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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
間章3 『にぎやかな冬』編
629/820

第619話 14歳(冬)…第三回『冒険の書』大会(3/3)

 大会二日目もおれは朝からサインサインサイン。

 右腕の耐久値は限界を迎えており、もしこれが部位破壊ありのサイン会だったらおれの右腕はもげていたことだろう。

 しかし苦行のようなサイン会も二日目は正午まで。

 おれはなんとか頑張り通した。


「御主人様、お疲れさまでした」


 サリスが労ってくれ、アレサは酷使することになった右手をマッサージしてくれる。

 揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み……。


「アレサさん、もう大丈夫だと思いますが……」

「いえ、ここは念入りに揉みほぐしておかなければ!」


 張りきるアレサに気がすむまでマッサージしてもらったあと、おれは決勝戦が行われた第一会場へと向かった。

 すでに決着はついており、休憩を挟んで午後からは表彰式、そして閉会式という流れになる。

 準備は速やかに行われ、時間が来たところでさっそく表彰式を執り行い、まずは優勝・入賞チームを讃える。

 ここでは簡単に各チームのプレイ内容が解説されることになっていたのだが……、去年から解説役に放り込んだマグリフ爺さんが熱く語るせいで時間が押す。

 お客さんたちに興味が無ければ「はーい、撤収ー」と爺さんを引っ込めてやるのだが、決勝に挑んだプレイヤー、それを固唾を呑んで見守った観客だ、これに興味を抱かないわけもなく、熱心に聞いていたので結局時間は押すことになった。

 そしてようやくの閉会式。

 爺さんが語りまくってくれたので、おれは簡潔に終わりの挨拶を告げ、そして少し個人的な感想を述べる。

 大きな問題も起きることなく、大会を終えられてよかった、というありきたりな感想であるが……、これが一番重要なのだ。

 これでひとまず閉会式を終えたが、話はまだ終わらない。

 冒険の書三作目『迷宮の見る夢』の特別講習会を始めるにあたり、まずは三作目がどういったテーマで作られ、どのような追加要素があるかを説明していく。

 この間に、運営スタッフが第一回大会で行われた特殊セッションを応用した講習会の準備を行う。

 この特殊セッションとは、優勝チームがマグリフ爺さんやうちの両親、それからバートランの爺さんといった極悪メンバーであったため、おれ一人では対処できないとGMを役割分担――三人で行うことにしたセッションである。

 このとき、ゲーム進行に関わる細々としたフィールドの状況推移・キャラクターステータスの変動などはメイドたちにお願いした。

 他にもステージの掲示板に張り出した情報のリアルタイム更新などをしてもらい、サリス、ミーネ、シアには、こういった更新作業の間を持たせるために実況三人娘として頑張ってもらった。

 聞けば、あれはあれで人気を博していたらしい。

 おれが引き延ばしを行ううちに準備は滞りなく進められ、あとはもう解説を始めるだけという状況になったのだが――。

 ここで想定外。

 問題発生である。

 講習会を見学しようとするお客さんたちが第一会場に収まりきらなかったのだ。

 第二会場でもギルド職員が解説をすることになっているのだが……、どうやらお客さんたち、おれの説明を聞きたいらしく第一会場から移動しやがらねえのである。

 この事態に、ちょっとステージ裏に運営で集まって緊急会議をすることになった。


「どうするね? 野外で行うという手もあるが……」


 商会組代表のダリスが言うが、なるべくならそれは避けたいところ。

 単純な話、外は寒い。

 大人はまだいいが、子供はつらいだろう。

 寒空の下、じっと話を聞くというのは下手すると風邪を引かせてしまうことになる。

 それにあんまり離れると、声は拡声魔道具で届くにしても、解説のための掲示板で何が示されているのか見えにくく、せっかくの講習会の意味が無くなってしまう。

 しかし、ではどうするかという解決策が思いつけない。

 そこで冒険者ギルド代表のエドベッカが言う。


「なんとか一部に移動してもらうしかないが、どう分けるかが問題だな。なるべく不満のでないようにしたいところだ」


 ここで子供とその親御さんには第二会場へ行ってもらってはどうかという話になる。

 大人のガチ勢はおれからの説明を受け、子供連れには第二会場でギルド職員による説明を受けてもらおうと言うのだ。

 しかしこれも、いざ説明したところで問題が起こりそうな予感がする分け方だった。

 ガチ勢は「子供はすっこんでろ」と歓迎されるかもしれないが、子供とその親からすれば「大人げなく必死になっていないでお前たちが移動しろ」と言いたくなるに決まっている。

