第616話 14歳(冬)…聖都のお祭り(後編)
昨日の庶民的なお祭りに取って代わり、大晦日となる今日の祭りは善神を祀る聖都、その祭典としての性格が強くなる。
この祭典は大晦日の正午から開始され、年を跨ぎ、来年の正午――つまり二十四時間かけて執り行われるもの。
最初の四時間は一般公開される神事のようなもので、信仰深い人々は見学のために集まるが、多くは夕方の四時頃――日没と共に開始される本番に備えて体を休めている。
正午より開始された神事はネペンテス大神官によって滞りなく進められていき、そしていよいよ黄昏時を迎える。
じわじわと集結しつつあった人々が、ここに来て急激に増加、今やうごめく絨毯のようであった。
そんな状況のなか、太陽が稜線の向こうに消え始め、とうとう夜闇が静かに忍び寄ってくる。
普段であればぽつぽつと明かりが灯されるところだろうが、この日、この時は様子が違った。
念入りに伝達されていたらしく、灯される明かりは一つたりと無い。
聖都は一度、夜の闇に沈むのだ。
そして――。
カッ、と。
突如として目映い光が善神の神殿前に出現。
人々は刮目する。
目映い光源の中心にあるものを。
それは神輿。
多くの候補から選出された担ぎ衆――聖騎士、聖女、認定勇者、そして闘士たち――が担ぐ神輿、そしてそこに鎮座するおれだ。
ちなみにおれの斜め後ろにはシャロもいる。
「それではこれより、神子猊下の聖都巡りを行います!」
『うおぉぉぉ――――――――――――ッ!!』
ネペンテス大神官の宣言に、集まりに集まった人々は歓声にて応えた。
これから担ぎ衆はおれとシャロの乗った神輿をえっさほいさと担いで聖都を練り歩き、最終的にここに戻って来て新年を迎えるという手筈になっている。
おれの仕事は見物に集まった人々に愛想を振りまき、さらには弱めの雷撃をビリビリーとばらまくことだ。
そして――。
いよいよ聖都巡りが始まるというその時だ。
「おぉーでまっし、おーでまっし、げーいかのおーでまっしぃ!」
唐突に謎の掛け声が。
誰だ?
これはついさっきまで厳かに祭典を進めていたネペンテスの声だ!
さらに――
『おぉーでまっし、おぉーでまっし、げぇぇーいかぁの、おぉーでまっしッ!!』
ネペンテスの掛け声に応じる担ぎ衆。
ってか何だこれ!?
「婿殿! なにやらとんでもないものが始まったぞ!? わしこんなの聞いておらんのじゃが!」
「おれも聞いてないんですけどね!」
おれとシャロが度肝を抜かれていることなどお構いなしに、ネペンテスはさらに叫ぶ。
「はぁーあなっつ、いぃっかずっち、罪を浄めぇる、げーいかのおーでまっしぃ!」
『はぁぁんなっつぅ、うぃぃぃかずっちぃ、つぅぅみをきぃよめぇる、げぇぇーいかのおーでまっしッ!!』
ああうん、そういうコンセプトで行くことは聞いていた。
聞いていたけども……、この演出はなに!?
聖都はおれをどうプロデュースしようってんだ!
「いーよいぃよせぇーまった年の暮れぇ、そぉーをこで、げぇーいかがおぉーでまぁしーてー、迷えぇるぅあぁわれぇな人びっとのぉ、つぅーみをきぃよめるおぉぼしめっしー、わぁーけもへぇーだてもあぁーりはせっずー、ひぃーっとしっくけぇがれーをはーらいたるー!」
『いぃぃよいぃーよぉ、せぇぇぇーまぁったとぉぉしのくうれぇ、そぉぉぉをこぉでぇ、げぇぇぇいかぁがぁ、おぉぉぉでぇまぁしーてー――』
「婿殿! 婿殿ぉー! 目が虚ろじゃぞー、大丈夫かぁー!」
シャロにめっちゃ体を揺さぶられ、おれはハッと我に返る。
「だ、だいちょうぷだよ!」
「とてもそうは思えんが!」
「うん、実は大丈夫じゃない。あ、そうだ! もう帰ろっか!」
「婿殿!? いやさすがにここまで来てそれは無理じゃろう!」
「だよね! やっぱ負い目があるからって、何でもかんでも提案を引き受けるのってダメなんだね!」
過剰な演出によるおれの困惑はとどまるところを知らなかったが、祭事の方はそんなこと関係無しに進行する。
やがてネペンテスの掛け声が終わり、神輿が出発する段階になったのだが――、これがどうにも進まない!
