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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
間章3 『にぎやかな冬』編
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第610話 14歳(秋)…クェルアーク伯爵領

 うちの王都屋敷と領地を精霊門で結んだ翌日、次にシャロが取りかかったのはクェルアーク家の精霊門開通事業であった。

 しかしこれ、昨日いきなり開始が決まったものだから、領地にいるミーネの親御さんたちが知るわけもない話。

 親御さんたちは娘の帰還と同時にすべてを知るわけで――


「きっと驚くわね!」

「そりゃあ驚くだろうよ……」


 まず第一に、領地にいる家族にシャロのことが伝わっていない。

 バートランの爺さんは事が事なだけに手紙で伝えてよいものか躊躇われたらしく、いずれ訪れたときに直接説明することにしたからだ。

 これは……、さぞ驚くことになるだろうな、色々と。

 さて、このクェルアーク家の精霊門開通事業を始めるにあたり、まず最初に苦労することになるのはシャロを現地まで運んで行くことになるデヴァスである。


「最近、乗り回すようになってしまってすまない」

「いえいえ、光栄なことですので」


 そう言ってくれるデヴァスに乗って出掛けるのは、当然ながらミーネとシャロ、そしてそれに付き合う銀赤黒の五名である。

 今回の小旅行、異次元屋敷が気になってしかたないクロアとセレスは同行を見合わせた。

 が、これはミーネの領地屋敷へ行くのを諦めたわけではない。

 なにしろこちらにはシャロが居る。

 もうすぐ到着となったところで、即席精霊門によって途中参加することができるのだ。

 この途中参加、べつに門を開通させてからにすればいいのでは、と思われそうだが、これにはうちとクェルアーク家の違い――精霊門の存在を使用人たちに隠さなければならないことが関係する。

 何しろシャーロット以外の誰も作り出せなかった精霊門。

 それがここにきてひょっこりお仕えしている家に増えたとなれば、噂したくなるのも仕方なく、もし話が広まれば各国も動き出してそのうち竜皇国で起きた事件に辿り着いてしまうかもしれない。

 いや、もしかしたらもうとっくに各国には知れ渡っているかもしれないが……、迂闊に関わるべきではないという自制が効いているのだろうか?

 まあともかく、相手が国相手であればまだ睨みも効く。

 しかし、これが一般民衆となると、めでたいめでたいと大騒ぎになってシャロが表舞台に引っ張り出されることにもなりかねない。

 シャロはせっかくゆっくり暮らせるようになったのだから、そういう事態は避けたいところ。

 つまり、クェルアーク家は精霊門の存在を隠し、こっそり使わないといけないのである。

 こういった事情があってクロアとセレス、それから友人枠でお邪魔することになったサリスとティアウルは、都市ノイエが見えてきたあたりで即席精霊門によって迎えに行くことになる。

 一方、王都屋敷にいるクェルアーク家の面々――バートラン、アルザバート、セヴラナ、ヴィグレンの四名はひとまず待機し、おれたちの領地着日に会わせ、うちの異次元屋敷に移動する手筈になっていた。

