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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
間章3 『にぎやかな冬』編
627/820

第617話 14歳(冬)…第三回『冒険の書』大会(1/3)

 冒険の書『迷宮の見る夢』がひとまず仕上がったのは去年の十月上旬のことであった。

 入門者向けとしての一作目『廃坑のゴブリン王』。

 初心者向け・基本書としての二作目『王都の冒険者たち』。

 そして三作目となる今作は中級者向けという位置づけである。

 冒険の書の制作を始めて、漠然とながら『こんな感じにできればいいな』と思い描いていたことのちょうど中間地点に到達――実現できたという事実は、おれとしてもなかなか感慨深いものがあった。

 そして十二月の上旬。

 大会準備の進捗を報告するため、ルフィアがひっきりなしに屋敷を訪れるようになっているなか、その日は敢えて仕事部屋のリクライニング・ソファにゆったり腰掛け、部屋に忍び込んできたネビアを深い寛容さをもって穏やかに撫でていた。


「猫さんや……、冒険の書の大会がな、近いんだ……」


 大会の準備は順調らしいが、それでも余裕があるとは言い難い状態。

 どんなアクシデントが発生するかもしれず、油断は出来ない。


「大会の前には聖都の新年祭に参加しないといけないし……、まあこっちはそう大変でもないだろうけど」


 聖都の新年祭は役割を担うとはいえ、冒険の書の大会のように関係責任者というわけではないのでいくぶん気が楽なのだ。

 大会のことを思うと胃がキリキリするが、ここまでやってこられたという実績はおれにわずかばかりの余裕をもたらし、なんとか精神的な均衡を保たせてくれていた。


「もう年末なんだなぁ……。年末つったら……、あれか、第九か」


 ふと、おれはベートーヴェンの交響曲第九番、第四楽章――歓喜の歌を歌おうと思い立つ。

 が、ドイツ語の歌詞なんてわからない。

 ネビアを撫でながらどうしたものかと考え、そしておれは閃いた。


「ニャンニャンニャンニャン、ニャンニャンニャンニャン、ニャンニャンニャンニャンニャーンニャニャーン!」


 おごそかな感じで歌う、歌う。

 興が乗って来たおれはソファから立ち上がり、ネビアをどっかのライオンの子供みたいに掲げて歌い始めたのだが――


「ふしゃー!」


 ぱーんっと風の魔術によって手が弾かれ、解放されたネビアは床に着地するとすたこら足早に逃げていく。

 気づけばいつの間にか部屋の扉が少し開いていて、ネビアはその隙間からどこかへ行ってしまった。

 まあ猫は気まぐれなものだ。

 それよりも今はドアの隙間からこちらを窺っているサリスとリビラの方が気になる。


「どうした二人とも。一緒に歌うか?」


 誘ってみたところ、二人はシャッと引っ込んでドアを閉めた。


「な、なんだよぅ……」


 第九のメロディはお嫌いか?

 気を取り直して再び歌いだしたところ、今度はシアがやって来た。


「ああもう、またですか。ほら、こっち来てください。まったく、だからシャロさんが休め休めって言ってるのに。ちょっと油断するとすぐおかしくなっちゃうんですから」

「おかしい? いったい何の――、って、あ、違う違う。おかしくなってるわけじゃない! ドイツドイツ! ドイツ語が――」

「はいはい、ゲルマンゲルマン、いいから来てください」

「ちょっとぉー!?」


 説明しようとするもシアは聞く耳を持たず、おれは問答無用で猫みたいに抱っこされ、迷宮庭園にぺいっと遺棄されることになった。

 広々とした原っぱの向こうでは、クロアとユーニス、おまけのバスカー、それから見守り役のシャンセルが遊んでいる。

 結局、迷宮庭園に放りだされたおれはそれからみんなと一緒になって原っぱを駆け回った。

 わりと楽しんだ。

 そしておれは正気に戻った。


    △◆▽


 冒険の書『迷宮の見る夢』は、早ければ去年の十一月中、それが無理ならと年内の発売を目指して調整が行われた。

 が、残念。

 発売日は年を越すことになった。

 しかし、むしろそれならそれで冒険の書の大会がある一月十日に発売してはどうかということになり、大会は大会でその影響を受けて少し予定が変更されることになった。

 大会は二日間の開催を予定しており、二日目は来訪したお客さんたちが明るい内に帰還できるよう、正午過ぎには終了するという計画になっていた。

 その、お客さんからすれば『まだ居たいけど帰るしかない』という状況を強制するのをやめ、急遽、三作目の発売に伴い今回どのような要素が追加されたのか、そのあたりの詳しい説明や遊び方などを解説する特別講習会をぶち込むことにしたのである。

 まあ二、三時間程度のものを。


「それじゃーお願いねー!」

「うん、まあおれがやるべきだよな……」


 決定事項でーす、と妙に楽しげな様子で報告に来たルフィアに若干の苛立ちを覚えつつも、おれはこの変更自体はすんなり受け入れた。

 三作目となる今回は、これまでの冒険者としての活動だけでなく、迷宮に潜る探索者たちの共同体『クラン』の運営から、果てはリヤカー引いて迷宮へ物資を運ぶデリバラーによるフォーミュラ・ダンジョン・リヤカー・レース――FDRレースまで含められているのだ。

