第613話 14歳(冬)…カードゲーム
迷宮庭園に精霊門を繋げたあと、シャロは星芒六カ国とエルトリア王国、それから冒険者ギルド本部へ挨拶に出向いた。
一応お忍びということで精霊門を利用しての訪問となり、これにはアレサが随伴、それから向かう国の関係者をその都度同行させた。
まずシャロが向かったのは、星芒六カ国の南方に位置するセントラフロ聖教国。
これにはひとまずアレサだけが同行しての訪問となる。
その後、シャロは時計回りに残る五カ国を回る。
南西のザッファーナ皇国には困り顔のヴィルジオが。
北西のエクステラ森林連邦には怪訝な顔のリィが。
北方のメルナルディア王国には緊張したパイシェが。
北東のヴァイロ共和国はレザンド大親方が。
そして星芒六カ国の最後、南東のベルガミア王国にはシャンセルとリビラが同行し、んでもってユーニス王子を連れ帰ってクロアを喜ばせた。
さらにその後、シャロは浮かない顔のリオとすまし顔のアエリスを同行させてエルトリア王国に向かい、最後にロールシャッハ状態のロシャが付き添い、冒険者ギルド本部にご挨拶。
これでひとまずシャロが予定していた公の仕事は終了した。
△◆▽
ユーニスは精霊門でもってうちの森へすぐ遊びに行けることを凄く喜んだ。
王子という立場柄、自然の中でのびのびと遊ぶというわけにはいかない反動だろうか?
そんなユーニスにとって、エミルスの迷宮庭園はさらに理想的な場所である。
さっそく案内すると、ユーニスは自然を模した広大な草原に感動と興奮を覚えたようで大声を上げながらどっかに向かって駆け出した。
「わぁぁ――――ッ!」
「あ! ユーニスまってー、まってー!」
突如として駆け出したユーニスをクロアが追うも……、さすが身体能力の高い獣人、どんどん引き離されている。
「ユーニスも姉たちと同じなのか……」
広々としていると走り出したくなるのは獣人のサガなのかな?
ユーニスが来たことでクロアは遊ぶ時間がだいぶ増えたが、これまであんまり遊ばずに勉強や訓練に取り組んでいたのでおれとしてはそれを歓迎した。
「やっぱりあれくらいの子は元気よく遊んでいるのがいいですよね」
「あ? お前も大差ねえよ。つかお前は遊ぶ暇があったら大人しく休め。師匠に言われてんだろ、おら、休め」
冬の間はこのまま遊ぶ時間を多く取らせてほしいと、リィ先生にお願いしにいったらなんかカウンターをくらった。
どうやら機嫌が悪いところにのこのこやってきてしまったようだ。
まあともかく、クロアとユーニスは仲良く遊び、日中は存分に体を動かしている。
ただ、ちょっとはしゃぎすぎて限界以上に遊んでいるらしく、二人はだいたい夕食をすませたあたりで電池が切れる。
お子様特有の寝落ちである。
「子供と言うのはのう、まだ自分の疲れを把握しきれておらんのじゃよ。そのため、疲れに気づいたときにはすでに限界、それでこてんと眠りに落ちてしまうわけじゃ」
前にそう教えてくれたのは、セレスときゃっきゃするうちに二人一緒になってこてんと眠り込み、ぬいぐるみたちに「わっしょい、わっしょい」と担がれて第二和室(子供部屋)へ運ばれていったシャロである。
ルフィアが嬉々として撮影していたのをよく覚えている。
しかしユーニスがやってきて一週間もした頃、クロアとユーニスは一気に遊んでしまうと一日における遊び時間が減少してしまうことに思い至り、運動をセーブするようになった。
この自重によって二人は夕食後も起きていられるようになり、就寝までは冒険の書で遊んだりするようになった。
あと、二人には最近試作品が出来上がったカードゲームの試遊も行ってもらったりしている。
△◆▽
季節は冬。
そろそろ寒さを感じる季節だからというわけではないが、行動範囲が極端に拡大したもののおれは家に籠もってお仕事をする日々だ。
「休めー、休めー、休むんじゃー」
部屋で仕事をしているとシャロがめっちゃ絡んでくる。
どうやらおれがしっかり休みをとるようにするまで、この休め休め攻撃は続けるようなので、ひとまず週に一度、完全に仕事しない日を設けることでお茶を濁そうと考えていた。
そんなおれが現在抱えているお仕事は主に三つ。
まずザナーサリー国王から依頼されたお供え用の剣の製作。
