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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
間章3 『にぎやかな冬』編
625/820

第615話 14歳(冬)…聖都のお祭り(前編)

 聖都で開催される新年を祝うお祭り。

 この会議のためアレサはちょくちょく聖都へ赴いていたが、ようやく説明できる段階となったようで今回はおれとシャロも招かれた。


「もう暮れまでひと月を切っておる状況でやっととは、またのん気なものじゃのう」


 アレサに先導され、聖都の精霊門から会議場となる善神の神殿へと向かう途中、シャロはあきれたように言う。

 これにアレサは謝罪しようとしたが、おれはそれを止めて言う。


「これは責めないであげてほしいな。本来はもっと早い段階で話がくるはずだったと思うから」

「そうなのか?」

「うん、のびのびになったのは、ヴァイロで盛大にやったおれが原因みたいなものなんだよ」


 ヴァイロでの大騒動、この影響を聖都はもろに受けた。

 おれが提唱した、一般に『レイヴァース法』と呼ばれるようになった非人道実験の禁止令。

 勇者委員会はこの取り締まりの任を帯びたが、まだ認定勇者たちが育っていないため聖都が協力することになった。

 ここまではよかったが、やがて各国、各機関から密告が舞いこむようになり、聖都をてんてこ舞いにさせるという事態を招いたのだ。


「で、やっと落ち着き始めたところにおれがシャロを連れ帰ったものだから聖都は大騒動になって……」

「う、わしにも責任の一端があったのか」


 シャロの登場は竜皇にとって青天の霹靂であったが、聖都にとっても驚き具合からすればまったく同じ、もしくはそれ以上であった。


「前回のお祭りはちょっとした顔出し程度だったんだけど、これだけ引っかき回しちゃったとなると……、今年はなるべく協力しないとね」


 もうどんな要望があっても、おれは「はい! 喜んで!」と笑顔で引き受けなければならないレベルなのだ。


「わしも何かせんといかんのじゃろうか?」

「シャロは……、どうだろう? 大丈夫なんじゃないかな。聖都側にはひっそり暮らすつもりって伝えたんでしょ?」

「はい。シャロさんに無理を頼むようなことにはなりませんので、そこはご安心ください」


 ふむ、喜び勇んで聖女シャーロットが健在であると民衆に暴露するようなことにはならないようだ。

 とは言え、お忍びでもシャーロットが祭りに参加するという事実は聖都側のテンションを押し上げるらしく、おれたちが訪れた会議場には妙な熱気が満ちていた。

 おれたちが到着したところで、さっそく新年祭の会議が始まる。

 まあそれは話し合いと言うよりも、最終的な確認、そしておれとシャロへの説明のようなもの。

 淀みなく新年祭の内容を説明していくのは、逞しい善神像の前に立つネペンテス大神官だ。

 彼を正面として、おれとシャロ、他には神官や聖騎士、勇者委員会職員、上級闘士たちが話を聞いている。


「今回の新年祭は猊下の全面的な協力が得られたことによりかつて無い祝祭となることでしょう」


 元の世界、おれが住んでいた国は新しい要素をごり押ししようとした結果、官僚以外は誰も得をしない益体もないものにしてしまうという、ある種、感動すら覚える手腕を見せてくれていたが……、聖都はどうなんだろう?

 ネペンテスの説明では、大晦日のその日、日が沈むまでは例年通りの祭典が執り行われるとのこと。

 おれが駆り出されるのは、日が暮れてからの新しい催しからである。

 と、説明していたネペンテスがそこでおれに言った。


「猊下、ひとまずわたくしめに雷を放っていただけますか?」

「え? あ、はい」


 おれは求められた通り、ネペンテス大神官に雷撃をぶっ放した。


「あぁぁぁ――――ッ!」


 ネペンテス、感電してダウン。

 床に伏したネペンテスは、やがて身を起こしながら言う。


「くっ……、ありがとうございます……!」

「どういたしまして」


 満足してもらえたなら幸いだ。


「ところで、今のは何の意味があったんですか?」

「ああ、実はですね、祭りの本番では集まった人々に猊下のありがたい雷を浴びせかけて頂きたいと考えているのです」

「本気ですか?」

「もちろんですとも。実は今回の祭りは一年ほど前から準備が始まっていまして、その一つに聖都に暮らす人々、一人一人に話を聞いて回るという試みがありました。その結果、実に九割以上の人々が猊下の雷を浴びたいと考えていたことがわかったのです」

「正気ですか?」

「もちろんですとも。聖都に暮らす人々は、猊下の雷撃を浴びられる日を今か今かと待ちわびているのです。今くらいの雷撃でしたら人々も大いに満足し、猊下に深く感謝すること間違いないでしょう」

「……」


 そうか、聖都ってもう全体がヤバかったのか。

 おれはそっと首を動かして周りの人々を見てみたが……、揃いも揃ってネペンテスに羨望の眼差しを向けていることからして反対派は居ないと悟り、静かに絶望した。

 なんで雷撃なんぞ喰らいたいのよ。

 ……。

 あれ、そう言えばおれの雷撃ってなんか――


「昔もこういう傾向はあったが……、うーむ、まあ信奉する神が神じゃからのう……」


 何か思いつきかけたところで、シャロがため息まじりに言う。

 はて、善神ってちょっとアレなのか?

