くさい。
ここに入学してようやく戦闘訓練を始めたところなのだろう。
そんなところに魔術まで使えるミーネが突撃するのは、子猫がじゃれ合っているところに虎を放りこむようなものだ。
看過できるものではない。
「むー」
ぷくーっとミーネは膨れる。
そんな顔してもダメなもんはダメだっつーの。
「再来年に入学したら好きなだけやればいいだろ」
「それはそうだけど……」
「あ、あとおれ、とりあえずここに通うことにしたから」
「へ?」
なにげなく言うと、ミーネは目をぱちくりさせた。
「あなた、名前を呼ばれたくないから訓練校にはかよわないって言ってたのに、どうしたの?」
「導名の関係でな。どうも名前を広める必要があるみたいだ。だから名前を呼ばれ慣れるために……、通ってみることにした」
「ものすごくいやそうな顔ね……」
「もちろんものすごく嫌だ」
名前を知られ、そして呼ばれることに慣れるためというのが主な理由だが、導名をあきらめた場合の事を考えての選択でもある。
導名を得られないとすると、おれに残された道は神の敵対者を捜しだすことだけになる。この場合、冒険者という立場はなにかと便利なはずだ。もちろん見習い冒険者では話にならないから、色々と顔がきく程度にはランクを上げる必要がある。これは一朝一夕では無理な話だ。となれば時間は無駄にできないわけで、十四歳を待って試験を受けるより、優秀な成績なら自動的に十三歳で冒険者になれる訓練校に通った方がいいと考えたのである。
おれは訓練校に入学して、同期の奴らに名前を呼ばれることを想像する。
例えば、さわやかな朝の一幕――
「おはようセクロス!」
「くたばれボケがぁッ!」
「ぎゃああああ――――ッ!」
実にありえる展開だ。
もちろんなるべく我慢するつもりではいる。だが気を抜いているとき、ふいに名前を呼ばれたらおれはつい雷撃をぶちかましてしまうだろう。仕方ないのだ。膝をコツンとやると足がぴょんと反応するようなものだ。そういうものなのだ。
「じゃあ再来年になったら、いっしょにがんばりましょうね」
ミーネがにこっと嬉しそうに笑う。
一緒に頑張りたくねえ、とは言わないでおいた。
やがて馬車が訓練校の校舎前に止まり、すると教官のひとりが何事かとこちらに小走りで駆けよってきた。
「こ、これは、バートラン様、ようこそいらっしゃいました」
馬車から降りたおれたち――特にバートランを見て、教官は目を丸くする。
「うむ。すまんがマグリフ殿にとりついでもらえるか」
「かしこましました!」
なにげに噛んだが、それどころではないといった様子で教官はすっ飛んでいった。
「貴族っていうより、クェルアーク家だから緊張してる感じですね」
そう、教官は貴族に対して萎縮しているというより、憧れの対象が現れたがための興奮と動揺が綯い交ぜになった感じだった。
やはり魔王を討滅した勇者の末裔であるクェルアーク家は、ただの貴族とは一線を画す存在なのだろう。
「ふむ。君は森で暮らしているから知らないか。この国の者にとって勇者の子孫がいるというのは、他国に対して自慢なのだ。君が身分を明かせばあの男はさっきの比ではなく驚くはずだぞ? この国でのシャーロットの人気はすごいからな。大門の正面広場にはシャーロットの巨大な像があり、多くの人々が祈りを捧げるくらいだ」
「なにそれすごく見たい」
シャロ様の像!
おれも祈りを捧げたい!
超捧げたい!
「お、おお? ふむ、では後で行くことにしようか」
できれば今すぐすっ飛んでいきたいくらいだが、さすがに自重する。
「お待たせいたしましたぁー!」
少し待つと教官が戻り、おれたちを校長室へと案内してくれた。
校長室で出迎えてくれたのは好々爺といった感じのお爺ちゃんだった。
「ようこそようこそ。儂が校長のマグリフじゃ」
にこにこと満面の笑みで出迎えてくれる。
頭は荒野だが、白いあご髭は筆のように長い。どこかの伯爵家のマッスル爺さんとは違って線が細く、ゆったりとした服装だ。これで杖でも持ってたら完全にお伽話にでてくる魔法使いの爺さんだ。
「遠いところよう来てくれたのう」
いやに低姿勢で、どういうわけか誰をもさしおいておれの手を取ると、妙に嬉しそうに握手してくる。
「あ、あの、どうしてこんなに歓迎されるんでしょう?」
「ほほ、不思議かね? 実は――、昔の話なんじゃがな、儂はおまえさんの母――リセリー殿に世話になっての」
「ああ、そうでしたか」
「うむ。並より少し上というくらいで自惚れておった儂を、リセリー殿は完膚無きまでに叩きのめしてくれたんじゃ」
「……あれ?」
ちょい待てい。世話ってそういう世話か!
「ほほっ、怨んでなどおらんよ? そのおかげで今の儂があるんじゃ」
長い髭を上から下までなーでなでしながらマグリフは懐かしむように言う。
「ちょっとだけあった才能にあぐらをかいておった儂は、そこからようやく真摯に魔導学に向かい合うようになってのう。派手さや小手先の技術で満足しておった己を恥じ、基礎からやり直したんじゃ。魔道士としての精度を高めることにつとめ、その結果、老いぼれとなった今もこうしてひとかどの立場に居座ることを許されておる。そんなわけでリセリー殿は儂にとって恩人なんじゃな」
なんかちょっといい話っぽいんだが、母さんこの人を覚えてるのかな。
帰ったらちょっと聞いてみよう。
「それとはべつに、おまえさんにも儂は世話になりっぱなしじゃよ」
「……へ?」
思わずきょとんとする。
「こうして責任ある立場を任されとるわけじゃが、実のところ名誉職のようなものでのう、儂がなにか指導しようにも、そうそう魔法の才能に恵まれた者などおらんし、そもそも才能のある者は魔導学園へ行ってしまうからのう。執務といっても一日中取り組むほどのものもないし、まあおかげでのんびりとはできるのじゃが、まあなんというかの、張り合いがないというか、暇というか……」
ぼかそうとして思いっきり暇って言っちゃってますよ校長……。
「しかし――」
と、お爺ちゃんは意外に素早い動作で棚からごそごそとなにか出してくる。
「これのおかげでそんな日々も終わりを迎えたんじゃよ!」
嬉しそうにだしてきた物。
将棋だった。
「あー……」
この歓迎はようするに、おれが将棋を世に広めたからってわけか。
「ささ! せっかく来たんじゃ、一勝負!」
「まだ用件すら言い出せてないんですけど!」
本気で将棋を始めたがる爺さんにおれは思わず突っこんだ。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/24
※表現と誤字の修正をしました。
ありがとうございます
2019/01/19
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/06
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/11




