第612話 14歳(秋)…迷宮庭園(後編)
ひとまずイールの許可は得られたので、さっそく迷宮庭園へ移動することにする。
ちょっとイールと話し合った結果、この移動にはシャロが昔住んでいた屋敷の隠し部屋、ここを動かしてもらってのエレベーターとすることにした。
ひさびさに訪れた隠し部屋は、宝石の詰まった小箱と手紙がテーブルに残されたままになっている。
「せっかく書いたけど、こうなると手紙はもう要らないな。宝石も残しておく必要がなくなるからシャロが回収しちゃって」
「いや、わしには必要のないものじゃ。それは婿殿に贈ろう」
「そ、それは……、おれが貰ってばかりになっちゃうんだけど……」
「何を言う。わしが貰ったものに比べたら微々たるお返しにすぎんよ。気が咎めるなら……、そうじゃな、その手紙を貰おう。わしの手紙は婿殿が持っておるんじゃから、婿殿の手紙はわしが持っておくべきじゃろう? じゃろう?」
じゃろうじゃろう、と古いCMみたいにせがむので、捨てるくらいならとシャロに渡して言う。
「べつにシャロ宛てに書いた手紙じゃないよ?」
「この手紙を書くに至った経緯がわしにとっては宝なんじゃよ」
シャロは嬉しそうに手紙を仕舞い込み、その様子をシアとアレサが何か言いたそうな顔でじーっと見つめ、ルフィアは写真に収めている。
そしてミーネ。
「ねえねえ、その宝石二、三個ちょうだい」
「いいけど……、宝石ほしがるとか珍しいな」
「うん? うん。宝石はね、ほら、この町のお店でリヤカーの模型を買ってもらったじゃない。あれの荷台に入れておいたらいいかなって」
「そ、そうか」
珍しく興味を持ったと思ったが、やっぱり普通のお嬢さんとはちょっと感性の違う話だった。
そのあと、イールに部屋を最下層へと移動させてもらい、久しぶりに迷宮庭園を訪れる。
シャロにとっては三百年ぶりの訪問だ。
「相変わらず無駄にだだっ広いのう。さて、精霊門は……、もうここに設置してしまうかの。それでよいか?」
「ああうん。弟の面倒を見に行くシャフリーンにも使ってもらおうと思っていたから、その方が都合がいいし、それでお願い」
「なるほど。それなら隣接しておった方がいいの。ではさっそく」
と、シャロは隠し部屋の昇降路となっている柱の隣に精霊門を用意する。
「よし、これで設置完了じゃ」
「ありがとう。じゃあみんなに報告しようか」
さっそく屋敷に戻り、皆に精霊門が迷宮庭園と繋がったことを報告する。
まず「わーい!」と突入することになったのはクロアとセレスだったが、屋敷の皆も迷宮庭園には興味があったらしく、いそいそとやってきて結局は勢揃いすることになった。
さらにぬいぐるみや動物もどき、妖精、そして精霊までもが迷宮庭園へとやって来る。
「おや、精霊ですか。珍しいですね」
精霊門からぱらぱらと現れる小さな光りを眺め(?)、イールはそう言ったのだが――。
そこでごばーっと噴出するように精霊が溢れだした。
「おたくちょっと精霊多すぎません!?」
「数だけはいるんだこれが」
イールが驚くなか、精霊たちは光りを消して景色に溶けていく。
この迷宮庭園は魔素が濃いことだし、もしかしたら精霊たちは居心地が良いのかもしれない。
精霊の放牧がひとまず落ち着いたところでおれはイールの紹介を行い、その後で初対面となる皆はちょっと戸惑いながらイールに自己紹介をした。
おれから聞いていたとはいえ、実際に喋るでっかいくず餅みたいな存在に対面すれば戸惑いもするか。
皆はちょっと困惑ぎみではあったが、そこでティアウルがイールに近寄り、しゃがみ込んでぺちぺち叩き始める。
ミーネといい、ぺちぺちしなくては気がすまないのか?