これはリィと髭コンビ(クォルズ&レザンド)が喧嘩しながら進めていたが、ここにシャロがまとめ役として加わり、現在は順調に進行している。
しばらくは試作品を用意して機能するかどうかの確認。
その後に王金と霊銀を実際に使用した剣を幾つか製作。
状態が最も良い物を『真打』として神鉄の針を埋め込み、完成品とする予定だ。
次に冒険の書、四作目について。
四作目の舞台は魔境。
そのうち取材旅行へ行く予定だ。
迷宮都市を舞台とした三作目のように、まずは魔境都市に向かい冒険者ギルドで依頼記録の閲覧をさせてもらう。
その後、雰囲気を知るため、実際に魔境に踏み入って軽く探索をする計画になっている。
ひとまず現段階で出来ることは魔境についての資料を集め、調べながらどのような話を作るか考えることくらいだ。
そして最後にTCG――トレーディングカードゲーム。
ミーネの下の兄、ヴィグレンはこちらの意見を受け入れ、描いたイラストを丁寧に手直しをしてくれた。
イラストはすでに本採用の状態にまでなっており、あとはこれを元にカードを製作するだけである。
しかし小さなカードに絵と文章、それにそれらを囲む枠や模様を印刷するような試みはこれまで行われていなかったため、これを実現するためにはもう少し時間がかかるとダリスは言う。
実際に販売できるようになるのは何年後というところか。
しかし、ここで転機。
メタマルの存在がすべてを変えた。
メタマルは簡単にイラストをカードの枠にまで縮小した原版をちょちょいっと製作してのけるのだ。
そのため、各色ごとの原版を用意し、一枚のカードに印刷を重ねていくということができるようになった。
するとそこで、シアが張りきってメタマルの原版を使って印刷できる小型の機械を考案。
完成したコンパクトな印刷機は形が縦長で……、うーん、なんと例えたものか……、ホットサンドメーカー?
ぱかんと開き、下にカードを置いて、上に原版を設置。
この原版にローラーで色を塗りつけ、下の紙に押しつけて印刷するという代物なのだが、これがなかなかよく出来ている。
「しかし『プリントゴッド』って名称はちょっと大袈裟じゃないか?」
「いいんですよーこれでー」
シアは名称を譲らない。
こだわりがあるようだ。
それからおれは、ぺったん、ころころ、ぺったん、ころころ、ひたすらカードの製作に勤しんだ。
これに興味を持ったクロアとユーニスがやりたがり、やがてセレス、ティアウル、ジェミナも参加、さらにはシャンセルとリオも参加、さらには……、と人数が増えていき、予定よりも多くのカードが製作されることになった。
このカード、当初は一般向けと貴族・富裕層向け、それぞれ違う物を用意しようと考えていたが、現在ではどちらも同じく紙のカードを加工したものを販売する予定でいる。
貴族・富裕層向けには冒険者証のような加工を施し、さらに回廊魔法陣を利用したエフェクトが発生する特別仕様を計画していたのだが……、何が入っているかわからないセットを売るとなると、数少ないレアを引き当てるまで買う者もいるし、そこまでしなくともダブり――いらないカードというものは普通に発生する。
となると……、正直もったいない。
技術の粋が凝らされたゴミというのはどうかと思うのだ。
そこで貴族・富裕層向けのリッチなカードは中止し、特殊カードはトレーディングカードではなくちょっとした魔法が使えるカードタイプの魔道具として販売計画を立てている。
この完成は魔法が使えないおれとしても楽しみにしているのだが……、リィがカード一枚でどの規模までの魔法が再現できるか追求し始めてしまった為なかなか進んでいなかったりする。
残念だ。
△◆▽
TCGのルールは複雑すぎてはいけない。
何しろ文字の読めない人とか普通にいるのだ、ここに複雑なルールを持ちこんでも、まず興味を持ってもらうことも難しい。
だからなるべくルールはシンプルに。
どうせ、うまくいって発展していったらルールは複雑化していってしまうもの。
なら最初はシンプルにいこうと思う。
ぺったんぺったんと真心込めて印刷したあと、おれは希望者にカードを分配し、ルールを説明して実際に対戦――デュエルできる状況を整えた。
TCGの対戦を何故デュエルと言うのか?