 あと子供ってこういう何気なく蔑ろにされたことって、けっこう覚えているものなんだよな……。

 これから冒険の書に親しんでいくお子さんたちは、なるべく優遇したいところだが、かといってガチ勢も蔑ろにするわけにはいかない。

 いったいどうしたものか。

 そう顔を突き合わせて悩んでいた時だった。

 唐突に、わっ、と会場が沸く。

 いったい何事かとステージに戻ってみたところ――


「……!?」


 なんか居た。

 いくら会場は暖が取られ外よりは暖かいと言っても、こう広々とした空間だ、薄着では肌寒いくらいである。

 だというのに、そこには上半身裸で猪の面を被った怪人が居たのである。


「我は悪徳……、されど代行者! 即ちヴァイス! 故に我が名はヴァイス・オーク!」

『うわぁぁぁぁぁ――――――ッ!!』


 怪人――ヴァイス・オークに向けて、主に子供たちが歓声を送る。

 やたら人気である。


「どうか落ち着いてほしい! 我は怪しい者ではない!」


 いや怪しさ全開だから。

 おまえが怪しくなかったら、この世に怪しい奴なんていなくなっちゃうから。

 そんなおれの困惑とは裏腹に、怪人の登場に会場は凄く沸いている。


「あの! ちょっと!? あれエドベッカさんの仕込みですか!?」

「いや私は知らんよ!? と言うかアレは管轄外だから! むしろアレは君の方だろう!」

「ぼくの管轄ってわけでもないんですけどね!」


 アレの正体であるストレイはエドベッカ預かりの青年だが、ああなった状態まで責任は持てないらしい。

 ひとまず何しに来たのか話を聞くべく、おれは一人ステージへ出て行く。


「おーい! おい! 唐突に現れてどうした!?」

「どうしたもなにも、お困りなのだろう? レイヴァース卿が困っていると精霊たちが囁いていたのでな、こうして助けに来たのだ!」

「助けに来たって……、まあ困ってはいたが、どうするんだ?」

「子供たちは私が第二会場へと誘導しよう!」

「あ、それは助かる」


 本当に助かる。

 これなら子供たちも蔑ろにされたとは思わない。

 むしろコレが誘導するなら喜んで付いていくだろう。

 ちょっと複雑な気持ちになるが、まあそれを言っても仕方ない。

 対抗してオーク仮面になるほどおれは子供ではないのだ。

 ってかそれやったらそれこそわけがわからなくなる。

 ヒーローショーでも始めた方がいい。

 この様子だとヒーローショーはめちゃくちゃ受けるだろうが、今回はそれが目的ではないのだ。


「じゃあ子供たちを第二会場へ誘導して、そこでギルド職員の解説を手伝ってくれるってことでいいのか?」

「それなのだが……、解説役のストレイがとある事情で不在となった今、予定通りに行うことは難しくなった」

「おまえじゃねえか」


 いかん、思わず突っ込んでしまった。

 せっかく混乱を収めてくれるというのに。


「っと、すまん。あんたが解説役ってのはダメなのか? 子供たちはおれが説明するよりも喜んで話を聞くと思うが……」

「それもいいが、やはり説明はレイヴァース卿がする方が良いだろう」

「ん? おれも第二会場へ行って、そっちで説明しろってことか?」

「それが望ましいのだが、それでは状況は解決しない。実は一つ策がある。これはとある記者から持ちかけられた提案でな」

「……」


 とある記者か。

 一人しか思いつかねえな。


「レイヴァース卿、ここにクーエルとアークを呼んでもらいたい」

「は? クマどもを?」

「そう、あの二体の新たなる力がこの状況を打破する鍵になる」

「そんな力があるなんて初耳なんだけど!?」


 つか提案したのはルフィアだから、もともとそれを知っていたのもルフィアってことになる。

 なんであいつ家主すら知らない情報を知ってんの?