と言うのも、おれの雷撃を我先に浴びようと集結したせっかちさんたちの数が予想を遙かに超えており、そいつらが出発地点を埋めているせいで御輿が押し止められるという事態に陥っていたのだ。
これは中止かな!
かなかな!
だが、そんな淡い期待を打ち破ったのは、神輿を担ぎ、聖都を練り歩くことを使命とした担ぎ衆たちである。
「総員、突撃ーッ!」
『うぉぉ――――――ッ!!』
担ぎ頭の指示に、応えるはもちろん担ぎ衆。
圧倒的な数を擁するせっかち集団へ、魚鱗の陣形で突撃する。
すでに狂い始めた段取りを、力まかせでどうにかするつもりだ。
担ぎ衆はとにかく突破口を開こうとしたが、群衆に食い込んで50メートルといったところで再び立ち往生。
いくら人が多いとは言え、選び抜かれた担ぎ衆の突撃を受けとめてしまうなど、だたの物見客ならこんな事態にはならないはずだ。
推測するに、これはこの催しのコンセプトが関係していると思われた。
おれの雷撃を受けて身を清め、新年を迎える。
これを言い換えるなら、おれの雷撃を受けて身を清める機会は新年までの八時間弱まで、ということになる。
要はタイムリミットがあるせいで、心の中に焦りが生まれるのだ。
そんな焦りを植えつけられた群衆となれば、誰かが先んじればそれに倣ってしまうのが心理というもの。
結果がこの大混乱。
「猊下猊下と大騒ぎ、まったく婿殿は人気者じゃのう!」
「スナークの群れとは違った恐さがあるよこれ!」
担ぎ衆が強引に突っ込んだせいで御輿は民衆に囲まれており、結果として四方八方から猊下猊下と必死な声で呼びかけられる事態になっている。
恐い。
「婿殿、このままでは精霊門広場から出ることもできんぞ! いつまでも立ち往生しておると、他の場所で待っておる者たちも集まってきて、いよいよどうにもならなくなる!」
そうなるとこのお祭りは失敗だ。
それは避けたいところだが……、このままでは難しいな。
このことは担ぎ衆もわかっているらしく、悲壮な声を上げながらこの場を乗り切ろうと互いを励まし合い、突破を試みている。
まだ開始から三十分も経過していないのにこの有様とは。
「これは仕切り直しが必要だろうなぁ……。よし、ちょっと手助けしてみるよ」
シャロに告げ、それから担ぎ衆に呼びかける。
「雷を撃ちまーすー! ちょっと強めに行きますねー! 担ぎ衆のみなさんを巻き込んじゃうかもしれませんけど頑張って耐えてくださいね! 隙が出来たら突破してくださーい!」
大声で担ぎ衆に呼びかけ、それからおれはシャロに気をつけながら範囲雷撃。
バリバリバリー、と雷がほとばしり、神輿を中心に広い範囲、集まっていた人々が感電する。
人々はよろめき勢いを削がれたが、担ぎ衆たちは立派だ、雷撃に耐え抜き、すぐさま体勢を立て直して巡回を開始した。
それでも見物人たちはまだまだおり、神輿の行く手を阻む。
しかし勢いのついた担ぎ衆は、立ち塞がる人々を弾き飛ばして突き進んだ。
「婿殿、おかしいのう! わしの聞いた説明では、民衆が左右に分かれてできた道を御輿がゆるやかに進みながら、婿殿が雷撃を放っていくというわりとのどかな催しだったはずじゃが! こんな流血沙汰待ったなしの喧嘩祭りではなかったはずじゃが!」
「おれもそう聞いていたけどね! ってかこうなるって予想は微塵もしてなかったのか!?」
このままではただの暴走神輿だ。
人々への祝福などなかったことになってしまうと、おれは慌てて雷撃の放出を開始する。
予定よりもかなり荒っぽい祭りになっているが、それでも、おれの雷撃だけ浴びせかけておけば面目は立つ。
本当に一応だけど。
こうして、滑り出しこそ混乱したものの、そこからは予定通り聖都の巡回に入った。