 本編は本編で遊べ、さらには追加要素的にもかかわらず『クラン運営』と『FDRレース』もしっかりと遊べるお得仕様。

 ただまあ、いきなりの拡張なのでとっつきにくさはある。

 どうしてもある。

 だから面倒くさそうと思われ、なかなか遊んでもらえない場合だってある。

 そのあたりを心配していたおれとしては、大会に来てくれるくらい興味のある人たちにちゃんと説明できる機会が設けられるのはむしろ願ったり叶ったりな話でもあったのだ。


「楽しそうってのがなんとなくわかってもらえるくらいには伝えたいんだが……、どうしたものか」

「じゃあ第一回大会の特殊セッションみたいに、メイドのみんなに手伝ってもらいながら状況が進む様子を見せつつ解説していくのはどう?」

「あー、ああ、あんな感じでか……。うん、それがいいかな」

「うんうん、いいと思うな。実は去年の第二回大会は、貴方はサイン会くらいで特に目立つことをしなかったから、ちょっと盛り上がりがいまいちだったのよね。やっぱり貴方が出て行って何かするとしないのでは、お客さんたちの満足度が違うみたい」

「そういうものか……」


 第一回大会は、記念ということもあり優勝者チームとおれの特殊セッションを行ったりした。

 第二回大会は少し整理され、『大人の部』と『子供の部』という枠組みを用意して、それぞれ優勝・入賞チームを祝福して、滞りなく終了という感じだった。

 おれとしては、無事に終わってくれて満足していたが、お客さんたちは満足しきれなかったのか?

 ってか、おれに何をそこまで求めるのだ……。


「今回も試合の部をわけるけど、単純に大人と子供じゃなくて『見習いの部』と『熟練者の部』にわけられるの。見習いの方は楽しんでもらう方向に特化させてみたから、他のパーティと攻略得点を競い合うものじゃなくて、攻略完了して記念のご褒美を貰おうってのが主な目的ね」

「それで熟練者の方は、今まで通り?」

「そそ。求められるのは実力のみ。大人も子供も老人も、みんなまとめていらっしゃい、よ。日程別で説明するとこうね」


 大会一日目――。

 『見習いの部』の遊戯開催はこの日のみ。

 『熟練者の部』は一回戦、二回戦が行われる。

 三作目の販売に合わせておれのサイン会が行われる。


 大会二日目――。

 『熟練者の部』の決勝戦。

 獲得した得点での進出。三チームを見込んでいる。

 おれのサイン会はこの日の正午まで。

 その後、優勝・入賞チームを讃え、ひとまず閉会式。

 閉会式後、そのまま三作目の特別講習会が開催される。


「もう三回目だってのに、なかなか慌ただしいな……」

「規模が拡大しつつあるもの、それは仕方ないんじゃないかしら。いずれはね、それこそ各国で大会をやって、そこを勝ち抜いた選りすぐりのプレイヤーがこのエイリシェに集結するようになるかもしれないと思わない?」


 ルフィアは笑い話のように言うが……、それもあり得る話だ。

 世界中から猛者が集うのか……。

 しかしそのレベルになると、どうやって優劣を決めたらいいのかよくわからなくなりそうだ。

 場合によっては奇想天外発想大会になり、GMのアドリブ能力をパンクさせ、有利な展開に導くといったような破天荒なプレイが繰り広げられるかもしれない。

 冒険の書は結末に辿り着くまでの経緯を重視するものなので、それはちょっと相容れないのだが……。

 まあ遊び方の一つとしてはいいんだけれども。


「あと、今回の一番大きな変化は、ちゃんとした会場が用意されたことね」

「そうだな。そこはシャロに感謝だ」


    △◆▽


 冒険の書の大会はチャップマン商会が主催しており、第一回、第二回と会場は王都郊外『魔女の遊び場』に設営する巨大なテントだった。

 そのことをルフィアから聞いたシャロは、おれのためと奮起してくれたのだろう、セレスと一緒にミリー姉さんに抱えられて城へと向かってくれた。

 そして国王から正式に『魔女の遊び場』を貰ってきた。


「というわけで会場を用意するからの! 期待しておっておくれ!」


 それからシャロは会場作りに精を出した。

 まずは大雑把な枠組みを決め、にょきっと建造物を生やしたり引っ込めたり、自由自在である。


「自信なくすわ……」


 その様子を見学に行ったミーネは、シャロのアース・クリエイトが凄すぎてしょんぼりすることに。

 規模だけならまだミーネも対抗できるが、シャロが建築中の会場はただ土を固めただけの建造物ではなかった。

 石、金属、ガラス質、果ては宝石まで。

 地中にある素材を引っ張ってきてこねくり回し、使い分けて会場を造り上げている。

 建物を模して土から造り上げた劣化物ではないのだ。

 むしろ、素材を一気に練り上げ、造り上げてしまうこの建築技法でなければ完成し得ない特殊な建造物なのである。


「参考にもできないわ……」

「まあまあ、おまえも充分すごいからな? ただ比べる相手があまりにも偉大で……。見た目は幼女だが、中身は魔導学の祖なんだし」


 さらに言うなら神候補。

 神になるなら魔導の神だろうか?

 そんなシャロの手によって完成した会場は、見事な総合施設となった。

 少しクラシカルで、宗教的な雰囲気を感じる建物群であるが、それはおれやシャロの感覚からのもので、こちらの人々からすれば先進的な建造物であることだろう。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/05/07

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/01/26


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― 新着の感想 ―
[一言] 来た! 大会が来た! 冒険の書の遊戯回が来た!!
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