第608話 14歳(秋)…精霊王の森
精霊門開通のために領地へ戻ることを皆に報告したところ、予想通りミーネが、そしてクロアも同行したがった。
まあ断る理由などありはしない。
これで出かけるのは金銀赤黒、シャロ、クロア(メタマル)、セレス(ピヨ)となった。
「コルフィーはどうする?」
「んー、わたしは屋敷で待っています。ちょっと考えたいこともありますから」
「そうか、わかった」
無理強いをするつもりはないので理由について尋ねることはしない。
まず間違いなく裁縫関連だろうし。
おそらく、現状セレスの服を借りているシャロのために服を用意しようと考え、ではどんな服がいいかと頭を悩ましているのだと思う。
するとそこで――
「くぅーん、くぅーん……」
いつの間にか足元に来ていたバスカーが寂しげに唸った。
唸るだけでなく、前足でちょいちょいっとおれの足を掻いてくる。
こいつは誰かのオプションというわけではないし、連れて行く理由も特に無いのだが……
「おまえも行くか?」
「……! わん!」
しょんぼりから一転、尻尾をぺるぺる振りながら元気よく吠えた。
港町へ観光に行った時は放置だったしな、今回は連れて行ってやろう。
こいつもたまには大自然の中で走り回りたいと……、思うか?
よくわからんが、ひとまず嬉しそうなので連れて行くことに。
そして翌日、みんなで竜化したデヴァスの背に乗りこんでさっそく領地へと出発した。
こうして始まった領地への旅は、特に何事もなく平穏無事。
日中は空の旅を、そして夜になったらシャロの即席精霊門で屋敷へ戻り、ゆっくり食事して、お風呂に入って、そしてみんなで眠る。
朝になったら朝食を食べて、準備して、そして即席精霊門で元の場所へ戻る。
うん、便利すぎて最初はちょっと戸惑った。
移動に関して、シャロは本当に有能である。
セレスも「シャロちゃんすごーい」とシャロを褒めちぎり、嫉妬したシアが無駄な対抗心を燃やしていた。
そしてひさびさに帰還することになった我が領地、我が屋敷なのだが――
「……アレサさん、あの人なんで縄で縛られてるんですかね?」
屋敷の玄関すぐ、先日妖精門から顔を突き出してパイシェを恐怖のどん底に叩き込んだ管理人のダンシュールがローブのような白い貫頭衣を身につけ、芸術的に縛りあげられて正座している。
「あれは……、位の高い方がなんらかの理由によって処罰を受けるときになる格好ですね。あの縛り方は善神縛りと呼ばれ、自分に抵抗するつもりがないことを示すものです。逃れようと藻掻けば藻掻くほど縄が締まっていくらしいですよ」
「……」
尋ねたことを少し後悔するような、どうでもよい知識が増えた。
ともかく、上から眺めているだけではどうにもならないし、碌でもない予感しかしないからと引き返すわけにもいかない。
仕方なく地上へ下り立ったところ――
「おうちー!」
「ぴよー!」
「わおわおーん!」
「一年ぶりくらいね!」
ぴゅーっとピヨを頭に乗せたセレス、バスカー、そしてミーネがダンシュール放置で屋敷に突撃していった。
「わたしはみんなを見守ってますねー。あ、クロアちゃんも行きましょう」
「いいの? うん、じゃあ!」
セレスに遅れ、シアはメタマルを連れたクロアと共に屋敷へ。
残されたおれ、シャロ、アレサはダンシュールのお相手である。
要は貧乏くじと言うことだ。
「お待ちしておりました……」
先日のハイテンションから打って変わって、神妙な感じでダンシュールはおれたちを迎えた。
「あー、うん、来たよ。まずちょっと聞きたいんだけど、その有様はいったい何なんだ?」
「これは先日の無礼を反省してのものであります。あの日の翌朝のことでした。私は壁から顔を突き出しているクマのぬいぐるみにとても驚き、そしてその後、自分も同じことをして皆様を驚かせてしまっていたことに思い至ったのです。ああ、私はなんと無礼な行いをしてしまったのか。これは厳しく罰せられるべきと考え、その日よりこうして皆様をお待ちしておりました」
「え。二日くらいこのまんまでいたの!?」
「はい。ささ、どうぞわたくしめを罰してくださいませ。打つ、刺す、吊す、埋める、いかようにも……!」
「しないよそんなこと!?」
本当にそんなつもりは無いし、もしあったとしてもクロアやセレスの居るところでやるわけにはいかない。
「あーもう先日のことは不問にするから。これまで屋敷の管理してくれてたわけだし、あれくらいでそんな処罰しないから」
そう言いつつ、おれはダンシュールの縄をほどこうとするのだが……、これどうやってほどくの?