 これは今回ひさびさに家族が揃うクェルアーク家のみなさんのため、異次元屋敷を集合場所として提供することにしたからだ。

 この集まりにはミリー姉さん、それから残るメイドたちもミーネの友人として参加する。

 現在、異次元屋敷ではクェルアーク家のみなさんを迎えるための準備をみんなで進めていることだろう。


    △◆▽


 そしてやって来ましたクェルアーク領の都市ノイエ。

 まずはデヴァスの背、上空から景色を眺めることになったが、確かにそれは夢の世界で見た光景そっくりだった。


「ほら、ほら、一緒でしょう! でしょうでしょう!」

「わかった。わかったから。揺さぶるのをやめい」


 久しぶりの帰郷とあってミーネのテンションが高い。

 遠くに都市が見え始めたあたりからもうきゃっきゃしていた。

 しかしお空の上で荒ぶられると危険、なんとか落ち着かせ、それから一度地上へと降りて即席精霊門を開き、クロア、セレス、サリス、ティアウルをこちら側へと連れてくる。

 それぞれメタマル、ピヨ、ウサ子、ピエロを連れているせいで、一気に色物っぽい集団になってしまったが……、まあそこはご愛敬だ。


「おー! ここがミーネの故郷かー! やっとこられたなー!」

「ふふ、そうですね。話自体は四年くらい前からしていましたからね」


 ティアウルとサリスがそんなことを言う。

 たぶんおれが冒険の書のお披露目に来て、それを通じて知り合ってからの、友人三人での会話なのだろう。

 と、そこで遠くに見える都市ノイエにお城があるのをセレスはめざとく発見した。


「あ! お城!? あれ、ミーねえさま、お姫さま!?」

「あー、んとね、お家はお城だけど私はお姫様ってわけじゃないの」

「えぇー……」


 あ、セレスががっかりした。

 何気に珍しいパターンだ。

 それからおれたちはデヴァスに乗り直し、一気に都市ノイエまで向かったのだが……、そこで再びミーネがはしゃぎだした。


「デヴァスデヴァス、お願い! ちょっとね、都市をぐるっと回ってみてほしいの!」

「わかりました。それではぐるっと」


 そう答えたデヴァスはミーネのはしゃぎっぷりに声が笑ってしまっている。


「こうやって空から見るのは初めてだから新鮮ね! 街並みはあんまり変わってないみたいだけど!」


 あれがなに、これがなに、とミーネは大はしゃぎで観光案内してくれるのだが――


「よしミーネ、案内はこれくらいにしてそろそろお城へ向かおう」

「えぇー!」

「いやまた改めて案内してもらうから。つか竜だ竜だって下が騒動になりかけてるでしょ」


 突然竜が飛来して、町の上空を飛び回り始めたらそりゃ騒動にもなるというものである。


「あんまりはしゃぎすぎてると、おまえのおてんば伝説にまた新たなる一ページが加わるぞ」

「ここでは大人しかったわ。わりと」

「じゃあこれがおてんば伝説の幕開けだ。ほれ、まずはお城へ行って挨拶だ挨拶」

「ぶー」


 なんとかミーネを納得させ、おれたちはようやくクェルアーク家の領地屋敷――元サフィアス王国の王城にある中庭へと着地した。


「ここよ、ここ。でしょう? ここ!」


 この中庭はミーネにとって慣れ親しんだ場所であり、そして夢の世界――再現された過去を体験した今ではさらに特別な場所となった。


「それでね、あれがお墓よ。お参りしなきゃって思ってたんだけど、いざ来てみたら何をしたらいいのかわからないわ」

「ただいまって言っとけ」

「そうね! ただいまー!」


 ミーネはばっと手を上げ、晴れ晴れとした顔で小さな石廟に向かって叫んだ。

 実のところ、もう誰も留まってはいないので意味ないっちゃ意味ないのだが、そもそも葬式とか墓参りとかは残された者が心の整理をするための行事、ミーネが満足したならそれでいいのだ。