「ひさしぶりだな! 元気だったかー?」
「ええ、おかげさまで。あなたはヴァイロで大変だったようですね」
「あははー、そだなー」
ぺちぺち、ぷるぷる。
「じゃあ私も」
ミーネも再びぺちぺち。
その様子をクロアは目をぱちくりしながら眺めつつ、メタマルに言う。
「このイールさんがメタマルの本体なんだよね?」
「そうだゼ! よしクロア、お前も叩いとけヨ! こんな経験めったにできないゼ!」
「う、うん」
ティアウルとミーネに続き、クロアもイールをぺちぺち。
その様子を見て少し落ち着いてきたのだろう、ここにセレスとコルフィー、それからジェミナとリオも参加、みんなで輪になってイールをぺちぺちしまくる。
「ははは、くすぐったいですね」
ぷるぷるしまくるイールは笑う。
叩かれまくっているのにのん気なものだ。
「いいよー、いいよー、ぺちぺちしてるねー、セレスちゃん、はいこっち向いて笑って笑ってー」
この状況にあって、普通に撮影を始めるルフィア。
認めたくはないがその根性は凄いと思う。
それともカメラマンとはああいうものなのか。
「なあシャロ、いずれは映像を記録できるようになるかな?」
撮影風景を眺めるうちにふと思い立ち、シャロに尋ねてみる。
「記録媒体をどうするかじゃな。一応、撮影する道具と、撮影している様子を離れた場所で投影する魔導具というものはあるが……」
「あ、それ持ってる」
「んん!?」
些末に思われたので話してなかったが、霊廟に潜ったときのどさくさに手に入れていたのだ。
「ふーむ、奴らが手に入れられるほど数のあるものではない。おそらくはアルフィーが提供……、まったく、何を考えておるのやら」
「姉の霊廟を守りたかったんじゃない?」
「それもあるかもしれんが、本気なら自分で守るしのう」
弟さんがどういうつもりだったのか。
今もリッチとして元気に過ごしているなら、いつか確かめる機会もあるのかもしれない。
△◆▽
自己紹介がすんだあと、特に何をすると決めていなかったので各自自由行動にすることにした。
そこでまずシャンセルが言う。
「ダンナから聞いてたけど、本当に広いな。なんか走りたくなってきた。ちょっとぐるっと走ってきていいか?」
「ああ、好きなだけどうぞ」
「よっしゃ。なあリビラ、ちょっと競争しようぜ、この空間の端まで行って、ここに戻って来るまで」
「いい度胸ニャ。吠え面かかせてやるニャ」
「はっ、言ってろ。じゃあ行くぜ!」
「行くニャ!」
そしてワン娘とニャン娘が猛ダッシュ。
あっという間に姿が小さくなっていく。
広々としたところに連れて行くと、犬ってはしゃぐよね。
猫はどうなんだろう?
「みゃうー、みゃうーん……」
「あらネビア、甘えん坊ね、どうしたの?」
迷宮庭園へやって来たものの、ネビアはうろうろと落ち着かず、終いにはミーネの足にひしっとしがみついた。
隠れる場所の多い森に生息する魔獣だし、こうもだだっ広いだけだと不安になるのかな?
「ひ、広々しすぎてて落ち着かねえ……」
あと妖精たちにもちょっと評判が悪いようだ。
領地の森の方が好みなようである。
ぬいぐるみたちはそこかしこでころころ転がり、ふよふよ浮遊しているので、わりと気に入っているように見える。
「ひとまずこんな感じの場所なんだけど、なんか身体を動かしたくなったりしたら来たらいいんじゃないかな? 訓練も出来ると思うよ。こいつ魔物出せるから」
「ふふ、ご要望にお応えして、お相手は弱いのから強いのまでよりどりみどりですよー」
それは自分に合わせた訓練用の魔物を用意できるという話だったのだが――
「特別な繊維を持つ魔物とか、出せますか!」
「え!? いや、ええ、まあ、いけますが……」
「やったー!」
コルフィーの要望はなんか違う。
平常運転だなぁ、とあきれつつ、あとでシャフリーンにこの場所のことを伝えに行こうと考えていたところ、ちょっと覗きに来ただけと思っていた母さんが言ってきた。
「ここに研究所があったんでしょう? それを見学したいわ」
「あ、私も少し興味があるな」
母さんとリィはバロットの研究施設跡地を見学に行きたいようで、イールに案内役の分身を出してもらい、すぐに移動していった。
「じゃあ父さんは伯爵さんにご挨拶してくるかな。あとついでに都市を観光してきたい。レース場も見に行きたいけど……、探索が本番の時期だからレースはやっていないかな?」
「あ! ぼくもそれ見に行きたい!」
「セレスもー!」
父さんの提案に、イールをぺちぺちしていたクロアとセレスが反応する。
王都に来てからと言うもの、クロアとセレスを構う機会が減っていた父さんはこれを喜んだ。
「そうかそうか。なら父さんは挨拶だけして、またこっちに戻るから、それから見学に行こうか」
「「はーい!」」
