第609話 14歳(秋)…懐かしの町で
※主人公が召喚を行う際、その対象に誰かが接触していると巻き込まれてしまう状態になっていたため、403話に生き物を除外して召喚する実験とその成功のエピソードを追加しました。
セレスと猫が得に危ないことになっていました。
ご指摘ありがとうございます。
これまでロールシャッハに会うため異次元屋敷を訪れたことはあったが、それでも入ったことがある部屋は応接間くらいのものだった。
そのため屋敷の間取りはほぼ知らないようなもので、ひとまず先導するシャロについて、どこに何があるのかを順番に説明してもらう。
応接間、食堂、台所、風呂場、書斎、遊戯室――。
みんなでぞろぞろと歩き回る様子は、歴史あるお屋敷の観光ツアーそのものである。
案内してもらって気づいたことは、屋敷の規模のわりには個室として使える部屋がそこまで多くないことだ。
これは各部屋がゆったり広々しているのが理由である。
「今はただの空き部屋じゃが、いずれはお主らの部屋になるかもしれんぞ。のう?」
シャロがメイドたちに言う。
「え、えと……、す、素敵なお部屋ばかりですね!」
サリスが部屋の良さを褒める。
住んでみたいのかな?
「い、いい屋敷じゃねーか。部屋とかうちの城と大差ねえし。な?」
「ニャーは広すぎてちょっと落ち着かねえニャー」
犬娘は気に入ったようだが、猫娘は庶民派だった。
名だたる名家なのに。
そしてさらに庶民が二人。
「あたいこれ持て余すな。だから誰かと一緒に住むな」
「ならジェミが一緒」
ティアウルとジェミナは自主的に相部屋にするのか。
ここにお世話ピエロが加わるとちょうどいいのかもしれない。
「アーちゃん、私たちはこれくらいがいいですよね! 可愛い物とかいっぱい飾って、自分のお部屋にするんです!」
「いや私は特に……。メイドになって、飾れば飾るだけ埃がたまって掃除が大変ということを学びましたので、私は何も飾りません」
「アーちゃん、それじゃあだだっぴろいだけの殺風景な部屋になっちゃう! 広いお部屋に居る意味が!」
リオとアエリスは温度の差が凄いな。
ともかく皆ははしゃぎ、それを眺めていたヴィルジオがうめく。
「図々しいと言うべきか、気が早いと言うべきか……、まったく」
それはあきれたような言いようであったが、おれとしては本当に越してきたいならこっちで暮らしてもらってもかまわない。
でも、メイドの部屋としては豪華すぎちゃうか……?
じゃあこっちは友人として滞在している時に使う?
うーん、それもややこしくなるだけか。
おれはこう家が複数あり、部屋がたくさんという状況には慣れていないので、どういう感覚で使えばいいのかよくわからない。
皆はうまく自分の中に落とし込めるのだろうか?
まあ異次元屋敷にはおいおい慣れていくとして、今は先にやっておきたいことがあるのでそれを優先することにした。
△◆▽
「へ? 近くの町? ご主人さま、タトナトに行くんですか?」
この森から一番近い町に行くと告げたところ、シアには怪訝な顔をされることになった。
「そうそうタトナト。ど忘れしてた。つかよく覚えてたな」
「そ、それはまあ、覚えてますよ。それで何しに行くんです?」
「ハンサ婆さんにお詫びにな」
「お詫び……?」
「おれを取り上げた産婆ってことで、婆さんとこに記者が行ったりしてるんだよ。だからお騒がせしたお詫び。とりあえず、あると嬉しい日用品とかお菓子の詰め合わせを持っていこうかと思ってる」
「あー、なるほどー……。じゃあわたしも行きます。クロアちゃんやセレスちゃんにも一緒に行かないか聞いてきますね。二人にとってハンサさんはお婆ちゃんですから」
おれとシアが冒険者になるため王都へ向かってから、ハンサ婆さんはうちの様子を見に来たことがあるようだ。
うちの家族が王都へと出発したときは、みんなで挨拶をしにも行ったらしい。
ハンサ婆さんとは会う機会こそ少ないものの、気のいい婆さんということもあってクロアとセレスも打ち解けていたという話。
ならきっと会いたがるだろうし、婆さんも二人に会いたいだろう。
「わかった。じゃあおれは贈り物の準備をしてるな」