どうやら出発地点に過剰に人が集まっていただけのようで、都市に入ってからは驚くほどすんなりと進む。
突撃御輿は都市を巡り、巡り、おれはひたすらビリビリビリーと人々に向けて雷撃を放ち続けた。
「婿殿、雷を放ちっぱなしじゃが本当に大丈夫か!」
「あ、うん、大丈夫大丈夫、これに関しては全然平気なんだ!」
力だけは無駄にあるので、軽い雷撃を放ち続けるだけならまったく負担にはならない。
おれはひたすら放電して人々を感電させる。
「あーッ! ありがとうございますー!」
「あばばばっ、あ、あり、ありがとうございます!」
ありがとう、ありがとう、感電した人々がビクンビクンしながら口々に感謝を伝えてくる。
感謝の大合唱だ。
「………………」
「婿殿ー! 婿殿ー! また目が虚ろじゃぞー!」
「――ハッ」
「婿殿、深く考えてはいかん! 疑問を抱いても苦しいだけじゃ! ともかく仕事をこなすことだけを考えるんじゃ!」
「あ、ああ、わかった」
シャロが居てくれて本当によかった。
おれ一人では、到底この惨状を乗り越えることなど出来はしなかっただろう。
こうして御輿の都市巡回は順調(?)に進んでいった。
が、もうあと少し、もう一息でゴールとなったところで再び状況が悪化する。
考えてみれば当然の話なのだが、要はスタート地点とゴール地点が同じであったため、神輿は再び狂える民衆を突破する必要が生まれてしまったのだ。
だが、ここを乗り越えたならばこの祭事は無事成功となる。
担ぎ衆は残る力を振り絞り、待ち受ける人々に突撃。
が、人々は担ぎ衆の突撃に耐えた!
「ど、どういうことだ……?」
もうこれが始まって七時間近く経過しているのだ。
担ぎ衆が疲労困憊なのは当然だが、うだうだ待っていた人々だって疲れているはず。
なのに、人々はむしろ元気、活力のみなぎりすらも感じさせる。
この異常事態に困惑していたところ、シャロが言う。
「ふむ……? なんじゃ? どういうことじゃ? ここにきて民衆たちは謎のパワーアップを果たしておるぞ? 祭りの高揚から、ちょっと精神が神域に寄ったか? いや、それにしては底力のようなものに突き動かされているような……」
「……? ――ッ!?」
そしておれは――、やっと思い出した。
そう気にする必要もなくなってすっかり忘れていたが、おれの雷撃はおれを受け入れている者にとって、潜在能力を引き出すきっかけになるんだった。
「婿殿!? そういう重要なことはわしにも説明してもらわんと……!」
「だ、だって、あんまりにも色々なことがあって……!」
あまりに重大なことが折り重なり、危険度の少ない事柄は記憶の底に埋没してしまったのである。
今から思えば、冒険者訓練校で先生やってた頃はどんだけのどかで平和な日々だったかって話だ。
さて、今おれが盛大に雷撃を浴びせかけた連中は、困ったことにおれを受け入れている――、いや、受け入れすぎて狂信に片足を突っ込んだ連中ばかりである。
この場合、いったいどうなるのか?
どうなってしまうのか……!
「ヒャッハーッ! 神聖な猊下だーッ!」
突如、水面から飛びだすイルカみたいに、群衆の中からびょーんと跳び上がっておれに突撃してくる野郎が現れた。
これが狂信者に雷撃を浴びせた結果、答えか!
「ええい、寄るでないわ!」
「アッヒャーッ!?」
ピンッ、とシャロがデコピンをするように指を弾くと、狂信者は吹っ飛ばされて群衆の海に帰った。
だが、狂信者の暴走はこれきりではなく、これが皮切り。
「アッヒャッヒャッヒャーッ! 猊下は俺のものだーッ!」
「ウヒョーッ! 猊下は私のものよぉーッ!」
奇声を上げながら、御輿目掛けて次々と飛びだしてくる狂信者たち。
次々に来る、もう次々に。
つか、おまえら本当におれ敬ってる!?