 それから話は人々に雷撃を浴びせかける意味、それからどうやって浴びせかけるのか、その段取りの説明があり、終わったところで祭りに協力してくれる勢力の説明へと話は移った。

 聖都の聖騎士や聖女は当然として、他にもここに集まっている勇者委員会、それから闘士倶楽部も新年祭に参加する。

 本来であればこの会議に聖女と認定勇者も出席してもらうはずだったらしいが……、都合がアレで、色々とアレで、現在は何が何でも祭りに参加してやる、という意気込みで働いているらしい。

 そのうち何らかの方法で労った方がいいなこれ……。

 そしてここで初めて知らされたのだが、実は聖都と闘士倶楽部でおれの奪い合い――、と言うのは大袈裟だが、とにかくそれぞれが確保しようとして対立が起き、結局は闘士側が折れることで話がまとまっていたということを知らされた。

 聖地ロンドでの新年祭を計画していた倶楽部側は、聖都の新年祭に協力することになり、各地の闘士が精霊門でこの地に集結することになる。

 無駄に数がいるので、それこそ聖都の新年祭を乗っ取る勢いだ。

 ただ、上級闘士たちは闘神が降臨した聖地ロンドの地下神殿にて細々と新年を祝うつもりらしい。

 変に健気で困る。

 色々とアレだが、気持ちは真摯なのだ。

 仕方ないので聖都での会議が終わったのち、おれはシャロにお願いして聖地ロンドに精霊門を急遽拵えてもらうことにした。

 まずは上級闘士たちを聖都に待機させ、そのうちにおれは屋敷へ直行してデヴァスに事情を説明すると、すぐにエルトリア王国の精霊門を経由して一路国境都市ロンドに向かう。

 久々に訪れた倶楽部の本拠地、闘神の地下神殿に精霊門を用意してもらうと、おれは聖都に戻って待機させていた上級闘士たちを連れてくる。

 上級闘士たちがその場から動かず待機し続けていたことにはちょっとびびったが、都合がよかったのでまあよしとしよう。

 ここでおれはシャロの正体を明かし、この精霊門は基本的には緊急時など重要な案件に関わる場合にのみ使用するよう申し付けた。

 とは言え、今回は例外。

 これで上級闘士たちもこちらでの儀式を終えたあと、聖都の新年祭に参加できるだろう。

 偉大なるシャーロットの出現と、その慈悲深い施しに上級闘士たちは激しく涙を流し、暑苦しい組み体操を披露してシャロを引かせた。

 そしてそこからは何事も無く日々は流れ、いよいよ年末となる。

 祭りが始まる。


    △◆▽


 聖都の新年祭は厳密には区分があり、これは神殿が執り行う祭典と、庶民が行うお祭り、この二つに分けられる。

 庶民的なお祭りは単純に騒ぐためのもので、大晦日の前日から開催されている。

 この祭りは気軽に参加できるものなので、聖都に前日入りしたおれたちはにぎやかな雰囲気に混じって楽しむことにした。

 聖都ともなれば参加する人の数も多く、念のためクロアにはリィとメタマルが、ユーニスにはワンニャンな姉二人が、セレスにはピヨとシアが付き、ティアウルにはピエロ、ジェミナにはバスカーを付けた。

 後の面子は……、まあはぐれてもどうにか逞しく生き延びてくれると思う。

 もちろん、はぐれずにいられるならそれに越したことはなく、「なるべくまとまって行動しようね」って言ったのだが……、祭りに飛び込んですぐおれたちは分断されることになった。