「猊下、これはほどくよりも切った方が早いです」
「そ、そうなの? ってかよくこんな縛り方できたな……」
「高位の者は一人でこの縛り方ができなければなりませんから、そこは慣れなのでしょう」
「……」
また余計な知識が増えたよ……。
おれはこれから聖都へ行くたびに、偉い人はせっせとこれを練習しているんだな、と考えるようになってしまった。
△◆▽
解放したダンシュールから改めて謝罪されたのち、まず屋敷の様子を確認した。
「聞いておったより良い屋敷じゃのう。しかし各国の代表を招くにはちと足りんかもしれん。まあ文句なんぞ言おうものなら門を閉じてやるんじゃが、ここは多少、見栄を張ってもよいところじゃし……」
シャロはしばし考え込み、やがて相談を持ちかけてくる。
「婿殿、ちょっと森を押しのけて、もっと広い屋敷を用意しようと思うのじゃが、よいじゃろうか?」
「そのあたりのことはよくわからないし、シャロがそうした方がいいと思うならそうしようか」
「うむ、任された」
「あの、シャロさん、では屋敷は聖都が――」
「ああいや、それにはおよばんぞ。わしが用意するからの。ではさっそく場所を拵えるとするかのう」
シャロはしゃがみ込んで地面に手をあて、そして呟く。
「アース・クリエイト――」
変化は速やかに起きた。
この屋敷を囲む木々が、屋敷ごとするすると遠ざかっていき、あっという間に広々とした空き地が出来上がってしまったのである。
「……え?」
突然のことに、おれ、アレサ、ダンシュールは唖然とするばかり。
「こんなもんかの」
「ちょ、ちょ、ちょっとシャロ? 何したの?」
「んお? アース・クリエイトで木々を押しのけただけじゃぞ? こうな、地表近くを外側へ押しやって、代わりに地下から土をもってきてじゃな――」
と、シャロはこともなげに言うが、あっさり森一つを変化させたとか規格外すぎる。
もうダンシュールなんか涙を流しながら祈り始めたぞ。
この見ていたおれたちですら驚く状況、異変を感じて屋敷から出て来たみんなからすれば理解を超える事態だろう。
「何これー!? クーエル押してる間に何が起きたの!?」
「ひろーい! なんでー! なにがおきましたかー!」
「ぴょぴょっ、ぴよーッ!」
あ、遠くにいってしまった屋敷から出て来たミーネとセレスが混乱してる。
シアとクロアは……、あー、ぽかーんとしてるな。
バスカーだけはただただ嬉しそうに「うひょー!」と走り回っているが。
やがてみんながこっちにやってきたので、簡単に何が起きたのかを説明する。
「ふわー、シャロって本当に凄いのね! じゃあここに大きい屋敷を建てるの?」
「いやいや、建てはせんよ」
「へ? でも屋敷を用意するために広くしたんでしょ?」
「うむ。じゃから、これからその屋敷を用意するんじゃよ」
ちょっと悪戯っぽく笑い、シャロはてくてく一人歩きだす。
それから位置を確認するように、ちょこまか移動し、やがて納得がいったのか足を止めた。
そして――。
シャロは空間をぶん殴る。
響き渡る強烈な破砕音。
そして音と共に空間が砕け、何も無くだだっ広いだけだった広場に大きくて立派な屋敷が出現した。
「亜空間に屋敷をしまっていたのか……」
いや、もう色々と規格外すぎて……。
唖然とするおれたちのところに、シャロが戻って来て言う。
「婿殿たちは行ったことがあるのではないか? ほれ、精霊門で行ける屋敷じゃよ」
「ああ! この屋敷ってあれか!」
「うむ。若気の至りで、無駄に立派な屋敷を用意させての、しかし結局はわしとロシャだけの屋敷じゃった。もう恥ずかしゅうて仕舞い込んでおったんじゃ。これは婿殿に贈ろう」
「ええぇ……」
唐突にとんでもないものを贈られたが、これは遠慮してもシャロが悲しいだけに終わる。
ここはありがたく使わせてもらうことにしよう。
「ありがとう。使わせてもらうよ」