「よし、じゃあ……、あ、伯爵さんってどこにいるんだ?」
父さんは伯爵のお家がわからないか、そりゃそうだ。
「アレサさん、ちょっと父さんを案内してもらえますか?」
「はい、かしこまりました」
「いやー、すまないね、アレサちゃん」
「いえいえ、お気になさらず」
こうして父さんはアレサに付き添われ、地上へと移動。
ひとまずイール叩きは満足したか、そこでクロアは妖精鞄からこの都市で作ってもらった贈り物――小型のリヤカーを取り出し、それをでっかくなってもらったバスカーに繋ぐ。
「バスカー、少しね、リヤカーを引いて散歩してもらえる?」
「わん!」
バスカーは快く吠え、それを確認したクロアはリヤカーに乗り込む。
が――
「あ! セレスも! セレスものりたいです!」
セレスが強引に乗り込んできたせいでちょっと窮屈なことに。
それでもでっかい犬が引くリヤカーは、左右にシアとコルフィーを従えてゆっくりと遠ざかっていく。
そのリヤカーに辺りをころころふわふわしていたぬいぐるみたちが続き、メルヘンな列を成すことになった。
「ちょっとファンタジーすぎるじゃろ……」
その光景にシャロは唖然と。
「いいよー、いいよー、その唖然とした表情も素敵よー」
ルフィアはここぞとばかりにシャロの写真を撮りまくり、それから今度はセレスの撮影のためメルヘンな行列を追っかけていった。
△◆▽
この場を離れた者もいれば、残った者もいる。
その残った者のうち、ティアナ校長とサリス、ヴィルジオ、アエリス、パイシェはこの迷宮庭園で本格的な対魔物用の訓練が行えるようになると真面目に話し合っており、それを側で聞くティアウル、ジェミナ、リオはちょっとげんなりすることになっていた。
やがてリヤカーで庭園を巡回していたクロアとセレス、御付きのもろもろがこちらへ戻って来たので、ちょっとした軽食を用意してみんなで楽しむことにした。
ピクニック気分でみんなとのんびりしていると、そこでご挨拶に行っていた父さんとアレサが戻って来た。
「戻ったぞー。じゃあさっそく町を見に行こうか」
「「はーい!」」
せっかくだし、おれも皆を誘って行こうかと思ったのだが――。
ここで異変が。
「おや? 何か上から向かってきてますね。凄い勢いです」
ふとイールが言う。
「は? 何かが?」
「ええ、これは……、ああ、あの人ですか。しかし今日はやけに張り切って……、落とし穴を経由して猛烈な勢いでこの最下層を目指しているようです。何故でしょう?」
「おい……、その『あの人』って誰だ?」
もうほとんどわかっていたが、一応、念のために尋ねてみる。
「闘士ダルダンです」
「やっぱりかよ!」
そういえば奴はここに居た。
居たんだった。
でもこの迷宮を一気に突破してくるだなんて!
これはやはりセレスが、そして今ではシャロが、奴好みの幼児が揃ってしまっているせいなのだろう。
「奴は今どこまで来てる!?」
「もうこの上の――、あ、階層主が、あ、もう階段を――」
イールが確認して報告しようとするうちに状況はめまぐるしく変化。
そして――
「来ます!」
イールが鋭く告げる。
とほぼ同時、こちらに向かって猛然と向かってくる変態を確認。
「我が輩、とうとう辿り着いたのである! ここが約束の地! 我が輩は辿り着いたのである!」
ぐんぐん迫りながらダルダンは勝手なことを言っていた。
とりあえず雷撃ぶっ放して、動けなくなったところをイールに地上へ排出してもらおうと考えたところ――、シャロが叫ぶ。
「婿殿! あれは『敵』でよいな! わしに任せろ!」
「任せろって、あんなでも殺しちゃダメだよ!?」
「殺しはせんよ、封印じゃ! とっておきの封印魔術をお見舞いしてやるぞ! 魔王には通用せなんだがな!」
「いやそれも――」
「戯れ合うはボロメオの子犬!」
その叫びに応えるように、虚空より大きな三つの環がシャロの正面に出現し、すぐさま放たれた。
三つの環は引かれ合うように交差し、その中心部は三辺が膨らんだ三角形――ルーローの三角形を形成している。
重なり合う三つの環がダルダンを封じるべく迫る。
だが――
「ここで我が輩、底力!」
ダルダンはシャロ渾身の封印魔術を高々と跳躍してひらりと回避した。
「抜けた!? 化け物め!」
渾身の魔術を躱されてシャロがびびる。
おれには普通に避けただけのように見えたのだが……、実際はもっと特殊なことになっていたりするのだろうか?
ともかくシャロの魔術をやり過ごしたダルダンは、おれたちの前にずどーんっとヒーロー着地した。
「熱い罵り、感謝するのである!」
「ひぃ!」
裂帛の感謝にシャロがおののいた。
よっぽどびっくりしたのだろう、シャッとおれの背に隠れる。
ミリー姉さんといい、シャロは悪意の無い変態に弱いのかな?
