第62話 9歳(春)…挨拶回り1
王都滞在二日目。
その日はおれと父さん、ミーネ、バートランの四人でお出かけである。
さすがは名門伯爵家ということか、街をまわるために立派な外装の馬車が用意され、おれたちはそれに乗りこんで出発した。
荷車しかないうちとは大違いだ。
貴族街はきっちりと石が敷かれ舗装されているので馬の蹄がぱっぽここっぽこと小気味良い音をさせる。
すごく優雅な気分になった。
まず向かうのは一番近い冒険者ギルド。
貴族街に冒険者ギルドがあることをおれは意外に思ったが、話を聞いて納得した。
王都は広い。
そのため、冒険者ギルドがひとつしかないというのはなにかと不便。
そのため王都には東西南北の四方にそれぞれギルドの分店がある。
これは場所がわかれているだけであり、組織上は同一。通信用の魔道具を使用することで、登録されている依頼は共通であるとのこと。
そして中央――貴族街にそれらを統括する中央支店があるというわけだ。
このように支店が複数おかれている場合、貴族は貴族街にある中央支店で依頼を受けるのが暗黙の了解であるらしい。
べつにそこで受けなくても問題はないが、その場合、自分を貴族あつかいする必要はない、されたくない、といった意思表示になる。
一方、普通の冒険者は都市の出入りに不便な場所にある貴族街にまでわざわざ足を運ぶ理由などない。
一応そういった棲みわけが漠然とあるようだ。
そして到着した冒険者ギルド。
正式名称は冒険者ギルド・ザナーサリー王国・首都エイリシェ支店、である。
成形した石を積みあげて建てられた立派な建物。
さっそく入ってみると、中は静かで落ち着いた雰囲気。おれとしては場違いな感じがしてちょっと居心地が悪い。なんとなく大きな病院や銀行のロビーに近いものを感じる。訪問者用に用意された椅子や机なども実にお高そうな代物だ。どこかの町の、宿屋と酒場を兼業しているギルド支店とはえらい違いで驚いた。いやまああれと一緒だったらそれはそれで驚くだろうが。
おれたちは職員によってすぐにギルド長の部屋へと案内される。
対面したギルド支店長は細身の中年男性だ。身だしなみはきっちりとしており、冒険者という荒事の専門家という雰囲気はいっさいない。いくら冒険者のギルドであろうと、上の立場となるにしたがってホワイトカラー然とするのだろうか。髪は赤みがかった茶色で、オールバックに固めている。茶褐色の瞳。鼻背と耳にひっかけるタイプの片眼鏡を着用。神経質そうな感じのする人だ。ゆるい大人ばかり見てきているから余計そう感じる。
「ようこそ、冒険者ギルド、エイリシェ支店へ。私は支店長を務めているエドベッカだ」
支店長――エドベッカはそう言っておれたちの前に立つ。
そして皆を見回そうとしたとき、それは起きた。
パンッ――と。
音を立てて片眼鏡が砕け散ったのである。
「ふおっ!?」
突然のことにエドベッカはのけぞり、やがてなにが起きたのかを理解したか、慌てて片眼鏡を外すとどういうわけか崩れ落ちた。
「……え?」
わけがわからず、おれは茫然と立ちつくすしかなかった。
エドベッカはもうおれたちのことなどそっちのけ、跪いて水でもすくいあげるような体勢になって爆ぜた片眼鏡を覗きこんでいる。
「……な、なんて姿に……!」
なんかすごく悲しんでいた。
「おぉぉぉ……」
しまいには泣き始めた。
「ええー……」
ちょっと本当にどうしたらいいかわからなくなった。
ミーネはきょとんとしているし、父さんは困惑顔だ。
バートランは渋い顔で眉間を押さえている。
「あー、なんというか、エドはな、魔道具の収集家であり愛好家なんだ。おそらくあの片眼鏡は魔道具だったのだろう。だからそれが壊れてこうなっているわけだ」
事態を理解できないでいたおれたちに、バートランが事情を説明してくれる。
「片眼鏡という形状からしておそらく、見た相手を密かに調べることができるといった類の魔道具だったのだろう」
「そんなのあるの!? わたしもほしい!」
ミーネがさっそく興味を持つ。
「ミーネや、相手を調べるような魔道具となるとなかなか手に入るようなものではない。それに、それほど有用というわけでもない。実際、今だってこの有様だろう?」
まあそうですね。
大の大人が跪いてめそめそしてますね。
「もともと相手のことを知る能力というのがあるらしくてな、それを元にした魔道具だったのだろう。だがその能力もちょっと勘のいい者なら何かされているのを感じとれるという話だし、うっかり加護持ちに使えば手痛い反撃を受けるとも聞く。眼鏡が壊れたのはそういうことだろうな」
戦闘力が高すぎてボンッ、みたいな話か。
あれ、でもそれっておれのせいってこと?
加護で手痛い反撃ってんなら、祝福となれば……おまけにおれ三つだしな。
しかし相手を知る能力って認知されたものだったのか。
これはちょっと驚いた。
聞く限りではおれの〈炯眼〉より使い勝手は悪そうだが……、いや、もしかして逆だろうか? 爺さんみたいなごっつい人に使っても気づかれないんだから〈炯眼〉が凄いのか?