「うむ、存分に使っておくれ。あ、あと今はまだ設置しただけじゃから水回りは使えんぞ。あとで構築するので待っていておくれ」
と、シャロが説明したところで、固まっていたセレスが声をあげる。
「シャロちゃんすごーい! すごい! どうやったの? セレスもやりたい!」
「セ、セレスにはちょっと無理じゃのう……。と言うか、これはわししか出来んことじゃからな」
「えー……」
「いやいや、セレスにはわしにも出来んことがあるじゃろ? ほれ、どーん、とかのう。それを磨いて行けばよい」
「じゃあセレスどーんってするね!」
「待て待て、うかつにやってはいかん!」
シャロが慌ててセレスを止める。
「セレスのどーんって?」
「セレスはの、ちょっと特殊な才能が……、いや、厳密には才能とはまた違うんじゃが、ともかく特殊な能力を持っておるんじゃよ」
「え? それ初耳なんだけど」
どーん、って出来るとは聞いたことがあったが、それが特殊な能力とまでは知らなかった。
「セレスにはもともと魔導の才能があったんじゃが、普通なら優れた魔導師になれるということで話は終わるんじゃ。しかしの、セレスの育った環境が特殊だったため、魔法でありながら狭義の魔術のようなものに変化しておってじゃな――」
子供は自分と世界の区別がまだ曖昧だ。
どうやら、屋敷のファンタジーな環境が大きく影響してセレスはそれが顕著となり、魔法なのだが半分魔術のような特殊な魔導の力を使えるようになっているらしい。
詠唱を必要とするようだが、それもセレスの気分次第。
それこそ「どーん」で大爆発を起こせるようだ。
そしてその大爆発は、器物を破壊するものの、生き物には影響しないという優しい大破壊という訳のわからない代物らしい。
「王都の屋敷は婿殿の世界。セレスはその世界で大きな影響を受けたのじゃろうな」
シャロはそう言って笑う。
「シャロちゃんシャロちゃん、もうあたらしいお家にはいってもいい?」
「うむ、よいぞ」
「やったー!」
「ぴよー!」
そしてセレスは「わーい!」と異次元屋敷に突撃する。
ミーネは勝手に「わー!」っと突撃した。
「ご主人さまー、わたしはセレスちゃんを見てますねー」
シアはそんなセレスを追う。
シャロは微笑みを浮かべて「うむうむ」と皆を見送り、それからそわそわした感じのクロアに言う。
「どうじゃ、クロアも。物騒な物はロシャが片付けてくれたようじゃからな、安心して探険できるぞ」
「えっと……」
クロアはおれに「いいかな?」といった顔を向けてくる。
「ああ、どこに何があるかよく調べてくれ」
「うん!」
元気よく頷き、クロアはメタマルを連れて小走りに異次元屋敷へ。
「わん! わんわん!」
先に駆けだしていたバスカーはクロアの少し先で立ち止まってふり返ると「来いよ、早く来いよ」とばかりに吠え、それからまた駆け、そして立ち止まって吠えるというのを繰り返していた。
「こんな立派な屋敷を貰っちゃったことだし、これまで使っていた屋敷はどうしようかな……」
もう異次元屋敷で事足りるだろうが、幼少期を過ごした想い出の家だ。
「様子を見て、使わないようならわしが仕舞っておこうか?」
「あ、そうか、仕舞っておけるのか」
そう話し合っていたところ、ダンシュールが口を挟んでくる。
「少し、よろしいでしょうか」
「うん?」
「あのお屋敷は神子猊下の生家です。いずれ歴史的な重要――」
「シャロ、しまっちゃおう」
「おやぁ!?」
生家を観光名所だか、資料館だかにするつもりはないのである。
まあこれは両親とも相談しての話、このまま残しておきたいというならそうすることになる。
「さて、では次に精霊門を用意するとしようかのう」
森を開拓、屋敷の設置、そして精霊門の開通。
仕事の速さがとてつもない。
シャロは異次元屋敷の側に土魔法で簡素なガゼボを拵え、そこに豪奢な姿見、その外枠だけのような代物を設置する。