「ええい、海から陸に戻ろうとするペンギンの群れかおのれらは!? まったく、婿殿とおると退屈せんのう!」
そんな狂信者たちを、片っ端からぶっ飛ばすのがシャロ。
なんだか正面に登場する敵をバンバン銃で倒していくゲームをやっているような有様である。
妙な苦労をかけて申し訳なく思っていたところ――
「婿殿! 困った、わしちょっと楽しくなってきた!」
シャロは思いのほか楽しんでいるようだったので、そこだけは少しほっとした。
だがいくらシャロが楽しみ始めてしまったとは言え、いつまでも押し留められているわけにはいかない。
ゴールまでもう少し、もう少しなのだ。
辿り着きさえすれば、この騒動も落ち着くはずなのだ。
しかし新年まではもうあと十分といったところ。
どうすれば、とおれが逡巡していたとき――
「この催しは成功させなければならない! 託した我らを信じ、手出しせず見守る同志のためにも! 我らの命に代えても!」
担ぎ頭の悲壮なまでの決意。
その意気込み、覚悟は担ぎ衆たちも同じか。
『うぉぉぉ――――――――ッ!!』
奮起する担ぎ衆。
その瞬間、何が起きたのかおれにはわからなかった。
本当によくわからなかったのだが、ともかく周囲に集まっていた群衆が木の葉のように吹っ飛んだ。
「は?」
「おぉう!? 婿殿、担ぎ衆がなにやらよくわからんことになっておるぞ! ……これ、大丈夫じゃろうか? あとでぽっくり逝ったりせんじゃろうか?」
シャロがちょっと不吉なことを言っていたが、極端に活発的になった担ぎ衆は群衆にできた隙を見逃さず、速やかにダッシュ。
さらに立ち塞がる(つか避難できない)人々を吹き飛ばし、まき散らしながらゴール地点へとひた走る。
そしてとうとう、神輿は善神の神殿前へと帰還した。
と、ほぼ同時、新年を迎えたことが都市全体に伝えられる。
夜空へ次々と打ち上げられるのは魔法の光源。
それは爆ぜる光の球で、要は花火のようなものだ。
「婿殿、これはひとまず成功ということでよいのじゃろうか?」
「成功でいいと思うよ。あー、こんなことになるとわかってたら絶対に受けなかった……」
後悔しつつも、ようやく役目は終わったとほっとする。
とは言え、祭りはこれで半分、あと十二時間もあるが、さすがにここからは騒動なんか起きはしないだろう。
そうおれが思った矢先、騒動が始まった。
怒号? 奇声?
愉快な笑い声に、感嘆からの嗚咽。
どういうことか、人々が感情を乱し始めた。
感情に差はあれど、皆等しく興奮状態である。
「あー、うまーくこの祭事が影響してしまったんじゃろうな。ある種の集団トランスじゃよ」
「えぇ……」
集団であるが故に、突発的なトランスは収まりを見せずより高められていき、終いには民衆たちによる聖都を揺るがすほどの咆吼が響き渡るようになった。
興奮冷めやらぬ人々は、泣いたり笑ったり、歌ったり踊ったり、飛んだり跳ねたり、抱きしめあったり殴り合ったり、もう錯乱状態と大差ない。
御利益なんぞ無いおれの雷撃によって罪を浄められたらしい聖都の人々は、年が切り替わってのしょっぱなに、今年度で最大の恥を曝け出すことになってしまった。
△◆▽
聖都の新年祭は成功だったのか、失敗だったのか。
おれとしては失敗だと思う。
なにしろ、騒ぎに騒いだ人々は夜が明ける頃には精も根も尽き果ててその場で気絶することになり、あれだけの群衆がみーんな倒れ込んでぴくりともしない状態になってしまったのである。
死屍累々というあまりにもあんまりな惨状であったが、それでも夜明けからの祭典自体は粛々と進められ、一応、新年の正午に祭りの終了が宣言された。
引くに引けなくなってのヤケだったのだろうが、聖都もこれで、いくらなんでも懲り、もう二度とこんな奇祭を企画しようとは思わないはずだ。
そう考えてみると、今回のこの失敗もまあ意味があったのではないだろうか。
おれはそう思う。
思うのだ。
ネペンテス大神官が、おれのおかげで祭りは大成功だとか、次はもっと大々的に何かしてもらいたいとか言ってくるが、とにかくそう思うのだ。
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/05