「なあなあミーネ、あれなんなんだー?」

「あれはご先祖さまのお墓よ。勇者カルスとそのお嫁さん。それと家族が眠ってるの」

「おー! じゃああたいお参りしとくな!」

「あ、それでは私も」


 ティアウルとサリスがお参りすることになり、せっかくなのでおれたちも加わる。

 セレスはよくわからないみたいだったが、おれたちを真似てお参りをしていた。

 そしてひとまずお参りが終わったとき――


「ああー! ミネヴィア御嬢様!」


 クェルアーク家の侍女がぱたぱたやって来て、ミーネの姿を見つけたところで叫んだ。


「あら、久しぶりね!」

「お久しぶりです、本当に。どなたが訪問してきたのかと思っていましたがミネヴィア御嬢様だったのですね。そして……、お会いできて光栄です、レイヴァース卿」


 侍女がおれに礼をする。

 まだ何も言ってないのだが……、たぶん黒髪、それからミーネと一緒に来たということから推測したのだろう。

 ちょっと話を聞いてみると、使用人たちは竜に乗って誰がやって来たのかと玄関で出迎えようと集まっていたらしい。

 ところがミーネがそれをスルーさせてしまったため、慌てて皆で城内を捜し回ることになっていたようだ。


「それでは私は皆に知らせに向かいますので、皆様はもうしばしこちらでお待ちください」


 侍女が知らせに引き返し、やがて使用人たちが集まってミーネの帰還を、それからおれたちの訪問を歓迎してくれた。

 そのあとクェルアーク家のみなさんが現れ、その姿を見つけたミーネが「うきゃー!」と突っ込んでいってそれぞれに抱きつく。

 ザストーラ父さん、ネアラ母さんにオーレイ母さん、それからヴィアラお婆ちゃん。


「ただいまー! ただいまー!」


 使用人たちは久しぶりに家族と再会してはしゃぐミーネを微笑ましそうに眺めていたが、お邪魔になると判断したのか、すぐにそれぞれ仕事に戻って行く。

 家族をたっぷり抱擁したミーネは、やがて一緒になってこっちにやってきた。

 さて、ではまずご挨拶だ。

 最初におれが挨拶して、初対面となる者は自己紹介も行う。

 挨拶はほがらかに行われていたのだが――


「わしはシャーロット・レイヴァース。このように幼い姿になっておるが、シャーロットと聞いて思い浮かべるそのシャーロットじゃ」


 シャロの自己紹介でクェルアークの皆さんの時が止まった。

 まずはよくわからないといった表情。

 それから訝しむ表情になったが、シャーロットであると堂々と名乗っていることで徐々に本物なのか、と混乱し始める。

 そこでミーネが言った。


「シャロは本物のシャーロットよ。お墓で寝てたからね、起こして連れてきたの」

「連れてきたって……」


 ザス父さんの様子は、あきれているのか、驚いているのか判断がつかない。


「まあわしが本物か偽物かについてはすぐにわかる。なにしろ、こうして訪れたのは精霊門でここと王都の屋敷を繋げるためじゃからな」

『……?』


 やっと動き始めたクェルアークの皆さんの時がまた止まる。


「シャロがここに精霊門を作ってくれるのよ。それでね、精霊門が開いたらレイヴァース領にあるお屋敷に行くの! 王都にいるみんながそこで待ってるから! ひさしぶりにみんな揃うわ!」

『??????』


 あ、ダメだ。

 クェルアークの皆さんは、ミーネが言っていることをまったく理解できていない顔してる。

 驚くだろうと思っていたが、それ以前の問題だった。

 そこでおれはちょいちょい端折りつつ、これまでの経緯を説明してようやくクェルアークの皆さんは漠然とながら状況を把握。

 すると皆さんはシャロに念入りな挨拶を始め、ヴィアラお婆ちゃんに至っては拝み始めた。


「ありがたや、ありがたや……」

「い、いや、わしを拝んでも御利益なんぞ無いのじゃが……」


 戸惑うシャロ。

 でもおれやアレサのように王都の像にお参りする人は一定数いるわけで、信仰――後に奉り上げられ神格化されるってのはこういうことなのだろうと思ったりする。

 こうして、問題の挨拶はひとまず無事に終えることができた。


    △◆▽


 まずは精霊門の設置作業を急ぎ、それからみんなでこっそりと異次元屋敷に移動して家族集合、ついでにうちの皆と懇親会というのが予定された計画だ。

 さすがに主人たちや客人が、どこかの部屋に籠もりきって出てこなくなるというのは不自然で、ここはザス父さんが信用を置く使用人たちに口裏を合わせてもらうなど協力してもらうことになるだろう。

 ザス父さんはシャロから説明を受けたのち、すぐに設置場所を決めたようでさっそくシャロを案内していく。

 その間にネアラ母さんにオーレイ母さん、そしてヴィアラお婆ちゃんはおれたちとお喋りに興じようと考えたようだが、場所さえ決まってしまえば精霊門の設置はすぐ終わる。

 ザス父さんは早々に中庭に戻り、それは久しぶりに再会した娘や、その友人たち、クロアとセレス、それから変わった存在(メタマル、ピヨ、ピエロ、ウサ子)とのお喋りや触れ合いを楽しもうとしていた妻たちと母親――御婦人方の顰蹙を買った。