元々は神の敵対者なんていう超危険人物を見つけるためのものだしな。
「ほら、エド、いいかげん立たんか」
バートランに引っぱられ、よろめきながらもエドベッカは立ちあがる。
「失礼。あまりのことに少々取り乱した。恥ずかしいところを見せたようだ」
まったくだよ……。
△◆▽
エドベッカとの対面はいきなりのトラブルからだったが、そのあとはすんなりと本題にはいった。日程については、明日あける、といきなり明日に決まる。
訓練校校長の予定がまだわからないのだが、あの爺さんはいつも暇だから気にする必要はないときっぱり言ってのけた。
校長って暇なのか……。
ちょっとした出来事はあったが、ギルド支店長への挨拶を終えたおれたちは次にダリスのところへと向かった。
が、あいにくとダリスは留守。
貴族街のはずれにあるでっかいレンガの建物、それがチャップマン商会の本部だった。
到着してすぐ番頭の男性がすっとんできて、ダリスは商談のために出掛けており、帰ってくるのはおそらく夕方……、と言われる。
そしてそれからめちゃくちゃ謝られた。
「いえ、約束をしていたわけではないので、そんなに謝らないでください。いやホントに」
平謝りする番頭はなにを言おうと平謝りするだけなので、おれは予定は急遽明日になったと言伝を頼み、とっととおいとますることにした。
とそのとき――
「どうしましたか?」
ひとりの少女がひょっこりあらわれる。
おれやミーネと同じくらいの年代で、肩下くらいまでの明るいブラウンの髪をした少女だった。やや赤みをおびた褐色の瞳にはどこかの伯爵令嬢とは違って聡明さを感じる。
「ああ、お嬢さま、実はですね――」
と番頭は現れた少女に事情を話して聞かせる。
お嬢さまってことは、この少女がダリスの娘さんか。
ってことは、そこらの木っ端貴族では相手にならないご令嬢ということになる。
なるほど。白いブラウスにチェックの長いスカートというわりとシンプルな格好だが、体にぴったりとあっていてかなり仕立てがいい。生地もおれが扱ってきたものよりかなり上等そうな感じがする。
ただ……、なんだろう。
肩にやる気なさそうなちっこいウサギの人形が乗っかっている――というか張り付いているというかしがみついているというか、なんだあれ。
リラックスしたクマに通じるものがあるな。
「ああ、なるほど。そうでしたか」
事情を聞いたダリスの娘さんは番頭の前に立つと、深く膝をまげてのカーテシーをした。
「お初にお目にかかります。わたくし、ダリス・チャップマンの長女、名をサリスと申します。本日はザナーサリーの誇る勇者ゆかりの皆様にお会いできたこと、とても嬉しく思っております。父を訪ねていらっしゃったとうかがいましたが、折悪しく外出中でして戻る時刻もはっきりしておらず……、申し訳ありません。皆様の言伝はわたしが責任をもって申し伝えておきます」
まだ幼いのにしっかりとした娘さんだった。
肩にとぼけたウサギの人形がくっついていなければ完璧だったろうに……。
しっかりしてるからこそ、肩のふざけたウサギが異彩を放ってしまうとは。
「……?」
ちゃんと自己紹介したのにおれたちの空気がちょっと妙なことを怪訝に思ったか、サリスはきょとんとしている。
そんな彼女の後ろから番頭がそっと囁く。
「あの……、お嬢さま、肩に……、ウサギが……」
「――ッ!?」
サリスは瞬間的に肩にのっていたウサギの人形をひっつかむとペイッと投げ捨てた。
飛んでゆく。
ウサギが飛んでゆく。
おれは追って動こうとしたミーネの肩をおさえて動きを封じる。
いいから。拾いにいかなくていいから。投げ捨てた物を伯爵令嬢のおまえに拾って渡されたらたぶんサリス泣くぞ。
ウサギを始末したサリスは顔がちょっと赤くなっている。
たぶん自分の中では大失態なんだろうな……、気の毒に。
「うむ、言伝は頼んだし、邪魔になるからもう行くとしようか」
「そうだな。じゃあ父さんたちは先に馬車へ戻ってるからな」
微妙な空気がただようなか、そう切りだしたのはバートランだった。
戻るバートランに父さんも続く。
「それじゃあお願いするね」
そしておれもとっとと逃げだそうとしたのだが、
「あ、ちょっとよろしいですか?」
サリスがおれをひきとめる。
「ひとつ個人的なお願いがあります」
「うん? おれにできることなら」
ダリスには世話になってるし、これからも世話になりっぱなしだろう。その娘さんのお願いならよっぽどのことじゃないかぎり叶えてあげたい。
「なにもきかず、ほっぺをつねらせてください」
「……え?」
ちょっと予想外でおれはきょとんとした。
頬をつねるくらいさせてあげるが……、なんだろう、趣味?
よくわからないものの、おれはそのお願いを聞き入れる。
「失礼します」
むぎゅ、とサリスがおれの頬をつねる。
あんまり痛くない。
ところが。
むぎゅぅぅ、とミーネもおれの頬をつねった。
「いてえよ!? ってかなんでおまえまでつねってんの!?」
「なんとなく?」
「興味が湧いたからってなんでもかんでもやろうとすんな!」
こっちのご令嬢はあいかわらずだった。
一方、しっかりしたご令嬢はつねり終えるとちゃんと礼をした。
「ありがとうございました」
「あー……、どういたしまして」
結局よくわからないままだったが、サリスがちょっと元気になったような気がするのでよしとしよう。
ただ番頭は青い顔してサリスに囁きかけていたりするのだが……。
「……お嬢さま……! いくら……とは……!」
「……いいのです……! ちゃんと……、許しを……!」
なんかひそひそ声で言い合い始めた。
「……そもそも……怖……お話で、……夜に……、……おね……!」
「……しょのことは……、黙って……!」
もうこっちそっちのけで言い争い始めたので、おれはそろそろおいとますることにして父さんたちの待つ馬車へと戻った。
※表現と誤字の修正しました。
ありがとうございます。
2019/01/19
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/17
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/12/31
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/11