 みんながみんな、興味を持ったものにふらふら引き寄せられた結果である。

 今日はメイド関係なしだから側を離れてもいいんだけども、せっかくなのになぁ……。

 おれの側に残ったのはアレサとシャロ、それからロシャだけだった。

 一緒にお祭りを回れないのは残念だが……、仕方ない。

 みんなそれぞれに楽しんでくれることを祈ろう。

 幸い、夜にはみんな揃って屋敷へと帰還することができた。

 ちゃんとそれぞれに楽しめたようで、そこはほっとする。

 そして翌日、いよいよ大晦日。

 この日はおれとシャロ、それから運営に関わるアレサはみんなと別行動になる。

 聖都の精霊門から出たところで、久しぶりのティゼリアを始めとした聖女たち、それから認定勇者たちに迎えられた。


「み、みなさん、お疲れ様です……」


 まずおれがそう言うと、集まった聖女・勇者たちはきょとんと。

 するとそこでティゼリアが言う。


「まったくよ。もう次から次へと、あれこれ不届きな行いしてる連中ばっかりで、世の中はどうなっているのかしらね!」

「ええ、まったくその通りで……」


 そう相槌を打ったところ、ティゼリアは急に笑い出す。


「もう、なんで貴方がそんな申し訳なさそうなのよ。貴方の行いがなければ誰にも知られないままの悪事がこれだけあったってことでしょう? これを取り締まるのは私たちの使命。さっすがに忙しくて大変だったけど、それを貴方が気に病む必要はないわ。ほらほら、しょぼくれていないでしゃんとして、勇者様」


 これに集まった聖女たち、そして認定勇者たちが頷く。

 聖女はまあわかるが、勇者たちもか。

 ずいぶんと変わったんだなぁ……。

 それからおれとシャロ、アレサは集まっていた聖女と認定勇者たちに囲まれるようにして(何だか逃げられないように包囲されているような気がする)、善神の神殿前へと案内された。

 するとそこは逞しい野郎ども――聖騎士と闘士によって埋め尽くされていた。

 聖騎士は統一感があるが、闘士たちは支部を置く各国の特色が濃いようだ。

 とりあえず闘士を簡単に分類してみよう。

 まずベルガミア王国の闘士――。

 逞しい肉体のふさふさしたけもけもが目につく。

 どうやら獣に近い姿の奴が内輪では人気者らしい。

 次にエクステラ森林連邦の闘士――。

 細マッチョだな。スマートだがちゃんと筋肉はついている。

 引き絞られた弓のようなマッチョたちだ。

 逆にヴァイロ共和国の闘士はずんぐりむっくりである。

 小柄ではあるが、逞しさにはめぐまれた種族。

 筋肉の塊。小柄でも存在感は凄い、めっちゃヒゲモジャだし。

 あとザッファーナ皇国の闘士ども、竜皇の影響だろうがおれを神と崇めるのはやめろ。

 それからメルナルディア王国の闘士。

 バランスのとれたマッチョだな。

 エクステラの細マッチョとはまた違う、肉体美が目指されているような気がする。

 そして六カ国の最後、セントラフロ聖教国の闘士。

 聖都としての信奉、そして闘士としての信奉、危険な二つがおれという存在を触媒に一つとなり、恐るべき化学反応を起こして誕生した連中だ。恐い。

 そしてそして、最後の最後、始まりの聖地ロンドの闘士。

 ネーネロ辺境伯領とエルトリア王国の闘士はこちらに統合されている。

 傾向は勇猛果敢。

 何しろこいつらは邪神誕生を巡る戦いを生き延びたのだから。

 ……。

 なんだか不安になってきた……。

 おれ、帰っていいかな?

 最終確認をするネペンテス大神官に尋ねたら、ほがらかに「またまたー」と笑われた。

 やっぱダメだよね。

 この祭りにおいてのおれの仕事は、選出された聖騎士、聖女、闘士、認定勇者たちが担ぐ大きな神輿に鎮座し、一目見ようと集まった人々に、問答無用でありがたい雷撃を浴びせかけることである。

 こんなことして何の意味があるのか?

 頭がおかしくなりそうで、おれは会議のときネペンテスに尋ねてみたのだが――


「古来より、天の雷は神の裁きとされています。猊下にはその裁く神の役を担って頂くわけです。猊下の雷を浴びることによって人々は裁かれ、清められた身で新年を迎えることができるのです。素晴らしいことでしょう?」

「あ、はい」


 一応、なんとなく、頑張れば納得できるような内容だった。

 昨日のお祭りでは、おれの雷撃を浴びるのが楽しみ、と言っている人たちがけっこういたし、これはもうやるしかないらしい。

 おれが諦めの境地に達するなか、次にネペンテスはシャロに簡単な説明をする。


「ではわしは婿殿の後ろでこそっとしておればいいわけじゃな?」


 御輿に乗って仕事をするのはおれだけで、シャロはそんなおれに異変が起きないか側で見守るという地味な役だ。

 聖都としては、シャロが聖女シャーロットであると明かすことはできないものの、御輿に乗せたいと考えた末の、おまけの役である。

 退屈な役と思われたが、シャロは案外乗り気であった。


「なんせ婿殿と二人っきりじゃからな!」


 とんでもなくパブリックな二人きりもあったものである。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/05/03

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/01/26


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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば、『レイヴァース法』の経緯をシャロに話したときはどうなったんだろう。 精霊門の軍事利用を禁止していたけど、どう反応していたのか。
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