誘うのはシアに任せ、おれは大きな革のリュックに粗品とお菓子を詰めると、デヴァスに町まで乗せてとお願いをしにいく。
「はい、かしこまりました」
唐突なお願いだが、デヴァスは嬉しそうに即答。
うーん、もしかしたらデヴァスは主人付の運転手であることに誇りを持っているようなものなのかも。
であれば、下手に別の道を勧める必要は無いかもしれない。
おれとしてもデヴァスが居てくれるのはありがたいのだ。
ひとまず準備が整ったところで、おれはクロアとセレスを誘いに行ったシアの所へ向かう。
そしたらクロアとセレス以外にも同行者が増えることになった。
「レイヴァース家に深く関わっている人ですし、私も会っておいた方がいいかなーと思いまして」
そう言ったのはコルフィーで、なるほど、と納得もできた。
しかし――
「婿殿を取り上げた産婆なんじゃろう? ならば会っておかねばならんのう」
「シャロさんの言うとおりです。これはお会いしなければ」
シャロとアレサの理由がいまいちよくわからない。
そしてミーネとなると、理由すらないなんとなくである。
ともかく、タトナトに向かうのはおれを含めて八名となった。
△◆▽
徒歩ならそれなりに時間のかかる道のりも、デヴァスならあっという間だ。
まあ町に降り立った時はちょっと騒動になってしまったが。
記憶にある町に比べ、現実のタトナトは少し発展していた。
今なら立派に『町』と言い張ることもできるだろう。
ひとまず酒場・宿屋・冒険者ギルド支店を兼任している建物の前に降り立ったので、まずは久しぶりとなる店主バルトに挨拶。
「はは、町も多少はにぎやかになったが、残念ながらまだ宿は満杯になったことねえな!」
「そうねぇ、一回くらいそういうことがあってもいいかもね」
宿の方を切り盛りしている奥さんのノーラも元気で、幼い息子を負んぶして頑張っていた。
町が発展しつつあるのはおれのせい――、いや、おかげらしい。
それはザナーサリー王国側から、うちの森を一目見ようと訪れる物好きな人たちがこの町に立ち寄るためだ。
我が領地――通称『精霊王の森』に近寄ると、運が良ければ精霊を見ることができ、人々は主にそれ目当てで訪れるらしい。
さらに運がいいと妖精にたかられるという経験ができるとも。
なるほど。
あとでちょっと妖精たちにお話を聞かなければならなくなった。
久しぶりに会った二人としばし話をしたあと、おれは目的であるハンサ婆さんに会いに家へと向かう。
到着してみると、婆さんは家の前で近所の人と話をしているところだった。
その姿を見てセレスが突撃。
「おばーちゃーん!」
そしてしがみつく。
「あれあれ、元気だったかい?」
「うん! セレスげんきだった!」
「ぴよー!」
「なんだか変わったものを頭に乗せてるね……」
まあ単純にヒヨコを乗せていることを疑問に思っただけだろう。
それからおれたちも遅れてハンサ婆さんのところに。
クロア、シア、おれ、と順番に抱擁する。
「あんたたちが竜に乗ってやって来たって伝えられてね、ここに来るかもしれないと、外に出て待っていたんだよ」
「あ、そうだったの?」
「そうさ」
そう笑う婆さんに、ひとまず初対面となるメンバーが簡単に自己紹介を行う。
それからおれは今回の訪問理由を説明したのだが――
「あははは! なんだいそりゃあ!」
ハンサ婆さんには大笑いされた。
「あたしが取り上げた子が大活躍なんだ、迷惑だなんて感じちゃいないよ! まったくあんたときたら相変わらず変に大人びてるねえ!」
婆さんは気にしていないようだったが……、まあお詫びの品は用意してしまっているし、とりあえず贈っておく。
「じゃあありがたく貰っておこうかね」
婆さんの家のテーブルに、どすっとリュックを置き、それから少し話を聞く。
ハンサ婆さんはおれを取り上げた産婆として記事になったことで引っ張りだこになったそうな。
とは言え、さすがに遠方への出張はつらいので近場だけ。
「そろそろ体にガタが来ているようだけど、まだ頑張るつもりさ」
さすがにお婆ちゃんだからなぁ……。
「……ふーむ、ハンサ殿はわしにとっても恩人、さすがに正体を明かすまではせんが、ここは少し体の調子を整えようか……」