と、その時。
「こーらー!」
それを見たセレスがオコになった。
シアが止める間も無く、ててーっとダルダンに突撃。
「シャロちゃんをこわがらせてはいけません!」
そしてぺちぺちと攻撃を加える。
もちろん、ダルダンにとってはご褒美以外の何者でもない。
「あっ、あっ、ありがとうございます!」
「ちがいます、ほめていません! セレスおこってます!」
「あぁっ、ありがとうございます!」
「だからちがいます!」
埒があかないとはこのことだ。
するとセレスの様子を眺めていたティアウルとジェミナのちびっ子コンビもダルダンに寄っていってぺちぺちし始める。
イールとは違うのよ?
まあ喜んでいるけども。
そんな様子を、サンドイッチをもぐもぐしながら父さんはのん気に眺めている。
「よく屋敷に来る闘士さんとは、また違った感じの闘士さんだなぁ。ここまで来られる実力者となるとああなのか」
あ、そうか、父さんアレを闘士って聞いたから安穏としてんのか。
いやまあセレスに危害を加えるなんてことはしないが――、ってかむしろ危害を加えてくれと心から望んでいるわけだが、だからってサンドイッチもぐもぐして眺めてる場合じゃないんだけどもそれをここで説明して良いものかどうかぁぁぁ――!
そんな、おれがどうしたものかと迷っているうちに――
「ま、まさかこのような存外の歓迎を受けようとは! わ、我が輩、もう召されてしまいそうである!」
ダルダンは勝手に討伐されそうになっていた。
い、いかん……!
変な経験値がセレスたちに入る!
下手すれば上がらなくてもいいレベルが上がる!
だが、その時だ。
「いいから果てて消え失せい!」
喜びに打ち震えるダルダンめがけ、シャロがおれの背から飛びだして猛ダッシュ。
そして助走をつけてからの跳び蹴りをダルダンに喰らわせた。
「ぬふぅ……ッ!」
いい感じに高まっていたところに、いい感じの蹴りがはいったことでダルダンは昇天。
どうやら奴は物理攻撃には弱い――、いや強い?
ダメだ、よくわからない。
ともかくダルダンは地面に倒れてびくんびくんすることになったが……、まあ本望だろうから何の問題もない。
「あー……、イール、ちょっとこれ地上へ捨ててくれる?」
「はいはい、ではでは」
こうして闖入者ダルダンは、なんだかんだで望みを達成して地上へ排出されることになった。
「あと、あいつが二度とここに現れないようにしておいてほしい」
「んー、少し主義に反しますが、まああなたの頼みですからね。引き受けましょう」
「感謝する」
これでひとまず安心だが……、事態はこれで終わりにはならない。
あの変態は何気に最下層到達という偉業を成し遂げ、おれたちがここで過ごしているのを目撃してしまった。
これはある程度説明をして口止めしておかなければならない。
いや、それより闘士倶楽部を巻き込んでしまった方が早いか?
んー、どうしたらいいんだろう。
他にも、ああやって自力で到達する者がいないとも限らないことを考慮して、その場合のことも考えておく必要があるし……。
どうしたものかと、ちょっとシアとシャロに相談していたところ――
「あなたが迷宮主ってことでいいんじゃないですか?」
聞いていたイールがそんなことを言う。
「え? おれが迷宮主ってどういうことだ?」
「そのまんまですよ。あなたの名前を出せばだいたいさすがレイヴァース卿だーみたいに片付くんでしょう? なら細かいことはいいんです。あなたが迷宮を制覇したのでそうなった、とかそれくらいで。で、私はあなたに従う迷宮の化身みたいなことにすれば色々と楽です」
「伯爵に悪いんだが……」
「建前だから大丈夫でしょう。伯爵としても、ここや私のことを知っている国々としても、名目上でもあなたが管理するとなれば知られたときの面倒が減ると思うのできっと喜ばれますよ」
「そういうものか……?」
それならそれでいいような気もするが、でもそれって――
「いざとなったらおれが説明やらなんやらで面倒なような……」
「そこは諦めてください。ここを好きに利用する代償のようなものですよ」
「むぅ……」
まあ仕方ないか、と諦め、その案でいこうと考えたところ、妙に納得したようにシャロが言う。
「なるほどのう、婿殿はこうやって面倒を抱え込んでいくのじゃな」
「……」
なんだか納得してしまった。
これは……、あれだ、次からは気をつけよう。
次からは。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/27
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/19
※さらに文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/06/03
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/17