「いや、あの、向こうでご家族のみなさんが待ってますし、ぬいぐるみとかもいっぱい居ますので、まずは移動して、そこでゆっくりすればいいと思いますよ?」


 何も悪くないザス父さんが可哀想になり、おれはそう促す。

 それが功を奏したか、御婦人方はすぐに切り替え、こうしておれたちは新しい精霊門で異次元屋敷へと向かうことに。

 おれたちはそのままぞろぞろと設置された精霊門へ向かい、レイヴァース領への一瞬の旅をする。

 そして異次元屋敷前へ出てみると、すでにこちらへ移動していたバートランの爺さん、アル兄さん、セヴ姉さん、ヴィグ兄さんがお出迎えしてくれ、さらにぬいぐるみ軍団、犬、猫、妖精が加わってえらくメルヘンなことになっていた。

 大の男でもほっこりしてしまうその光景に、ネアラ&オーレイの御夫人二人は虜になってふらふらと引き寄せられていく。

 ザス父さんは止めたそうな顔をしているが……、顰蹙を買ったばかりなので止められないようだ。

 その一方で――


「これでみんな揃ったわね!」


 ミーネはとにかく嬉しそうだった。


    △◆▽


 こうしてクェルアーク家は一家団欒。

 やがてレイヴァース家や屋敷のみんなを交えての懇親会へと移行する。

 この懇親会は立食形式の夕食もかねるもの。

 晩餐会のように大きなテーブルを囲むよりも、こちらの方が話しやすいと考えての選択である。

 そしてこの懇親会なのだが、クェルアーク家の大奥様、奥様方、セヴラナの強い要望によりぬいぐるみたちが料理を運ぶことになった。

 ちょっと無謀である。

 しかしそれは本当に強い要望で、止める役なはずのクェルアーク家の男性陣ときたら苦笑いして頷くだけになってしまったため、ここは思い切ってまかせてみることにした。

 本来はメイドたちに代わり、筋肉たちがやってくれることになっていたのだが……。

 みんな結構張りきっていたので、ごめんねと謝っておく。

 そして始まったぬいぐるみたちの給仕は、もたもた、そしてわちゃわちゃしていたが、料理をテーブルに乗せるのは精霊たちにやってもらったのでなんとか無事に終えることができた。

 ぬいぐるみたちが料理を運んでくる様子はクェルアーク家の女性陣、それからセレスを喜ばせ、連鎖反応でついでにミリー姉さんを喜ばせた。

 こうして立食会は始まり、お喋りに忙しい者や食べるのに忙しい者、それから屋敷の妖怪たちと触れあうのに忙しい者、セレスに料理を食べさせるのに忙しい者と、なかなかフリーダムなことになっている。

 そんななか、いつもなら食べるばかりのミーネが今夜は喋るのに忙しくしていた。

 相手はザス父さん。

 喋り倒すミーネの話を、ザス父さんはうんうんと聞いている。


「あ、それとね、私ね、後でお父さまにお話があるの!」

「大事な……?」


 穏やかにミーネの話を聞いていたザス父さんがぴくっと反応する。

 すると、近くでうちの面々とお喋りをしていた御夫人方もそちらに注意を向けた。


「どんな話なんだい?」

「どんな? 大切な話よ、とっても」

「そ、そうか……、うん、わかった」


 そうかそうか、と頷くザス父さん、そして御夫人方。

 何か別のことを考えているような気がする。

 と、そこでシャロが言う。


「ちなみにそれは代々伝わる日記についての話じゃぞ」

「……?」


 あれ、とザス父さんがミーネを見る。


「そうよ、日記のことよ。とっても長くなるんだからね!」


 ミーネは脅しているつもりなのかもしれない。

 親父さんはきょとんとしたあと、満足そうに微笑む。

 今夜、ミーネはザス父さんを独り占めすることになるのだろう。

 ……。

 そう言えば、明日はつじつま合わせにクェルアーク領に戻ってから帰還するっていう手順を踏むことになるんだけど、ミーネはちゃんと起きてくれるだろうか?


※ザス父さんが途中からアズ父さんになっていたのを修正しました。

 2019/04/23

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/05/14

※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/08/14

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/12/29

※さらに脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/01/26


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