シアがそう主張したからである。
譲らなかったからである。
まあプリントゴッドの功績があるので、それくらいはいいかと対戦することを公式に『デュエル』と呼ぶことにした。
最初はおれの仕事のお手伝いとして皆は慣れない様子でデュエルをしていたが、数日もすると進んでデュエルするようになった。
珍しくリィも興味を持ってデュエルするくらいだから、もう流行っていると言ってもいいかもしれない。
冒険の書のように手間がかからず、相手を見つけてささっと遊べるというのが好まれているようだ。
ただ、いまいちルールが把握しきれず流行に乗れないセレスはちょっとご機嫌斜めだったりする。
ごめんね。
そんなセレスと対照的に、夢中になったのがミーネ。
ミーネの戦い方はとにかく攻撃力のあるモンスターを召喚してのごり押しである。
特にお気に入りなのはシアが「このカードを入れないで何がデュエルですか!」とヴィグレンに注文をつけまくって完成した『赤眼の銀龍』で、ミーネはとにかくこれを場に出したがる。
ってか、これを出すことしか考えてない。
確かに『赤眼の銀龍』は現時点での最強モンスターであるが、それさえ出せばデュエルに勝てるというほどこのゲームはしょぼくない。
ちゃんと封じる方法も存在し、となると、必ず『赤眼の銀龍』を出そうとするミーネは、おれにとってはジャンケンでグーしか出してこないような相手に過ぎなかった。
「今日こそ勝つわ!」
そして今日もミーネはおれに挑んできた。
一応、屋敷の皆には運良く『赤眼の銀龍』のごり押しで勝利してきたミーネであるが、さすがに制作者であるおれには通用せず、負けの数を更新し続けている。
そして本日のデュエル開始。
いつものように進行し、やっぱり出てくる『赤眼の銀龍』。
もはや予定調和のように、おれは用意していた罠カードで銀龍さんを墓場に直送してやる。
こうなるとミーネに打つ手は無く、これまではこれにてデュエル終了となっていたのだが――
「シークレットカード! 『導名なき覇者』!」
「は?」
ミーネがずっと伏せていたカードを開示したのだが……、それはおれの知らないカードだった。
なにそれ?
てかそれ……、おれじゃね!?
カードに描かれているのは黒髪のお子さん。
髪の色もそうだが、服装がみんなが誕生日に贈ってくれた正装で……、って、この構図、ルフィアが撮ったヴァイロで宣言してるときのおれだ。
「シークレットカード、『導名なき覇者』の効果! このカードは三ターンにわたり場に存在し続けることができるわ! その効果は自身を含め場に居るモンスターをあらゆる罠や弱体効果から保護し、攻撃力・防御力を1000ポイント増加、さらにこのカードを生け贄にすることで、墓場に送られたモンスター一体を蘇生させ、攻撃力・防御力を二倍に増幅させて直ちに攻撃させることができるの! ――さあ、蘇るのよ、『赤眼の銀龍』!」
「???」
なに言ってんだコイツ……、とおれが愕然としている間に、ミーネは勝手に試合を進行する。
墓場に直送した『赤眼の銀龍』が場に戻り、それどころか二倍にパワーアップしておれのモンスターを蒸発させ、ついでとばかりにおれのライフをぺろっと平らげた。
いや、こんなもん勝てんし……。
「やったー! 勝ったわー! 勝ったー!」
ミーネは勝った勝ったと喜んでおり――、そこでおれは我に返る。
「お、おぉぉーい! おい! なんだそれ!? つかおれそんなカード知らねえんだけど!」
「シークレット・カードよ!」
「制作者にシークレットでどうすんだよ!?」
度肝を抜かれつつ、おれはミーネの手からその『導名なき覇者』とやらを取り上げた。
まったく、何がシークレット・カードだ。
あきれながらおれはその『導名なき覇者』とやらをまじまじと眺めてみたのだが、これがまた無駄に精巧な代物だった。
「よく出来てるな……」
「ヴィグ兄さんに作ってもらったのよ!」
「え? もしかしてこれ――、完全に手作りなの!?」
よく見ればわずかに枠や模様に歪みがあるが……、それだって本当によく見ればの話だ。
凝り性ってレベルじゃねえぞ!
いや、妹におねだりされたから、お兄ちゃんとしてはいいとこ見せたかったのかもしれないが……。
「と、ともかくこれは没収! こんなカードいれたら滅茶苦茶だ!」
「えー! 捨てちゃうのー?」
「いや捨てないけど!」
ヴィグレンお兄ちゃんの努力の結晶である、捨てるなんてとんでもない!
だがいくらなんでもぶっ壊れ性能、こんなの使用不可だ。
まあ……、記念カードって奴だな。
と、そんなことを考えていたら、ふいにぽんぽんと肩を叩かれた。
ふり返ってみる。
「やあ!」
遊戯の神ハヴォックが満面の笑みを浮かべてそこに居た。
そしてにっこりしたまま手を出してくる。
「ルーの森で弟妹とはぐれたとき手助けしたよね!」
「え」
「手助けしたよね!」
「あ……、はい」
そんなこと言われたら、もう渡すしかなかった。
ハヴォックは受け取った『導名なき覇者』を満足そうに眺め、それからさらに言う。
「あと屋敷で使われている試作品もあとでもらうから、捨てちゃったりしないでね!」
「あ、はい」
「それじゃあまた!」
そしてハヴォックは去った。
突如として現れ、欲しい物かっさらって去っていった。
「あー、もってかれちゃった……、兄さんに何て言おうかしら……」
「そのまま言えばいいんじゃね? 神に巻き上げられたって。意外と名誉なことだって喜ぶかもしんねえぞ」
「それもそうね」
はたしてヴィグレンお兄ちゃんは遊戯の神にカードをかっぱらわれたことを名誉と思ってくれるだろうか?
まあそのうち機会を見て謝っておこう。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/29
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/07/16
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/18