これが新しい精霊門、その枠になるのだ。
すでに王都屋敷の一階廊下の突き当たりに同じ物が設置してあるため、あとは繋ぐだけである。
さっそくシャロはその外枠の内側――空間に拳を叩き込み、これで領地と王都屋敷が結ばれた。
△◆▽
王都屋敷と領地屋敷を繋ぐ精霊門が開通した。
まずはシャロとセレスが門をくぐって王都屋敷に戻り、みんなにこのことを伝える。
しばし待つと、幼女二人の先導によって王都屋敷にいた皆がこちら側へと現れた。
みんな揃ってこっちに来たので王都屋敷を空けることになったが、今日の親衛闘士隊に留守番を任せたらしいので問題は無いだろう。
ひとまず家族やティアナ校長を始めとしたメイドたちもこちらに現れたあと、続いて妖怪たちも現れた。
ぶわーっと吹き出す精霊と、列となって領地側へと出てくるぬいぐるみたち、妖精たち。
こう見ると、メルヘン世界への門が開かれてしまったような印象を受ける。
悩ましいのは、繋がった場所も、そして繋げた場所も、どちらも自分の家であることである。
逃げ場は無いのだ。
『…………』
こちらへとやって来たみんなは、まずこの場の様子があまりにも記憶と違うためぽかんとすることになっていた。
違う場所に案内されたのかな、と思うも、小さい屋敷が巨大な屋敷の隅っこにちょこんとあるためそれを否定してくる。
「息子よ、何がどうなっているのだ……」
困惑している皆の代表として父さんが尋ねてくる。
すると、セレスが自慢げにシャロがやったことを一生懸命説明し始めた。
「うんとですね、シャロちゃんがですね! まえのお家のがあったところをうにゅーってひろげてくれて、それでばーんっておおきいお家をだしてくれたです!」
「お、おう……、そうなのか」
セレスの説明はまったくもって正しかったが、目撃していない者にはうまく伝わらないのが悲しいところ。
しかし友達の凄さを伝えようとするセレスは可愛らしく、それですべては許される。
「はーい、セレスちゃん、よく説明できましたねー」
「はい! できました!」
シアに褒められてセレスはご満悦だ。
「ですよねー、お父さま」
「お、おう」
そう頷き、それから父さんはおれを見た。
仕方ない。
おれはセレスの面目を潰さない程度に超簡単な説明をして、それからシャロにこの屋敷を自由に使ってくれと贈られたことを報告した。
「息子よ、これからはこっちの屋敷で暮らすのか?」
「うーん、どうしようかな。さっき貰ったばかりだから、どう活用するかはまだ何も考えていないんだ」
「急いで結論を出す必要はないんじゃない? ひとまず王都の屋敷でこれまで通り暮らしながら、こっちの屋敷をどうするか考えたらいいのよ。メイドのみんなにはちょくちょくこっちにも来てもらうことになりそうね。あとどこに何があるかくらいは覚えないと……」
そうおれが両親と相談する一方、テンションの高いミーネがシャロに話かけている。
「次はうちうち、うちを繋いで! お願い!」
「そう慌てんでも。ではそうじゃな、今日は王都にある屋敷の、どこを門にするか決めに行くとしよう。領地へ出発するのは明日じゃな」
「やったー!」
明日か。
おれはちょっとデヴァスにお願いを。
「連日ですまないな」
「いえいえ、私も楽しんでいますから。ところで……、私は用済みになったりしませんか?」
「そんなことはないから」
デヴァスよ、おまえもか。
「ほら、シャロ様ならドラスヴォート様を乗り回すくらいできますので……」
「それはさすがに止めさせる」
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/19
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/18