「……シャロさん、それでしたらわたくしが……」
シャロとアレサがひそひそ会話を交わし、それからアレサが申し出てハンサ婆さんを診断しつつ、こっそり体の調子を整えた。
「おやや!? はっきりわかるほど体が軽くなったよ! これが聖女ってものなのかい?」
「私は少し特殊な聖女でして、それで……」
「そうかい。なんにしてもこれは凄いよ。ありがとうね。なんだかお腹も空いてきたことだし、さっそくお菓子をいただこうかね。ほら、あんたたちも一緒にね」
「「はーい」」
クロアとセレスが頷く。
それから少しお菓子を食べながら近況報告をして、一息ついたところでおれは町がどれくらい変わったのかを見学に行くことにした。
「誰か来る?」
「無論です」
「無論じゃ」
「無論ですね」
「行くー」
「私も行きたいですー」
「え? では私もでしょうか?」
シア、シャロ、アレサ、ミーネ、コルフィー、何故かつられてデヴァス。
「いやそんなみんなで行くほど面白くはないけど……、じゃあ婆ちゃん、その間、二人をお願いします」
「任せな」
頼もしい返事にうなずき、おれはぶらぶら散歩に繰り出した。
「のどかねー」
「そりゃ王都とかと比べたらな。これでも発展してるんだよ」
ミーネからすればちょっと発展したところで、のどかな田舎町であることには変わりないのだろう。
なんとなく、昔は寂れていた場所に向かってみたが、現在は整然としたまともな通りに変化していた。
「あ、ここ……、ご主人さまに初めて会った場所じゃないですか。ずいぶんと綺麗になりましたね」
「んだな」
「懐かしいですねー。あのときのご主人さまは極悪でした。本気でわたしを捨てていくつもりでしたからね。酷い話です」
だってねえ……、おれがこうなった元凶だったわけだし。
まあシアも恨んではいないようだ。
なんとなくシアと当時のことを懐かしんでいたところ――
「私は最初の小さい屋敷の玄関で初めて会ったのよ」
「私はシャロさんの像の前で初めてお会いしましたね」
「私は女装した兄さんが初対面でした。そのあと、バスカーにスカート引っぺがされてさんざんでしたが」
「わしは長い眠りから覚めたら婿殿がそこにおった。まるで眠り姫のようじゃな。まあちゅーはしてもらっておらんが、そのあとで熱烈な想いをぶつけてもらったからの、贅沢は言えん。ところで婿殿、もう女装はせんのか?」
なんかお嬢さん方が対抗してきた。
「あれ、これって私も何か言わないといけないやつですか?」
そしてデヴァスが困惑した。
△◆▽
町をぐるっと周り、ハンサ婆さんの家に引き返す。
そろそろお暇することにして、みんなでお別れの挨拶を。
「お婆ちゃん、また来るね! たぶん来年になるけど!」
「おばあちゃんまたねー!」
クロアとセレスのお別れに、婆さんは微笑みを浮かべる。
婆さんの家の前で竜化したデヴァスに乗り込んだため、竜珍しさに集まった近所の人たちも集まって一緒にお見送りしてくれることに。
そしていよいよデヴァスが飛び立ったところで、ハンサ婆さんの家からプチクマが飛び出してきた。
プチクマは懸命に手を振っている。
「あれって、やっぱり別れの挨拶とかじゃないよな?」
「でしょうねー。必死っぽいですし」
「アークったらいつの間にこっちに来たのかしら?」
「荷物に紛れ込んでいたんじゃないですかー?」
あー、そうか。
デヴァスに飛んでもらおうと頼みに行ったとき、こそっともぐり込みやがったのか。
「あのー、引き返しましょうか?」
「すまんが頼む」
デヴァスが気を利かせてくれたので、おれは厚意に甘えることに。
べつに放置して戻ってから精霊便で呼び寄せてやってもいいのだが、クロアやセレスが見ている手前、置いてきぼりにすると心証が悪くなるので今回は回収してやることにしたのだ。
まったく、しょうがないクマである。
勝手に荷物に忍び込むからこういうことになるんだぞ。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/24
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/06/03