 なんだか複雑な気分になったが、今はこの状況を解決するのが先決ということでクマ兄弟を召喚する。

 ズババーンと雷をほとばしらせ、クマ兄弟が登場。

 突然のことに会場は静まり返ることになったが、そこでクマ兄貴が両腕をばっと掲げて見せた。

 すると会場を漂っていた精霊たちが集まり文字となる。


『待たせたな!』


 そう精霊文字が浮かび上がった瞬間――


『わぁぁぁ――ッ! くまくま――ッ! くまくまくま――――ッ!』


 会場は子供たちの声で瞬間沸騰。

 クマ兄貴の存在はヴァイロでの騒動が伝わるついでに人々に知られ、謎の人気を獲得している。

 それもあっての歓声だろう。

 あと公の場にプチクマが登場したのは初、こうして大小のペアで堂々と人前に姿を現したのも同じくこれが初となる。

 人々に向けてわちゃわちゃ手を振るクマ兄弟。

 子供たちが喜ぶ喜ぶ……、喜びすぎて失神しないかちょっと不安になるくらいだ。

 と、そこでヴァイス・オークが二体に語りかける。


「クーエル、アーク、君たちが得た新たなる力を使う時が来た! まずは見せてやるといい!」


 この言葉に、クマ兄弟はこくりと頷き、再び人々に向きなおる。

 まず変化が起きたのはプチクマだ。

 その目にほんのり光りが灯り、続いてクマ兄貴には異変。

 どういうことなのか、両目が光り、円筒状の柱となって伸びたのである。

 その光りの柱は会場の上部にて像を結び映像となった。


「こ、これは……、会場の様子……?」


 クマ兄貴が映し出していたのは、このステージから見渡せる人々の姿そのもの。

 つかこれって――


「ぽんこつリッチが使っていた撮影機と投影機か!? え!? おまえらあれを自分に組み込んだの!?」


 このおれの予測に、クマ兄弟は右手をちょいっと挙げて応えた。

 何を思って自分に魔道具を埋め込むことにしたのかはわからないが、少なくともシャロとコルフィーあたりは関わっていることだろう。


「レイヴァース卿、この通り、アークは自分が見た景色をクーエルに届け、クーエルはそれを映し出すことができる。これを活用することでレイヴァース卿の解説を第二会場でも見ることができるのだ!」

「あ、ああ、なるほど、そういうことか……」


 クマ兄弟はこういう状況を想定して自分を改造させた――、というのは考え過ぎだろうが、ともかく助かったのは事実だ。


「じゃあ……、よし、クーエル、おまえは第二会場で頑張ってくれ。アークはこっちで頼む」


 クマ兄弟は撮影と投影をやめ、任せろ、とばかりに手を挙げる。

 今回ばかりは頼もしい、困ったことに頼もしい。

 ここから事態は速やかに進行し、まずはヴァイス・オークがクマ兄貴を抱えて第二会場へと移動。

 これに子供たちとその親御さんが誘導され、すんなりと入場客を二つの会場に分けることができた。

 想定外の事態に、予想外の事態で対処するという不思議な展開になりはしたが、無事講習会を行えたのだから細かいことは気にせずよしとすべきだろう。

 この第三回大会、結局これが最大の問題で、そして最高の盛り上がりになり、結果から言えば入場客は大満足(特に子供たち)であったようだ。

 そして余談。

 クマ兄貴のぬいぐるみだけでなく、プチクマのぬいぐるみも急遽企画され、ひとまずエイリシェで、さらに要望が多ければ国外でも販売されることが決まった。

 どこかのご家庭にクマ兄弟のぬいぐるみが存在するようになることについて、おれは戸惑いのような、しかし愉快なような、なんとも言えない気分にさせられることになった。


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― 新着の感想 ―
[一言] え、冒険の書のリプレイは…? え、今回、大会を流しただけ…。 そんなぁ…。
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